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浮かれた気分でクリスマスまでの日々を過ごした。
地に足が着いていないとはこのことだ。
しかし、重大な事実に気付いたのは、デート前日の夜遅く。

弟が眠るベットの隣に布団を敷き、携帯電話を枕の隣に置いて、瞳を閉じたところまではよかった。
どんなデートになるだろうと思いを馳せていれば、プレゼントを買っていないことに漸く気付いた。
慌てて瞳を開け、上半身も起こしてみたが今更焦ってもどうにも変わらないのが現実というもので。

「…どうしよう」

小さく呟き頭の中で考えた。
十二時に待ち合わせなので、その前に行って何か買おうか。
十時にはお店が開くはずだから、新宿で急いでお店を回れば何か買えるかもしれない。
あまり高価なものは買えないが、それでもないよりはきっとましだ。
拓海はプレゼントなんていらないと優しく笑って言うかもしれない。
しかしながら、こういうのはきっちりとしたい。
用意周到を心掛けているのに、こんな大事なことを忘れるなんて浮かれすぎだ。
再び布団の中に身を寄せ、ぎゅっと瞳を瞑った。心の中は後悔の嵐だ。
楓にばかり感けていた罰が当たってしまった。
それが悪いとは言わないが、恋人のことも変わらず大切にしなければ。
事情が事情でも、拓海に放っておかれたらきっと自分なら寂しいと感じるから。
その罪滅ぼしとしてプレゼントを買いたい。

「ばかだ…」

眉間に皺を寄せて呟いた。こんな自分を殴ってやりたい。
二時間で足りるかわからないが頑張って探そう。
人混みは得意ではないが、彼のためだ。
やっとのことで眠りについたのは、それから三時間も経ったあとだった。
三時間の間ずっと自分を責め、明日のシュミレーションを頭の中で繰り返した。



翌朝、目が覚めたのは八時。
リビングに向かえば、既に妹も弟も起きていた。
どうやら今から朝食のようで、母はキッチンで忙しなく動き回っている。

「お兄ちゃんおはよう」

「おはよう、菫、蘭」

「…おはよ」

目が隠れるほどに伸びた前髪の隙間から、弟が一瞬ちらりとこちらを見た。
自分は弟に好かれていないのかもしれないと、こんな瞬間に思うのだ。

「蓮、あなたが一番遅く起きてどうするの」

「ごめんなさい。昨日寝つきが悪くて…」

「しっかりしてちょうだい、お兄ちゃんなんだから」

「うん」

こんな小言には慣れたものだ。
耳にタコが出来るほどに聞いているのだから。
昔は一々傷ついたりもしたが、今では然程気にしていない。

朝食を食べ、急いで準備を始めた。
一通りを済ませると、リビングの母に向かって出掛けてくると声を掛けた。

「お兄ちゃん出掛けるの?」

「うん。お友達と遊んでくるんだよ」

「そっか、早く帰ってきてね。夕飯は一緒に食べようね」

「そうだね」

玄関まで見送ってくれた妹に小さく手を振り、駅まで急いだ。
石橋を叩いて渡る性格なのに、何故大事な日に限って何も用意していなかったのだろう。
昨日からずっと自分を責め続けているが、未だに気がすまずに電車に揺られている間も、引き摺った。

新宿の駅のホームに着く頃には、後悔よりもできる限りをしようと改めて気合を入れ直した。
新宿など、都内に住んでいながらも年に数回しか来ないため、まったく詳しくないしどんなお店があるのかもわからない。
まず何口に出てたらいいのかもわからないのだ。

先輩から届いたメールには、南口で待ち合わせようと書いていたため、とりあえず南口を目指した。
擦れ違う人と何度も肩がぶつかり、その度に足を止めて謝るが、相手の人は気にした様子もなく素通りしていく。それが都会での常なのかと思いながらも早くも帰りたい衝動に駆られる。
やはり、こういう街はあまり好きではない。活気はあるけど。
街全体が高いコンクリートに囲まれ、空が狭くひどく冷たい印象だ。
弱気になってしまうのは悪い癖だと思い直す。
大事な使命があるのだから。

どこのお店に入っていいのかわからないので駅ビルに足を踏み込んだ。
女性物がメインの店内で、場違いも甚だしい。
クリスマスだからカップルが多く、男性もいてくれたのが救いだ。
とても二時間では回りきれなさそうで、フロアガイドの前で目星をつけて、エレベーターに乗り込んだ。
最初に向かったのはメンズアイテムが売っているテナント。
おずおずと近づき、中を物色してみる。
先輩が普段どんな格好をしているかを思い出し、色々見て回るが、気に入ってくれなかったらどうしようかと思うとなかなか決められなかった。
鞄、それとも靴?サイズがわからないから靴はだめだし、鞄は趣味がわからない。
考えてばかりいても始まらないと、別なお店も見てみるが、やはり先輩に合いそうなものは見付からなかった。
くじけそうになる心に鞭を打つ。
腕時計で時間を確認すれば、新宿についてから既に一時間近くが経とうとしていた。
時間感覚がなく、我武者羅にここまで来たが、迷いながらいるものだから余計に時間を消費したようだ

「…どうしよう」

ぎりぎりまで頑張って、それでもだめなら、拓海に正直に話してみようか。
拓海はいいよと笑ってくれるだろうが、心の中では呆れるかもしれない。
嫌われたくないし、そんな子だと思われたくもない。
あと一時間で見付かるかはわからないが、それでも必死にならなければ。
もたもたしている場合ではない。

その後もフロアを行ったり来たりしながら、焦りつつ、色んなテナントを見て回った。
しかし、焦っているときに限っていい物は見付からず、時間を考えてもここが最後だろうと思っていた雑貨屋の中で項垂れた。
目に入ったものを購入しようかとも思ったが、そんな選び方をするくらいならない方がましだ。
大きな溜め息を零し、それでも待たせるわけにはいかないのでフロアを下りた。

楽しみにしていたデートなのに、こんなに落ち込んでいるのはきっと自分一人だけだ。
擦れ違う恋人たちはあんなにも幸せそうなのに。
何故、もっと前から調べておかなかったのだろう。
先輩がいつも見ている雑誌を購入して、その中から選らんだって良かったんだ。
それなのに。
優柔不断なので、短時間では無理なはなしだったのに。
拓海はなんて言うだろう。こんな僕のことをどう思うだろう。
思い切り浮かない顔をした自分が鏡に映り、せめて表情くらいは明るくしようと無理に笑顔を作った。

待ち合わせ場所である改札前に来たが、人が多すぎてかれの姿を見つけられない。
電話をしようと携帯をポケットから取り出したとき、後ろから肩を叩かれた。
振り返れば、愛おしい人がそこには立っていて、嬉しいやら悲しいやら、一気に色んな感情が入り混じった。

「久しぶりだね、蓮」

「お久しぶりです。あの、待たせちゃいました?」

「いや、そんなことないよ」

早く言わなくては。プレゼントがないこと。
女の子ではないのだから、そんなに拘っていないとは思うが、それでも恋人同士ならばプレゼントを交換して当然のイベントだろう。
今までイベントには決まって何かをプレゼントしていたので、先輩も当然あるものだと予想をしているだろう。

「お昼ご飯、まだだよね?」

「はい」

「じゃあ先にご飯食べようか」

「…はい」

言わなくては。こういうことは、早めに言った方がいい。
なのに、怖くてその言葉が喉で詰まる。
言う言葉は決まっているのに、勇気が出ずにあと一歩が踏み出せない。

「行こう、蓮」

「はい…」

人混みから僕を守るように、一歩前を歩いて誘導してくれる拓海の背中を眺めながら、申し訳なくて、がっくりと肩を落とした。

昼食は、デパートの中に入っていた洋食屋さんで済ませた。
拓海は久しぶりに会うからか、益々優しく微笑んでくれる。
その笑顔を見るたびに、この優しい表情が曇ったらどうしようかと、そんなことばかりを考えていた。

「蓮、何処か行きたいとこない?」

「行きたいとこ…?」

「そう、新宿からなら、どこでも行けるだろ?」

ああ、そうか。だから待ち合わせ場所を新宿にしたのだ。
拓海にしては珍しいと思ったのだ。彼も人混みを好む人ではないから。

「うーん。思いつかないです」

こんなときに素直に我儘を言えればいいのに、なんてつまらない人間なのだろう。
楓にも散々言われた。そのマイナス思考直せと。悪いことではないけれど、僕の場合はいき過ぎだと。
自分でもそれは承知だ。
こんな自分誰が一番嫌いって、自分なのだから。

「そっか。じゃあ、折角だしイルミネーションとか見る?」

「あ、クリスマスだから…」

「そう、きっと綺麗だと思うよ。それとも蓮はあまり興味ない?」

「いえ。そんなことは」

「じゃ、ベタだけど六本木のけや木坂通りとかどう?」

「行きたいです」

拓海を見上げて微笑んだ。
悲しい顔ばかりしていたらあらぬ誤解をされてしまう。
彼と一緒にいられるのはこんなにも幸せなのに。
しかし、イルミネーションを男二人で見るというのも如何なものか。
きっと周りは男女の恋人同士ばかりで、男同士なんて数える程度だろう。
彼はこんなに素敵な人なのに、連れているのが貧相な自分では申し訳ない。
けれども、楽しみにしていたデートで、イルミネーションも実際に見てみたい。
テレビで光りが灯っているのを見て、とても綺麗だと思っていた。

二人で地下鉄に乗り込み、六本木を目指す。
六本木など来る用事もなければ機会もない。
場違いなところだと、そんな風に思っていた。
働いているわけでもないし、お酒を飲める歳でもない。
けれども拓海は違うようで、迷路のような地下鉄の駅もすいすいと歩いていく。
さすがだな、と心の中で感心しながらただその背中を追った。
地上に出ると、まだ時間的には早いねと拓海が言った。

「そうですね」

「寒いしどこかでお茶でも飲もうか」

「はい」

「さっきデザート食べなかったし、甘いもの食べたいでしょ?」

「欲を言えば」

甘えてみせれば、拓海は目を細め僕の頭を優しく撫でた。

ぶらぶらと駅から離れるように歩きながら、目に入ったカフェに入った。
オープンカフェになっており、アットホームな雰囲気がある。
テーブル席が四席と、あとはカウンター。六本木にも色んなお店があるのだと、当たり前ながら実感した。

「何飲む?」

「えーっと。じゃあ、ホットのカフェラテ」

「ケーキは?」

「クリスマス限定ケーキにします」

「ああ、いいね」

メニューを閉じ、店員さんに注文を告げる。
テーブルに肘をついた拓海は尚も微笑んだまま、僕を見詰めた。

「…なんかついてます?」

「いや、久しぶりに蓮の顔見たなーと思って」

とは言っても、離れていたのは数日だ。
それでも自分も何年も会っていないかのように、彼を懐かしく感じたけれど。

「あんまり見ないで下さい…」

「なんで」

「恥ずかしいじゃないですか」

「今更だよ。いつも見ているんだから」

「嘘です。いつもはそんなに見てないです」

「見てるよ。蓮が眠ったあと、じっくりとね」

「え!やめて下さいよ」

「あ、ごめんね。内緒で見てたんだ」

「…これからは拓海が眠ったあとに寝ます」

「えー。ささやかな楽しみだったのに」

楽しみというほど、僕の顔は楽しいだろうか。
特に整っているわけでもなく、ごくごく平凡な顔立ちだ。
ゆうきのように純和風な顔立ちの美人でもなければ、柳君のようにぱっと目を引く派手な顔立ちでもない。
地味で、のっぺりとした印象の顔は、気に入っていない。
もう少し、楓や景吾のようにきりっと男らしい顔立ちだったらよかったのにと、何度も思うのだ。

「…そんなに楽しいですか?僕の顔。面白みがないと思うんですけど」

「うん、楽しいよ。見てて飽きない」

「飽きない…?どこにでもいる普通の顔ですけど」

「そう?目は男にしては大きいし、鼻も口も小さくて、睫も長くて、可愛いよ」

それがコンプレックスで、顔立ちが幼いならばせめて身体だけでも鍛えようとしているのだが。

「可愛いは誉め言葉じゃないです。僕はカッコイーが嬉しいです」

「うーん。蓮にはカッコイーより可愛いの方があってるかな」

いつか、楓に兎に似ていると例えられたことがある。
そのときは全力で否定したが、後で鏡で自分の顔を見れば、納得せざるを得ない部分もあった。

「じゃあ、楓はカッコイーですか?」

「ああ、そうだね。楓君はカッコイーかな。あと、景吾君と秀吉君も」

「ゆうきは?」

「ゆうき君は美人」

即答した拓海につられるように自分もうんうんと頷く。
自分が誉められたわけでもないのに嬉しくなった。
ゆうきは性別を加味せずにただ美人なのだ。その形容しか思い浮かばない。
決して女々しいわけではない。顔も身体も性格も仕草も。むしろ男らしいと思う。
でもただ座って外を眺めているだけでも美しいのだ。妖艶な色気と相まって真っ黒な瞳に見詰められるとぼうっと見惚れてしまう。数年間友人をしていても未だに。

「ゆうき君は稀代の美人だねえ。女性ならたくさんいるかもしれないけど、男だからね」

「女っぽいわけじゃないのに、なんか不思議ですよねゆうきは。木内先輩が夢中になるのもわかります」

「ああ、仁ね。余程ゆうき君がかわいいらしいね。昔を考えると信じられないくらいに」

何か思い出したのか、喉で先輩が笑うと注文した品が運ばれてきた。
カフェラテに角砂糖を一つ入れ、それを両手で包む。冷えた指先にじんわりとした温かさが心地よい。

「仁ね、昔すごかったんだよ」

「すごかった?」

「うん、色んな事件起こして。女の子同士のトラブルとか」

「女の子同士…?」

「仁も一人に絞ったりしなかったから、女の子同士がばったり出くわして、もうすごい騒ぎだったんだよ」

「わー…。恐いです」

「ほんとだよね。僕もその場にいたんだけど、とてもじゃないけど口は出せなかったよ」

「おさまったんですか?」

「女の子がね、仁にどっちが本命なんだって詰め寄ったんだよね」

「逞しいですね」

「そう、どっちも綺麗な子だし、気が強かった。仁がそういうのを好んでいたからかもしれないけど。で、仁の答え、なんだと思う?」

「…うーん。自分がそんな立場になったことないから想像できないです」

「どっちも本命じゃねえよ、だって」

「ひどい。けど、木内先輩らしいというか…」

「僕も聞いてて呆れたよ。しまいには面倒くさいから、お前らとはこれで終わり、なんて言ったんだよ」

「わー…」

「すどいでしょ?けど、仁のすごいところは、そんなこと言っても女の子が別れないでって言うところだよね」

「えー…。僕がもし女の子だったら絶対嫌です」

「はは、そうだろうね」

間違いなく自分が女の子でも拓海を好きになったと思う。
香坂先輩でもなく、木内先輩でもなく、拓海を。
それぞれ違った魅力があって、誰が一番いいなんて安易には言えないが。飽く迄も自分の好みだ。

「拓海は?」

「僕?」

「拓海は、前付き合っていた子とかいるんでしょ?」

そんな話しを今まで聞いたことがなかった。
けれども、木内先輩や香坂先輩と一緒にいるのだから、拓海だって女の子に困ったことはなくて、そして遊べる場だって沢山あったはずだ。

「いや、僕はいないよ。蓮が初めてだ」

「嘘がうまいですね」

「嘘じゃないよ。本当」

「今度香坂先輩に聞いてみます」

「いいよ。本当のことだから、僕は困らない」

そこまで言うのなら本当なのかもしれない。けれどもすぐには信用できない。

「蓮は?女の子好きになったこととかもないの?」

「うーん。たぶんないです」

小学生か、ませている子だと幼稚園で初恋は済ませるものなのかもしれないが、そういう方面に疎かった。記憶がある限りではないと思う。
可愛いなと思ったことは沢山あるけれど、好きだという激情に駆られたことはない。
やはり女性に対して苦手意識があるのかもしれない。
優しい子も沢山いると思うし、すべてが母親のような人ばかりではない。
けれども、話そうにも上手く話せないのだ。

「そっか、じゃあ楓君が初恋だ」

「そう、ですね」

「惜しいな。僕が初恋だったらよかったのに」

「すいません」

「いや、責めてるわけじゃないんだよ。ただ、そうだったら嬉しいなって思って」

確かに、僕も先輩の初恋が自分ならば幸せに思ったかもしれない。
ありえない話しなので望まないが。

「先輩の初恋は誰ですか?」

「僕?僕はね、幼馴染」

「幼馴染…」

「そう、事故で亡くなったんだけどね」

「…それって、桜さんっていう人ですか?」

「知ってるんだ」

「楓にちょっと聞いて…」

「ああ、そうか、涼が話したんだ。そう、桜。桜は涼が好きだったけどね。見てて笑っちゃうくらいに両想いなのに、どっちも告白しないから、こっちが苛々したよ」

けれども、自分が好きな人が他の人を好きなんて辛くないだろうか。
自分だったら耐えられない。拓海が他の人を好きになってしまったらと考えただけで怖い。

「辛くなかったですか…?」

「んー、あんまり。ああもはっきりしてるとね。相手が涼だからっていうのもあったと思うけど。それに皆桜が好きだったんだよ。アイドル的な感じだったのかもね」

そういうものだろうか。
僕も楓は大好きだが、それでも拓海が楓を好きになったらやはり嫉妬してしまうと思う。
まだまだ子供なのだろうか。

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