5



ベッドへ沈めていた身体を起こし、プレゼントをクローゼットから取り出してそれを眺めた。
これ、どうしよう。
渡せぬままにはい、さようなら、となってしまうのだろうか。
彼が喜んでくれたら、それ以上に自分も幸福で、ただただ笑ってほしかった。
それのせいで彼を怒らせる羽目になるとは思いもよらなかった。
それだけの願いなのに、どうして些細な出来事すら上手く廻らないのだろう。
自分たちは別れるのだろうか。
なにが悪かったのか、彼の逆鱗に触れたのかはわからないけれど、恋愛は片方がどんなに焦がれても意味がない。
お互いが同じ方向へ気持ちが向いていなければただ寂しいだけだ。
こんなに狭い部屋なのに、やたら広く感じ、孤独を増幅させていく。
しっかりしなくては。歳相応になって、多少は頼り甲斐のある男を目指して…。
戒めるように言い聞かせるが、がたがたと崩れ落ちそうな心を止められない。

夕日が窓から差し込んではっと我に返った。
電気を点けようと思うのに、動くのが億劫で、ベッドに背中を預けたまま天井を見上げた。

「ただいまー」

扉が開く音と共に楓の呑気な声が響く。
熱を失っていた部屋は、彼の存在だけで華やかになった。

「っ、おかえり」

俯きがちに立ち上がって電気を点けた。

「疲れた…」

楓は気にした様子もなく、鞄を机上へ放り投げでベッドに座った。
プレゼントを隠すように引き出しにしまい、お疲れ様とぎこちなく笑った。

こんなとき、寮生活というのは非常に厄介だ。
一人になる猶予すら与えてもらえない。
楓のことを疎ましいと思ったことはないが、ゆっくり落ち込む暇もない。

「そういえば須藤先輩のとこ行った?」

突然その名前を口にされ、びくりと肩が強張った。

「…あ、うん」

楓の切れ長の瞳にに自分が映らないように、ぎこちなく顔を逸らした。

「そっか、じゃあ先輩の機嫌直ったかな」

安心したように微笑まれ、苦笑を返す。

「…ますます機嫌悪くしちゃったかも」

「え?なんで?」

喉の奥が熱い。楓の前で泣いたりしたら、とても優しい彼は同じように心を苦しめるだろう。
俯きながら眉間を軽く揉んだ。
自分の体温で自分を落ち着かせて、ぐっと涙を押し戻す。

「なに…。なんか、あった…?」

楓は立ち上がり、対峙するように腰を下ろすとぽんぽんと頭を叩いた。

「ごめん…香坂先輩に、怒られちゃうかな…」

機嫌をとりにいったつもりが、自分のせいでますます悪くして、今頃部屋にいる香坂先輩は須藤先輩に手を焼いているかもしれない。

「どうしたんだよ」

優しくて温かい手が頭を撫でた。
恋人だったときも、友人の今も、その優しさは変わらない。
心配ばかりかけて申し訳ないと思う。
なのに楓に縋ってしまう自分は、やはりとてもずるい人間だ。

「…先輩の部屋、行ったんだけど…」

「うん」

事の経緯をなるべく客観的に話すと、楓は長い溜息を吐いた。

「須藤先輩さ、蓮のことになると一気にガキになるよな」

「…ガキ?」

「そう。お母さんを独占したいガキみたい。要は秀吉に嫉妬しただけだろ?蓮が自分の誘い断って秀吉と遊んでるのが気に入らなかったんだろ?」

「…嫉妬?」

「ただのやきもち。拗ねてんだよ。須藤先輩が大人ぶってんの蓮の前でだけだから。傍からみたら余裕なくて蓮に嫌われないようにはらはらしてんの丸わかり」

「そんなことはないと思うけど…」

「馬鹿だなあ蓮は。恋は盲目ってこういうことかねー?」

ぐしゃぐしゃと乱暴に髪を掻き回されて眩暈がする。

「お前ら顔にお互いが大好きですって書いてんぞ」

「か、書いてないよ!そんなこと!」

「書いてるよ。気付いてないのお前らだけだから。あーあー、やってらんねえな」

楓は言いながら腕を掴んで立ち上がらせた。

「ほら、プレゼント持って先輩の部屋行って来い。秀吉と遊んでいた理由もちゃんと話せば大丈夫だから」

「…でも」

「でもじゃない。一人で悩んでもしょうがねえだろ。須藤先輩はお前中心なんだから。まあ、お前は悪くねえし、このまま放置してればその内あっちが折れるだろうけど。どっちがいい?」

二枚のカードを自分に差し出された。
どちらを引くのかと問われれば、勿論自分が謝る方を選ぶ。
放置すればこのまま自然消滅、という最悪の結果しか予想できない。
機嫌が直らないのならばそれでもいいが、せめて理由だけでも聞いてもらいたい。

「…謝ってくる…」

「よし、えらい。香坂に電話してこっちに来てもらうように言うから。そのまま泊まるならメールくれよ」

「……うん」

てきぱきと段取りを決められ、プレゼントを腕にかけるとぐいぐいと背中を押された。
半ば無理矢理部屋を追い出され、扉の前で重苦しい溜息を吐く。

楓の言葉を疑うわけではないが、本当に許してもらえるのだろうか。
あんなに冷徹な表情をして、取り付く島もない先輩を思い出し、背中がひやりとする。

「れーん、さっさと行けよー」

扉の向こう側から楓の声がし、びくりと身体が委縮した。

「…はーい」

しかもがちゃりと施錠する音まで響く。
これは行くまで部屋へ入れないという意味だろうか。
ぐずぐずと決心がつかない自分の性格を汲んで、乱暴な方法をとっているのだろう。
観念してゆっくりと廊下を歩き出した。
俯きがちに廊下だけを視界に入れて、途中何度も何度も溜息を吐く。
楓とはよく衝突して、喧嘩もしたが、須藤先輩と気まずくなるのは初めてで、対応に困る。
楓は口が悪くても本音をすべて見せてくれたし、彼の心の所在が理解できた。
だから喧嘩になっても解決してこれた。
けれど須藤先輩は違う。本心は分厚い雲に隠されて、どれが正解なのか判断できない。
途中、蓮、と声を掛けられのろのろと顔を上げた。
香坂先輩がこちらへ困ったように笑いながら歩き、ぽんと肩を叩いた。

「拓海拗ねてんぞ」

「…はい。なんか、すいません。痴話喧嘩みたいなのに巻き込んじゃって」

こちらも苦笑すれば、香坂先輩は楓と同じような言葉を言った。

「そんなん、俺と楓なんていつもだろ。まったく、しょうがねえよな、拓海はよ。あんまりしつこかったら、もう嫌いですって言ってみな。ころっと態度変えるからよ」

香坂先輩はそうなってほしそうに、にやりと片方の口の端を上げた。

「じゃあな。あ、拓海が命乞いしたら後で教えろよ」

こちらは暗雲の心を持て余しているのに、香坂先輩はいつものように陽気に笑うばかりだ。
傍からみれば些末な出来事。自分に恋愛経験がもう少しあれば、香坂先輩のように笑えたのかもしれないけれど。
先輩の部屋の前で行きたくないと叫ぶ本音に蓋をして扉を開けた。
香坂先輩のはなしだと個人部屋に閉じこもっているらしい。
お邪魔しますと小さく呟き、先輩の個室の扉をノックして、返事を待たずに僅かに開けた。

「せんぱい…僕です」

「…蓮?」

「はい…」

今度は半分くらいまで扉を開ける。
机に向かっていた先輩は視線だけ、僕に向けてくれた。

「蓮、ごめん――」

帰ってほしい、と口にするだろうと予想し、咄嗟に遮った。

「あの!これ!」

手に持っていたプレゼントを強引に差し出す。
こんなはずではなかったのだけど。
頭の中で何度もシュミレーションした言葉ががらがらと崩れていく。
なんでもいいから須藤先輩の気を引きたかったのだ。

「…これは?」

ぽかんとした表情に突破口を見つけた気がして、一気に畳み掛けた。

「あの、一日早いけど誕生日プレゼントで。土曜日は秀吉が選ぶのに付き合ってくれて。一人で悩んだけど決められなくて、皆に手伝ってほしいって声かけたんですけど、いいよって言ってくれたのが秀吉だけで…それで…」

頭の中がぐるり、ぐるりと回っている。加速をつけるそれに視界まで回りそうだ。
冷や汗を掻きながら、それでも一生懸命に言い訳を繋いだ。
少しでも須藤先輩に口を出されたら、委縮してなにも言い返せなくなる。

「秀吉は大事な友達で、普通に遊んで楽しかったのも事実で、秀吉は一緒に真剣に悩んでくれて、須藤先輩が喜んでくれるといいねって言ってくれて、だから、えっと…」

最早なにを言いたいのかも忘れてしまったし、自分がなにを言っているのかもわからない。
ただ、自分の気持ちを口にすればいいだけなのに、須藤先輩の視線が針のように突き刺さって麻痺させる。

「…あの、すみませんでした」

もうなにも言葉が思い浮かばなくて、謝罪を口にして小さく頭を下げた。
須藤先輩からはなんの反応もない。
やはり怒りはおさまらないのだろうか。
がっくりと肩を落とすと、差し出していたプレゼントをひょいと持ち上げられた。
はっと顔を上げると、切羽詰まったような表情をする須藤先輩に抱き締められる。

「ごめん!」

「…へ?」

謝るのはこちらなのに、何故か須藤先輩は何度も何度も謝罪を繰り返す。
意味がわからずにぽかんと脱力したままでいると、抱きしめる腕が強くなった。



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