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寮に着き、部屋の前でくるりと秀吉に振り返った。

「じゃあ、今日は本当にありがとうね」

「いえいえ、どういたしまして。先輩喜んでくれるとええな」

期待を込めて頷くと、彼は僕の頭を二、三度撫で自分の部屋へと歩いて行く。
その姿が見えなくなるまで見送り、自分も部屋へ入る。
友人とも遊べたし、須藤先輩へのプレゼントも購入できた。
気分は良かったが、人混みの中を長時間歩いた足はくたくたで、慣れない疲労がどっと押し寄せた。
プレゼントを慎重に机上に置き、ベッドへダイブした。
楓の姿はない。香坂先輩と一緒なのか、友人とどこか遊びに行ったのか。
ぼんやりと持ち主不在のベッドを眺めた。
瞳を閉じればこのまま眠ってしまいそうで、誘惑を押し込めて起き上がる。
プレゼントをクローゼットの奥へしまい、ゆっくりと着替えを済ませ、先輩へメールを送った。

"今日は何していましたか?僕は寮に戻って来ました"

特に、連絡を怠るなと命令を受けたわけでもないし、先輩は僕個人を尊重してくれる。
束縛するような真似もしないし、無理矢理自分の腕の中に閉じ込めるような行為もしない。
それが彼の付き合い方なのだと思う。
頭では理解しても、未だに慣れない、
楓のときとは正反対で、比べることではないと思うが、もっと直接的に欲してほしいと思うときがある。我儘で、ない物ねだりだ。
携帯を手に持ちながら再びベッドに大の字になる。
風呂を済ませて早々に眠りたい。
けれど、先輩から返信があるまでは起きていよう。
そう思ったけど、連絡をすればだいたい三十分以内には折り返しの連絡がくるが、今日は一向にない。
携帯と睨めっこしてみるがそれが震えることはない。
先輩も色々と用事があるし、友人と一緒なのかもしれない。
こんなこともあるさと、深くは考えなかった。
携帯を枕の脇に放り投げ、いつもより時間をかけて風呂に入った。
戻って、もう一度携帯を見たがやはり連絡はない。
一瞬の寂しさは睡魔に邪魔され、ろくに髪も乾かさずに眠った。



「蓮、おい。布団掛けて寝ろよ」

夢の中で楓の声が聞こえた。
煌々と光るなにかが煩わしくて、暗闇を求めて枕に顔を埋める。
すると、身体の下に敷いていた布団を引っ張られ、ころんと壁際に追いやられた。
恨めしさで薄らと瞳を開ければ、布団をかけている楓がいた。

「…あれ、楓?」

「月島楓ですよ。布団被りなさい」

「…今日、泊まると思ってた」

「須藤先輩が帰ってきたから俺も帰ってきた」

「…ふうん」

生返事をしながら瞳を閉じる。
布団をかけてくれたおかげてとても温かく、天国にいるようだ。

「おやすみ」

頭上から楓の声が響いて、それに返事をしようと思うのにうまく口が動かない。



翌日目を覚ましたのは九時頃で、いくらなんでも眠り過ぎたと後悔した。
隣のベットには楓の姿がある。
半分意識を夢に持っていかれたまま、昨夜の出来事を思い出す。
楓が帰ってきて、僕に布団をかけてくれた。
須藤先輩が帰ってきたから、と楓は言っていた。
そうだ、と思い出して携帯を確認したが、やはり連絡はない。
こんなことは初めてなので戸惑う。
もしかしたら風邪でもひいて寝込んでいるのだろうか。
だとしても、あまりしつこく連絡をしたら迷惑だし、病気ならば香坂先輩あたりが教えてくれるだろう。

とりあえず部屋の暖房をつけ、顔を洗い、着替えた。
テレビでも見ようかと思ったが、音で楓が起きるかもしれない。
手持無沙汰で、仕方なく課題を片付けることにした。
まだはっきりとしない頭では課題もなかなか進まないし、意識を携帯に邪魔されて集中できない。
それでもなんとか進め、一時間経ったころ珍しく楓が自分で起きた。

「おはよう」

上半身を起こして呆然とする楓に言う。

「…はよ」

寝起きでますます声が枯れて、ほとんど空気の返事が返ってくる。
大きな欠伸をしながら洗面所へ向い、帰って来た楓は勉強中悪いんだけど、と肩を叩いた。

「なに?大丈夫だよ」

どうせろくに集中できないのだし。

「須藤先輩なんかあった?」

「なんかって?」

「いや、すげー不機嫌で帰って来たから」

「…昨日は連絡とってないけど…」

「そっか。珍しく荒れてるみたいだったからさ」

楓は、ああなった拓海は最高に面倒くさい、と香坂先輩がうんざりしていると続けた。

不機嫌の理由はわからない。昨日は会っていないし、連絡もない。
原因は自分ではないと思いたいが、気付いていないだけでなにかしただろうか。
普通に考えれば出先で嫌なことがあったと考えるのが当然だが、万が一、ということもある。
思惟してみたが、やはり心当たりになることは一つもない。
目線を下に落とせば、話しながら準備をしていた楓は大丈夫だよと優しく声をかけた。

「先輩も機嫌悪いときはあるだろ」

「まあ、そうだけど」

「会いに行ってくれば?蓮の顔見れば機嫌よくなるだろ。俺は香坂と出かけてくるから、部屋に一人でいるだろうし」

「そうだね…」

楓はぽんと優しく肩を叩き、じゃあなと部屋を出て行った。

一人になった部屋で携帯をとった。
顔を見せれば機嫌は直ると楓は言ったが、そんな単純なはなしではないだろう。
ますます機嫌が悪くなる可能性だってある。
ちらりと時計を見れば十一時。
さすがに先輩ももう起きているだろう。
行くべきか、行かないべきか悩んだが、もしかしたら自分が原因ではないか、という僅かな不安に左右されるならば直接会って確かめたい。
携帯と鍵をパーカーのポケットに乱暴に押し込め、先輩の部屋を目指した。

部屋で右手を上げては下げを繰り返す。勇気が出ずにノックができない。
ここまで来ても、自分の判断が正解か、不正解かわからずに悩んでしまう。
折角ここまで来たのだし、と自分を鼓舞して控えめに扉を叩いた。

いつもは誰かしら応対してくれるが、扉の向こうは静まり返ってそんな気配はない。
もしかして出かけたのかもしれないし、まだ眠っているのかもしれない。
あらゆる可能性の中には居留守、というものもある。
だめもとでもう一度だけノックをする。
出なければ帰ろう。
すると、寝起き姿の先輩が扉を開けてくれた。
いつも規則正しい時間で生活し、乱れた姿を見たことがなかったので、とても驚いた。
気だるそうな雰囲気で、眼鏡をかけていないからか、瞳はとても冷たく感じられた。
いつもとは違う彼に一瞬ひるんでしまったけれど、何もびくびくする必要なんてない。

「…おはようございます。突然すみません」

心もとなさから視線をつま先に移す。

「…おはよう」

声色はいつもと然程変わらないが、低くざらついている。
起こしてしまったようだ。

「どうしたの?」

「…いえ、あの…」

機嫌悪いと聞いたから来ました、なんて言えずにもごもごと口ごもる。

「とりあえず、どうぞ」

着替えてくるから少し待ってて、と言われ、いつものようにソファに着いた。
戻ってきた先輩はきっちりと洋服を着て、眼鏡もつけていた。
それでも、瞳にはいつもの温かさが感じられない。
やはりとても嫌な出来事があったのだろう。
もしかしたら一人になりたいのかもしれない。早々に帰った方がよさそうだ。

「なにか飲む?」

「いえ、大丈夫です…あの、昨日、メールしたんですけど…」

「…ああ、ごめんね」

須藤先輩は僅かな距離を持って隣に腰を下ろし、小さく溜息を吐いた。
そのまま会話は途切れ、隣を見ればなにもない宙に視線を向けている。
なにかを見ているのではなく、深く考え事をしている。
自分はこの空間で邪魔にしかならないらしい。
不機嫌な彼と共にいられるほど、気持ちも強くないし、自分が悪くなくともおろおろと焦ってしまう。
どうにかしてとりなそうと躍起になり、空回りするのはいつものパターンだ。
相手が楓だろうが、須藤先輩だろうが、変わらないだろう。

「…僕、帰ります。起こしてしまってごめんなさい」

逃げるが勝ちとは言わないが、余計に波風立てるよりは退散しよう。
ソファから立ち上がり、須藤先輩に背中を向けた。
一歩踏み出そうとしたが、後ろからぎっちり腕を掴まれた。
痛みと驚きで振り返ると、ビー玉のような瞳が自分を捉えている。
いつも優しく、穏やかな彼はいない。

「…蓮は、昨日何やってた…?」

「昨日は…」

先輩のプレゼントを買いに行っていました。とは言えないし、咄嗟に上手い嘘もつけず、視線が泳いでしまう。
答えられずに口籠ると掴まれた腕に一層力がこもった。

「……秀吉君だっけ…?あの子と一緒だったよね」

街の何処かで擦れ違ったのだろうか。
それともプレゼントを選んでいる場面を見られただろうか。
だとしたら大失敗だが、知られているなら隠す必要もなくなった。
もう正直に話したほうが良さそうだ。

「…はい」

「…随分仲がいいんだね」

須藤先輩は口元だけで笑い、それを反して瞳はどんどん温度を失っている。
なにか悪いことをしたのだろうかと、一瞬で頭の機能が停止する。

「あんな楽しそうな蓮、久しぶりに見たよ」

実際楽しかったし、友人に見える顔と恋人に見せる顔は違くて。
友人とは自然体で共にいられるけれど、恋人ならばそうはいかない。
気遣いも必要だし、それもこれも嫌われないためだ。
誰しもがそうだと思っていたし、実際須藤先輩だってそうだ。
理不尽な責められ方をされているような気がするが、それよりもどう答えれば正解なのか、不機嫌の理由がどこにあるのか、そちらに気を取られる。
混乱する頭で色々と考えたが、よくわからない。
沈黙が流れ、突き刺すような視線に耐える。
その内、張り詰めた空気を壊すように、須藤先輩は溜息をつき、腕を放した。
強張る身体でじりじりと熱を持った左腕を右手で包んだ。

「ごめん……帰ってもらっていいかな」

「あ、あの…」

「ごめん」

顔を背けられ、全身からすべてを拒否する雰囲気が漂っている。
どうせうまい弁解などできない。
焦れば焦るほど、自分はなにも上手くできない。
なにかを言いかけた口を閉じ、小さく頭を下げて部屋から出た。
とぼとぼと廊下を歩く。
自分のなにがいけなかったのだろう。
よくわからない。
先輩の思考は先輩にしかわからないけど、間違ったことは一つもしていない。と思う。
それは自分の勝手なのかもしれない。
傍から見れば間違いだらけかもしれない。
しかし、あんなに機嫌を損ねる行動をとったとは思えない。

部屋に戻りベットに飛び込み、枕に顔を埋めた。
明日は先輩の誕生日だ。喜んでほしいと願い、尽力したがまさか直前にこんなことになるとは思わなかった。
喧嘩というには一方的だったし、意見の不一致でもない。
ただただ首を捻るしかないし、謝れば丸く収まるというわけでもなさそうだ。

どこで間違ったのだろう。
釦を掛け違えたくらいのさりげない不一致が、大きく歯車を変えた。
ただわかっているのは、初めての誕生日が幸せな思い出にならないということだけだ。

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