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大きなデパートから、小さなお店まで色々回ってみたが、ぴんとくるものがなかった。
大きく溜息を吐き出すと、秀吉は少し休憩しようと言った。
近場にあったカフェに入り、少し早い夕食を食べた。
食後のコーヒーを啜りながら難しい顔をしていると、向いの秀吉が吹き出した。
「なんか蓮可愛えな」
「なに、急に」
「須藤先輩のために一生懸命で」
「可愛いじゃなくてかっこいいと言ってくれ」
「可愛えやろ。あれや。ハムスターとかがめっちゃほっぺたに飯突っ込んで一生懸命食ってる感じ」
「…ハムスター…」
想像すると、それはそれは可愛らしい絵面だ。
秀吉の目にはあんな風に映っているのかと思うと、ますます落ち込む。
いつだって脱マスコットを目標にしているのに。
「そんな落ち込むなやー。可愛えやんか」
「可愛いは嫌んだよ。ちんちくりんは卒業したいの」
「えー。蓮はずっと今のままでいてほしい。背とか伸びんでほしい」
「なんだそれ。娘を持った父親か…」
「気持ち的にはそれに近いかも」
他人事だと思って皆揃って同じように勝手なことを言う。
その度に心の中で今に見てろと舌を出す。
「本気でこの垂れ目とか、身長とか、悩んでるのになー」
「こっちも本気や」
「なら尚更悪いよ!」
怒っても秀吉はへらへらと笑う。
迫力がないとは自分でも認めているが、やはり、今に見てろよと思った。
ふと、コーヒーの香りに混ざって微かに甘い香りが鼻梁を通った。
ケーキの甘さとも違う、もっと直接的で人工的な香りだ。
くんくんと鼻をきかせてみれば、秀吉から放たれている気がする。
微かな香りなので気にも留めていなかったが、秀吉が僅かに動くたびにふんわりとあたりを優しい香りが包むのだ。
「…秀吉なんかいい匂いする」
「…食い物の匂い?」
「違う違う。甘い匂い…香水?」
「ああ。学校でもつけとるやん」
秀吉の言葉にううん、と唸った。
確かにいい香りはしていたが、皆つけるものだから、どれが誰の香りかまで判断ができなかった。
それぞれの好みに合わせて、近付いてよく鼻を利かせればわかる程度なので、様々な香りがごちゃまぜになっても不快に思ったことはない。
自分はそういう物に疎く、買ってもどうせつける習慣が身に着かないとわかっているので買わない。
「香水、か…」
「香水とかもええやん。自分の好きな香りつけてくれたら嬉しいやん」
「でも好き嫌いわかれるじゃん。匂いって」
「まあな。自分の好みやないときついしな。けど、好きな人につけて、言われたら男はつけるやろー」
「ふうん。秀吉にもそんな経験が?」
「あったらええんやけどね…。ま、見るだけ見てみようや。須藤先輩の好みはわからんから、蓮がいいなって思う物があれば買うてみたら?」
「そうしてみようかな」
好みがきっぱりとわかれる物を買うのは勇気がいる。
それこそ、有難迷惑になるかもしれない。
でも、秀吉が言ったように、自分が選んだものが須藤先輩の香りになってくれれば嬉しいとも思う。
匂いというのは記憶に刻まれやすいと聞いたこともある。
詳細はほとんど忘れていても、その香りをかげば記憶の枝が揺れるのだとか。
そういう物を贈るのもいいかもしれない。
残りのコーヒーを飲み干して、急ぎ足でデパートへ逆戻りした。
デパートの中は休日のため人が多く、昼食時の購買を思い出す。
あれは余程の戦争だが、こちらも負けていない。
様々な香水が並ぶ棚に近付く。それぞれの香水の付近に置かれたムエットを手に取っては嗅いでみる。
「うーん。嗅ぎ過ぎてわかんなくなってきた…」
「蓮は何系が好き?甘いのとか、柑橘系とか、爽やかなやつとか…」
「そうだなあ…」
慣れ親しんでいるのは柑橘系の香りだ。楓がつけているから、部屋も同じ香りがする。
それはとても楓に似合っていて、自分も好きだが、須藤先輩とはリンクしない気がする。
秀吉の甘い香りもよかったし、景吾のシトラスの香りも捨てがたい。
好みはあるといいながら、他人から香る匂いはどれも素敵に思う。
「…全部いいと思う」
率直に言えば、秀吉は苦笑して、それなら鼻がおかしくなるまで色んな香りを試してみようと提案した。
もうそれしか道はないと、ずらりと並ぶ香水のムエットを端から順番に嗅いでいく。
「俺も自分用に、いいのあったら買おうかなー」
二人でああでもない、こうでもないと談義しながら中間くらいまできたとき。
ムエットを手に取った瞬間の香りにこれだと思った。
甘すぎず、爽やか過ぎず、大人を意識したような香りは須藤先輩らしい。
「これ、この香り好き」
「お、ええの見つかった?ああ、これあれや。体温とかによってちょっと香りが変わるとかなんとか…って見た気がする」
「へえ。そうなんだ…」
小さな瓶を片手で包み、しげしげと見つめる。
「須藤先輩っぽいっちゃ、ぽいかもな。ちょっとクセがあるところとか」
「クセ?」
「あるやろ。先輩も、この香水も」
「…そうかな?」
もう一度ムエットを手にしたが、自分にはとても好ましく感じる。
嫌なクセは感じられないし、須藤先輩だってあくの強い人ではない。
誰に対しても穏やかでとっつきやすいし、この香りと同じように、知的で穏やかで紳士的だ。
クセといえば絶対に木内先輩なのに。
「蓮が気に入ったならええやん」
「うん…」
けれど、すべてを試したわけではない。
もっといい物があるかもしれない。候補に入れて他も試してみよう。
そう思い、すべてを試してみたが、やはり最初の直観は侮れないもので、結局それを購入した。
プレゼント用に綺麗に包装してもらい、ブルーのリボンが巻かれた小さな紙袋を満足気に見詰めた。
「ええの見つかってよかったな」
「うん。鼻おかしくなったけど」
さらに具合も悪くなりそうだと言えば、秀吉はころころと笑った。
笑いごとではないのだが、つられて自分も笑う。
「ありがとうね、秀吉」
「ええよええよ。俺も久しぶりに色々見て回って楽しかったし」
「今度お礼に学食驕るね」
「お、それはありがたいわ」
一番高いやつな、と付け加えて僕の頭をぐりぐりと撫でられる。
笑い混じりにやめろと手を払いながら暫くじゃれ合った。
デパートの中だというのに迷惑なはなしだ。
心が軽い。
目的は達成したし、友人と休日を過ごして、相変わらず益体のない話しをして、仔犬のようにじゃれ合って。
学校の休憩時間とまったく同じだけれど、場所が違うだけでとても新鮮で、倍楽しい。
「秀吉、また遊びに来よう」
「せやな」
帰りの電車の中で約束を交わした。
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