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「蓮、元気なーい」

先輩に言ってしまった手前、今日はみんなと昼食を摂った。
楓も一緒に食べたいと言ったが香坂先輩はそれを許さず、易々連れて行かれた。
そして景吾にまで心配をされる。

「元気ない?」

「うん。ちょっとね。須藤先輩となんかあった?」

日向ぼっこしようと、教室のベランダに二人肩を並べて体育座りをしていた。
教室の中を覗き見れば、秀吉がゆうきに神谷先輩の話しを嬉しそうに延々としている。
ゆうきは聞いてるのか聞いていないのかわからないけれど。

ふっと溜息を零した。僕の顔を景吾が覗き込んでは首を傾げた。

「…景吾はさ、梶本先輩が他の子に優しくしてたらどう思う?」

「そんなの嫌に決まってんじゃん」

「え、嫌、なの…?」

簡単に言う景吾に驚いた。
自分の心をなにも隠さない景吾らしいけれど。

「そりゃ、嫌でしょ。俺は別につきあってるわけじゃないからしょうがないけど、俺だけに優しくしてくれたらいいのにって思うよ」

「…そっか…」

「だって優しくするって、その人を大事に思ってるからでしょ?それか、自分がよく見られたいか…みんなに優しくするのはいいことだけど、それじゃあ不安になる、かな」

真っ直ぐな景吾を羨ましいと思った。
嫌味っぽくならずにさばさばと言えるのが景吾らしい。

「須藤先輩はみんなに優しいもんな。不安になった?」

気さくな笑顔を向ける景吾に曖昧に笑い返した。

「……でも、そんなの我儘だと思うし…」

「うーん…確かに、独占欲ってあまりいい物じゃないかもしれないけど、好きなら当然じゃない?みんな恋人は独占したいものじゃん。逆に言えば恋人だから独占する権利があるわけだしさ」

「そっか…」

「須藤先輩にそのまま、蓮の気持ち言っても怒ったりなんてしないと思うよ?ほら、須藤先輩って蓮にべた惚れだしさ」

「そんな事ないよ…」

「恋は盲目ってね。自分のことになると霞んで見えるものなんだよ。傍から見たら須藤先輩は蓮が好きでしょうがないって感じに見えるよ。蓮に悪い虫がつかないように目を光らせてるって感じ」

「…そうかな」

「うん、そぅだよ。蓮はもっと自信持った方がいいよ。須藤先輩は恋人を簡単に嫌いになるような人じゃないと思うし」

須藤先輩を誰よりも近くで見ているけれど、近すぎて見えないこともあると思った。
優しくて誠実なところが素敵だと思っていた。
なのに頭の中でいらない妄想をして須藤先輩を勝手に拒否して、悪いループに陥るところだった。

「うん、そうだね。ありがとう景吾。元気でたよ」

「よしよし。蓮は素直に話し聞いてくれて助かるなあ。どこかの誰かとは大違いだね」

ちらりとゆうきに視線を移した景吾に、二人で頷きながら笑いあった。
そんな憎まれ口を叩けるのも、景吾とゆうきの親密さゆえだ。

もっと単純に物事を見なければ。景吾のように。
回り道ばかりしているから目的地が段々わからなくなってしまう。
後で先輩にごめんなさいとメールをしよう。
少しだけ正直になって、仲直りをしよう。喧嘩をしたわけではないが、理由も言わず不機嫌になれば須藤先輩も戸惑ってしまう。

「よし、頑張るぞー」

「おう、頑張れ!」

なにを頑張るのかわからずとも景吾は応援してくれるし、ついでに背中を思い切り叩かれた。気合入れといたから、と笑いながら。
暴力反対と抗議をすればひらひらと飛ぶように教室へ逃げられた。



"今朝はごめんなさい、今日一緒に帰れますか?"

"うん、放課後迎えに行くよ"

そんなメールのやりとりをして、先輩が迎えに来てくれるのを教室で待っていた。
今日は来るのが遅い。携帯をポケットからだし、連絡がないか確認したが着信もメールもない。
もしかして忘れているのだろうか。こちらから連絡しようか。迷ったが、先生に呼び止められているのかもしれないし、あまりしつこくするのは好きではないのでやめておいた。

一人、また一人教室から生徒が去っていく。景吾たちも先に帰った。
いつも来る時間から三十分も経過している。
しんとした教室は益々焦りを煽る。
下校して行く人たちを窓から遠い目で見つめた。
やはり今朝のことを怒っているのだろうか。
もう一人で無駄なことを考えるのは止そうと決めたのに、負の方向へ思考が流れて行く。

「夏目君?」

廊下から名前を呼ばれて弾かれたように顔を上げた。
けれどそこにいたのは須藤先輩ではなく、がっかりと肩を落とした。

「…有馬先輩」

「教室に一人でどうしたんですか?」

教室へ入る有馬先輩をぼんやりと眺めた。

「須藤先輩を待ってるんですけど…」

「そうですか。こんな人気のない場所で一人待たせるなんて、須藤も詰めが甘いですね。須藤が来るまで一緒にいましょう」

有馬先輩は僕の席の前の窓枠に背中を預けて腕を組んだ。
なにか、気を遣ってくれているのだろうが二人になっても困る。
なにを話せばいいのかわからないし、沈黙も気まずい。
有馬先輩は雰囲気も表情も冷たくて少し怖い。悪い人ではない、と思うけれど。

「そんなに怖がらなくてもいじめませんよ」

「あ、いや……すいません…」

考えを読まれてしまい、ますます落ち着かない。
抑揚のない声が冷たげな雰囲気に拍車をかけている。

「…夏目君は何故風紀委員なんかに?」

沈黙を破ろうと動揺する僕に気遣ってか、有馬先輩が話題を提供してくれた。

「…委員会決めていなかったら先生が勝手に…」

「なるほど。じゃあ他の二人もそうなんですね」

オレンジ色の光りが有馬先輩の髪を照らして、とても綺麗だ。
癖のない顔つきと、そのすらりと長い手足が作り物の人形みたいで、ノーブルな雰囲気は近寄りがい。
綺麗な顔はゆうきで見慣れている。けれど、それともまた種類の違った美しさがあると思う。
決して女性らしいわけではないのに綺麗で、つい見惚れてしまった。
本当に血が通っているのか、なんて馬鹿なことを本気で考えてしまうほど、見た目からは人間らしさが感じられない。

「…なにか?」

「い、いえ!有馬先輩は何で生徒会に入ったんですか?」

慌てて視線を逸らしながら、誤魔化すように言葉を繋げた。
有馬先輩には生気があまり感じられない。アンニュイな態度のせいかもしれないけれど。

「クラスで、役員を選出する話し合いのとき、保健室でさぼってたら勝手に決められていました。選挙活動もしていないのに、何故かそのまま当選してしまって」

「…なるほど……有馬先輩は須藤先輩と仲いいんですか?」

あまり詮索するようなことを聞いては嫌がるかもしれないと危惧したが、沈黙は耐えられないし、質問すればちゃんと答えてもくれるのでつい聞いてしまった。
生徒数が多いのにお互い名前をきちんと知っていた。
でも、今朝の会話からはそんな風には見えなかった。

「それは難しい質問ですね。仲が特別いいわけではないですし、悪いわけでもありません。気付いたら話すようになっていた、ってところですかね」

僕は人見知りする方だから、クラスの人以外はあまり話したことがない。
そんな風にきっかけなどなく、なんとなく始まる友達というのは経験がないのであまり理解はできない。

「そう、なんですか…」

なにか話題はないかと必死に頭の引き出しをあけてみたが、焦るほどに混乱して俯いた。

「……夏目君は気が弱そうに見えますが、そんなことないんですね」

「…え?」

「私に一生懸命話しかけてくれますし、須藤を相手にするのも勇気があると思います。でも…そうですね、君は須藤がいいかにも好きそうなタイプだ…」

言葉の意味がわからずに目を丸くしたまま有馬先輩を見上げれば、決して崩れない綺麗な笑顔で僕の頭をさらりと撫でた。

「蓮!」

声の方を振り返ると慌てた様子の須藤先輩が教室へ入ってきた。

「先輩…」

須藤先輩の表情には色がなく、真っ白だ。怒っているようにも見えるし、薄ら笑っているようにも見える。

「有馬、何故お前がここに?」

僕への挨拶もそこそこに、須藤先輩は有馬先輩と対峙した。

「廊下を通りかかったら夏目君が人気のいない教室に一人ぼっち。これは可哀想だと思いまして、あなたが来るまでの間、一緒にいたんですよ」

「変なことしてないだろうな」

「これはこれは随分な言われようだ。馬鹿な連中にからかわれないように見張っていたのに。逆に感謝して頂きたいくらいですよ」

須藤先輩は何も言わずに有馬先輩を睥睨し、有馬先輩は薄らと微笑んだ。
頭上で繰り広げられる冷戦は終わりが見えなくて、席から立ち上がったのはいいものの、動揺してばかりで口を挟めない。
今の僕は傍から見たらだいぶ挙動不審だと思う。

「そんな目で見ないで下さい。朝も言いましたけど、須藤のものだからって興味本位でちょっかい出す連中と私は違いますから」

「どうだか。有馬は性格も趣味も悪いからね」

「誉めて頂いて光栄ですよ」

「須藤先輩!だめですよ。有馬先輩は気を遣って僕と一緒にいてくれたのに、そんな言い方、だめですよ!」

言い終えた後ではっと我に返った。
いつも楓たちに小言を言うのが僕の役目で、それに慣れきってしまっていた。とはいえ、須藤先輩にまで説教をするとは。
どうしよう。焦りながら須藤先輩を見ると目を丸くしている。

「…はい。ごめん、なさい…?」

呆然としながら須藤先輩が言い、有馬先輩は声を上げて笑った。

「いやいや、須藤に説教とは夏目君はさすがです。いいものを見れました。ここで時間を潰して損しませんでしたよ。それでは私はこれで」

優雅に歩く有馬先輩は振り向きもせずに去り、ぽつんと二人だけ残されてしまった。
どうしよう。とりあえず謝ろう。

「…あ、あの…ごめんなさい…つい」

とても先輩を見れなくて、つま先に視線を移した。

「…いや、僕が大人気なかった。蓮はいい子だよ」

須藤先輩はふわりと僕の頭を撫で、隣の席に座った。

「遅くなって悪かったね。一さんに捕まって」

誰かわからずに首を傾げた。

「ああ、一さんっていうのは、氷室先輩。生徒会長の」

苗字しか知らなかったが、須藤先輩は仲が良いらしい。

「機嫌は直ったかな?」

微笑まれて慌てて頭を下げた。やはり須藤先輩はご機嫌斜めだとお見通しだったようだ。

「本当にごめんなさい…」

「いや、いいんだ。理由は話してくれるのかな?」

優しい問いかけに、須藤先輩はいつもこうだと思った。
僕が悪いのに大きな包容力で許してくれて、きちんと答えを出して解決できるまでそうっとしておいてくれる。
自分勝手な恋人に嫌な顔一つせず、甘やかしてくれる。
それに胡坐を掻いてはいけないと思う。なのに、須藤先輩を困らせてばかりだ。
正直に話せばまた困らせるかもしれない。
でも、言わなければますます混乱させると思う。

「……すいません、ちょっと嫉妬しただけです…」

「嫉妬…?」

「はい。先輩はみんなに優しいんだなって思って…ごめんなさい。勝手な我儘です」

怒られたらどうしよう。身勝手だと嫌われたらどうしよう。
冷や汗を掻きながら先輩の言葉を待った。

「なんだ、そんなこと…僕はてっきり昨晩のことで嫌われたかと焦ったよ」

「嫌いになるなんてそんな…」

小さく首を横に振った。僕が嫌われる要素はいくらでもあるが、須藤先輩を嫌いになる原因なんてない。
いつも僕の気持ちを優先してくれるし、大きな不満なんてない。
俯くと須藤先輩は僕の左頬に手を添えた。今は先輩の瞳を真っ直ぐ見れる。

「蓮は特別に決まってる。僕は蓮しか好きじゃない。わかってくれる?」

視線を合わせたまま頷いた。
須藤先輩の気持ちを疑っているわけではない。ただ、ちっぽけな独占欲や執着心に僕の心が乱れただけだ。

「僕も、僕もです…」

改めて気持ちを言葉にするのは恥ずかしくて、あまり口には出さないけれど、今は先輩に伝えなければいけないと思った。

先輩は嬉しそうに笑いながら立ち上がると腰を折り、ゆっくりと顔を近付けてくる。
瞳を閉じてそれに応じた。
すぐに離れていったそれでは足りなくて、先輩の制服を掴んでもう一度とせがんだ。

想ってるだけじゃなにも伝わらない。時には言葉にしなければならない気持ちもある。
あんなに迷って憂鬱だった心が、須藤先輩の一言で一気に明るくなる。
単純な人間だ。でも僕たちはまだ言葉にしないとわかり合えない。
だから何度でも好きだと言ってほしいと願う。


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