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ソファの背凭れに片腕を伸ばしてぼんやりとテレビを眺める友人に視線をやった。

「お前いつ帰んの?」

「さあな」

時計の針は二十三時を回っている。携帯を手繰り寄せ茜からの連絡がないことを確認し、ならば特に予定もないのでいつまでいても構わないが、ここに避難した理由は大方真琴絡みだと思うので、彼のことを思うなら部屋に戻してやりたい。

「また真琴から逃げてんのか」

「別にー」

口ではそう言うが、しっかりと顔に逃げてますと書いている。

「寝る時は帰れよ」

「はいはい」

三上が誰かとつきあおうと思うだけで奇跡。つきあい方にまで口を挟むつもりはない。山一つ飛び越えるより地道に一歩一歩踏み出す方が彼の性に合っているのだろう。
自分は山どころか海すら飛び越えて茜とつきあいだしたので三上の気持ちはよくわからないけど。
好きだと認めたならなぜ逃げるのだろうと不思議に思うが、つきあったからといって急に態度を改める男でもない。
真琴も重々承知の上だろうし踏んでも踏んでもへこたれないので心配はしないが、ご愁傷様ですと同情はする。
自分も茜の優先順位の一番下にいて、会えない時間や冷たくあしらうような態度にやきもきしっ放しだ。だから少しだけ真琴の気持ちもわかる。
それでもあの茜が別れないでいる間は、どんなに冷たくされたってきっと自分のことが好きなはずと鼓舞している。真琴も同じようなものだろう。二人揃って健気なので今度お互いを慰め合おう。
そういえば、と昼間の出来事を思い出し三上に視線を向けた。

「そういやお前行くの?」

「なにが」

「麻生に言われただろ?花見がうんたらって」

「行かない」

「即答」

「先輩のバイト関係だぞ?面倒に巻き込まれるに決まってる」

「まあ…でも真琴は行くんだろ?」

「行かせねえよ」

「束縛ぅー」

「束縛じゃない。なんかあったとき泣きつかれるのが面倒くさいだけ」

さすが、蝉になりたいと言うだけはあって面倒は徹底的に排除するらしい。
土の中で眠って、眠って、生きるのは瞬きをするくらい一瞬、そんな蝉が羨ましいと言ったときはこいつ頭大丈夫かと心配したものだ。
自分なら茜に来るなと言われても問答無用でついて行くけれど。
茜も男だし、誰かに守られるようなたまじゃない。馬鹿にするなと怒られることもある。別に見下してるわけではなく、女扱いしているわけでもなく、ただの自己満足。
三上にもそういう情熱が少しでもあれば、真琴がしくしく涙を流すことも減るだろうに。
この男に期待するだけ無駄なので口は噤むけど。


秀吉と三上と三人で帰宅する途中、寮の廊下で真琴の後姿を見つけた。
おーい、と声を掛けようとした寸前、三上が彼の名前を呼んだ。
何度か声を張り上げながら呼んだが、真琴はるんるんと歩きながらこちらに気付く様子はない。
どこか抜けてんだよなあと苦笑した途端、三上が大きく一歩踏み出し、彼の背中を思い切り蹴り飛ばした。
こいつ…と呆れるがべしゃりと床に転がった真琴は三上を確認するとへろりと笑う。三上も三上だが真琴も真琴だ。ゴミのような扱いをされたって笑うのだ。
秀吉と邪魔にならぬよう後方で待ったのだが、二人の会話が段々不穏な気配で包まれ、最終的には怒鳴り合って別れてしまった。

「ありゃー…」

秀吉が溜め息をつき、お互い面倒くさいことになったと目配せをした。

「ちょっと柴田一緒に部屋来て」

「は?やだ」

「いやいや、あんな不機嫌な三上と二人とか無理やろ」

「頑張れ同室者」

「少しは助けてくれてもええんとちゃう?」

「お前なら大丈夫」

「めっちゃ肩パンすんねんであいつ!俺腕っぷしには自信ないねん」

「わかってねえなあ」

小さく息をつき、秀吉の両肩を掴んだ。

「理不尽な理由で三上にキレられた俺がなにもせず耐えると思うか」

「…思わん」

「だろ。絶対喧嘩になんだよ」

「倍面倒くさい」

「だから俺は部屋に帰ります」

「え、ほんまに?」

縋るような視線を向けられたので、シャツをべろんと捲って腹を出した。そこには数日前三上に思い切り膝蹴りされた痣が残っている。

「この前喧嘩したときの痣がまだ残ってる」

「あー…そういや三上も痣だらけやったなあ…」

それでよく友情が続くものだと秀吉は呆れたように言った。
自分でも不思議だが、思い切り喧嘩して、思い切り遊んで、適切な距離を保ちながら楽に過ごせるのが三上だ。恐らく三上も同じように思っている。だから心底むかついてもなんとなく縁が切れない。
じゃ、と右手を挙げて自室へ向かう。勘弁してくれと諦めたような声を背中で受け、三上と同室になってしまった不運に同情した。


「おい」

昼休み、机で寝そべっていると三上に頭を小突かれた。

「なんだよ」

「お前今日行くだろ?」

「どこに」

「櫻井先輩の」

「あー…忘れてた」

正直、なぜ自分がと思う。櫻井先輩とは顔見知り程度だし、麻生に誘われた意味もわからない。三上だけで十分ではないか。

「行くよな」

「あんま気乗りしねえなあ…」

三上は持ち主不在の隣の机の上に腰を掛け、腕を組んでちらりとこちらを見てから溜め息を零した。

「…あいつになんかあったら頼む」

にやり、と顔を嫌な笑みに変えて下から覗き込むようにした。

「えー?聞こえなーい」

「お前ぶっとばすぞ」

冗談はほどほどにしておこう。三上が暴れると手をつけられないし、教室内で乱闘になったらまた停学処分、茜から大目玉を喰らう。

「真琴のこと俺に託すなんて随分薄情だな」

「そのために麻生がお前を誘ったんだろ」

「なんもねえって」

「ああいう商売にはよくないものが必ず関わってる。わかってるよな。なんかあったときのリスクがでかい」

「あー…でもそれなら俺がいてもねえ…」

「いないよりはましだろ。でかい身体活かして壁になれ」

「俺茜以外には身体張れない」

拗ねたように言うと思いきり舌打ちされた。

「三上が行くなら行ってやってもいいけど?」

ちらりと見上げると眉間の皺が深くなった。今からそんな顔ばかりしていると早い段階で皺が消えなくなるぞ。

「……ったよ」

「なに?」

「わかったっつってんだよ!」

言いながら机の脚を思い切り蹴り、すたすたと教室から去っていった。
室内は水を打ったようにしんとなり、ひそひそと三上を罵る声があちらこちらから聞こえる。

「…柴田、大丈夫か?」

近くにいたクラスメイトに慮られ鼻で嗤った。

「あんなのいつものことだ」

「まあ、柴田は慣れたもんだろうけど…」

クラスメイトはなあ、と顔を見合わせ苦笑した。
三上は二年になっても鼻つまみ者。同じクラスは勿論、他のクラスの生徒も三上を避ける。面白いほど露骨に避けられるので傍から見ていると笑いを堪えるのに苦労する。
対して自分は三上と違いコミュ力が高いのでクラスメイトともほどほどの関係を築いている。

「…そんな悪い奴じゃねえんだ。急に刺したりしねえから」

「んー…そこまでぶっとんでるとは思ってないけど、やっぱ怖い…」

「大丈夫大丈夫。潤も普通に絡んでるだろ?」

「柳はほら、木内先輩とかいるし…」

三上という人間が誤解され、尾鰭を付けて皆の心に恐怖心を植え付けている。
この前なんて消しゴムを拾ってやったら、ひっと引きつった声を出されていた。あのときは腹を抱えて笑ったっけ。

「話してみると結構面白いぞ」

「そっか。うーん、卒業までには一回くらいチャレンジしてみようかな…」

まるで猛獣か有毒生物のような扱いだ。怖いもの見たさで一度くらい記念に…なんて。
三上自身がそうさせているので身から出た錆で同情はしない。本人も現状を嘆かず、楽でいいと言うので構わないけど。
チャイムが鳴った後も三上は戻ってこなかった。放課後までにどれくらい機嫌が直っているかを想像しうんざりする。
私服に着替えて駅集合と麻生に言われたので待ち合わせ場所に向かった。
三上は相変わらず不機嫌な様子で、眉間の皺を緩めない。くくく、と笑うとぎろりと睨まれ、更に腹を抱えて笑った。
全員集合した後も三上は真琴と一言も話さず、真琴が避けるような態度をとるたび怒りが膨れているのがわかった。
あーあ、と呆れ、どうして拗れる前に素直に気持ちを話さないのかと思う。
三上は気持ちを言葉に変換するのが下手だ。機嫌をとるための方便として甘い言葉は言わないだろうし、オブラートに包んで丸め込むのも下手くそだ。女の扱いを見てきたからわかる。
正直で、嘘がなく、思ったこと以外口にしない。それは美徳なようで、恋愛においては悪手でもある。
発破をかけないとこの状態のまま数ヶ月と経過するかもしれない。しょうがないのでひと肌脱ごうと決めた。三上のためではない。苦労してやっと成就させた真琴のためだ。
三上からの数々の仕打ちを受けてもへこたれなかった真琴は頴脱した精神の持ち主で、三上を扱えるのは真琴だけだと思うのだ。
たまにこういう人間が現れる。三上の鋭利な言葉や態度、視線に怯まずそこがいいという女が。でも三上が選んだのは女ではなく同性の真琴だ。
一時の感情ではなく、三上のいいところも悪いところも包括して好きだと言う気持ちが伝わったのだろう。
まだまだ前途多難な二人だが、時間をかければ上手につきあえるようになると思う。こんなところで縁が切れたらお互いにとってマイナスだ。
世話が焼けると思うけど、これでも友人の幸福を望んでいるのだ。
花見会場はカフェバーの二階で、中心に置かれたテーブルの上に料理やソフトドリンクが並んでいる。
みんな酒を片手に好き勝手話しており、さて真琴の機嫌取りへ向かおうと一歩踏み出した瞬間、ビール片手の男に腕を引かれた。

「君も高校生?」

「そうですけど」

「マジかー。紘輝と同い歳?」

「一個下です」

「下あ?老けてんなー」

げらげら笑われこれだから酔っ払いはとうんざりする。
横を見ると麻生と三上も捕まっており、わらわらとみんなが集まってきた。

「背なんぼ?スタイルいいね。最近の高校生はみんなそうなの?」

「彼女いる?この仕事興味ない?」

「いやいや、イケメンがきたら客とられるだろ」

「それもそうだ!」

一人ずつ話せや。
面倒くせえと心の中でごち、適当に相槌を打った。麻生は上手に交わしているが、三上に至ってはフルシカトだ。酔っ払いは好き勝手話し、相手の返事は望んでいないので構わないだろうが。それより真琴が気になるのか、三上は真っ直ぐ彼の背中を見詰めている。
視線に気付いてやれ、真琴と思うが、それを望む方が間違いかもしれない。真琴はどがつく鈍感だ。
三上の態度や言葉が悪いのは大前提で、真琴に非はないが、少しだけ三上に同情する。彼なりの下手くそな愛情表現を真琴はすべて流すから。
自分は一ミリも三上に好かれていない。そんな固定観念は容易く崩れるものではないらしく、傍から見ると察することができる愛情も真琴には一切伝わらない。だから直球勝負しないとだめだと言っているのに三上も聞かないのだ。
そのうち、中年男性が真琴たちのテーブルに着き、一生懸命潤を口説いているようだった。有馬先輩は盗聴器とか仕掛けていそうなので、後を考えると身震いする。

「おい」

三上に脛を蹴られ顔を向けると、顎をしゃくって行けと命令される。

「その言い方腹立つー」

「ああ?」

「わかったよクソが」

この貸しはなにかで返してもらおうと決め、真琴の元へ向かった。
三上の態度がむかつくので無駄に真琴と身体を密着させ、中年男性が去ったあとも過剰なコミュニケーションをとった。
椅子に座った自分の上に真琴を横抱きするように座らせ、あーんと食糧を口に運んでもらう。
ちらりと背後を振り返ると三上は鬼の形相で睥睨しており、くっと笑っていい気味だと心の中で舌を出した。握ったグラスに力を入れ過ぎてそろそろ割れるかもしれない。
口を動かしながら夏目と朗らかに話す真琴を見おろし、まあ、三上の気持ちはわからなくはないと思う。
真琴の顔は平均的で特に目立つ男ではないが、ほんわかお花畑な雰囲気には隙があり、しっかりしているようで抜けているし、世の中の怖さを知らない無垢さは変態の餌食になるかもしれない。
仕草や話し方は柔らかく、女々しいとか、なよなよしているわけではないが、なんとなく可愛らしい。
おまけに性格がこの上なくいい。優しく、愛情深く、健気で献身的で控えめ。女ならまさに大和撫子。ストーカーをするほどぶっ飛んでいたり、変態的な思考は持っているけれど、それは対三上だけなので、友人としてはこんないい子がこの世にまだ残っていたのかと驚くほどだ。
どんな事情があって虐められていたのかはわからないが、夏目や潤も、その傷を解そうと愛情過多に接しているのがわかる。
傷ついて人間不信になった子猫を労わるように。
真琴はゆるキャラだから。と潤が言っていた言葉を思い出す。
確かにと笑い、健気な発言をする真琴を抱き締め、ぐりぐりと頬を頭に擦り付けた。
これで三上も動くだろうと予想したが、まさか顎の付け根をぎりぎりと掴まれるとは思わず、こんなに協力しているのに理不尽ではないかと舌打ちしそうになる。

「お前喧嘩売ってんのか」

地を這うような声で言われ、おー、キレてるキレてると笑いを堪えられずにいると胸倉を掴まれた。
壁に背中を押し付けられ、同じ目線で睨み合う。少しは自分の日頃の悪行を反省しやがれ。もたもたしてると横から掻っ攫われるぞ。
そうなって後悔しても遅い。大事なものから視線を逸らしたら二度と腕に抱けなくなる。茜を失いそうになって痛いくらいに思い知った。あんな想い二度と御免だし、友人にもしてほしくない。そんな友だち想いな自分の気持ちは勿論三上に伝わるはずもなく、一発殴って目を覚まさせようかと思った矢先、三上が振り払った腕が真琴の頬を打ち、麻生がものすごいスピードでこちらに近付くと三上を壁に押し付け、首を腕で潰すようにした。
優等生で真面目な顔してやることがえげつない。
三上は麻生を振り払うと真琴の腕をとり大股で歩き出した。あとはあの二人で解決してもらおう。三上もここまできたら己でどうにかするだろう。

「麻生、助かった」

「いや、俺はなにもしてないけど」

「止めてくれなかったら殴ってたわ」

はは、と笑うと麻生は苦笑しほどほどにしてくれよと言った。

「お前格闘技でもやってんの?」

「え?いや、全然」

「それで頸動脈潰しにいく?」

「はは、小さい頃空手やってたけど、もう昔の話しだしね」

爽やかに笑う麻生が怖い。格闘技を習った者は基本動作がしっかりしているし、いくら幼い頃といえど身体が覚えているのだろう。
ラスボスは麻生だったか。麻生のような人間が真琴の傍にいるならまあ、三上がいなくとも安心できる。
もしかしたら今まで真琴に悟られぬよう、危険から守ってきたのかもしれない。
幼い頃の真琴なんて、さあ誘拐してくださいと看板を背負っているような子どもだったに違いない。
ぽん、と麻生の肩を叩き、お前も苦労してんだなと勝手に決めつけた。

帰路についたのはそれから二時間後。麻生がさすがに帰った方がいいと言ったので、高校生組は早めの退散だ。
楽しかったとはしゃぐ夏目と潤の後ろで、今日抱えたストレス発散のために今すぐ茜に会いたいと思った。
携帯をとりだし、今なにしてると文章を打って、送信せずに消した。
日頃の寝不足のせいで寝ているかもしれないし、有馬先輩の部屋かもしれない。
今顔を合わせたら絶対に離してやれない。ストレス発散のためにセックスなんて最低な理由では抱かないけれど、少し甘やかされたら絶対むらっとする。
疲労が蓄積された茜の身体に無体は働けない。我慢できるようになった自分偉い。
寮のエントランスでそれぞれ別れ、欠伸をしながら自室の扉を開けた。

「おかえり」

凛と透き通る声が聞こえ、ぱっと視線をそちらに向けた。

「…茜」

「随分遅かったな。門限、とっくに過ぎてるぞ」

「あー…」

頭を掻きながらソファに座る茜の隣に腰を下ろすと胸倉を掴んで引き寄せられ、くんくんと匂いをかがれた。

「酒臭いぞ」

「なんのことかなー…?」

「貴様…」

「飲んでない飲んでない。匂いが移っただけ」

嘘だけど。
茜はふっと溜め息を吐き、詮索はしないがほどほどにしろと言った。
あの茜が見逃してくれるなんて、随分丸くなったなあと感動する。ごろんと茜の太腿の上に頭を乗せ、真っ直ぐで真っ黒な髪を指先で摘んだ。

「…なんだ」

「ちょっと甘えてるだけ。すげー疲れた」

「遊び疲れた、ということか?」

「違うって。俺今日馬鹿な友だちのためにめちゃくちゃ頑張った」

思い出して溜め息を吐くと、茜はそろそろとこちらに手を伸ばし短い髪を撫でた。
甘やかし方がぎこちなくて下手。そんなところが愛おしいのだけれど。

「茜はなんかあったのか?」

「…まあ…大したことじゃない」

「どうした?」

「…ちょっと…有馬に腹が立って…」

茜は視線を逸らしながらぼそぼそと言い顔を歪めた。

「また喧嘩したのか?」

ふんわり笑い髪に指を指し込んだ。

「喧嘩にもならない。僕が一方的に怒っているだけだ」

「そうか。まあ、有馬先輩といればむかつくことも多いだろうな。よしよし」

頭を撫で、ついでに後頭部を引き寄せて触れるだけのキスをした。

「…柴田」

「なに」

このまま体勢を入れ替えて雪崩れこもうと思ったが、茜がきっとこちらを睥睨した。

「お前、やはり飲んだな」

「あ…」

キスをすればバレるのに、自分はアホか。まあまあ、と誤魔化しながら起き上がり、茜を無理矢理胸に掻き抱く。

「柴田…!」

「はいはい、茜ちゃんは可愛いでちゅねー」

「貴様ー!」

「吠えない吠えない」

よしよしと背中を撫でると力が抜けたので、こちらも抱き締める腕を解いた。
そろそろいいだろうかと顔を覗き込むようにすると、思い切り頭突きされた。

「いってえ…」

「これくらいで勘弁してやる。ありがたく思え」

「DVだ…」

「お前が僕にしてきた仕打ちを思えば優しいと思うが?」

「はい、さーせん」

反省するから抱いてもいいだろうか。
不器用で真面目な性格も、ふとしたときに甘える顔も可愛くてしゃーないのだ。
たまに不安になる。茜は甘くないし、滅多に愛を囁いてくれない。いつも自分を袖にして、自分ばかりが追いかけて。
こんなのらしくないと思う。いつも追い駆けられる立場だったのに。だけどどうしたって形勢逆転できない。惚れた方が負けというのはあながち間違ってないと思う。
その隙間を埋めるために抱いて、抱いて、でもそうするともっと茜が遠くへ行く気がする。

「…茜、俺のこと好き?」

「なんだ。らしくないことを聞くな」

三上と真琴を見ていて思った。足りない言葉は人を不安にさせる。
真琴、お前の気持ちよーくわかるぞ。たまに確認したくなるよな。でも聞いたところで三上も茜も素直に口にしてくれない。
どんな関係におさまったって茜は一生手に入れられないのだ。いつか遠く、手の届かない場所に行く気がする。

「…どうした、そんな顔して」

「…そんな顔?」

「迷子の子どもみたいな。お前わざとやってるのか?」

「なんでだよ」

「僕がその顔に弱いと知った上でやっているのかと」

「年下らしくて安心する?」

「…そうだな。可愛いよ」

茜は片頬を包みふっと笑った。
敵わない。どんな方法を使っても追いつけない。今までの恋愛遍歴すべてが無駄だ。小細工も駆け引きも通用しない。
悔しくて背骨が折れそうなほど茜を抱き締め、耳の先を噛んだ。

「し、柴田、だめだぞ」

「なんで」

「月島君が…」

「関係ない」

ソファに押し倒し噛み付くようなキスをした。

「だ、めだって…言ってるだろ!」

頭に手刀が降ってきて、どんなときも理性的な茜に泣きたくなる。
茜はさっと立ち上がり、乱れた襟を正した。

「…行くぞ」

「どこに」

「僕の部屋だ。続きはそっちで」

茜は顔も見ずにそう言って、さっさと扉の方へ歩き出した。
首や耳が真っ赤に染まっていることを本人はわかっているのだろうか。くすりと笑い、これだからひどく抱かれるのにと可愛い恋人の背中を追った。


END

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