月と太陽



工藤が家で仕事をしている間は自分も勉強をする。
小さなルールを己に設け、今のところくじけず実践できている。そうでもしないとつい携帯に手を伸ばしゲームや動画を見て一日が終了するからだ。
土曜日の午後、昨晩から押しかけた工藤のマンションでシャーペンを握った。
ソファに座り、太腿にパソコンを乗せて難しい顔をする彼をちらりと見る。
まだ終わりそうにないと察して伸びをした。
小さく溜め息を吐き冷蔵庫から買い溜めしているコーヒーを取り出して戻る。
まだ進路は決まってないけどいつ決まってもいいように勉強だけはしておこうと思うし、教科書を開くと工藤もひどく安心した顔をする。
地頭の良さは変えられないので勉強しても頭に入るのは半分以下だけど。
ストローをさして窓の外に視線をやった。どんよりした雲と重苦しい空気が嫌になる。
麗子さんも雨のせいでドッグランに行けず不貞腐れたように眠っている。
もうひと頑張りと思った瞬間、背後でばたんとパソコンを閉じる音が聞こえた。
やけに勢いよく閉じたものだから壊れるぞとはらはらする。
漸く仕事が終わったのだろうと振り返ると、工藤は目頭を摘んで長い溜め息を吐いた。

「終わった?」

「いや……」

どこか苛立った様子を感じ、絡むのはやめようと閉じていた教科書を開いた。

「和希、出掛けよう」

「はあ?」

「出掛けよう」

「なんだ急に」

「出掛けよう」

「壊れた?」

彼はこちらの返事は待たずに寝室に消え、戻ってきたときには着替えを済ませていた。

「行くぞ。早くしろ」

「お前さあ……」

こちらの都合とか、タイミングとか、そういったものを一切無視するのは以前と変わりない。
自分の欲求ばかりを押し付け、空気を読んだり慮る工程をすっ飛ばす。
らしいと言えばらしいのだが、人と深く関わらなかった人間故の欠陥を見せつけられた気分だ。

「行かないのか」

「行くよ!」

散々文句を言っても提案にのってしまう自分が憎い。
元々アウトドア派だし、家の中で大人しくお勉強なんて柄じゃない。何処かへ連れて行ってくれるなら気分転換にはもってこいだ。
以前なら何故お前ととか、鬱陶しいとか、いい加減にしろときれた場面だが、工藤への気持ちを自覚した今はポジティブな感情を抱けるようになった。
慌てて着替えを済ませ、鍵を掌で遊ばせている工藤のもとへ駆け寄る。

「どこ行くの?」

「気分転換ができる場所だ」

マンションのエレベータに乗りながら聞いたが行先は教えてくれないらしい。
気分転換というのは工藤のだろうか、それとも自分のだろうか。
そもそも工藤に気分転換になるような趣味や好みはあっただろうか。
いまいち何にも興味を示さないし、拘っている様子もない。
インテリアは愛美さんが揃えたもの。麗子さんも愛美さんが買った犬。洋服は俺が選んだもの。車は同僚に勧められたもの。
何にも興味がない分、他人のアドバイスを素直に聞くからいつか変な商売にひっかかるのではないかと心配になる。
頭はいいのだろうし、弁護士としての腕は悪くないらしいが、どこかふわふわして常識が欠けているように見える。
こいつの代わりに俺がしっかりしなきゃなんて、産んだ覚えもない息子ができた気分だ。
助手席のシートに凭れ、運転する横顔を見た。
工藤を唯一大人の男だと思えるのは運転しているときだけ。
自分も早く免許をとりたい。大人の証がほしい。そうしたら工藤も自分たちの関係を前向きに考えてくれるはずなのだ。

「……高校生と出掛けるのはアウトじゃねえの?」

「やらしいことはしてないだろう」

「やましい気持ちがある時点でだめじゃね?」

「私はやましい気持ちなどないぞ」

「俺がだよ」

「またそういうことを言う」

工藤はぴくりと眉を動かして呆れたように溜め息を吐いた。
進展しない関係に焦れるとこうやって揶揄するように色をちらつかせる。
相手の反応を窺ってまだ自分に気持ちがあると安心できるから。我ながら女々しくできてると思うが、自分が案外女々しいということは工藤に気持ちを伝えるまでの段階で嫌というほど思い知った。
だからもうこれでいいやと開き直っている。
女々しくなれるのは余裕がある証拠だから大いに女々しくなれと言った母ちゃんの言葉が今ならわかる。大人は仕事に家庭に子育てに、忙しすぎてぐずぐず立ち止まる暇もないのだ。
だから工藤より自分の方が悩む時間が多いだろうし、余計な思考は余分な感情を引き寄せる。かといって立ち止まるわけにはいかない。もういいやと納得して後ろを振り返るほど結果を出せていない。
高速を走る車がどこに向かっているのかわからないが、工藤が僅かに口元をゆるめているのでよしとした。


「……なんだここは」

駐車場に止まった車から降りて言った。

「複合商業施設だ」

「見ればわかるけど、なんで?」

「映画が見たかった」

「はあ。映画館なら近場にいっぱいあるじゃん」

「遠い場所を選んだ」

「だからって他県まで来る?」

工藤の気遣いはわかる。
何処で誰に会うかわからないからなるべく遠くへ行こうと。
東城の生徒がここまで電車で来るとは考えにくい。遊ぶなら都内で十分だし、電車で来るとなると小旅行だ。それは教師も同じで、都内の端っこから都心を素通りし、さらに他県へ来るとは考えにくい。
自分たちは咎められるような関係を持っていないが、説明するのは面倒だし、工藤の体面もある。
弁護士先生が高校生の面倒をみているなんて怪しまれるし、顧客の生徒ならば尚更据わりが悪い。
わかっているが、ならば家の中で大人しくしようという選択肢はないのか。

「そこまでしてなんか見たい映画あったの?」

「いや、別に」

なにを考えているのかまったくわからん。以前も今も。

「ただ……映画というのは手軽に別の世界に行けていいだろう。頭がすっきりする」

「そんなもんかねえ」

「そんなものだ。一人のときは仕事帰りにふらっとレイトショーで見たりする」

「前情報なしで?」

「ああ。適当に入るのがいいのだ」

「まったくわからん」

自分はCMや雑誌で広告を見て行ってみようと思うし、ネタバレしない程度に予習もする。
思考の違いはありとあらゆる場面で通関するが、今回も理解はできない。できないが否定するつもりもない。
大きな建物の中、映画館があるフロアまで辿り着くまでに服が見たいとか、腹が減ったとか、迷子になる子どものように興味がある場所へふらふら歩いたが、その度に腕を引かれて連れ戻された。急がなくても映画館は逃げないのに。

「後で好きなだけ買い物していいからまずは映画だ」

「へいへい……」

頭でっかち、と悪態をつきたくなったがここは自分が大人になろうではないか。
映画の広告ポスターがずらりと並ぶ壁を順に見たが、工藤はおかまいなしで上映時間がぴったり当てはまるものを選んだ。
本当に選り好みしないんだなあと思ったのは、工藤が選んだのは国民的アニメの映画だったから。ポップコーンとコーラを買い席につき、ゆっくりと隣を見た。

「本当にこの映画でいいのか?」

こそこそと耳打ちする。
周りを見渡しても子ども連れの方が多いように思う。

「ああ」

「本当に、本当に?」

「なにか不都合でも?」

「いや、俺はいいんだけど……」

お前は楽しめるのかと詰問したい衝動を抑える。
自分は幼い頃喜んで見ていたアニメだし、懐かしいなあと童心に返れるが、工藤がアニメを楽しむというイメージがまったくわかない。
子どもの頃も難しい本片手に眼鏡をくいっと上げるような可愛げゼロな子だったに違いないというのは偏見だろうか。
館内が暗くなったので言葉を呑み込み、間にポップコーンを置いた。


二時間近くが経過し、エンドロールが流れ始め、館内も徐々にざわめき出した。
飽きたらしい子どもを連れ、しゃがんで退場するお父さん、眠ってしまった子を胸に抱くお母さん、そして眼鏡をとって袖口で目を拭う工藤。

「……泣いてんの?」

「……素晴らしい作品だった」

感慨深い様子はまるで中世の絵画を称賛するかのような仰々しさだ。
確かに素晴らしい内容だった。自分もぐっとくるものがあった。子ども向けと侮るなかれ。だがいい歳したおっさんがわき目も振らず泣いてるとぎょっとするではないか。
腹減ったから出ようといい、鼻を啜る工藤の腕を引いた。

「トイレ行ってくるからここにいろよ。ここにいろよ」

「なぜ二回言う」

「迷子になりそうだからだよ」

吐き捨てて用を足し、手を洗い、さあ出ようとしたところで入ってきた人物とぶつかってしまい、すいませんと小さく頭を下げた。

「こちらこそ、よそ見をしてすみません」

その声にん?と首を捻った。徐々に視線を上げていき、お互い目を丸くした。

「片桐くん!」

「椎名じゃん!」

「すごい偶然だね。片桐君も映画見てたの?」

「あー、うん、まあ……」

「あ、デート?」

「いやいや、そういうんじゃないけど」

にこにことする椎名には申し訳ないが、まずいことになったような気がする。
椎名は人のプライベートをぺらぺらと誰かに話すような奴じゃないし、話せるような友人も多くないが、それでも危険因子ではある。人目を忍んでここまで来たのにまさか椎名に出くわすとは。
どうしたものかと思ったが、変にこそこそした方が怪しまれる気がして開き直ろうと決めた。

「椎名は誰と来たの?翔?」

「ひ、一人だよ!」

「一人でこんなとこまで来たのか?」

「ちょっと気分転換というか……」

「そっか。勉強のしすぎは禁物だぞー」

「うん、ありがとう……」

じゃあ、と手を振ってトイレから出た。
工藤は言いつけを守っているだろうか。いなくなっても携帯があるし、最悪迷子センターで館内放送してやると思いながら向かうと、誰かと談笑しているようだった。
仕事関係の人だったらまずいので、歩くペースを落としながら相手を窺うようにした。

「げ!」

顔を確認した瞬間つい言ってしまった。

「よお片桐」

「今度は浅倉かよ……」

椎名に浅倉とは、東城学園関係者割引フェアでもしてんのかとうんざりする。

「今度は?」

「さっきトイレで椎名に会った」

「ああ、そうそう、俺もたまたま映画館で一緒になってびっくりしたわ」

「なに、ここはそんなに人気スポットなの?」

首を捻ると浅倉がそんなに嬉しそうな顔すんなよーと肩を叩いた。

「嬉しくねえよ!なんで休日まで!浅倉の!顔を見なきゃいけないの!」

「先生をつけろ先生を」

「うるせえ」

肩に乗っていた浅倉の手を跳ね除けると、椎名が壁の向こうからこちらをじっと眺めているのを見つけた。
なにをしているんだあいつは。こっちに来いと手招きをすると、おずおずと近付き視線を泳がせた。

「飯行こうって言ってたんだけど椎名も一緒に行かね?」

「なんで先生は誘ってくれないの」

「お前は帰れ」

「つれないこと言うなよー」

「よろしければ浅倉先生もご一緒に」

「はあー?」

余計なこと言うなと工藤を見上げたが、しらっと視線を逸らされた。この野郎。
さあ行こうと工藤が歩き出したのでそれ以上の文句は慎んだ。
前を歩く工藤と浅倉の背中を眺めると、隣の椎名がくいと服を引っ張る。

「僕までいいのかな……?」

「いいよ」

「ありがとう。あの人は片桐くんのお兄さん?」

「いや違う。産んだ覚えのない息子」

「息子……!?」

椎名はどんな想像をしているのか、わなわなと口を開けたり閉じたりした。
熟女と恋際中で、交際相手の息子とでも思ったのだろうか。おもしろいのでそのまま放っておいた。

「い、いいと思うよ……!」

必死に探したであろう肯定の言葉にぷはっと吹き出す。
背景は知らずとも頭ごなしに否定せず、受け入れようとするのが椎名らしい。
これが高杉ならどういうことだ、あまり人の道に逸れた行いは慎めと説教されるところだろう。
そういうところが好きだという気持ちを込めてばしっと椎名の背中を叩いた。

「お前はいい奴だなあ」

「よくわからないけどありがとう……」

「おーい、お二人さん、ここでいいか?」

浅倉がこちらを振り返り、指差したのはエスニック系のレストランだった。
店内は暗く、これなら他人の視線を気にせずいられるだろうと踏んで了承した。
昼食とも夕食ともいえない時間帯に客はまばらで、メニューを広げて好き勝手注文した。
食べたことのない料理はわくわくするし、スパイスの香りが食欲をそそる。
高校生は一日五食でも足りないくらいいつも腹ペコだ。
一通り注文したあとに隣の椎名を覗き込んだ。

「辛いの平気?」

「うん。大好き」

「意外。舌も繊細なのかと思ってた」

「はは、全然。ジャンクフードも大好きだし」

「椎名いつだったか白米に七味かけて食ってたよな」

くっと浅倉が笑い、違和感に眉を顰めた。
浅倉は生徒と歳が近いせいでたくさんの生徒に友だち感覚で絡まれているが、誰とでも分け隔てなく接する上、生徒に深入りしようとしない。
親身になって相談に乗ってくれるし、馬鹿みたいなおふざけにもつきあってくれるが自分のことは話さないし、生徒の個人的な情報など知る由もないといった風だった。
椎名の身体が弱いから特別目をかけているのかと思ったが、二人が授業中以外で話しているところは見たことがない。
裏からサポートしていたのかもしれないし、自分が椎名と親しくなったのは最近なので、知らない交友関係があってもおかしくない。
まあいいやと疑問は端に置いて、先に運ばれてきたパインジュースを吸った。
運ばれてきた料理はどれも匂いだけで辛いとわかるほどだった。
湯気を吸うと咳き込んでしまい、椎名に背中をとんとん叩かれた。

「お前、平気なの?」

「これくらいならまだ大丈夫」

椎名の意外性に驚き、とりわけでくれた皿に箸を伸ばした。

「辛い!」

言いながらジュースを飲んでぴりぴりする舌を甘さで誤魔化した。
三人はそんな自分を見て笑いながら普通に食べている。

「みんな辛くないの?」

「ちょっと辛いくらい」

浅倉が言い、工藤もそれに頷いた。
椎名に至っては汗一つ掻かず美味しいと微笑む始末。

「お前らの舌おかしいって」

「和希が子ども舌なんじゃないか?」

「俺が普通だ!」

パクチーの青臭さに苦戦し、唐辛子ましましのガパオに涙を浮かべ、美味しいけど拷問に近いとしょんぼりした。

「大丈夫?汗かいてる」

椎名に前髪をかき上げられ、鼻水を啜りながら小さく頷いた。

「無理しないで辛くないやつ食べよう」

「……うん」

最後によしよしと頭を撫でられ、椎名は優しいお姉さんみたいだなあと思う。
揶揄せず、優しさで包んでくれるから素直になれる。
翔と従兄弟で見た目は似ているところがあるけれど、性格はまったく違う。翔だったらおもしろがってもっと辛いの食えと笑っていただろう。
そんな椎名は激辛石焼麻婆豆腐を抱え、ひょいひょい口に入れているけど。天使の見た目で悪魔みたいな料理を食べるなんて。

「甘いの食えば?」

「苺のパフェにする。生クリームが食べたい」

椎名にも勧めたがいらないと言われ、浅倉も甘いのは嫌らしく、結局デザートまで食べたのは工藤と自分だけだ。
工藤は意外と甘い物も平気で食べる。下戸の甘党というやつなのだろうか。頭をフル回転させて仕事をしているため、エネルギーを欲しているのかもしれない。
大盛りのパフェにうきうきとスプーンを握り、生クリームに苺ソースをからめて椎名の口元に差し出した。

「はい、あーん」

「え、あ、あーん……?」

ぱくっと食べてくれたのでうまいかと聞くと、頬を掌でぽんぽんと叩いて美味しいと笑った。なにその仕草。可愛いかよと心の中で突っ込む。

「片桐―、俺にあーん、は?」

「浅倉先生には私がして差し上げます」

「え、いや、工藤先生からはちょっと──」

言い終える前に口にスプーンを突っ込まれ、浅倉は眉間に皺を寄せた。

「美味しゅうございます……」

がっくりと肩を落とす姿に笑う。生徒をからかうからこういうことになるのだ。
花瓶のようなパフェをぺろりと食べ、店の前で四人向かい合った。

「お前ら帰るなら寮まで送るか?」

浅倉は車の鍵をポケットから出した。

「あー……」

ちらりと工藤に視線を向けたが彼とは目線が交わらない。

「俺はいいや。まだ買い物とかしたいし。椎名だけ送ってやって」

「了解。じゃあ俺駐車場こっちだから」

浅倉は工藤に小さく頭を下げ、椎名もこちらに手を振って浅倉の後ろをついて歩いた。
二人を見送り、さあ自分は買い物でもしようかと踵を返したが、工藤がもう帰ると言い出した。

「え、服見ていいって言ったじゃん」

「それは明日だ」

「なんで!?折角だから今日済ませたほう楽じゃん」

こちらの意見は聞かず、大股で歩き出したので慌てて追った。
なんだってんだ。意味がわからずイライラしながら、でも足がないと帰るのが面倒なので文句は後にしようと決めた。
車に乗り込み、シートベルトをしてから工藤を振り返る。

「なんで帰んだよ」

聞いたが、むすっとしたままハンドルを握り、わけを話そうとしない。
工藤は気持ちを上手に表に出せない。わかっているが何か言ってくれないとこちらも理解しようがない。

「工藤!」

無視をするなと腕を引くと、不貞腐れた子どものようにしながら二人になりたかったからとぼそりと言った。

「は?」

「買い物はまた連れて行くからいいだろう」

「いいけど、なに、急に」

「……最近の高校生はみんなあんな風なのか?」

「あんな風?」

「距離が近いというか……」

「別に普通……」

でもないかもしれない。自分も椎名や翔とは距離が近いが、他の友人には髪を触られたり、あーん、なんてしない。

「椎名くんはハーフだったか?見た目もいいし、物腰も柔らかいし、若い」

「だから?」

首を捻ると、工藤はアクセルを踏みながら苦い顔をした。

「和希は鈍いな」

「お前には言われたくねえなあ」

「じゃあ、逆に考えてみてほしい。私が私と同年代の美しい男性と仲良くしていたらどうだろう」

「友だちできてよかったなって思う」

素直な感想を述べたが工藤の望む答えではなかったようで、彼は嘆かわしいと言わんばかりに左右に首を振った。

「では私が子どもなのだろうな」

「だからどういうことだよ!要領を得ないな」

「こんなおじさんが和希に好かれるなんておかしな話しだと思ったんだよ」

自棄になったようなぶっきら棒な物言いにぽかんとした後くすりと笑った。

「嫉妬ってことか?」

「ああそうだ。醜い、無様だと罵ればいい」

「そんなことしねえよ。椎名に嫉妬するなんておかしいなあと思っただけ。椎名は男なのに」

「私も男だが?」

「好きな奴は別」

言うと、工藤はぐっと喉を詰まらせてこれが若さかと呟いた。

「私は和希に勝てる気がしない」

「そりゃよかった」

ハンドルを操作しながら細く、長い溜め息を吐く横顔は憂鬱そうに翳っているが、こちらは心の中でほくそ笑んだ。
工藤は知らないだろうが、ガキでタッパも筋肉もある普通の男である自分のハンデを考えて不安になったり悔しくなったりする。
漸くこちらの気持ちをわかったかとすっきりしたくらいだ。性格悪いなあと思うけど、子どもはいつだって必死だ。振り回され、涙を流して唇を噛み、手を放すまいともがいているのだ。

「子どもは子どもで苦労してんすよ」

「おっさんはおっさんで苦労しているが?」

「一生分かりあえねえな」

「そうだな」

工藤はふんと顔を背けるようにし、むっつりと唇を引き結んだ。その顔がおかしくて笑うと、笑いごとではないと叱られる。
工藤が思うよりずっと、彼の背中を追い掛けるために全力疾走しているのに。
それは自分の心中に留めておいて、切り札としてとっておこうと思う。


END

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