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学校からそのままコンビニへ行き、買い物を済ませると駐車場で甲斐田君に声を掛けられた。
「おかしでも買いに来たんか?」
「うん。蓮はお出かけしたから一人占め」
自嘲気味な冗談を交えて笑うと甲斐田君もそうかと微笑んでくれた。
「神谷先輩は一緒じゃないんだね」
そわそわと見渡したがあの絵画のように美しい先輩の姿はない。少し落胆する。神谷先輩は完全に目の保養で、その姿を見た日はなんとなくラッキーと思えるのだ。
「パシリやパシリ」
「パシリ……」
甲斐田君を顎で使うとはさすが神谷先輩だ。
自分が甲斐田君の恋人だったら恐れ多くてそんな風には扱えない。
「前から勝負の約束しとったんよ」
「勝負?」
「エイプリルフールの嘘に騙された方が驕るって」
「楽しそうだね。神谷先輩の方が一枚上手だった?」
「せやなあ。俺がどんなに嘘ついても普段の行いのせいで信じてもらわれへんしなあ」
「神谷先輩なんて嫌い、とか?」
「そう。はいはい、って言われて終わりや」
左右に頭を振る姿を見てくすりと笑った。
あれだけあからさまな愛情表現をしていればそうなるだろう。黙っていても表情や視線で好きでしょうがないのだと伝わるから。
「神谷先輩はどんな嘘ついたの?」
「秀吉君、僕妊娠したみたいなんだ」
ぎょっと目を大きくした。
そんなありえない嘘に騙されたのかと思うとおかしくて仕方がない。
男女なら肝を冷やすかもしれないが、同性では神がどんないたずらを仕掛けても無理だ。
肩を揺らして笑うと笑い事じゃないと言われた。
「だってそんなのすぐ嘘だってわかるのに」
「わかるよ?わかるけど、神谷先輩ならありえるんちゃうかって……」
「甲斐田君頭いいのに」
お腹を抱えると甲斐田君は照れたようにごほんと咳払いをした。
「相手が男でも妊娠した系の嘘は肝が冷える」
「その様子だと女の子に言われたことあるね?」
「ないない!神に誓って!」
宣誓するように右手を挙げ、潔白だと言うので一応信じたふりをした。
これほどの色男は複雑な過去を持っていてもおかしくない。かといって、彼のように誠実な人がそんな間違いを犯すとも思えない。
「泉も言ってみたら?さすがの三上もびっくりすると思うわ」
「はは、子どもできるようなことしてないのに?」
「三上はまだぐずぐずしとんのかー」
どちらかと言うとぐずぐずしているのは自分の方だが訂正はしない。
「ほな、エイプリルフールに託けて誘ってみたら?上手くいかんときは嘘でしたーって言えるやん」
「上手くいかなかったときのダメージがでかい……」
「三上の腹ん中探るにはええ機会やと思うけど。上手くいけばそれはそれでハッピーやし。いつも澄ましとる三上に一発かましたれ」
「僕ができると思う?潤ならまだしも」
「そんなんセックスしたい言うだけやん」
「それが言えたら苦労しないんですよねえ」
「三上が焦る顔見たくない?」
「見たい!」
「ほな頑張れ!」
いい加減なアドバイスを残し、甲斐田君はコンビニの中へ入っていった。
ビニール袋の中のおかしやコーヒーを眺め、このまま三上の部屋に行ってみようかなと思う。
自分が誘惑できるような色気がないのは百も承知だが、甲斐田君が言うように嘘でしたとオチがつけば普段は隠している言葉を吐き出せるかもしれない。
それ以前に部屋にあげてくれたらの話しだけど。
彼の部屋の扉をぼんやりと見詰めた。急に来たら怒られるかな。そもそも起きているのだろうか。お菓子買ってきたから一緒に食べようと言えばあげてくれるかな。
考えていてもしょうがないので思い切ってノックをするために腕を上げた。
そのとき向こう側から扉が開き、三上とばっちり目が合った。
三上は一瞬瞠目し、なんだと短く言った。
「あ、こ、これ、色々買ってきて……」
ごにょごにょと言い訳すると、三上はさすがは俺の犬と言いながら室内へ戻った。
扉が開け放たれたということは入ってもいいのだろうか。
恐る恐る室内に足を踏み入れコンビニ袋をテーブルの上に置いた。
三上は薄手のコートをソファの背に放り投げ足を組んだ。
「コンビニ行くところだった?」
「ああ。今日だけは誉めてやる」
「だけ……」
三上は恋人に対し無条件で受け入れるという思考は皆無だ。
自分の役に立つ者以外はいらないと突っ撥ねられるので慣れたものだが、この調子ではこの先彼女ができないのではと心配になる。自分くらいタフな女性がいたらいいけれど。
彼の将来を心配するなんておかしな話しだが、女性とつきあえるなら結婚して子どもを産んでほしい。そしてできれば自分が育てたい。
危ない妄想は端に寄せ、向かい合ってお菓子を食べた。
三上は適度に腹が膨れるとソファに横臥し、コーヒーと言った。はいはい、と返事をしながら淹れてやる。
カップをテーブルに置き、彼の傍に近寄りながらラグの上に座った。
器用に寝転びながらコーヒーを飲む顔を見て、今日だけなら許される、今日を逃したら先はないと言い聞かせる。
「なんだよ」
「あの、あのですね……」
大丈夫。嘘だよ、エイプリルフールだよという言い訳があるのだから。
ありったけの勇気を振絞れば僕だって少し誘うくらいできる。その後の三上の反応はわかりきっているけれど、セックスはできずともキスくらいならしてくれるかもしれない。何度かしているのだし、妥協案ということで。
「なに」
「お、お願いというか……」
「今度はなんだよ」
「セ、セ、セッ……」
「はっきり言え」
「セックスがしたい!」
やけっぱちに拳を作りながら叫ぶと、彼は吃驚し言葉を失った。
自分でもぽかんとしてしまい、慌ててわたわたと意味もなく手を動かした。
「あ、いや、その……!」
詰まらせながら上手な言い訳を考えたが言葉が出ない。
三上は手で包んでいたカップをテーブルの上に乱暴に置き、その音にびくりと肩を揺るわせた。
怒られるだろうか、気持ち悪いと言われるだろうか、そうなる前にネタ晴らしをした方がいい。調子乗ってすいませんでしたと頭を下げよう。
「あの、三上──」
「わかった」
「……はい?」
「セックスしたいんだろ?」
口をぽかんと開け、間抜け面を晒すと腕を引かれて彼の個人部屋に放り投げられた。
べしゃりと床に転がり、体勢を整えるために上半身を起こすと襟首を掴まれ、今度はベッドに転がった。
三上は膝立ちでこちらの身体を挟むようにし、ひんやりした瞳でこちらを見下ろす。
その目に見られると動けない。思考も身体も金縛りにあったように彼以外を考えられなくなる。
三上はネクタイを引き抜き、シャツを脱ぎ、床へ放りながら顔を寄せてきた。
あ、やばい、どうしよう。
三上の身体をゆっくり視姦したいところだが、呑気ににやにやしている場合ではない。
こういうパターンを予想していなかったので心の準備もしていない。
どうしよう、どうしよう。
混乱している間に唇が重なり、パーカーのチャックを下げられた。
呆気にとられている暇はない。違うと止めなければ。それともこの機を逃さない方がいいのだろうか。
でもこんな明るい場所ではだめだ。せめて暗闇でないと女体じゃないのだからがっかりされてしまう。
だけど三上がその気になってくれるのは年に数回あるかないかかもしれないし、勿体無いのでは。
ぐるぐる考えている間に脇腹をするりと撫でられ、尻尾を踏まれた猫のような声が出た。
「み、三上!」
肩を押し返すと鼻で嗤われた。
「これが限界か?どうせエイプリルフールだろ」
「……ばれてましたか」
「当たり前だ。誰に入れ知恵された」
「か、甲斐田君」
甲斐田君ごめん。後で三上から殴られるかもしれないけどそのときは一緒になって僕も謝ろう。
三上は僕の身体を壁際に押し寄せ、隣に腹ばいになった。
「俺が本気にしたらお前わんわん泣く破目になったんだぞ」
「はい……」
「懲りたらしょうもない嘘つくなよ」
「で、でも嘘じゃないし……」
下げられたパーカーのチャックを無意味にいじりながら言った。
三上が望むのならこんな身体いくらでも差し出せる。
行為自体に怖れはない。ただ、男の自分で大丈夫なのか、やっぱり無理と萎えないだろうか、面倒くさいと放り出されないだろうか。そんな不安が山ほどあるだけだ。
方法はあって、三上に目隠ししてもらうとか、真っ暗闇でやるとか、とにかく同性ということを強く意識させないようにするしかない。だけどきっと三上はそれらを否というだろう。
三上は欠伸をし、瞼を落とした。
お腹がいっぱいになって、僕のつまらない遊びにもつきあって、後は夕飯までお昼寝の時間なのだろう。
「眠い」
「洋服着なくていいの?」
「いい。寝るまでいろよ」
「う、うん」
ゆっくり、じっくり視姦できるチャンス。神様ありがとう。
よしよしと頭を撫でてやると、三上は瞳を半分開いた。
「今度誘われたら本気にするからな」
「うえ?」
「くだらねえ嘘にすんなよ」
「は、はい!」
「うるさ……」
眉間に皺を寄せ、難しい顔をしながら静かに呼吸する顔、広い肩幅にきゅっと細いウエスト、しなやかな筋肉が乗った背中を飽きずに眺め、彼が寝返りを打つたび楽しくて、結局三上が目を覚ますまで隣にいて、おはようと言うと心底嫌そうな顔をされた。
END
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