let me down




甲斐田くんの雑誌を勝手に読んでいた三上は、そのページを開いたままテーブルの上に放り投げた。
向かい側のソファでカップを口につけながらその様子を眺め、お手洗いへ向かった隙になにをそんなに一生懸命眺めていたのかチェックする。
どうやら新作映画情報のようで、以前彼が一番好きだと言っていた英国俳優が主演を務める映画が公開になったらしい。
さらっとあらすじを読み、内容的にも三上の好みであることを知る。
ぱたんと扉が閉まる音が聞こえ、慌てて座り直した。
なにも見ていません。そんな風を装ってカップの中のコーヒーを飲み干す。
頭の中では映画のチケットを購入すれば、それを餌に三上とデートができるのではないかという浮ついた算段でいっぱいだ。
三上は人混みが嫌い。暑いのも寒いのも嫌い。なにもかもが面倒くさい。日々ごちながら部屋の中で丸まるのを好むが、あんなに熱心に記事を読んでいたのだ。きっとのってくれる。
そうと決まればすぐにでも買って明日行こうと誘わなければ。
ぐっと拳を作り、向かいに座る彼を見るとタブレットを操作していた。

「……三上、映画見に行かない?」

言うと、彼はタブレットから視線だけをこちらに寄越した。

「なんで」

「えーっと、見たい映画あるのかなあって」

ちらっと雑誌を見ると彼は溜め息を吐き出した。

「今度はなにを企んでんだ」

「企むなんて人聞き悪い」

「一緒に行こうなんて思うなよ」

「えー!なんで!」

「映画は一人で見る主義」

「なにそれ?僕みたいに友だちいないならまだしも、そうじゃないのに一人で行くの?」

「そういう奴もいるんだよ」

「不思議だね」

顎に手を添え考えた。
自分からすると羨ましい限りだ。こちとらぼっちを極めすぎて自動的にお一人様だが、世の中にはわざわざ一人になりたがる人もいるらしい。
三上も友人が多い方ではないが一人を好むので、彼のような人間は世の中意外と少なくないらしい。
これで映画デートという夢は絶たれてしまった。
無理にでもひっついて行くことも可能だが、その後を考えると怖いので却下だ。

「じゃ、じゃあ三上が映画見てる間どこかで時間潰すから一緒に行っていい?」

「それ意味あんの」

「あるよ!僕にとっては!映画観終わったらご飯とか一緒に食べれるかもしれないじゃん!」

「学食で食ってるだろ」

「それとこれはまったくの別物です!」

興奮気味に前のめりになると手で制された。
三上からの返事はなく、ちらりと視線を上げると思いきり顔を顰めていた。
これもだめか。とほほ、とがっくり肩を落とす。

「……わかった」

しかし耳に届いたのは了承する言葉で、聞き間違いかと思いもう一度と確認した。

「だから、わかったって言ってんだよ」

「奇跡……!」

思わず祈るように両手を組んだ。

「折衷案ってやつ。断るとお前無理矢理ついてきそうだし」

その方法も考えたので否定はできない。
最悪の二択として後者を選んだのだとしても、彼と出掛けられるならなんでもいい。
恋人らしい行為や行動も徐々に増えてきたように思う。
他からすると平安時代でももっとましと言われるほどのろまな進み方だが、それで構わない。
一度に多くを与えられるとキャパオーバーで爆発するし、彼に無理をさせるのは我慢ならない。
三上が妥協点を探し、そこに着地しながら自分とのつきあいを続けてくれるのが理想だ。
本当は触れ合いも、デートや甘い言葉もなにもなくとも充分だけれど、三上は三上なりの優しさで愛情を伝えようとしてくれる。そうする価値が自分にあると判断してのことだろうから、その気持ちだけで嬉しいのだ。
にやにやと笑いながらいつ行く?と聞くと明日と言われた。

「夜の方が空いてるから学校終わったら行く」

「明日ね!了解です!」

「わかったら今日は帰れよ」

テレビを消しながら言われ、そこをなんとかと粘りたい気持ちもあったが素直に頷いた。
駄々を捏ねると明日の約束も反故にされかねない。

「おやすみ」

「ああ」

扉に手を掛けながら振り返ったが、お見送りもなし、視線もなしの素っ気なさ。
おやすみのちゅーとか……思ったが、彼にそんな甘さを期待する方が間違っている。
したいけれど、ものすごくしたいけれど、できればいつだってしたいけれど、このむらむらが彼に伝わることはない。
自分から仕掛けるのもありだと思うが拒絶されると自分でもびっくりするほど落ち込むので、ポジティブ残量が満タンに溜ったときでないとできない。
静かに扉を閉め、数少ない彼とのキスを反芻しながら眠ろうと決めた。


翌日、登校する前に天気予報をチェックし、初夏を感じるお天気ですと微笑むお姉さんの言葉に神に感謝した。
雨や肌寒い気温ではやっぱり行かないと言いかねないが、これくらいの気温なら彼も重い腰を上げるだろう。
自然と鼻歌を歌い、蓮にご機嫌だねと笑われる。気を引き締めていないと顔がにやけそうなので、無駄に怒ったような顔をして一日を過ごした。
朝も昼休みも三上に逃げられたが、今日はデートの約束があるのでよしとしよう。
先の約束があると人間寛大になれるものらしい。
いつも余裕がなく、三上、三上とその背中を追い掛けるのをやめないが、今日は彼の姿が見えずとも然程落ち込まずにいられる。
なんせデートだ、デート。何度も言い聞かせ、夢のようだとうっとりする。
机に頬杖をつき、なにも書かれていない黒板を眺めていると、背中を叩かれた衝撃を感じはっと現実に戻った。

「何回呼んだら気付くんだよお前は」

「ご、ごめん!」

三上がちっと舌打ちすると、前の席で教科書を片付けていた蓮がくすりと笑った。
教えてくれてもいいのにわざと放っておいたのだろう。
他のクラスメイトに至っては三上と関わり合いたくない一心で無視を決め込んだらしい。

「五時にロビーな」

それだけ言うと彼はだるそうに首を回しながら教室を去った。

「三上くんとお出かけ?」

蓮に問われ、小さく頷く。

「よかったね。相変わらず不機嫌そうだけど」

「あれが通常だからねえ」

いつもにこにこ穏やかな須藤先輩と正反対なので、蓮には理解できないだろうが不機嫌でアンニュイが彼のいいところだ。
その三上がたまにデレてくれるから嬉しさも一入なわけで。
そこではたと気付く。周りに真琴は変だ、ドMだと言われてもいまいちぴんとこなかったが、これはもう変態の域だ。
学や須藤先輩のように優しく微笑む男の方がいいに決まっているのに、三上の冷たい視線と素っ気ない態度に興奮するなんて。
勿論そういう人間がタイプなわけではなく、三上だからぐっとくる。
だから自分は普通でまとも。ただ、三上に関しては頭が馬鹿になるだけで。
誰に対してかもわからない言い訳を並べながら蓮と下校し、約束の時間までそわそわ過ごした。
何度も時計を確認した。一向に針が進まない気がして。楽しみすぎて待つ時間が長い。
居ても立ってもいられず十五分前にロビーへ向かった。
置かれた一人掛けソファに座りながらまだかな、まだかなと廊下を眺める。
五時ぴったりに三上の姿が見えたときはスタンディングオベーションしそうなほど嬉しくなった。
デートはこれからなのに今がクライマックスのような興奮ぶりだ。
先が思いやられるのでテンションを抑えよう。

「行くぞ」

「はい!」

大股で歩く彼の背中を追い掛ける。
駅のホームに並び、横に視線を移した。ブレザーを着ているのが珍しくてつい、じっと眺めた。

「ブレザー着てるの珍しいね」

「夜寒くなるだろ」

「そう?三上は本当に寒がりだなあ」

笑って済ませたが、心の中でブレザー姿、ありがとうございますと合掌した。
三上は春はカーディガンやパーカーの羽織り、冬は教室内でも薄手のブルゾンを着ているのでブレザーを着ているのはレアだ。
どんな姿でも自分には世界一格好良く映るので、例えば三上が野暮ったい服装でもお構いなしに称賛しただろうが、自分と違いスタイルもいいしそういうセンスもあると思うので尚更目の保養だ。

「ガン見すんなよ」

「ブレザーが珍しくてつい」

素直に言うと呆れたように溜め息を吐かれた。
映画館の前でじゃ、と手を挙げる姿を見送る。やっぱり可哀想だから一緒に見る?と誘われることを期待したが現実は甘くなかった。
さっさと館内に入って行く後姿につれないなあと思う。
どこで時間を潰そうか考え、図書館へ向かった。
映画が終了する二十時まで開いているのでそこで課題を済ませ、それでも時間が余ったので適当な本を引っ張ってきてぱらぱらと捲った。
進学クラスは特に早い段階で進路を決めろとせっつかれる。
我が家の家計を考慮すると進学せず就職したいのだけれど、先生には進学を勧められる。特別にやりたい仕事があるのかと聞かれ、そういうわけではないけれど……と言葉を濁すと、家族と話し合って再度考えるようにと。
将来の夢というものがないので簡単に躓いてしまう。
早く働き、私立なんて入ったものだから金銭的苦労をかけた分を母や兄に返したい。
給料がいいに越したことはないが、自分の能力を考えるとそれも難しいとわかっている。
決められた答えを導き出す勉強はできるが、臨機応変に対応というものは苦手だ。
コミュニケーション能力も低いし、社会生活において重要な要素がまったく身に着いてない。
黙々と一人で作業するような仕事が向いていると思う。地味だとか、同じことの繰り返しと忌避されるようなものこそ天職。
うーん、と考えていると閉館の時間ですよと肩を叩かれ、すみませんと頭を下げてから慌てて外へ飛び出した。
携帯を取り出すと三上から着信が入っていた。
一度集中すると周りが見えなくなるし、マナーモードにしていたので気付かなかった。
走りながら電話をかけると、映画館の前にいるとだけ告げられる。
然程離れていなかったので五分程度でついたが、息が上がって声が出ない。
膝に手を当て、とりあえず待たせたことを謝るため名前を呼ぼうと思ったのだが、みか、みか……と二言話すと息が止まる。

「みかじゃなくて三上ですけど」

「わ、わかって、ます……」

「話さなくていいからとりあえず息しろ」

運動不足が情けない。蓮との日々のトレーニングメニューにランニングも加えよう。
心臓が速度を落とすまで待って顔を上げた。

「ごめん、図書館いたから電話気付かなかった」

「どっかで寝てんのかと思った」

「いやー、三上じゃあるまいし」

「あ?」

「なんでもないです」

笑って誤魔化し、何処でご飯食べる?と聞くと道路向かいのファミレスを指差された。
この時間は混んでいると予想したが、案の定待たなければいけなくて、丸い椅子に並んで腰掛けた。
ふと、三上から甘い香りがして彼に顔を寄せた。

「なんだよ近い」

「……三上の香水以外の匂いがする」

「お前は犬か」

花の蜜を凝縮したような香りは柔らかな女性を象徴するものだ。
ねえ、と口を開こうとした瞬間、店員さんに名前を呼ばれ三上が立ち上がった。
慌てて後を追いかけ、きっと映画館で隣に座った人の匂いが移っただけと結論付ける。
メニューを開いて目で追いながら、待てよと首を捻った。
匂いって隣にいるだけで移るのだろうか。
皇矢や潤と一緒にいても移ったことはないと思う。数時間隣に座りっぱなしという状況があまりないので断定はできないし、気付いていないだけかもしれないが、そんな簡単に移ったら世の中めちゃくちゃな匂いで一杯になる。

「決まったか?……おい」

テーブルの下で脛を蹴られ顔を上げた。

「あ……も、もうちょっと待って」

余計なことは考えない。今は三上とデート中。言い聞かせメニューに集中した。
注文が済むと三上は頬杖をついて窓の外に視線をやった。

「映画楽しかった?」

「ああ」

「どんな内容?」

「シリアルキラーを捕まえる話し」

「またそんな怖い映画ばっかり見て。たまにはハッピーになれる映画見ない?」

「見てる」

「いや、見てない。三上が見てるのはいつも画面が暗くて叫び声がして、壁に血がぶしゃーってなってる」

「なってない」

「今度僕が好きなの一緒に見よう。すごく幸せになれるよ」

「恋愛モノ以外なら」

「うわあ……」

「なんだよ」

「徹底してるなあと思って」

フィクションでも恋愛はお呼びでないらしい。
この人自分とつきあわなかったら一生恋人を作らず人生終わったのでは?とまじまじと顔を眺めた。
特に女性に興味があるであろう思春期でこれだ。
歳を重ねたら今以上に興味を失い、仕事と趣味だけで生活するんだ。
そういう人生も勿論素敵だけど、できれば三上には結婚して遺伝子を後世に残してほしいし、一人引き取らせてほしい。絶対に苦労をかけずに立派に育ててみせる。
ゲイだからといって女性になりたいわけではないが、なんで男は子供が産めないのだろうとがっかりする。自分が産める身体ならよかったのに。
だいたい、少子化少子化と騒がれる昨今、女性ばかりに負担を強いるのは平等ではないし、男も産めるような世の中になってもいいのでは。
人類最大の禁忌とされているが、クローンという手もある。あ、三上のクローンほしい。

「食わねえの?」

いつの間にか目の前にパスタが置かれており、はっと我に返りフォークを握った。

「さっきからなにぼんやりしてんだよ」

「……三上のクローンがほしいなあと思って……」

「お前の言うことに一々反応するのやめようと思ってるけど、ほんっと気持ち悪い」

彼の言葉はさくっと聞き流し、はあー、と長い溜め息を吐いてパスタをくるくる巻いた。
三上とはずっと一緒にいられないから欲しいんじゃないか。
クローンを一から育て、父と子という立場で三上二号のサポートをしながら人生を過ごしたい。
もう甲斐田君や学に研究しろとお願いしようか。病気の域と言われるだろうけど。

「……またお魚にしたの?」

問うと、綺麗な箸使いで白身魚を口に運ぶ三上が頷いた。

「さすがに人の頭が飛び散る映画見たあとに肉はちょっと」

「あー!食欲失せる!わざとそういうこと言う……!」

恨めしくて下から見上げると、彼にしては珍しく一瞬笑った。

「笑った……」

つい口にすると彼はすぐに顔を引き締めた。
照れ屋め。心の中で可愛いなあと思い、にこにこしながら残りを食べた。
三上は食事を済ませるとすぐに席を立ち、駅へ向かって一直線に歩き出した。
もう少し何処かで遊ぼうと言ったが却下と素っ気ない返事。
予想通りの言葉にがっくり頭を垂れ、まあ、短いデート気分を味わえただけでよしとしようと思い直す。デートというか、後をついて歩いてるだけだけど。
電車は大層混んでおり、何本か見送った後でやっと乗り込んだ車両も捕まる場所がないほどぎゅうぎゅうだった。
香水と、汗と、アルコールの匂いが交ざって不快な空気に包まれる。
がたん、と揺れた拍子に三上のブレザーを掴んでしまい、ごめんと手を放した。
網棚を掴んでいた三上は体幹が弱い自分を鼻で嗤った後、空いている腕を差し出した。

「捕まってろ」

「す、すみません貧弱で……」

「本当にな」

くそう、と悔しくなって、彼と自分の遺伝子の違いを呪う。
三上だってたいして運動してないくせに。
優れた体躯と運動能力を生かそうともしないのだから贅沢だ。
自分が彼のような身体を持っていたら絶対に運動部に入っているのに。
いつもハシビロコウかよと言いたくなるほど動かないが、僕から逃げる時の足の速さといったら陸上部もびっくりだ。
ぎゅうぎゅうに押されながら最寄駅で降り、空気が澄むとまた三上から甘い香りがした。
なんだか嫌だなと思う。
何故かはわからないけど、彼の香水以外の香りが不快だ。もやっと胃の奥が重くなる。
答えが見つからない感情を抱えたくなくて、感情の出何処を必死に考え、俯きながら歩いた。
途中、彼が立ち止まったので自分もなんとなしに止まると、こちらを振り返った三上がコンビニを指差した。

「アイス買ってやるから待ってろ」

「え?あ、ありがとう……?」

わけがわからず首を捻ったが、彼からの施しならなんだって受け取ろう。
戻ってきた三上は袋を開け、口にアイスを突っ込んだ。

「つめた!」

文句を言いながらバニラアイスの表面をコーティングしているチョコレートを歯でぱきっと折る。
三上は買わなかったの、と聞こうとするとこちらに手が伸び、ついてると言いながら口元を親指でなぞられた。
その瞬間、甘い香りが強く鼻腔を刺激し、思わず彼の腕を振り払った。
自分の行動が信じられず、瞳を大きくし三上を見上げる。

「なんだよその顔。俺の方がびっくりだわ」

「……いや、僕の方がびっくりだよ」

「アイスくらいじゃ機嫌直んねえか?」

「え……?僕機嫌悪くないよ?」

「嘘つけ。顔に出てる」

「顔……?」

自分の頬に手を添えた。
一体どんな顔をしてたのだろう。情けない、無様な顔をしていたのだろうか。

「なんで不機嫌なの。察するとかできないから正直に話せ」

「……僕は不機嫌なんかじゃ……。ただ三上から女の人の匂いがするたび胃の奥が重くなって……」

自失しながら呟いた。
だからなんだという話しだけど、胃のもやもやが止まらない理由は多分それで。
三上なら答えを教えてくれるだろうかと思った。

「……つまんねえ嫉妬はすんなよ」

「嫉妬……?」

「だろ?」

「この僕が?」

「他に何かあんの?」

答えを提示されたのに認められない。
だって嫉妬というのは対等な関係であればこそ成立すると思う。
自分のように二歩も三歩も後方を歩きながら機嫌を窺うようにつきあってもらっている分際で嫉妬なんて笑わせる。

「ご、ごめん!」

身の程知らずな感情に羞恥で顔が赤くなる。腕で顔を隠すようにしながら俯いた。
なんて奴だ自分は。そんな醜い感情は殺してしまおう今すぐに。

「……アイス、溶けるぞ」

「え、あ、うん、ごめん」

もしゃもしゃと冷たいアイスを食べて頭を冷やしたい。
棒をゴミ箱に放り投げて帰ろうかと一歩踏み出した。
暫く無言で歩き、コンビニの灯りも届かなくなった頃、三上はブレザーを脱いで鞄にひっかけた。

「匂い、しないだろ?」

腕を差し出されたのでシャツに鼻を近付けたが、確かにもうしない。

「多分、高いヒール履いた女がコケそうになったのを受け止めたときについたんだ。すげえきつい香水つけてたから」

「……う、うん」

「それだけ」

「うん。ごめん……」

三上にこんな言い訳みたいなことをさせて。なんて面倒くさい恋人なのだろう。
つきあってくれるならなんでも自由にしていいと思っていた。
女の子と会ったって、寝たって、最後に自分に戻ってくるならそれでいいと。
だけど、自分に戻ってくる確率なんてとても低くて、奥底では誰も見ないで自分だけと言ってほしいと望んでいたのだ。
自己認知できていなかった汚い感情に心をかき回される。最低、最悪、欲張り。
あらゆる言葉で罵って、とにかく三上に謝りたくなる。

「ほんとにごめん。自分でもわかってるから」

「なにが」

「面倒くさいし、最低だし、身の程知らずだし」

きっとひどく罵られると覚悟したが、

「ざまーみろ」

彼はそう言って愉快そうにした。
背を向け歩き出した三上はこちらに腕を伸ばし、手をひらひらとさせた。
一瞬悩み、恐る恐る手を握る。振り払われなかったので正解だろうか。
自分は最悪の気分だが彼は機嫌が良いらしい。だって手を繋ごうと示されたのは初めてだし、いつもなら部屋の中でも嫌だと言う。

「今日部屋来いよ」

「え……。で、でも帰って一人反省会しようかなって思って……」

「貴重な俺の誘い断るのか?」

「う……。そう言われると……」

暗闇だし一歩下がっているので彼の表情は見えない。
だけど、三上がふっと笑った気配がした。
どうしよう。逆に気持ち悪い。
怒りが振り切って逆に笑いが止まらないとかだったらどうしよう。僕は今日死ぬかもしれない。
どんな罰も甘んじて受け入れる覚悟はあるが、せめて別れるのだけは勘弁してほしいなあ。
呑気にそんなことを考えたが、部屋に入った瞬間に噛み付くようなキスをされ、わけがわからず混乱しっぱなしのまま眠る瞬間まで甘やかされた。


END

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