Closer



五限が始まる直前、皇矢に呼ばれ扉の方まで小走りで近付いた。

「どうした?教科書忘れた?」

彼が自分の元を訪ねるときはだいたいなにか忘れ物をしたときだ。

「違えよ。今日の放課後三上と出掛けんだ。真琴も来るか?」

こそこそと耳打ちされ、ぱっと表情を明るくした。

「いいの?」

「勿論。三上には内緒な。先に駅で待ってろ」

「う、うん!あ、でも、三上怒るかなあ…」

顎に手を当てうーんと唸ると皇矢に思い切り背中を叩かれた。あまりの力によたよたと数歩進んだ。

「なに辛気臭え顔してんだよ。お前らはそんな気遣わなくていい関係なんだぞ」

「…そ、うだね…」

「んじゃ、また放課後」

くしゃっと掻き回された頭を撫でつけながらでも、と思う。
恋人同士。一般的には隣に並んだり、一緒に出掛けたり、お互いのために時間を割くのが当然とされているが、自分たちにそれは当てはまらない。
彼のペースを乱すような行動は控えたいし、彼も自分がそうすることでまだ楽につきあえている節がある。
性別を通り越してつきあってくれたのだから、彼に合わせるのは当然だし、彼が嫌がることを避けるのも当たり前だ。
自席に座りながらどうしようか悩んだ。三上と出掛けてみたいけど、彼ら二人の邪魔をしてはいけない。でも皇矢には咄嗟に行くと言ってしまった。
考えた挙句、三上の反応を見て決めることにした。


HRが終わり、慌てて駅へ向かった。きっと三上たちはだらだら来るだろうが。
ホームのベンチに腰を下ろし、太腿の上で拳を作った。
三上が出掛けるなんて珍しいな。楽しみだな。放課後に友だちと遊びに行くなんて、普通の高校生っぽい。自分がそんな"普通"の輪の中に入れてもらえるなんて、東城に来てよかったな。わくわくしながら彼らを待つ。
三上を好きになって、彼が微笑んでくれるならそれで十分だと思っていた。でも、彼を通して交友関係も少しだけ広がり、友だちも増えた。三上は自分にとって福の神のような存在だ。たくさんの幸福を経験させてくれる。
足元に視線を固定させ、ふふ、と笑うと少し先でうわ、という声が聞こえた。
ぱっと顔を上げると三上と皇矢がおり、にやりと悪い笑顔の皇矢とは対照的に、三上はげんなりと溜め息を吐いた。
やっぱり自分が一緒じゃ楽しめないのだろう。今更そんなことで傷ついていられない。皇矢には後で説明するとして、辞退した方がよさそうだ。

「お前だな?」

三上が皇矢に向かって言うと、皇矢はなんのことー?としらばっくれた。

「まあいいじゃん。一人増えようが、二人増えようが」

皇矢が肩を組むように三上に寄りかかると、三上は思い切り皇矢を引き剥がした。

「あ…僕は行かなくても大丈夫…」

浮かれていた心は一気に急降下したが、遊んでいる最中三上の機嫌が悪ければ皇矢も困るだろうし、今日行けずともチャンスはまだあるはずだ。
そのとき、電車がホームに停止し、扉が開いた。
こいこい、と手招きする皇矢に苦笑しながら首を振る。大丈夫、二人で楽しんできてね。そんな願いを込めながら。せめてお見送りだけでも、とホームに突っ立っていると、三上がこちらをちらりと見た。

「なにしてんだよ。早く来い」

「え?」

ぼけっと立ったままでいると、三上は電車から降り、乱暴に腕を引いてぎりぎりのところで自分も電車に乗ることができた。

「真琴今扉に挟まりそうだったな」

皇矢がけらけら笑い、そうなったらもっとおもしろかったのに、と不吉なことを言う。
掴まれた腕が離され、上目で三上の表情を盗み見た。機嫌が悪そう。それが彼の平常運転だが、本当によかったのか不安になる。

「あのー。ありがとう」

小さく礼を言うと、三上は一瞬こちらを見下ろし、扉に背を預けて車窓の向こうへ視線を移した。ついでにイヤホンを耳に突っ込み、こちらをシャットアウトするように音楽を聞き出した。
皇矢はいつもこんな調子だから気にするなと言い、苦笑して応えた。
目的の駅に到着し、慣れた様子で駅から目的地へ歩く二人の後を追う。どこへ行くのか、なにが目的か知らないが、自分が街に来ても本屋へ行くくらいで、他の遊びはほとんど知らないので、色んな世界が見れるだけで楽しい。
歩幅が違うので、ぎゅっと鞄を握りながら見失わぬよう背中を眺めた。
同じ制服なのに自分が着ると野暮ったく見え、彼らが着ると様になって見えるのはなぜだろう。
三上なんて長袖シャツの袖を肘の下まで数回折り返して、ネクタイの先端を胸ポケットに突っ込むという、立ち食いソバ屋さんによくいるサラリーマンのようなのに。
やはり身長やスタイルが問題なのだろうか。同じ服でもモデルと一般人で違いが出るように。やはり筋トレは毎日欠かさずやらなければ。そんなことを考えていると、皇矢がこちらを振り返った。

「迷子になんなよ」

揶揄するような口調に怒ってみせたが、皇矢なりに気持ちを軽くしてくれているのだ。
親鳥を追いかける雛のように二人があっち、こっちと歩き回るのを追った。
本日の目的は夏服の調達らしく、二人がああでもない、こうでもないと話す内容を聞きながら勉強した。洋服屋さんなんて場違いなのではないかと焦ったが、皇矢がそれとなく話しの輪に入れてくれるので楽だった。
どっちがいいと思う?と皇矢に聞かれたときは、違いがわからず、どっちも素敵だよと返すので精一杯だったけど。

「真琴もなんか買う?」

「いやあ、僕はいいよ。流行りの服買ってもどう着ていいかわかんなくて結局箪笥の肥しになるし」

正直に言うと、皇矢はそういうところが可愛いと言いながら笑い、じゃあ今度上から下までコーディネートしてやると言ってくれた。

「三上が好きそうな服選んでやる」

耳打ちされ、祈るように手を組んでこくこくと頷く。

「ついでにピアスでもあける?」

耳朶を指で挟まれ、今度は首を左右に振った。

「こ、怖い」

「大丈夫だよ。あんま痛くねえから」

「でも、皇矢のピアスなんて向こう側が見えるくらい穴空いてるよ?」

「これは少しずつ広げたんだよ。一気にここまで広げたらそりゃ激痛で死ぬわ」

「死っ…」

「冗談」

くすりと笑われ、長く息を吐いた。

「おい、行くぞ」

三上が戻り、皇矢の二の腕を拳でとん、と叩いた。

「じゃ、次行きますかー」

次に向かったのは靴屋さんだ。三上が登校するときに履いているスニーカーが限界らしい。

「ローファーは履かないの?」

しゃがんで商品を眺めている三上に聞いた。

「歩きにくいだろ」

「そんなことないよ。慣れれば」

自分は中学の頃からローファーだ。多少値が張っても長持ちするから、と母に言われたのだ。

「でも普段履けねえだろ」

なるほど、と頷く。自分は学校用のローファーとスニーカーが一足ずつあれば十分だが、彼らは違うのだ。
皇矢と相談しながら悩み、靴は次回へ持越しとなったようだ。
腹減ったと皇矢が言い、三人でファストフードのお店に入った。店内は色んな学校の制服で溢れており、物珍しくて視線を泳がせた。
四人掛けの席を見つけ、皇矢と三上と対面するように座る。
二人の会話をぼんやり聞きながらポテトを頬張っていると、彼らの後ろに座る女の子と目が合った。ぱっそ逸らされたが、数人でひそひそと話し、にこやかに皇矢たちを見ている。
熱っぽい視線にああ、そうかと納得する。普段学園から出ることがないのでわからなかったが、二人は外に出ると女の子の視線を奪う要素があるらしい。
顔の美醜は自分にはよくわからないが、背は高いし同年代より少し大人びた雰囲気は、女の子が好みそうだ。しかし、皇矢はわかるが三上はどうだろう。彼の顔を凝視しながら首を捻った。校内では遠巻きにされるし、苦手と言う人も多い。
三上がお手洗いに立った隙に皇矢に手招きし、こそこそと聞いた。

「三上ってモテる?」

「なんだ急に」

「女の子に見られてるから」

「見られてんのは俺だ」

「はっきり言ったね。さすがっす皇矢先輩…」

皇矢は冗談だよと笑い、腕を組んでなにもない壁の向こうに視線をやった。

「別に普通じゃね?あいつの女関係よく知らねえけど。あ、でも…」

そこて一旦言葉を区切ると、彼はくっと笑った。

「変なのには好かれんな」

「変なの…?」

皇矢はナゲットにケチャップをつけ、口元に寄せてきた。ぱくりと食べると三上には内緒なと前置きされる。

「あいつ、女にもあの調子で容赦ねえから、話しかけられてもフルシカトしたり、面と向かって鬱陶しいとか言うんだよ」

「ああ、よーくわかります」

顔も知らぬ女の子を慰めたくなる。

「大抵の女はそこでキレるか黙って引くかだけど、たまーにそういうところがいいっていうMっ気ある女がいるんだよな。真琴みたいな」

「僕は普通だってば!」

皇矢はまたまたー、と言いながら僕の頬を指先でつついた。
しかし、自分のような女性がいるとは。潤に真琴は変だと散々言われる。あんな男のどこがいいとか、理解できないとか。でも同志がいたと知り、少し嬉しくなる。
皇矢がもう一つナゲットを差し出したのでぱくっと食べる。飼い主におやつをもらう犬のようだ。
そのとき三上が戻ってきた。椅子に座った彼は眉間の皺を深くし、タオル地の可愛らしいハンカチをテーブルの上に放り投げた。

「どうしたこれ」

「ぶつかって水ぶっかけられた」

確かに腕のあたりが濡れている。災難だったねと言うと、彼は深く溜め息を吐いた。

「んでハンカチ渡されたの?」

「返せないからいらないって言ったのに引かねえの。どうすりゃいいの。ちょっと皇矢返して来いよ」

「なんで俺が。ありがたくもらえばいいだろ。あっちが悪いんだし」

「こんだけ暑ければすぐ乾くし、柔軟剤の匂いきついから使いたくない」

「じゃあ捨てれば」

「だな」

三上はハンカチを持って立ち上がったので、慌てて腕を引いた。

「ちょ、ちょっと待った!ここで捨てるのはさすがにないと思うよ?」

「…なんで?」

「善意でくれたんだし、一応持って帰ったらどうかな?」

「俺はいらないって言ったのに押し付けられたんだし、どこで捨てても俺の勝手だろ」

でも…。と言い淀むと皇矢がほらな、と言いたげに目配せをしてきた。
これは確かに女の子にはきつい。自分は慣れているし、メンタルが鍛えられたので受け流せるが、そうでなければ涙を流すかも。

「わかった。じゃあ僕が預かるから!ね?」

「あっそ。じゃあお前捨てといて」

綺麗に畳まれたハンカチを渡され、一先ずは安心した。
万が一、女の子がハンカチを捨てる場面を目撃したときの胸の痛みを想像するとこっちまで辛くなる。ハンカチを丁寧に鞄に入れ、残りの食事を片付けながら他愛ない会話をして過ごした。
窓の外がゆっくりと紺色に染まる様子を見て、そろそろ帰ろうと皇矢が席を立った。
それぞれの部屋の前で別れ、個人部屋で鞄からハンカチを取り出した。
どうしよう。三上は捨てろと言ったけれど、他人の物を勝手に捨てるのは気が引けるし、かと言って再利用もできない。保管してもいつかは捨てなければいけないし、ならば今思い切って捨てた方が。
考えながらそっとハンカチを開くと名刺サイズの紙切れが挟まっていた。内容を確かめ、再びハンカチに包み直して部屋を出た。
三上の部屋へ行き、リビングには誰もいなかったので寝室の扉をノックした。
すぐに応対してくれた三上は着替えの途中だったらしく、シャツの釦をが全開の状態だ。

「なんだ」

「あの、これ…」

ハンカチを差し出すと彼は憂鬱な顔をした。

「捨てろよ」

「それが、勝手に捨てられない事情が。中、見て」

「中?」

三上は手の中でハンカチを開き、紙切れを確認し、片手でぐしゃりと潰してハンカチごとゴミ箱へ放り投げた。紙切れには連絡がほしいという言葉と共に電話番号とラインIDが書かれていた。

「あっ…」

手を伸ばしたが、その腕をきつく握られた。

「拾ってどうすんの」

「どう…しよう…」

そこまで考えていなかったが、他人の好意を簡単に切り捨てる彼の姿は過去の自分に重なってみえた。

「お人好し」

吐き捨てられ喉を詰まらせた。
三上の言う通りただのお人好しだ。自分の恋人が女性から受けた好意を受け取れなんてどがつく馬鹿。そうでなくとも、三上がいつ正気に戻るか冷や冷やしているくせに。

「…連絡、しないの?」

着替えを続ける三上の背中に問いかける。

「してほしいの」

「そんなことないけど…」

ベッドの端に座り、ゴミ箱に視線を移す。着替えを済ませた三上が隣に着いた。

「こういうことする女が一番嫌い」

低い声色にそちらを見ると、いつか自分に向けらていた熱の一切を失った冷酷な瞳があった。自分が言われたわけではないのにどきりと胸がうるさくなる。

「こ、こういうことって…逆ナンみたいな…?」

「違う。面倒くさい小細工する女」

「声かける勇気がなかったんじゃないかな…?」

「じゃあ引っ込んでろよ。わざとぶつかって俺のシャツ濡らして挙句にこれで連絡くると思ってるなんて頭悪すぎだろ」

「…まあ、正論なんだけど…いつになく辛辣だね…」

女の子の心は男には理解できないほど繊細にできていると思う。
彼女のやり方は間違いではない。可愛らしい女子高生が清楚なハンカチの中にメッセージを込めれば、嬉しく思う男も世の中にはいるだろう。しかし、事三上に関しては手練手管を嫌い、直球ストレートでなければ通用しないというだけだ。
微妙に同情してしまうのは、自分が三上の恋人という座についた余裕だろうか。そう思うと見下しているようで恥ずかしい。そういう意図はないのだけれど。
太腿の上に置いていた手元に視線を固定させて考えると、ぽんと頭を撫でられた。

「俺は浮気しない主義なんだよ」

視線を合わせ、僕もだよと前のめりになりながら言った。

「お前は浮気なんて器用なことできねえだろうな」

くっと笑われ、その通りなのだが子どもっぽいと揶揄されたようで頬を膨らませた。頬を片手で潰され、結局は三上以外に目がいかないのは違いないと一人で納得する。
三上がいくら浮気をしても、二股しても構わない。最終的に戻ってくるのが自分ならば。被虐的になるなと叱られるので言わないけど。
言葉の代わりに三上の手を上から恐る恐る重ねた。

「…ありがとう」

何に対しての礼なのか自分でもわからない。
ただ三上のばっさりと切り捨てる冷酷さは、自分に対する誠実さも含まれていると思ったのだ。自意識過剰だろうか。三上はなにも言わず、空いている方の手で髪を一束すくって口付けた。


END

[ 66/81 ]

[*prev] [next#]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -