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股間が限界。
最低な嘆きだと理解しているから見逃してほしい。
それにこちらの事情を知れば大抵の男は同情するしそれ以上に、君はよくがんばってるよ、若いのに立派だね、くらいの激励をくれると思う。
仰向けに寝転ぶ自分の上にぴったり重なりながら満足そうに口元を緩める恋人を見てこっそり溜め息を吐く。
こっちの気も知らないで。そうやって逆ギレをかますのは簡単だが、いかんせんこの男は他人の機微とか、言葉で表し難い曖昧な空気が理解できないので逆ギレに逆ギレを返されるだけなのだ。
甘ったるい関係や恋人特有の馴染んだ空間への認識に齟齬があるので一度の喧嘩が大きな誤解を生み、糸を解く作業には大変な労力を要する。
そうならぬよう、感情的になりたいのをぐっと堪えて何度唇を噛み締めたことか。
まだ付き合い始めていくらも経っていないのに、月島のせいで忍耐力と精神力が格段に鍛えられた気がする。
「ねえ」
退屈になったのか、月島が顔を上げた。
「僕眠くなってきた」
その言葉に蟀谷がぴくりと反応する。言葉の裏に隠された意味を知っているからだ。とりあえず素知らぬ顔で誤魔化そう。
「ベッド使っていいぞ」
「そうじゃないでしょ?」
高慢に言い放つ姿は月島らしい。
今までは抱っこで運び、添い寝のオプションもつけていた。
望まれたからではなく、自分がそうしたかったから。
そんなことしなくていいと言われても何度も何度も繰り返した。
そうするうちに月島の中でそれが当然に変化した。
だから彼がこういう我儘を言うのは自分のせいで、そしてそれを喜ばしいと受け入れてきたが、別の問題が生じるようになってからはなるべく回避しようと策を巡らせてばかりだ。
「……腕が痛いから運べない」
「運ばなくていいよ」
そんなことはわかってる。
月島の目的は添い寝とおやすみのキスだ。
スキンシップが嫌なんじゃない。むしろ大歓迎だがもう股間と理性が爆発しそうなんだ。わかってくれ。
十六だぞ。人間が年中発情期に陥る歳だぞ。
かわいい顔でおねだりされ、身体を寄せ、はい終わりを繰り返されれば誰だって苦しくなるだろ。
「……俺はまだ眠くない」
「君じゃなくて僕が眠いんだよ」
僕の我儘がきけないの?
そう言いたげに見下ろされ、溜め息を吐きながら起き上がった。
最後には白旗を振るくせに抵抗を試みてしまうのは癖だ。
眼鏡をテーブルに放り投げ、月島を抱えたまま立ち上がった。
「腕痛いんじゃないの?」
「薫様がきーきー言うから」
「運ばなくていいって言ったけど?」
しらっと無視をし、ベッドに下ろす。
布団をかけてやり、添い寝はせずベッドサイドに着いた。
上半身を捻って彼の肩をぽんぽんと叩くと、月島は不満がこもった顔でこちらを見上げた。
それでも放置していると頬を膨らませて口を引き結ぶ。その顔が小動物にそっくりで、かわいすぎてわざと意地悪をしたくなる。
「本当に添い寝してくれないの」
「また今度な」
「……じゃあキスだけでいいよ」
それを一番避けたいんだが。
一瞬固まるのを不思議そうに見上げる表情のなんと愛らしいことか。
綺麗に澄ました顔を今すぐぐちゃぐちゃにしたいなんて言ったら逃げ出すくせに。
高慢で高圧的な月島を組み敷き、泣かせ、懇願させたらさぞ愉しいだろう。そんな想像ばかりしてしまうほど限界なんだ。
「……嫌なの?」
強気な態度から一変、不安げに瞳を揺らすものだからそんなことないと首を振った。
自分の理性くらい自分で手綱を握らないと。恋人を不安にしてまで優先すべきことじゃない。
ただでさえ月島は俺に負い目があり、些細なことでマイナスに振り切ってしまうから。
黒く、細い髪をかき上げるようにし、丸い額にキスをしたあと肉厚な唇を塞いだ。
ただ触れるだけの慈しむようなそれに、月島は明らかに不満げだ。
「もっと深いやつがいい」
次の言い訳を必死に探してると、襟首を掴まれ強引に引き寄せられた。
抵抗する隙も与えない腕力に、こいつも男だよなと身に染みる。
こじ開けるように舌を入れるくせに、その先は手探りのようにもどかしい。
こういう行為は知識だけじゃどうにもならないといい加減月島本人も気付いた頃だろう。
手助けするのは簡単だが、月島のプライドをぼっきり折らぬよう見極めが肝心だ。
同じ男として痛いほどわかる。不甲斐ない自分はなるべく見せたくないし、色事に関しては主導権を握りたくなるのが本能だ。
一度顔が離れたので、ちらっと瞼を上げた。
月島は上気した頬を手の甲で隠すようにしながら眉間を寄せている。
恋人とのキス後の反応としては間違ってると思うけど。
「……て、よ」
「なに」
「ちゃ、ちゃんとしてよ!」
「ちゃんとしたじゃん」
「そうじゃなくてっ……。ぼ、僕が下手なのはわかってるから香坂がしてくれないと気持ちよくならない……」
「ふーん?」
男の矜持を誇示しようとする気持ちと素直に負けを認め快感を追求したい欲求がせめぎ合ったなんともいえない表情を見てつい、にやにやしてしまった。
「その顔むかつく……」
「あっそ、じゃあもう終わりな」
「や、違くて!」
月島は切迫感からぎゅっと服を掴み、伏せた瞳をうろうろ泳がせた。
いじめすぎただろうか。プライドの塊である月島が懇願する様は何度見ても胸がすくのでついやりすぎてしまう。
助け船はださない。少しは月島も素直になる練習をしなければ。いつも相手が察してくれると思ったら大間違い。意地を張る場面と素直になる場面の見極めはこの先彼にとってとても大事だろうから。
月島は何か言いたそうに口を開いては閉じるを繰り返し、ぎゅうぎゅうに寄せていた眉間は和らぎ、徐々に八の字に変わった。
「……こんなに僕がお願いしてるのに」
ぐずりそうな気配を察し、慌てて彼を抱き締める。
「触れたいと思ってるのは僕だけなんだ」
「んなことないって」
「じゃあしてくれるよね?」
ぱっと表情を意地悪に変えたので、演技だったと気付いた。
どうせ最後に負けるのはいつも俺だ。惚れた弱味か、元来の性質か。恋人になる前からそんな風だった気がする。
仕方がないと小さな吐息をついてから彼の顎を掴んだ。
誰だって初めて知った快感には溺れるもの。理知的で、冷酷で、性格が捻じ曲がった月島とて例外ではない。
「舌出して」
こういうときに限っては素直に言うことを聞いてくれるのがおかしくて、くすりと笑った。
期待で震える舌を捉え、丸呑みするように覆い被さりながら体重をかけた。
月島が好きな場所は覚えている。
口内をくまなく丁寧に愛撫して、上顎を舌先でなぞった。
「ん、ん」
我慢できずに零れる小さな小さな嬌声に下半身が反応する。
だから嫌だったのに。
神経が焼き切れそうなひりついた感覚を覚え身体を離した。
「っ、おしまい」
「や、やだ。もっとしたい」
やったら終わるとわかっているのについ手を伸ばしてしまう。
望みは叶えてあげたい。だけど月島を傷つけたくない。間に挟まれ脆弱な精神ががらがら崩れていく。
「月島」
真っ黒な瞳がとろんと零れそうだ。
どうしよう。どうとでもなれ。
投げやりな気持ちで月島の頬を包み、息がかかるほど顔を寄せた瞬間だった。ただいまーと呑気な声がリビングから響いた。
急速に現実に引き戻され、助かったと安堵する。そんな自分とは対照的に、月島は大きな舌打ちのあとクソ、と呟いた。
「いい子で寝ろよ」
数回頭を撫でてやり、リビングへ向かった。
冷蔵庫から取り出した牛乳を飲む白石の肩をぽんと叩き、よくやったと頷くと、彼はへ?と間抜けな声で首を傾げた。
「あれ、月島来てる?」
「お昼寝だってよ」
「あは、お昼寝なんて赤ちゃんみたいでかわいいね」
さっきの盛大な舌打ちと今すぐにでも呪いそうな顔を見てもそんなことが言えるだろうか。
汗かいたからシャワー浴びると白石がバスルームに去ったと同時、寝室の扉が開き目を吊り上げた月島がずんずんこちらに近付いた。
あまりの迫力に後ずさると、ぎゅっと抱きつき額を鎖骨に擦りつけたあと身体を離した。
「白石に会ったら罵声浴びせそうだから帰るね」
月島は溜め息を吐きながら鞄を持ち、名残惜しそうに部屋を後にした。
この場を凌げたことに安堵したが、こんなこと何度も続けられるわけがない。
そろそろ決着をつけたいが、苦しみから解放されたいがため月島の気持ちを無視するわけにもいかない。
あーあ、と呟きながらソファに突っ伏す。
こういうとき、普通はどうするのだろう。
考えてからそういえばこういう経験が一度もないことを知る。
女性から拒まれるという話しは耳にするが、過去の彼女たちは駆け引きとか面倒だからさっさとしろくらいの勢いだった。
良き相談相手はいないだろうか。
ぽんと兄の顔が浮かんだが、即物的で物怖じしない兄はこういう問題には一番適さない。相手がどうであれ自分の描いた絵通りに物事を運ぶ力がある。
自分の感情優先で、そして相手もそう願ってると疑わない俺様野郎だ。あーやだやだ。
楓さんは論外。俺の弟に手出したら殺すくらい言われてもおかしくない。
友人たちには月島との関係を黙っているし、そうなると他には──。
「具合悪いの?」
ぱちっと目を開けると心配そうに覗き込む白石がいた。
「あ、白石がいた」
「え?」
自分たちの関係を知っていて、間に挟まれ振り回される貧乏くじもとい、良き理解者。
「お前さ、唯さんに掘られるほう?掘るほう?」
げほっと咳き込む白石を見て、言い方にデリカシーがなかったなと反省した。
「そっ、そういう関係じゃないから……」
「は、まだ落としてねえのかよ、あんなに付き纏ってるくせに」
「難攻不落の村上城って感じで手詰まりだよー」
「じゃあ仮定の話しとして、唯さんがお前を掘りたいって言ったらどうすんの?」
「唯さんが望むことならなんでもするよ」
ぱっと明るく笑う顔には邪気の一切がなく、会話内容が下世話なことを忘れそうになる。
恋人が望むことならとすぐに受け入れられない自分は器の小さい男なのだろうか。
「ふーん。そういうもんか」
「あ、でも別に唯さんのためとかじゃなくて俺のためっていうか……」
「ああ、あれに惚れるくらいだから白石Mっ気ありそうだもんな」
「違うよ!唯さんは冷たそうだけどたまに優しくて繊細で、ヒヨコみたいにかわいいんだよ!」
「……へえ。ヒヨコ……」
あんな目付き最悪で狂暴なヒヨコいるわけねえだろ。問答無用で喉輪するような人だぞ。三上さんといい勝負と思ったが、理性と知性があるだけ唯さんのほうがましだ。
「俺は唯さんより図体でかいし体格もがっちりしているし、どこからどう見ても男で、かわいくもない俺を抱きたいって本当に好きじゃないと無理だと思うんだ。だからもしそう言われたら嬉しくて受け入れるかなって」
「……お前たまにいいこと言うよな」
「もっと頼ってくれてもいいよ」
てへっと笑う顔にイラっとしたので無視をした。
「もし月島にそう言われたら実際どうするかは置いといて、それだけ月島が香坂を想ってる気持ちは大事にしたほうがいいと思うな。だって香坂もかわいくないし」
「はー?俺は月島にかわいいかわいい言われるけど?」
「月島がおかしいんだよ」
笑顔できっぱり言うのはやめてほしい。傷つくだろ。
「なんか振り出しに戻った気がする……」
「月島も香坂もちゃんと好き合ってるんだから話し合ったら?二人はそういう話し合いが足りないと思う。そんで毎回変な誤解を重ねて喧嘩するし」
「また喧嘩したら仲裁は任せた」
「俺そういうの得意じゃないのにー」
両手で顔を覆う白石にけらけら笑いながら、彼の言葉を反芻した。
気持ちの重さや大きさなんて測れないし、どちらが上なんて決める必要もない。
好きの度合いが違ったとしても上手に関係が築けるならそれで充分なのだから。
自分的には過度な束縛や尊厳を傷つけるようなつきあいさえしなければ合格点だ。
だから、もしかしたら今の距離感が丁度いいのかも。
一度手にしたらもっともっと欲しがって、月島が他の誰かを瞳に映すことすら気に喰わないと言い出すかもしれない。
もう少しだけ、始まったばかりの恋というものを大切に育むのも悪くないだろう。
そうして慣れていった頃には自分の感情を持て余さずにすんで、もっと月島を上手に扱えるはず。
そう決めたのは数日前で、今の状況というと校舎裏で月島に壁ドンされている。
四限の体育が終わり、そのまま購買へ行こうと渡り廊下を歩いている最中腕を引かれ拉致された先は人気のないこの場所だ。
まだ汗が引かず、額から頬に汗が流れた。
というかどんな事情があってこんなことになったのだろう。
「……俺カツアゲでもされんの?」
「そんな馬鹿みたいなことしないよ」
「じゃあなに」
「さっき僕自習だったから君の授業見てたんだ」
「不良め」
「日々こつこつ勉強している僕は自習なんて必要なくてね」
それとこれがどう繋がるのかはわからないが黙って月島の言葉を待った。
「汗を流す君がとてもかわいかったから我慢できなくて」
こんな自分をかわいいと形容するのは月島だけだ。白石に秒で否定されたことを自動的に思い出す。
「だから少しだけ」
ぐっと身体を寄せ、背伸びまでした月島の頬をむにっとつまんだ。
「学校では変なことしないんじゃなかったか?」
「それは万が一他人に見られたとき君が噂の的になったら辛いだろうなと思って」
「ご配慮どうも。じゃあもっと我慢しなきゃな」
「我慢できないくらい魅力的だったってことだよ」
「ふーん、あそこで白石が顔赤くしてるけど」
ちょっと先でおろおろしている白石を指さした。
そちらを振り返った月島は、気味の悪い笑顔を浮かべた。
「ほんっとうに間が悪い……」
ご愁傷様ですと白石に拝み手をする。きっとちくちく報復されるに違いない。
「じゃあ今日は僕の部屋に来てよ。黒田くんデートで遅くなるって言ってたし」
「あー……」
「他に予定あった?僕は遅くなっても平気だよ」
必死に言い募られると可哀想になってしまう。苦笑し、わかったよと背中を叩き歩くよう促した。
すべての授業が終わると、教室で友人と時間潰しをした。
デートだとはしゃぐ黒田を他の友人は恨めしそうに眺めていたが、きっと他の友人にもいい感じの子の一人や二人いるのだろう。
机に突っ伏しながらスマホを眺めていると、友人の一人が制服を引っ張った。
「なあ京合コンのセッティングはー?」
「黒田に頼めよ」
「あー、だめだめ。あいつ自分の彼女で頭いっぱいだから」
「俺も他のことで頭いっぱいだから無理」
「えー、京の恋バナ興味あるー」
きっしょ。と呟くと同時立ち上がった。このままだと根掘り葉掘り鬱陶しく絡まれる。そうなる前に潔く月島のところへ行こう。
「京を振り回す子はどんな子かなー?」
何度も会ってるぞ。
「また年上?京の元カノみんなきつそうだしな。ヒールで頭踏んできそう」
月島なら笑顔で踏むだろう。ただし俺以外を。
「見た目だけでも教えろよー」
歩いている間も後ろからつつかれ、溜め息を吐いた。
「黒髪ショートの色白」
嘘はついてない。(男)と最後につくだけで。
「あ、俺もショート好き!」
きゃっきゃと盛り上がる友人たちを残し、さっさと寮へ向かった。
月島の部屋の前で数回深呼吸をする。
じれったい関係を楽しみながら月島の歩幅に合わせようと決めたはずなのに、彼を前にするとすぐ暴走しそうになる。
そういう自分を抑え込むほど強くないし、大人じゃないから躊躇してしまう。
いつかひどく傷つけて、月島の初めての恋を粉々にしてしまいそうで怖い。
深呼吸から溜め息に変わった頃、後ろから背中を叩かれた。
振り返ると自販機で購入したお茶を両手に抱える月島がいた。
「冷蔵庫になにもなかったから君の分も買ってきたんだ……」
「ああ、どうも」
ゆっくり鍵を開け、招かれたままソファに座る。いつもなら月島から甘えるか、自分が引き寄せるところだが今日の月島は少しだけ隙間を開けて浮かない顔で隣に着いた。
昼間のこともあったから部屋につくなり接触を求められると思ったけど。
身構えていたのが馬鹿らしくなり、お茶を飲んで頭を冷やす。
「月島」
ぽんぽんと太腿を叩くと、月島は向かい合って身体を跨ぐ格好でこちらに凭れた。
抱っこしたまま頭や背中を撫でてやる。
月島は暴君よろしく我儘を言ったり、反転して遠慮するような態度をとったりする。
後者はよくない兆候で、あれこれ悪いことを考えたり俺に嫌われないかと怯えているときだ。
だからそういうときこそ目一杯甘やかし、愛情表現を惜しみなくしなければいけない。
まだ二人の関係は盤石じゃないし、月島も自分も互いへの恋心を上手に扱えない。
少しのことで不安になったり揺れたりするのは構わない。ただそのサインを見逃さないよう気を張る必要があるのだ。
彼の不安の芽を摘むためやんわり抱き締めながら口を開いた。
「今日体育館でサボってたのは偶然?それともわざわざ俺を見に来たの」
「君を見に行った。授業バレーだったから元バレー部のお手並み拝見しに行こうと思って」
「カッコよかっただろ?」
「うん!」
いやそんな素直に言われると俺が恥ずかしいのだが。
もっといつもみたいに冷めた目で自意識過剰くらい言ってほしかった。
「男子校でよかったと改めて思ったよ。邪魔くさい女にうろちょろされなくてすむから」
ふっと笑い、吸い寄せられるように白く丸い頬に口付けた。
かちっとスイッチが入るように空気が変わったのがわかった。
そのスイッチを押してしまったのは自分なので月島を突き放すわけにはいかない。いかないけど……。
さあどうしようかと頭を悩ませていると、月島がぴったりくっつけていた身体を離した。
「……香坂」
月島は俯きがちに自分の手を無意味にいじり、言い淀みながら上目遣いを寄越した。
「最近、さ、少し君に避けられてるような気がしてた。さっきも部屋の前で溜め息吐いてたし……」
ぎくっと肩が揺れそうになるのを耐える。
「もしかして僕がいつまで経ってもキスとか上手にならないから楽しくない?経験不足すぎて嫌になった?」
「待て待て」
想像力豊かな結論に眩暈がする。
そうだった。月島は恋愛においてとんでも思考の持ち主だった。
人と関わらなさ過ぎて友人すらまともに作れない人間に恋愛のいろはを期待するほうが愚かだが、突飛な自己完結は絶対にやめてほしい。
「お前の中で俺はどんだけクズなんだ」
「クズ?どうして?そういうことを楽しめないから別れるってよくあることでしょ?」
「原因の一部にはなるかもしれないけど、そんなことで別れるなら最初から月島とつきあってないだろ」
「……そうかな」
どんな過程があってそういう結論に達したのかと想像すると末恐ろしい。
頭がいいということは考えすぎてしまうということでもあると思う。
余計な思考は判断力を鈍らせ己の精神を摩耗させる。
勝手に暴走せず、俺に聞いてきただけましだけど、いらぬ悩みや不安で苦しんでいたのかもしれないと思うとこちらまで辛くなる。
「じゃあなんで僕を避けるの」
「それは……。ほら、その、な……」
対してこっちは頭が悪すぎてこういうときに言葉が詰まる。
自分と月島を足して二で割れたらいいのにとか、どうでもいいことばかり考えてしまう。
「なんでも言って。怒ったり泣いたりしないから」
白石には俺たちは会話が足りないと言われた。
どうでもいい小競り合いは饒舌にできるけど、肝心なことは目を背けてしまいがちだ。
まだ月島にどれくらい踏み込んでいいかわからないし、手探り状態の交際だから。
そういうところから直さないと月島はまた予想外の答えに着地してしまう。
「……月島まだ俺のこと抱きたいの?」
ぽつりと言うと、月島は大きな目を更に大きくして当然だが?という顔をした。
「それとこの話になんの関係が?」
「キスとかすると俺も触りたくなるけどお前が抱く側がいいっていうから我慢してたんだよ。でもそれにも限界はあるだろ。だからなるべく接触を控えようと……」
「我慢しなくていいよ?君が先を望むなら不慣れなりに頑張るから」
「だから、俺もそっちがいいの」
「そっちとは?」
「抱くほう」
「え……?僕を……?そういう対象として見れるってこと……?」
「当たり前だろ」
なにを今更、と吐き捨てると、月島は耳の先まで真っ赤にして落ち着きなく身体を揺らした。
「まさか君が……。ほ、ほら、そういう行為だと勃起しないといけないでしょ?でも君は僕相手には無理だろうと思って、だから僕は……」
あー、と妙に納得した。白石が言っていたのはこういうことだったのだろう。
月島は好きの比重がまったく違うと思ってる。だから当然奉仕する側を自分が引き受けようとしていたわけだ。最悪、される側は目を瞑ってマグロ状態でも事足りるから。
「俺はここ最近ずーっとお前をぐちゃぐちゃにしたら楽しいだろうなあっていう妄想ばっかだったけど」
「楽しくないと思うけど!?」
「俺は楽しいんだよ」
「君が望むなら僕はどっちでも……。正直抱かれたいと思う瞬間もあるし……。あ、じゃあ公平に順番で変わるのはどう?」
その問いには笑顔のままうんともすんとも言わなかった。
どうしても嫌なわけじゃないけど、そっちの資質が自分にはないと思う。どちらも未経験な月島は先入観なしの真っ新な状態で臨めるだろうが、こちらは今までの自分を一度粉砕する覚悟が必要だ。
それでも愛しい恋人が望むなら考える余地はあるけれど。
「でもまずは手慣れてる君がリードしたほうがいいよね。よし、そうと決まれば今からしよう」
「待て待て」
だからどうして月島兄弟は即行動に移りたがる。楓さんも大概だが弟のほうも負けず劣らずだ。そういうところばっかり似て。
「本当にいいのか?プライドの高いお前がすんなり了承するとは思わなかったけど」
「なに言ってんの。僕に腰を振る無様な姿を晒すのは君だよ?それにこういう行為はね、自然界も人間も受け入れる側がすべての決定権を持ってるんだよ。そんなのプライドが満たされるに決まってるでしょ」
「あ、はい……」
いつもの月島節が聞けて安心する日が来るなんて思わなかった。今となっては憎たらしい減らず口がないと物足りない。
髪を耳にかけてやり、軽く触れるだけのキスをする。
「じゃあもう我慢しなくていいんだよな?」
確認すると、月島はうーんと悩み始めた。
「あれもこれも我慢してただけって知るとすごくかわいいからもう少し我慢させようかな」
「性格悪いぞ。ご馳走が目の前にあるのにお座りし続けてえらいって褒めてくれよ」
「そうだね、とてもえらいよ。僕の尊厳を傷つけないようにしてくれたんだよね」
柔らかく抱きしめられ、月島の腕にすっぽり収まった。
そのまま短い髪を手櫛ですかれ、気持ち良さに瞼を閉じる。
「超肉食系かと思いきや、そういう気配りができるから君が好きなんだ」
「……もっと」
「君は理想的な恋人だよ。僕だけに甘くて、僕の忠犬で、それに見た目も声もいい。予想外のことされたり言われたりするけど、君が相手ならそれが全然嫌じゃない」
「じゃあご褒美くれる?」
「そうだね、アメも必要だもんね」
「よし、言質とった。高慢な薫様をわんわん泣かせるのが楽しみだ」
「言っとくけど僕痛みに弱いから。自信満々の君のテクニックが通用するかこっちこそ楽しみだよ」
「そっちに回った途端随分強気だな。やり方がわからないって童貞ムーブかましてたくせに」
「そういうこと言うと脚開いてやらないからな!」
「脚開いてお願いしても挿れてやんねえぞ」
「僕が言うわけないだろ!」
「あーあ、フラグ立てちゃって」
「立ててない!」
ばちばち火花が散ると、月島は俺の上から降りてスマホを取り出した。
「君に負けないよう楓ちゃんに色々教えてもらうから!」
「やめろ!楓さんショックで死ぬ!」
とりあえず月島のスマホを奪い、落ち着けと宥めた。
優しく抱きしめながら背中をぽんぽん叩いたが、腕を突っ張り拒絶された。
「僕だってちゃんとできるもん……」
いやあ、キスだけであんな調子なのに無理だろ。喉まで出かかったが呑み込んだ。
「ちゃんと処女卒業できる……」
ぶはっと噴き出してしまった。
男は処女を卒業する必要なんてないのにおかしなことを言うもんだ。
とりあえず今夜は臍を曲げてしまったらしい恋人のご機嫌伺いで終わりそうだ。
だとしても構わない。四肢を固定していた鎖が外されたような爽快感で心が軽くなる。
だってこれからは我慢しなくていいし、愛しい月島を好きなだけかわいがってやれる。あんなことやこんなことをしても許されるというわけだ。
少し考えただけで自然と口角が上がる。変態か。だとしても自分だけに許された権利と思うと行使しないわけにはいかない。
あまりこの男にはまりすぎないようブレーキをかけようと思ったのに、制御装置を仕掛けるそばから月島が破壊していくものだから、もう流れに身を任せようと諦めの気持ちが大きくなる。
「お前には敵わねえな」
ぽつりと呟くと、月島は胸を張って鼻で嗤った。
「一度でいいから敗者の気持ちというものを味わってみたいよ」
「かっわいくねえ……」
かわいくない。本当にかわいくない。性格が悪いにもほどがある。
なのに好きの気持ちがまったく減らない。
おかしいなと思うけど、それが月島の魅力というものなのだろうと無理に納得させた。
END
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