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「炬燵最高」

リビングの真ん中に置かれた正方形の炬燵の天板に頬を乗せて楓が呟いた。
木内先輩にクリスマスプレゼントは何がいいかと聞かれ、炬燵と答えたら本当に買ってくれた。ついでに人をダメにするクッションも二つ。
結城に炬燵を置いていいかと聞けば勿論と頷かれ、早速リビングに設置したのだが、誰から聞いたのか連日友人たちが炬燵を求めてこの部屋にやってくる。本日の訪問者は楓と柳だ。

「あー極楽。蜜柑まである」

柳は篭に乗った蜜柑に手を伸ばし、天板に顎を乗せたまま器用に蜜柑を剥き始めた。

「……お前らも買えばいいじゃん」

「インテリアと炬燵は相いれないからやだ」

柳は言い終えると蜜柑を半分に割り、一気に口に放り投げた。

「俺は蓮にだめって言われた。学校行かなくなるって」

「さすが蓮。わかってる」

「そういうお前もだろ」

「僕は行くもんね。そこまでだらしなくないし」

言い争いが始まったかと思えば狭い炬燵の中で蹴り合いまで始まり、時たま自分の足にもヒットした。
最初は耐えていたが次第に苛立ち天板を拳で叩く。

「お前ら喧嘩するなら出て行け」

「すみません……」

漸く静かになったのも束の間で、二人は暇だなんだと文句を言い始めた。

「なんかドラマとか映画とかないのこの部屋」

「うるさ。アニメならいっぱいあるぞ。結城のやつ」

「えー、だって萌え系ばっかじゃん」

「意外と面白いぞ」

結城が一生懸命見ている横で自分もなんとなく見始めたら案外面白かった。
絵柄で判断してはいけない、素晴らしい作品だと言うと結城はやっとわかってくれたんだねと瞳を輝かせたものだ。

「でも今の気分はアニメじゃない」

柳の我儘は聞き慣れているし、なんとも思ってこなかったが、こちらが対応する側なら話しは別で、うんざりするしその口を縫い合わせたくなる。ご両親や木内先輩はさぞ苦労したことだろう。
溜め息を吐いて助けを求めるラインを景吾に入れた。
十分もしない内に景吾がやって来て、寒いと言いながら空いている席に滑り込むように入って来た。

「景吾も炬燵恋しくなったんか?」

「ゆうきに呼ばれたんだよ」

「相良身体でかいから炬燵狭くなる」

景吾を呼べばこの馬鹿二人をどうにかしてくれると思ったが人選ミスだったらしい。蓮を呼ぶべきだった。これではうるさいのが三人に増えただけだ。
ぱたりと耳に両手を当て、言い争いが終わるのをじっと待つ。
暫くすると喧嘩は終わったようで、今度は三人笑顔で頷いたり首を振ったりしている。耳に当てていた手を放すと、暇だからゲームをしようという話しの流れだった。

「皆で質問書いて、引いた人は絶対答えるゲームしようよ。誰が書いたかわからないようにして。一人三枚くらい」

景吾は言いながら傍にあったルーズリーフを器用に破き、紙切れとペンを配った。

「……俺も参加すんの?」

四角く切られた紙切れを見ながら言った。

「勿論だよ」

「俺はいい……」

「折角だからゆうきも。たまには俺らの遊びにつきあってよ」

お前らの遊びにつきあうと碌なことにならねえんだよ。心の中で悪態をつき、溜め息を吐きながらペンを握った。
なにを書こうと思案するも、柳はともかく楓と景吾のことなら知らないことの方が少ない。今更聞きたいことなどないし、逆に彼らも同じだろうと思ったが、他三人はすらすらとペンを走らせている。
早くしなければと思い、好きな食べ物とか、趣味とか、好きな動物とか適当に書いて紙を折った。

「じゃあシャッフルするから、ゆうきから時計回りに一枚引いて、開いたら紙を真ん中に置いて答えるように」

わーい、わーいとテンションが上がる三人を見て、なにが楽しいのかと首を捻った。
合コンとか、初対面の女の子相手ならさぞ楽しいだろうが、気心の知れた友人同士でこれをやってなんの得がある。
知りたいことなどなにもないし、疑問に思ったことは口で聞けば済むだろう。そうやって片付けようとする自分が冷めているのか。
こういうノリについていけないから、お高く留まっているとか冷めてるとクラスメイトに陰口を叩かれるのかもしれない。別に構わないけど。

「ほい、じゃあゆうきからね!書かれていることは絶対答えるんだよ。嘘言ったら楓の肩パンね」

「え、やだ。楓の痛いし」

「じゃあ正直に。一枚引いて」

小さく折られた紙の山から一枚引き、開いてテーブルの真ん中に広げた。
覗き込むと『好きな体位』と書かれていた。
楓はげらげらと笑い、ようやく自分は納得した。こうやって人をおちょくるゲームだったのか。真面目に書いた自分が馬鹿だった。

「ゆうき、ほら、教えろよ」

楓に急かされ適当に正常位と答えると楓の拳が飛んできた。

「嘘言ったら肩パン」

「っ、嘘、じゃないかも、しれないだろ」

左肩を押さえながら途切れ途切れに言うが、楓も柳も絶対に嘘と言って聞かなかった。
もう一発いくぞと楓が拳を作ったので、慌てて待ってくれと言う。

「じゃあ正直に言うけど、そんなものはない。どれでもいい」

「ない?」

「ない」

「ふーん……。仁に確かめよ」

柳がさっとスマホを取り出したので、咄嗟にその腕を掴んだ。

「ないなら仁に聞いてもいいじゃん?」

にやにやと笑われ、この野郎とぎりっと奥歯を噛み締める。
本当にない。なんでもいい。先輩がしたいことに自分は付き合うだけだ。だけど木内先輩はとんでもないことを言いだしそうだから怖い。

「受験ベンキョーの邪魔、ダメ絶対」

ふるふると首を振ると、なら正直に言えろと鼻で笑われた。

「本当です。本当にないんです」

罪を告白する罪人のように小さくなる。というか自分は友人の前で何を話しているのだろう。

「仁からライン返ってきたよ。立ちバックだって」

「あんの野郎」

すっと立ち上がったが楓に腕を引かれた。受験勉強の邪魔、ダメ絶対と言われながら。

「違う!俺はそんなんじゃない!木内先輩が適当言ってるだけで、俺は本当に違う!」

必死に訴えたが誰も聞いてくれない。

「必死になるとかマジっぽい」

くすりと柳に笑われぶん殴ってやると拳を作った。

「まあまあ、ゲームだし熱くならずに次行こう次」

「ちょっと待て。お前ら下ネタばっか書いてねえよな」

「だって無理矢理じゃないと言わないのって女関係か下ネタくらいじゃね?」

さらりと言われ下唇を噛んだ。書き直したいがこいつらの性事情なんて尚更聞きたくない。
どうやって逃げようか考えている内に楓が紙を引き、『今までで一番ひどい振られ方』と書いてあった。
楓は腕を組んで悩み、ぽつぽつと昔話を語り始めた。

「あれは幼稚園の頃、大好きだったハナちゃんに一生懸命お手紙を書いたり、摘んだ花を渡したり愛情表現を重ね、結婚してと告白した結果、周りに冷やかされて羞恥心でいっぱいになったハナちゃんは俺を睨んで楓君なんか小さいし泥だらけで汚いし、大嫌いとふられた」

楓はくっと目頭を押さえ、柳は楓の肩をばんばん叩きながら爆笑した。人の古傷も容赦なく抉るから柳は怖い。
次は景吾の番で、紙を広げながら初体験の感想、と呟いた。

「うーん……。痛かった。以上です」

「痛い……?待ってそれ相手女?男?」

柳が聞くと、景吾は御想像にお任せしますと笑った。上手い交わし方に今度は自分もさらりと答えようと誓った。
柳が引いた紙には今までした特殊プレイのすべてと書かれており、柳のために誂えたような質問にくっと笑った。さっきはよくもやってくれたなという思いを込めて早く言えよと急かすと思いきり睨まれた。

「特殊って僕そんな変態じゃないし何もないよ」

しらっと言った柳に向かってふーんと意味深な笑みを向けた。

「俺木内先輩に聞いたことあるぞ。女装プレイは柳の中では特殊じゃないんだ?」

ちくってやると柳は慌てて首を振った。
楓と景吾は笑いながらそれぞれ柳に肩パンし、柳はうっと呻きながら背中を丸めた。

「なんで、相良まで……」

「嘘言うから」

「おらおら、吐けよ潤。次は手加減しねえぞ」

「わかったから拳下ろして!正直に答えたくても特殊の分類がわからないし」

開き直った様子で言われ、それを言われると確かにと自分も納得してしまった。

「特殊って言ったらベッド以外の場所とか、アイテムを加えるとか、器具を使うとかー……」

景吾が説明すると、柳はひらひらと手を振った。

「あー、はいはい。全部。全部やったことある」

楓たちは腹を抱えて有馬先輩は期待を裏切らないと言いながら笑ったが、自分は憐れみの瞳を柳に向けた。あの人を選んだ柳にも問題はあるのだろうけれど。

「ぐ、具体的にお願いしますっ」

楓が笑い続けながら言う。

「青姦もしたし学校でもやったし、首輪に手錠に目隠しに、大人の玩具に媚薬でしょ、あと有馬先輩お気に入りのコスプレとか色々だよ」

景吾はひーひー言いながら拳で天板を叩き、楓は息ができないといった様子で苦しいともがいた。

「お前よく引かないな」

「慣れた」

柳は自嘲気味に笑い、お前も他人事じゃないからなと怖ろしいことを言った。

「仁と有馬先輩はそういう趣味が合うんだよ。その内仁も変なことしたいって言いだすぞ」

こそこそと言われ思い切り顔を顰めると、柳の首根っこを掴む腕が見え、視線を上げると木内先輩がいた。彼の後ろには有馬先輩もいる。

「お前何言ってんだよ」

「うわー……。どこから聞いてた?」

「お前が青姦したって言ってたところから」

楓たちは有馬先輩の顔を見るや再び笑い転げた。もう笑い袋のようになってるし、本人たちも面白いから笑うというよりは止まらないといった様子だ。
自分の事情を話した柳は勿論可哀想だが、一番の被害者は有馬先輩だと思う。恥ずかしい性的嗜好をバラされたのだし。本人は気にしないだろうが。

「なんなら仁と先輩もやってく?」

「やるかアホ」

木内先輩は柳を立たせると有馬先輩の方へ放り投げた。
有馬先輩は溜め息を吐き、眉間に皺を寄せ柳を連行した。
木内先輩は柳が座っていた場所に腰を下ろし、急に変なラインきたからびっくりしたと言った。

「変だって思ったなら適当に答えるのやめろよ」

「聞かれたことにはちゃんと答えねえと」

「嘘言うな」

「嘘じゃない。お前の感度が一番いいのが──」

「あー!あー!そういうこと言うな!」

慌てて口を塞いだが、楓たちにはしっかり聞かれており、背中を叩かれながら思い切り笑われた。
だからこいつらの遊びにつきあいたくないのに。いつもこうやって自分が損をするはめになる。
楓たちは木内先輩に気を遣い、邪魔者は退散しますと去って行った。
呑気に蜜柑を剥く彼をじろりと睨む。

「受験勉強は?」

「休憩」

蜜柑を口に放り込みながらこんもりと山になった紙に手を伸ばし、俺も聞きたいなとぺらりと紙を見せてきた。

「彼ぴっぴの好きなとこ」

「なんだその頭悪そうな内容」

どうせ楓が書いたのだろう。自分で引いていたらどうしていたのか。馬鹿だ。

「勉強で死にそうだからちょっとご褒美くれよ」

木内先輩は天板に頬を懐かせ、長い溜め息を吐いた。
彼が本当に勉強を頑張っているのは知ってる。今まで遊んでいたツケが回ってきただけという見方もできるが、それでも逃げずに立ち向かうだけ偉いと思う。自分なら秒で逃げる。短い髪に手を伸ばし、よしよしと頭を撫でてやった。

「偉い」

「……もっと褒めて」

「いい子」

「大学受かったらご褒美ちょうだい」

「いいよ」

「マジ?」

「ああ。あんた本当に頑張ってるから。俺が買える物ならなんだって」

「約束な」

すっと小指を差し出されたので自分も小指を絡ませた。子どもの約束じゃあるまいしと笑いながら。

「でも今もご褒美ほしい。彼ぴっぴの好きなとこ教えて」

「……頑張ってるところ」

ぽんと頭を軽く叩くと、木内先輩が勢いよく上半身を起こし、頭を引き寄せられ口付けをされた。
深くなりそうな予感がし、ぐっと肩を押し返した。

「もう終わりかよ」

「と、止まらなくなったら困る」

「止まらなくなってもいいだろ。炬燵あるし」

「炬燵関係ない」

「炬燵かがりって知らねえ?」

問われ、首を横に振った。

「あ、そ。じゃあ受験終わったらご褒美にそれ頂戴」

「それって俺が買えるもの?」

「大丈夫大丈夫」

「なら、いいけど」

言うと、木内先輩は気合が入ったからもう少し頑張ると立ち上がった。
その背中を追い、扉の前でもう一度頑張れと小さく言った。
なんとなく恥ずかしくて俯くと、彼は腰を折って額にキスしてから去った。
受験で辛いのは先輩だけではない。自分だって我慢している。顔が見たいとか、声が聞きたいとか、触れたいとか。
そんな風に思う自分に驚いて、だけどそれも悪くないかと思い直して、早く試験が終わるといいな、なんて無責任に願ってしまう。


END

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