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月島は学校で必要以上の接触を求めない。
クラスが離れていれば校内で偶然会う機会は少なく、それならせめて昼食を一緒に摂ろうとなる場面でもお誘いの類はない。
連日四限終了と共にスマホを見ては今日も連絡なし、と溜め息を吐く。
彼には彼の交友関係があるし、新しいクラスに馴染むためそちらを優先している可能性も考えたが、月島に限ってそれはないと思う。
一年の頃から昼食はいつも一人。まれに白石や楓さん、兄貴が見かねて輪に入れる。
しかしそれはきっと本人にとっては大きなお世話で、静かな昼食を邪魔されたと毒づいていたと思う。
基本的に一人を好む傾向は恋人であっても例外ではなく、僕は僕、君は君というスタンスなのだろう。
犬猿の仲だった頃の月島と、告白されたあとの月島は落差が激しく、どちらが彼の本心で、どちらが偽りのない姿かもわからない。
自分が知る月島はその他大勢から毛が生えた程度のもので、彼の為人を知るには年単位での観察が必要になりそうだ。

「京、飯行こう」

友人に背中を叩かれ席を立った。
学食にしようか、購買にしようか。相談する彼らの後ろで辺りを見回す。廊下に月島の姿はない。彼の教室を通り過ぎる間際、ちらっと中を覗いたがそれらしき人物は見当たらなかった。
月島は気取られぬよう姿を消すのが得意だ。
輪の中に入っても一番端っこで、いつ消えても大丈夫なように退路を確保している。
きっと新しいクラスでも無害な傍観者を演じているのだろう。実際は感情の起伏が激しいお子ちゃまなくせに。
学食に着き、適当に選んだ昼を無感情で食べる。ああ、楓さんのご飯が食べたい。兄が一人暮らしを始めたので、実家に来てくれる回数はぐんと減るだろう。
となると、兄のマンションに行かなければ楓さんのご飯にありつけないということで。
憎たらしい兄と対峙するのは避けたい。やはり実家に来てもらうしか。
考えながらふと中庭に目をやると、疲れた様子の月島がふらりと歩いているのを見つけた。
咄嗟にトレイを持ち立ち上がる。

「俺先行くわ」

友人たちに断りを入れ、昇降口へ急ぐ。
途中、購買で売っていたチョコレート菓子を一つ買い中庭へ向かった。
すぐに見つけた月島は、木影に隠れるように蹲り、ぼんやり景色を眺めていた。
チョコレート菓子の箱の角をこつんと頭にぶつける。
月島ははっとこちらを振り返り、気の抜けた顔を引き締めた。

「なに疲れた顔してんの」

「そんな顔してないよ。ぼうっとしてただけ」

隣に腰を下ろし、お菓子の箱をぽんと渡した。

「……どうも」

チョコを一つ食べる毎に月島の顔から緊張が解けていく。
彼の機嫌を直すにはこれが一番手っ取り早い。本当に好きなんだなと思うとどんどん与えたくなるし、自分も食べてみたくなる。

「一個ちょうだい」

口を開けたが、あーん、などと甘ったるい行為はしてくれず、未開封のチョコを掌に乗せられた。
あまりにも他人行儀だ。友人同士だってあーん、くらいしてくれるのに。
拗ねた気持ちで食べると、口内が瞬時に砂糖で埋め尽くされた。
人の好みは色々だが、これを引っ切り無しに口に放る月島の味覚が少し心配だ。

「お前ちゃんと飯食った?」

「食べたよ」

証拠とでもいうようにパンの包みを一つ見せられる。

「一個だけ?育ち盛りの男子高校生がパン一個って。ちゃんと食わないと脳みそ委縮するぞ」

「しません」

「明日は俺と飯食おうぜ。監視してやる」

軽い提案なのに、月島は目を見開き信じられないといった様子でいいの?と聞いた。

「いいよ。なんでだめだと思うの」

「なんとなく。君には君の人間関係があるし」

「その人間関係の中にお前もいるだろ」

「……まあ、そうかもしれないけど」

渋る様子を見てもしかしてと思う。
昼食時くらいしか一人になれないから邪魔しないでほしいとか。
恋人だし義務的に我慢してやるか、とか思われるくらいなら放っておいたほうがいいかも。

「嫌だったら──」

「嫌じゃない!」

食い気味に言われ、おまけにシャツをぎゅっと掴まれた。
はあ、と返事をすると、月島は怒ったように頬を膨らませ俯いた。

「……じゃあ明日迎えに行くから教室で待ってろよ」

「うん」

再び不機嫌に戻った月島の頭をぽんと撫でてから立ち上がった。
俺のお姫様は気難しくて困る。
感情が一貫せず、読み取らせるヘマもしない。思考は複雑で予想の斜め上を平気で通り過ぎていく。
笑ったかと思ったらむっつりしたり、ころっと上機嫌になったり大泣きしたり。
何でも話してくれたら楽なのだけど、素直というのは彼にとって一番不得手な分野らしい。
なんでそんな面倒な人間と深く関わりたいのかといえば、面倒だからこそだ。
難解であるほど魅力的だし、答えがわからないものって惹かれるだろう。
それに優秀な月島があれこれ手を尽くして自分なんかを求めるのがかわいい。不正解を選択しながら慣れない態度や言葉で気を引こうと一生懸命。そんなのかわいいと思わないほうが無理だ。
ズボンのポケットに手を突っ込みながらそんなことを考えた。


翌日、月島の教室まで行くと彼は廊下に出て待っていた。
目の下のクマが痛々しいが、こちらを視認した瞬間僅かに口角が上がったのを見逃さなかった。

「学食行くぞ」

「購買のほうが楽じゃない?」

「パンは楽だけどお前はちゃんとカロリーと栄養をとらないと。人一倍頭使ってんだし」

月島は食べる物、着る物、持ち物、すべてに頓着しない。
胃袋が満たされれば味はどうでもいいよ。着られればなんでもいいよ。正しい用途で使えるならどれでもいいよ。そういうところも楓さんと正反対だ。
それも悪くはないが、せめて食だけはきっちりしてほしい。
栄養ありそうなやつにするんだぞ。しつこく言うと、彼は鯖の味噌煮定食にした。自分はチキン南蛮。
トレイを置くと、月島はこちらのメニューをじっと見た。

「食べたい?あとでやるから自分の分ちゃんと食べろよ」

「努力はする」

月島はなにを食べても楓さんの料理と比べてしまうらしい。
大好きなお兄ちゃんが作るご飯か、それ以外という分類をするので、楓さんの手料理以外は義務として食べているだけ。
東城の学食は美味しいと評判だし、実際美味しいのに月島にかかればふーん、で終わってしまう。
楓さんの手料理で育ったのだし、それはしょうがないけどもっと食を楽しんでほしい。
月島を見ていると腕も首もぽっきり折れそうで怖い。特別細いわけではないが、全体的に線が細いせいで鉛筆のように見える。
体力もつけないと、体育の授業で毎回へろへろになってしまうし、それに抱き締めるときの力加減も難しい。
月島は一定のリズムで魚を口に頬張ると、思い出したように顔を上げた。

「ねえ、お家デートってなに?」

突拍子もない質問にこちらが面食らう。

「……お家でデートすること?」

それ以外の正解が思い浮かばない。改めてなにと聞かれても困る。

「どんなことをするの」

「話したり、テレビ見たり、だらだらしたり?」

「ふうん……」

月島は納得しかねる様子で考え込んだ。
デート=外で遊ぶと思っているのだろうか。
毎回気合を入れたデートなんて大変だし、ゆっくりしたいときもあるだろう。それに過度なスキンシップは外ではできないし、お家デートはいちゃいちゃしたいときに提案するものという認識がある。

「……じゃあ僕もそれしたい」

俯きがちにか細い声で言われたので聞き間違いかと思った。
そもそも俺たちは今までお家デートに類似したことをさんざんしただろう。部屋が同じだったせいで。
改めてしたいと言われても、寮生活では互いの部屋に行き来しただけでお家デートが完成されるわけで。そこにときめきとか、特別感とかは生まれない。外でデートしたほうが恋人らしいのでは。

「だめ?」

「だめじゃないけど特別なことはなにもないぞ。どっか遊びに行くほうが楽しいかもよ」

「それはまた今度でいいよ」

「あ、そう。お前がしたいなら別にいいけど。じゃあ次の土曜で」

「うん」

月島はセーターの袖で口元を隠すようにしながら笑った。
なにがそんなに嬉しいのかはわからないが、本人が満足するならそれでいい。
金曜のうちに月島が好きなお菓子を買っておこう。


「お邪魔します」

約束の土曜日、部屋に入った月島は辺りをぐるっと見渡した。
ちなみにここに来るまで電話で喧嘩をした。
俺が約束の時間になっても眠っていたせいで、電話越しに怒鳴られた。
人を待たせる行為がどれほど失礼に値すると思ってる。この歳で一人で起きられないなんてうんたらかんたら。
全面的にこちらが悪いとわかってるのに、つい言葉が辛辣すぎて逆ギレをかましてしまった。
最終的にきちんと謝罪し今に至るが、いつも以上のご機嫌取りが必要だろう。重い溜め息をつきそうになり、慌ててそれを呑み込んだ。

「意外と綺麗にしてるじゃん」

「見えるところだけはな」

「白石と君の組み合わせは心配だったけどどうにかなってるみたいでよかった」

ソファについた月島にお茶が入ったペットボトルを渡す。自分も隣に座り、肘置きに凭れた。
さて、今日はどうやって過ごそうか。
月島はお家デートがなんたるかも知らない程度には恋愛初心者だ。
一つ一つ、ゆっくり実体験で理解しながら心の在処を定着させたいのだと思う。
そんな面倒に考えずとも、思ったことを口にして、思ったように行動すればいいのに。
世の中の事象のなにもかもを理論付けて片付けようとするのも困りものだ。説明し難い感情など山ほどあるというのに。
それができたらこんな人間になってないんだよ。そう一蹴されそうなので口にはしない。
初心者につきあう形で、自分も改めて恋愛のなんたるかを学ぶべきなのかも。
そもそも男とつきあうのは初めてなので、手探りなのはお互い様だ。

「……なんかやりたいことある?」

「それを教えてもらうためにここに来たんだけど?」

「って言われても教えるようなことないし」

「じゃあ君はいつもお家デートのときどんな風に過ごしてたの」

どんな風に。
過去を思い出してやることは一つだろ、と思ったがさすがに最低すぎるので言わない。
真面目な学生カップルなら一緒に勉強するとか?一度もしたことがない。
我儘だった彼女たちに合わせたので、自分はまるで従者のようだった。
主体性がないというか、合わせたほうが楽だったというか。
反抗したところで口では勝てないし、その後険悪になるくらいなら黙って言うことを聞いたほうが安全だったから。
思い出せば出すほど、過去の彼女たちと月島が似ていることに気付く。
我儘で、口が達者で辛辣で、主導権を握りたがる。月島を見ながら、タイプは男にも適応されるんだなあと思う。
彼女たちと月島が決定的に違うのは、こちらを手玉に取ろうとするたび空回りの上失敗すること。上手に隠そうとしているが、それに気付くたび愛おしくなる。だから毒を吐かれても高圧的な態度をとられてもまあいいかと思ってしまうわけで。

「……なに、こっちじっと見て」

「いや、お前って変なところで馬鹿だよなと思って」

「はあ!?二年で一番成績のいい僕にむかって馬鹿!?」

信じられないと目を見開きながら眉根を寄せる姿を見てふっと笑った。
眉間を指でぐりぐり押し、皺になるぞと言ってやる。

「そういえばお前のお菓子買っておいたんだ。それ食いながら映画でも見ますか?」

ぶすっとしながら顔を背けられたので、お菓子をテーブルに並べてやる。
その内の一つをとって無理に月島の口に放り込んだ。

「なに見たい?」

テレビに映るストリーミング配信サイトをリモコンで操作する。

「あ、それ気になってた」

「却下です」

月島が指さしたのは最近SNSで話題になった海外のホラー映画だ。絶対見るものかと強い意思でお断りした。

「作り物なのに怖い?」

「じゃあお前は?作り物でも蜘蛛の玩具とか怖いだろ?」

「確かに。じゃあやめよう」

あっさり引いてくれて助かった。お化けが怖いなんて、幼稚園児でちゅか〜?と揶揄される覚悟はしていたのだけど。

「ファンタジーはやめてね。大きい蜘蛛とか出てくる率高いから」

「うーん……」

そうなるとアクション?コメディ?知的な月島はドキュメンタリーなどを好むのだろうか。

「あ、恋愛映画がいい」

あまりにも予想外な言葉に面食らう。
月島が恋愛映画?恋愛なんてくだらないと散々吐き捨ててきた月島が?

「勉強のために何本か見たい」

フィクションと現実は違うんだぞ。思ったが、彼が望むなら退屈な映画でも我慢しよう。最悪眠ればいいだけだ。
最終的に月島が選んだのは少女漫画の実写映画で、高校生の三角関係が描かれたものだった。
どんな知識が得られるだろうとわくわくした顔をする月島を横目に、欠伸しそうになるのを耐える。
眠らないよう濃いめのコーヒーを淹れ、画面を食い入るように眺める彼を観察した。
月島はメモでもとり始めるのではないかと思うほど真剣な表情で、鬼気迫る雰囲気は甘酸っぱい青春映画と似つかわしくない。
途中、睡魔に負けそうになりながらも耐え、エンドロールが流れるのを見てほっと安堵した。

「面白かったか?」

「微妙。非合理な選択の連続で少しいらいらした」

「そのほうが現実味あるじゃん。俺もお前もそういうことの連続だったろ?」

「確かにそうだけど、映画くらいは爽快に物事が進んでほしい。苦しいのは現実だけで充分だよ」

聞き捨てならない言葉に月島の腕を握った。

「お前は今苦しいの?」

「ち、違う!付き合う前の話し!」

慌てて訂正するところが怪しい。
楽しくないならつきあう意味はないと思う。
苦しんだり、悩んだり、疲れることの連続では精神が摩耗する一方だ。

「ふーん……」

意味深な言い方をすると彼は視線をそわそわさ迷わせた。

「お昼、食べよっか」

無理な軌道修正をされ、呆れた溜め息を漏らす。

「月島、お前に素直は望んでないけど不満があるなら言えよ。努力するから」

「不満なんてないよ。しいて言えば寝起きが悪いくらい?」

「それは……。すみませんでした」

ばつが悪くて視線を逸らすと、月島はその隙に腕を振り払い冷蔵庫に入れておいた昼食を温め始めた。
昼食を終え、一息つくと月島が目元を擦った。

「眠そうだな」

「大丈夫だよ」

きっと昨晩も遅くまで勉強したのだろう。
毎日学校で七時間も八時間も勉強しているのに、自由時間まで勉強に割くなど神経を疑う。
彼はこの先の長い未来において必ず必要だからと言うが、今を楽しむ気楽さも必要では。
薄っすら残るくまを指の腹で撫で、月島を寝室に引っ張った。

「昼寝したらどうだ」

「食べてすぐ寝ると身体に悪いし」

ぷい、と顔を背けられ、かわいくねえと思いつつぐっとこらえる。
ベッドに座り、こっちおいでと手招きすると、彼は数拍悩んだあとそうっと隣に座った。

「俺も眠いから一緒に寝よう」

「君が眠いならしょうがないね」

本当は身体に良くないんだけどな、でも君が言うなら……。そうやって言い訳を並べながらも頬が緩んでいる。なんて面倒な生き物。
月島はベッドに転がり両手を広げた。

「はい、どうぞ」

彼はいつも自分を抱えたがる。
胸にぎゅっと抱き締め背中を摩り、まるで子ども扱いを楽しむようにする。不便はないので従うことが多いが、今すぐ落ちそうな月島と違い、自分は眠るまで時間がかかりそうだ。
そうなると抱き締められた状態は辛いので、せめてゲームができる程度の自由がほしい。

「今日は俺が抱っこしてやる」

悩んだ末に言うと、月島はにっこり笑って胸にしがみ付いた。
なにがそんなに嬉しいのか理解できないが、彼がいいならそれでよし。
背中をとんとん叩いてやると、月島の瞼がどんどん閉じていく。
瞼の縁に並んだ長くて重そうな睫毛が震えるのをなんとなしに眺めた。

「あ、」

「……なに?」

「寝る前にはキスするんだろ?」

「別に義務じゃないから」

「俺がしたいんだよ」

今にも眠りに落ちそうな、ふにゃふにゃと柔らかい顔を片手で包み、優しく唇を重ねた。
月島はぼうっと焦点の合わない目でこちらを眺め、気の抜けた笑みを見せた。
ちょっとそういう顔するのやめてほしい。普段ツンツンしている分、めちゃくちゃ胸に刺さる。

「……君に求められると安心するな。ああしたい、こうしたいって言うのはいつも僕からだったから……」

眠りに落ちる間際、ぽろっと零れた月島の本心にはっとした。
言われてみればそうだった。
追い駆けていたのが月島のほうだったから、それに慣れてしまい常に彼に任せっきりだった。
いや、昔からそうだったかも。
自分の意見をはっきり言う彼女たちだったので、会いたい、声が聞きたい、あそこに行きたい、これが食べたい、そういう望みを叶えることに必死だった。
いい彼氏でいられるよう努力したと自負していたが、言うことを聞いてやるだけではだめだったんだ。
求めれば応えてくれるけど、自分からは行動を起こさない。そんな恋人に彼女たちは嫌気がさしたのだ。
くうくう眠る寝顔を眺める。
不安にさせてごめん。
好きになったほうが負けなんて言葉があるが、月島がそうやって無理に自分を納得させないようにしなければ。
もういいよと嫌がられるほど求めれば、多少は安心してくれるだろうか。
躓きながらもこちらに手を伸ばそうと一生懸命な月島が哀れで、愛おしい。同じ分だけ、言葉でも態度でも愛情表現を惜しまぬようにしよう。
ふと、自分の両親を思い出した。
愛情表現過多は見ているほうは辛いけど、互いにとっては大切で、だからこそ円満でいられるのだろう。
あれほどとはいわないが、良い手本として見習わせてもらおう。


いつの間にか自分も眠りに落ちていて、目を開けると月島がこちらを覗き込んでいた。

「おはよう。夕方だけど」

「ああ、もう夕方か……」

ぐっと伸びをし、欠伸をする。
月島は壁掛け時計をちらちら眺め、残念そうに眉を下げた。

「……今日泊まってけよ」

「いいの?」

「いいよ」

嬉しいのだろう。ぐ、ぐ、ぐと上がる口角を必死に抑え込んでいるのがわかる。
眠りに落ちる間際の言葉、恐らく月島は覚えていない。覚えていたら今頃あれは忘れろと喚いているから。
一度部屋に戻って準備しなきゃ。嬉しそうに言いながらベッドから下りようとする月島を引き戻すように後ろから抱き締めた。

「ど、どうしたの」

「別に」

「別にって……」

「かわいいなあと思っただけ」

「……君また視力落ちたんじゃない?」

「落ちてない。月島たまに、ツンとしてても、毒舌でも、性格がひん曲がってても、そんなのどうでもよくなるくらいかわいい顔するんだよ。知らなかったか?」

「知るわけない!かわいくしようと計算してるわけじゃないし!」

「あ、でも普段ははツンとした顔でいろよ。他の奴が気付いたら嫌だから」

「そんな心配いらない。僕のことかわいいなんて誰も思わないし。楓ちゃんすらそんなこと言わないのに……」

いやー、楓さんは口を開けばうちの薫かわいいんです、といった調子だけど。兄の愛情は正しく伝わっていないらしい。
自分の愛情も歪曲されたら嫌なので、遠回しとか、空気で察してなんて言わず、直球勝負でいこうと思う。
それくらいわかりやすいほうが月島には効果的なのだろう。愛情表現でもって安心させれば、月島も少しずつ素直になれるかもしれない。
背後から顔を覗き込むと、月島は赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いた。真っ赤な耳は隠れていないのに。

「ほら、かわいい」

「もういいって!甘ったるいこと言われると君じゃないみたいで緊張する!」

「俺、恋人は甘やかすタイプなんだ」

「そう、かもしれないけど……!」

「恋人の俺にも早く慣れてくれよ」

「わかったから……」

月島はパーカーのフードをすっぽり被って小さくなった。
長い耳をつけたら兎みたいだ。かわいいなあ。つい溢れそうになる言葉は喉で止めた。これ以上与えると月島が羞恥から逃げ出しそうだから。
だから、思うだけに留めてやるし、紳士的な振る舞いを心がけるから、お願いだから計算高い月島に戻ってほしい。
さもなくば愛おしさから身体を思い切り抱き締めて、加減がわからず締め上げてしまいそうになるから。


END

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