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お調子者の一年と別れ、項垂れながら自室を目指す。
ケリをつけるなんて大口叩いたくせに、なにも解決しないまま自分の古傷を抉っただけで終わった。情けなくて顔が上げられない。
そもそもノラは別れた日に関係をさっぱり清算していた。それをいつまでも引き摺って終わった恋にしがみ付く自分が露呈した。
どこかで希望を抱いていたのだと思う。
話せばきっとわかってくれるとか、ノラが終わるために背中を押してくれるのではないかとか。
こっぴどくふられたおかげでますます過去に縛られた気分だ。
前に進むために行動したのに地面にがっちり脚をとられた。
いつまで過去の自分に寂寥感を抱きながら生きるのだろう。この先も、自分は可哀想な人間、だからなにも悪くないなんて子供でもしないような言い訳を唱え続けるのだろうか。
泉に合わせる顔がない。
前髪をぐしゃりとすると、自室の前に泉が佇んでいた。

「……おかえり」

陽だまりと陰の境目、滲むように温かな笑顔。
泉は腕を広げるようにし、おいで、おいでと手招きした。
ふらりと脚を踏み出し泉の肩に額を預ける。

「おかえり」

言葉を繰り返し、背中を二度叩かれる。
情報源がどこかは知らないが、泉は先ほどまでの経緯を知った上で来たのだろう。
いつまでも廊下にいるわけにもいかず、泉を部屋に招いた。
適当に座れと言ったのだけど、彼は一言断ってから風呂の準備を始めた。

「まずはさっぱり洗い流してきな」

ぐいぐい背中を押され、わけがわからぬまま鏡の自分と対峙し、泉が風呂をすすめた理由がわかった。
泣き腫らした顔は腫れぼったく、目の周りは真っ赤でそれはもうひどい有様だった。
頭からシャワーを被り、髪の毛をつたって床におちる雫を眺める。
泉にきちんと言わなければ。でもなにを言えばいいのだろう。
興奮状態の神経回路は順序立てて物事を考える力を奪っていく。
どんな詭弁を発しようと、言い訳を惨めったらしく並べようと、泉には届かないしそんなのは不誠実だ。
自分の気持ちもわからぬまま、何一つ整理できぬままリビングに戻った。
ソファに座って待っていた泉の隣に着く。

「お風呂入ってる間にコンビニ行ってきたんだ。これあげる。村上の舌にあうようにスティックシュガー三個入れたよ」

ペーパーカップのカフェラテを差し出され、黙って受け取った。
口に含むとコーヒーの苦みが砂糖の甘さに押し負けた、ただの砂糖水と化した液体だった。
コンビニの商品開発部は毎日毎日大変な苦労をしながら味を追求しているらしい。
豆の選定やブレンド、牛乳との割合まで綿密に計算されているのだろう。
それをこんな風に砂糖で台無しにして申し訳ない。申し訳ないが確かに自分の舌には合う。

「僕は大人だから砂糖なし」

えっへん、と胸を張る姿を横目で見ながらどこでマウントとってんだと呆れる。
カップを片手で包んだまま脚に肘をついた。
ぼんやりとテーブルの天板を眺める。
どんなに考えてもばらばらのピースが一つにまとまらない。
それならもう、ばらばらのまま泉の前に並べるしかない。

「……なんの決着もつけられなかった」

「……そう」

「ケリつけたらもう少しまともな人間になって泉と向き合えると思った。だけどなにもできなかった。だから……俺のことは放っておいて、許さないでほしい」

泉はペーパーカップをことんとテーブルに置いた。

「……それが村上の望みなんだね」

項垂れた頭を更に地面に擦りつけるように頷く。

「なら僕は村上を許す。加害者が望む通りにしたら意味ないだろ?罰として僕の友だちを続けること。いいね」

加害者、罰という言葉と泉はひどく不釣り合いだ。
わかってる。泉はこちらが罪悪感や自己嫌悪で潰れぬよう、わざとひどい言葉を選んで責任を被ろうとしている。
こっそり苦笑し、お人好しもここまでくると病的なものを感じるなと思う。

「……お前と友だちでいることが罰になんのか?」

「なるよ。自分で言うのもなんだけど、僕人を苛立たせる天才だし、うざいし、隙を見せると三上語りが始まるし、そんな人間と友だちでいるってかなりの忍耐力が必要だと思うんだよね。それに僕のそばにいる限り、村上は過去を悔やみ続ける。なら十分罰になるんじゃないかな」

「一生苦しめってか」

「あ、一生友だちでいてくれるの?ありがとう」

そういう意味ではないのだけど、泉は言質とったと大きく笑った。
どうしてこいつはこんな風なのだろう。
世の中捨てるべきものはたくさんある。自分もその中の一つだ。なのにどれも取り逃すまいと両手に抱え込もうとする。
そんなんじゃいつか泉の器にひびが入り、ぱっかり割れてしまうだろう。
だけど自分たちが勝手に考えるより、彼の器は大きいのかもしれない。
どんなに注いでもまだまだ平気と呑気に笑い、度量の違いを目の当たりにしそうだ。
負けた、と単純に思う。
小さな失恋でいじけ、他に八つ当たりしながら自尊心を守る自分とは大違いだ。
肺の空気すべてを吐き出し、大きく吸ってから泉に向かい合った。

「一生友だちでいる」

真っ直ぐ目を見つけると、泉はきょとんとしたあと歯をみせて笑った。
決して派手ではない顔の造形は誰の目にもとまらないだろう。
花屋には並ばない、名前も知らぬ道端の野花。人々に踏み荒らされ、それでもまた立ち上がり無意味だとしても一生懸命咲こうとする。
それが実はどんな高価な花より美しいと知った人間だけが泉のそばにいるのだと思う。
泉の持っているものが眩しすぎて、酸っぱい葡萄で遠ざけた。
自分の根底にあるのはこの世は悪と悲惨に満ちたもの。そんなペシミズムだ。
狭量、狡猾さ、卑劣さ、そういったものをまざまざと見せつけられるようで居心地が悪い。
だけど彼が望むなら、大きな裏切りを犯した自分を傍に置くというのなら、加害者の自分は従うしかないのだろう。選択肢なんて残されていない。

「実は未だに村上になにがあったか知らないんだ。でも過去の話しも今日なにがあったかも言いたくないなら聞かない」

誰にも言いたくない。知られたくない。
哀れで惨めで幼かった自分など真っ黒に塗って燃やしてしまいたい。

「でも取っ組み合いの喧嘩になったとは聞いたよ。どこも怪我してないみたいだから安心したけど大丈夫だった?」

「ああ、たまたまいた一年が仲裁に入って……」

そこで思い出した。
あの一年に新しいタオルを渡さないと。
泉は隣ですぐ頭に血が上る癖を直さないとだめだとか、まず暴力で解決しようとする姿勢がどうのこうの、ねちねち説教を始めた。

「聞いてる!?」

「聞いてる聞いてる。周りの連中の血の気が多くて辟易してるって話しだろ」

「ちょっと違うけど……。村上も三上も皇矢も潤もすーぐかっとなって手足が出るんだもんなあ」

「お前が言うなら直すよ」

「いや、別に僕に従わなくていいけど……。でもできれば暴力はそれ以外に方法がないとき使うこと」

「へいへい」

空返事をしながら残りのコーヒーを飲みきった。
鞄からタオルを取り出し、これは高価なものなのだと思うかと彼に聞いた。

「さあ?僕ブランドとか疎いし……。もらいもの?」

「仲裁に入った一年がくれた。新しいの買って返すって言ったんだけど……」

「なんか、女の子からのプレゼントって感じだね。柄とか色とか」

泉の指摘に改めてタオルを見る。
そう言われればそんな気もする。
柄の好みに男女差があるのかわからないし、これが一年坊主の好みかもしれないし、だが女性からのプレゼントなら悪いことをした。

「同じようなもの買えばいいか」

「あえて村上好みでお返ししたら?」

「なんで」

「プレゼントってそのほうが嬉しいじゃん」

「別にプレゼントじゃない。ただの詫び」

「じゃあ買いに行くとき僕も連れてって。一緒に選んであげる」

前のめりになる泉には悪いが、思い切り不満そうな顔をした。

「お前センスないし……」

「いやいや、それは以前までの僕ですよ。今は色んな雑誌を見ながら勉強中」

勉強してそれ?と私服姿の泉を上から下まで見た。
前となにも変わってない。可もなく、不可もなく、幅広い年齢層が着ていそうな垢抜けない凡庸な格好。

「疑ってるでしょ!?」

「その格好で信じろって言うほうがどうかしてる」

「村上は相変わらずはっきり物を言うなあ!そういうところが付き合いやすいけどさ」

口を尖らせながら肯定され改めて思う。泉は短所を長所に捉える天才だ。

「買い物の役には立たないかもしれないけどさ、放課後どっかに遊びに行くの友だちって感じするし。村上のうんちくも聞きたいし」

「だからー……」

好んでうんちくを垂れているわけではなく、聞かれたら答える程度だ。
なのに一つ答えるとみんなあれもこれも聞いてくる。そのうちわからないことがあれば村上に聞くという図式ができあがってしまった。
泉だけでなく、普段つきあってる連中もそうだ。
自分の記憶力が特別優れているとは思っていない。なんとなく読んだ物を覚えていただけだし、もっと優秀な人物は学園内にたくさんいる。
甲斐田なんてカレンダー計算ができると聞いたことがある。
何年の何月何日って何曜日だっけ?と聞くとすぐに答えが返ってくるのだとか。
ツェラーの公式を使い瞬時に計算するのか、カレンダーのすべてを覚えているのかは知らない。飽くまでも噂の範疇だ。

「いつ行く?」

「いつでもいいけど……」

強引に食い下がるのは泉なりの気遣いなのだろう。
そうやって少しずつ以前の自分たちに戻ろう。そういうことなのかもしれない。
友人に戻ったら過去は蒸し返さない。以前泉が提示した条件だ。
すぐには無理でも、互いの間にぎこちなさが残ろうとも表面上は取り繕って、そうしていればいつか本当の友だちになれる、なんて。
すべては自分次第で、泉の赦しを得たから罪を清算というわけにはいかない。
多かれ少なかれ彼にトラウマを残しただろうし、その引き金になるようなことが今後あればどこにいても駆けつけ、辛いなら傍にいる。それくらいしかできることが残ってない。
吐息をつき、水曜日にしようと言う。彼は何度も頷き、楽しみ、楽しみと繰り返した。


約束の水曜日、鞄に荷物を突っ込むと泉がこちらに走ってきた。
常に三上に逃げられるため、そうなる前に追い詰める癖がついたのだろう。

「約束忘れてないよね?」

「忘れてない」

「早く行こう!」

腕をぐいぐい引かれ、眉間に皺が寄った。
以前の泉はもう少し大人しい印象だった。
ぽつんと一人俯いてることが多く、気紛れで話しかけたのが始まりで。声量も小さく、いつも誰かに遠慮したように自己主張もしない。
それが今はどうだ。図々しさを学び、すっかり強くなってしまった。
泉にとっては良い傾向だが、なんとなく以前の泉が恋しくなる。

「そもそもタオルってどこに売ってるんだろ?買ったことないからなあ」

「俺も」

「シンプルなタオルならどこにでも売ってそうだけど」

一年にもらったタオルを二人で眺め、早くも挫折しそうになる。薄い水色に淡く白いダマスク柄。

「とりあえず女性が好むお店に行ってみようか」

「男二人でー?」

思い切り顔を顰めた。

「村上はこういうのにつきあってくれる女友だちいる?」

「……いないけど」

「ほらー!じゃあ二人で行くしかないじゃん!」

渋々、といった感じを隠しもせず電車に乗り込む。
とりあえず駅ビルにでも行けばどうにかなるだろう。最悪、柄や色味が違くとも機能性重視のタオルを買えばいい。
主に部活中使うのだろうし、そうすると見た目より機能性が大事だ。
ただのタオルとはいえ厚さとか、肌触りとか、個々で好みがあるだろうし、そうなると選ぶ作業が急に難しく感じる。
そういえば誰かのために物を買うという行為が初めてだ。
過去つきあった女性がいなかったわけじゃないが、仲を深める前に別れたし、友人の誕生日なんてお互いコンビニで買ったうまい棒とかだ。

「泉は三上に何か買ったりする?」

「するよ。勝手に。学には毎年誕生日プレゼント買ってる」

なら任せてもいいだろうか。
最初はこいつと一緒で意味があるのかと思ったが、ギフト選びの先輩として任せよう。
そう思ったのだけど。
駅ビルを歩きながら目についた店に入ったが、泉が選ぶものはことごとく的外れというか、逆にそのセンスはどこから?と聞いてみたくなるというか。
もしかしたら芸術家タイプかもしれない。他人には見えなうものが見えるような。
これはこれで斬新で革新的なのかもしれないが、恐らくあの一年はそういうタイプではない。
パーティーグッズのノリを真面目に押し付けられても困惑するだろう。

「これすごくいいと思うんだけどなあ」

泉一押しのタオルには寿司ネタがずらりと印刷されている。
泉のセンスを信じた結果、村上先輩ってセンスないんですね……などと汚名を被るのはごめんだ。

「寿司で顔拭くのか」

「顔拭くたび寿司のこと思い出したら幸せじゃん」

「食べられないのに?」

「想像で食べる」

「却下」

「えー!寿司タオルすごくいいのに!じゃあこっち!」

今度は真っ赤な下地に真田家の家紋である六紋連銭が印刷されていた。

「あ、これは俺がほしい」

「でたな。歴史オタク」

「別に歴史オタクじゃない。浅ーく好きなだけ」

「誰が一番好き?」

「……鈴木重秀。いや、小早川秀秋……?」

「裏切った人だ。村上はそういうちょっと影がある捻くれてそうな人好きだよね」

「裏切りには悲しい背景があるんだよ」

然程興味なさそうな泉はふうん、と会話を終わらせようとしたがちゃんと本を読めと一喝した。

「僕歴史苦手ー」

村上の好みならこれにしようと言われたが、即却下した。
贈り物をするってこんなに大変なことだったのか。
世の人たちが当然のように熟してるなんて信じられない。
そもそも相手を知らなさすぎる。限られた手札の中から最善を予想するなんて無理だ。
ひどく疲れ、泉をひっぱってコーヒーショップへ向かった。

「あ、カロリーの暴力だ」

「礼に泉にも同じの奢ってやる。ついでにケーキもつけるか」

「それはさすがに気持ち悪くなるんじゃ……」

「大丈夫。まるまる太れ」

やめろ、筋トレを無駄にするな、きーきー騒ぐ声を無視して同じものを二つ購入した。
席につくなり、泉はホイップをつつきなが胃薬の準備しなきゃと呟いた。
糖分は立派な栄養だ。過剰摂取の自覚はあるが、毎日なにかしら甘いものを摂らないと禁断症状が出てしまう。
もはや中毒の域なのだろう。マイルドドラッグと呼ばれるのも頷ける。
そのうち低血糖症になりそうなので、どこかで断たなければとは思っている。成長期だし、なんて言い訳をしても足りないほど糖分に手を伸ばしているのだから。
だけど慣れないことで無理をしたときほど糖分がほしくなってしまう。だから今日はしょうがない、しょうがない。
糖分で落ち着かせると段々面倒になってきて、もう普通のシンプルなタオルを買おうと決めた。
汚れが目立たぬよう濃い色で、ある程度肌触りの良いもの。
泉はそれではつまらないとか、見本と全然違うと言ったけれど、あの一年に自分が労力をかける必要があるかと考えると馬鹿らしくなってくる。
確かに助けられたし情けない姿も見せた。
辛抱強く泣き止むまで待ち、爽やかな笑みを浮かべながら気にしないでくださいとこちらの気を軽くしてくれた。
地面が割れて落ちていくような感覚の中、彼がいたから正気を保った。弱っているときは藁にも縋りたくなる。
感謝はしてるがもらったものを新品にして返すだけの関係で思慮深くなる必要はない。
そう泉に伝えると、彼は小さく溜め息を吐きながらケーキを頬張った。

「村上はドライだ。外面はすごくいいけどちょっぴり冷たい。そういうとこ、三上とそっくりだ」

「やめろ。三上苦手なんだよ」

ぼこぼこにされたとか、過去の傷をいじくり回されたとか、逆恨みが主だが、すかした顔で一瞥する顔が無性にむかつく。蛇蝎の域だ。
何にも興味ありませんみたいなしらっとした態度のくせに、泉のこととなると目付きが殺人者に変わる。
ぼんやりした泉がそれに気付いてなさそうなのがもどかしい。
あいつはやめておけ、絶対ろくな人間じゃない。自分を棚に上げてそう思う。
逆に三上は人を見る目がある。
泉のような人間は男女問わず得難いもので、だからこそ性別なんて飛び越えて一人の人として好意を寄せた。そんなとこだろう。

「いい人間ほどクソみたいな奴が寄ってくんだな。俺とか三上とか」

「僕は別にいい人じゃないし、村上も三上も悪い人ではない……。と思う」

「あんな奴のどこがいいの。男なんてほかにたくさんいるだろ」

「僕の惚気話し聞いてくれるの?三上は僕の目標だよ!あの芯の強さが最高にカッコイーでしょ?言葉はきついけど絶対嘘はつかないし、自分が何者かわかってるし、過度な期待も過度な落胆もしないところが好き。僕がどんなにストーカーしても興味なさそうだから都合がいいし、それから──」

「わかった。よーくわかった」

「村上も途中で止める。みんな途中でわかった、もういいって言うんだ」

そりゃそうだろ。心の中で呆れた。
泉が語る三上と、その他が見ている三上がかけ離れ過ぎている。
泉はなんでも好意的にとらえる癖を持っているので彼のすべてを長所として受け止めるのだろうが、はたから見た三上は扱いにくい偏屈者だ。
無口で、無表情で、何を考えているのかまったく読めない。一度座ると根が生えたようにじっと動かず、そのくせキレると手の付けようがなく、柴田頼りで場を収めることもあるとか、ないとか。
一年の頃から爪弾き者で、彼と関わる人間はすべて変わり者のカテゴリーに入れられる。
ある意味泉も疎外された人間なので、そういう者同士わかりあえるなにかがあるのだろうか。
考えて、いや、ないなとすぐに訂正した。
三上がそんな同族意識を持つとは思えない。

「どこで三上があんな人間になったのか、過去にさかのぼって観察したいわ」

「あ、僕聞いたことあるよ。幼稚園のときに悟りをひらいたらしい」

「怖い」

「中学の頃は嫌われてたんだって」

今もじゃん。とは言わないでおこう。

「だけどそういうの気にならないらしくて。友達がいないことイコール死みたいな学生時代に、すごいよねえ」

「今も学生だろ」

「ああ、そうか。三上は高校生らしくないから。おじいちゃんって感じ」

あんなキレやすい老人絶対に嫌だ。
三上の人格は恐らく完成されていて、今後多少柔和になることはあれど根本は今のままだろう。どんな風に歳を重ねるのかは興味がある。
今ですら偏屈者なのに、歳をとったら更にひどい変わり者としてご近所さんにひそひそされる。そんな姿なら想像できるが。
そもそも社会人として生きられるのか。
不必要な人間、社会のゴミと称され、人格が歪まなければいいが。
大きなお世話だろうし、三上は他人の言葉に耳を貸さないので我が道をいくのだろうけど。
なんにせよ、泉が傍にいる限り三上は腐らずいられるだろう。なんといっても泉は歩く性善説だ。
泉のグラスを見てふっと笑った。

「泉、飲み物半分なくなったけどどう思う?」

「どうって、まだ半分あるなって思うよ」

想像した通りの答えにくっと笑った。

「な、なにかおかしい?」

「いや。俺はもう半分しかないって思うからさ」

コップの水理論というもので、半分しかないと後ろ向きに捉えるか、半分もあると前向きに捉えるかで性格判断ができるという。勿論どちらにもメリットデメリットはある。
半分しかない、と考える者のほうが最悪を予想しそれを回避するため尽くすので、最終的には良い結果をもたらすこともある。
だけど自分はそれよりも半分もあるねとただにこにこ笑っていたいのだ。
自分たちが属するカテゴリーが融和することはない。
多少のぶれはあっても自分はこの先も楽天主義にはなれなくて、だけど泉といるとそういう物事の捉え方とか、癖のようなものが伝染ってくれるのではないかと期待している。

「三上ならなんて言うと思う?」

「そうだなあ……。別になんとも思わねえよ。かな?」

言いそうー、と肩を揺らして笑ってしまった。
定説通りの精神診断など吹っ飛ばして、自分は自分だけどなにが悪い?とか、無理矢理型にはめてなんになんの?とかそんな具合だろう。

「お前と三上は見てる分にはおもしろそうだな」

「じゃあこれからも惚気聞いてくれる?」

「五分なら」

「それは一時間に五分ってこと?それとも一日五分?」

「一日に決まってんだろ」

「残念……」

両手でグラスを持ちながら甘い生クリームを吸って、やっぱり甘すぎると苦悶の表情を浮かべる姿に笑みが浮かんだ。
泉と穏やかに対峙しているのがおかしくて、現実味がなくて、だけど優しい時間が流れるほど糾弾されている気になる。
そういうのも含め、泉の言う罰なのだろうと思った。


END

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