なんどでも恋をする



四限が購買近くでの移動教室だったので、チャイムが鳴るとともに購買へ向かった。
携帯をとりだし、潤からのメールを開く。
そこには購入してきてほしい物リストがずらりと並んでいる。
いつも通り、友情とパシリの間を行ったり来たりしているが、その関係に不満はない。
自分を卑下するわけではないが、友人でいてくれるだけありがたいし、潤は繊細な見た目と裏腹に大雑把で細かいことは気にしない。他人の性的趣向も興味がない。
僕がゲイだろうが犯罪者だろうが自分に火の粉がかからないならそれでいいと言う男らしさをもっている。
どれだけ救われたか彼は知らないだろう。だから僕は今日も彼のパシリを甘んじて受け入れる。
購買が混む前に目当ての物をすべて購入し、両手一杯にそれを抱えた。
階段を上っていると何個かぽとり、ぽとりと落ちてしまい、蓮が苦笑しながら拾ってくれる。

「こんなに食べるの?景吾みたいだ」

「違う違う。潤の分もあるから」

「ああ、なるほど」

妙に納得した様子で蓮は頷いた。潤の我儘な性格は今に始まったことではなく、蓮もいちいち目くじらを立てたりしない。
教室へ向かう角を曲がると遠くから潤が僕を呼ぶ声がした。

「真琴ー!」

「はいはい、今行く」

「まったく潤は…」

隣から蓮の小さな溜め息が聞こえた。諦めているが、もう少しどうにかならないのか。そう言いたげな表情だ。
けれど僕は思う。潤から毒気を抜いてしまったらそれは潤ではない。彼はあの容姿とあの性格だからこそ、価値が一層生まれるのだ。
有馬先輩もなんだかんだと言いつつも、あの性格だからこそ隣に置いているのだと思う。
よたよたと潤の教室まで行き、一足先に座っていた潤の机にどさりと置いた。

「サンキュー」

「どういたしまして」

きょろきょろと辺りを見渡したが、三上の姿はない。
皇矢は机に突っ伏して眠っていた。

「三上ならいないよ。三限終わったら消えた」

「またか…。本当に留年しそうだね」

「そうなったら学校辞めるんじゃん?」

「え!それは困る。同じ学校にいたい!」

「なら三上に可愛くお願いすることだね」

「そんな方法で彼が言うことを聞くとでも?」

「…ないな」

自分の言うことなど一ミリも聞いてくれない。そんなものだとわかっているけど。
空席だった潤の前の席に座り、パンの袋を開けた。
最近はぐんぐん気温が高くなり、昼間はまるで夏のようだ。
夜になると一気に気温は下がり、そのせいで風邪をひく者も多いらしい。
自分は身体が強いので、気にせず過ごしているが、こうも暑いと食欲も萎んでいく。
紙パックの牛乳を吸いながらどうにかパンを胃袋に押し込める。
潤もパンに頬張りながら携帯を操作し、ぷはっと軽い笑いを吹き出した。

「なに?」

「今日、何の日かお前知ってる?」

「んー…?五月二十三日…?誰かが生まれたとか、死んだとか?」

「いや、キスの日だって」

「キスの日い?」

「そう。キスシーンがある映画が初めて公開された日なんだって」

「キスシーンが初めて…。今じゃそんなの普通だけど昔は衝撃だったのか」

「だろうね」

軽く言って、潤はずいっとこちらに身を乗り出してきた。

「な、なに?」

しどろもどろになって言う。口に含んだ牛乳を吹き出すのを堪えただけでも感謝してほしい。怖ろしく綺麗に整った顔が至近距離にあれば、どきどきしてしまう。
友人だとか、男だとか、そういうことではなく、人間としてそれは普通の反応だと思う。

「ちょっとごめん」

すっと手が伸びてきて、前髪をふんわりと上に持ち上げられた。次には何かが額に触れた感覚があり、ぱちぱちと瞬きをした。

「今…」

「でこちゅーは友情の証だってさ」

悪戯っ子のように白い歯を見せて笑う顔に陶酔しながら、意識を無理に戻した。
友情の証。友情の証。心の中で何度も繰り返す。
パシリでもいい、なんて思っていた自分にはこれ以上ないご褒美のように感じた。

「あ、ありがとう…」

照れ臭くてもじもじと俯いていると、痛いほどの視線を感じた。
顔を上げて周りを見渡すと、教室にいた数人が目を丸くしてこちらを見ている。
潤は注目されるのは慣れたもので、どこ吹く風で平然としている。
もしかしたら、また自分のせいで潤に変な噂がたつかもしれない。男同士のでこちゅーというだけで衝撃だ。ゲイの自分にこんなことをすれば誰だって下卑た想像をするだろう。
どうしよう。クラス中に違うんです。今のはこうこう、こういう理由で…と大声で説明したくなる。そんな勇気はないけど。
嫌な冷や汗を掻いていると、横から顎を掬われた。

「んじゃ、俺もー」

いつの間にかそこにいた皇矢が楽しそうに笑い、潤と同じように額に唇を落とした。

「こ、皇矢!」

潤からされるのは後ろめたくないが、相手が皇矢だとなんだか意味が変わる気がする。
妙にどきどきとときめいてしまうではないか。
愛しているのは三上だけ。されど、ゲイの自分は多少の刺激でも胸が高鳴ってしまう。

「皇矢なにしてんだよー」

笑いが含まれた声で少し離れた場所にいたクラスメイトに話しかけられ、皇矢は今日の記念日の話しをした。
それはきっと、クラス中に聞こえていて、皆ああ、なるほどと納得した様子だった。
これで変な噂にはならないし、先ほど目を丸くしていた生徒も皇矢とのやりとりでからからと笑っている。
もしかしてそうなるようにしてくれたのだろうか。隣で友人と笑いながら話す皇矢をちらりと見た。
そんな繊細な気遣いができる男かはわからないし、そこまで計算できるとも思えないが。
潤は呆れたように皇矢を見て、チャラい、と呟いた。

「それ、他にも場所によって意味があるの?」

何の気なしに潤の携帯を指差して言った。

「あるよ。いっぱいある」

「キスの日は、キスしても怒られないかな」

「三上は怒るだろ」

「…ですよね」

ばっさりと切り捨てられ、しゅんと肩を落とした。
今日はキスの日だから!という明確な理由があれば迫っても納得してくれるかも、なんて一瞬でも思った自分が馬鹿みたいだ。彼にそんな手が通用するはずもないのに。
けれど、唇じゃなければ少し叩かれるくらいで済むのではないか。

「ほら」

潤は携帯を渡してくれて、そこにずらりと並ぶ場所とその意味を見せてくれた。

「こんなにちゃんと意味があるんだね…。あはは、足の甲とかすげー潤っぽい!」

けらけらと笑うと、潤はにやりと嫌な笑みを浮かべた。

「有馬先輩にさせてやる…」

小さな復讐に燃え始めたので、そうっとしておく。
きっとその計画は無慈悲にも叶わないと思うが。相手は有馬先輩だ。望む方が間違っている。潤は諦めが悪く、かかんに挑戦しては惨敗し、悔しいと顔を歪ませるのだ。
闘志を燃やす彼は置いておき、再び携帯を眺めた。
髪の毛、耳、首、手の甲…。身体の中心から離れれば、もしかしたら一瞬口付けるタイミングがあるかもしれない。
以前、三上も手の甲にキスをしてくれたことがある。彼から与えてくれたということは、そこは拒絶しないかもしれない。
手の甲の意味は尊敬。どの意味をとっても、自分が三上に寄せる想いに当てはまる。
思慕でもあり、憧憬でもあり、愛情でもあり、服従でもある。
もう意味はどうでもよくて、彼がキスをさせてくれるならどこでもありがたいのだけれど。

「三上襲う計画でも練ってんの?」

「え、なんで」

「すげーにやにやしてるから。なんか妄想してんのかと思って」

「顔に出てた!?」

「ばっちり」

「マジか!」

別に今更なの恥ずかしがったりしないが、だらしない顔をしていると三上に嫌われる。
ただでさえ見た目は中の下。努力しなければ好かれる要素はないのだ。

「真琴ならー…。あ、誘惑とか欲求とかあるよ」

携帯画面を一緒に見ながら言われた。
自分はどれだけ飢えていると思われているのだろう。その通りだけれど。
もう少し、こう、純粋な愛情とか、慎ましやかな恋慕とか、そういったイメージはないものか。

「耳と喉だね。そんなところにキスさせてくれるかな」

「真正面からお願いしても無理なんだから、無理矢理いくか油断してる間に奪うかしかなくね?」

「…なんかそれ、もはや恋人と呼べないんじゃ…」

いつものことだけど。三上と恋人同士なんて関係に慣れ親しんでいないと思う瞬間はいくらでもある。埃のように後から後から湧いて出る。
だからもう、慣れっこなのだけど、毎回微妙に落ち込んだりもするのだ。

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