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我が家でもなんでもないのに玄関を開けただいまーと言ってしまったのは癖だ。
帰ったら一人でも必ずただいまを言う。そうすると少しだけ寂しさが紛れた小学生の頃の思い出。
シャツの胸元をぱたぱたさせ、暑いねえと呟く。
一日中窓を閉め切っていた室内はむっとした熱が充満している。
三上は手早くリビングのエアコンをつけ鞄を床に放り投げた。

「ああ、そんな風に置いたら砂とか落ちちゃうよ」

一応海岸で掃ってきたが、海パンやパーカーの隙間に砂が紛れているに違いない。
鞄を拾い上げ水をためた洗面台に放り込んだ。
しばらくつけて、そのあともう一度水洗いをしよう。
算段を整え後ろを振り返ると、三上がTシャツを乱暴に脱ぎ捨てた。

「きゅ、急に脱がれると困る!」

「…さっきまで見てただろ」

「海と家では見る目変わってくるんだよ」

「あっそ」

遠慮なしでズボンも脱ぎ捨てるものだから慌てて目を逸らした。

「麦茶一杯もらってもいい?」

「お好きにどうぞ」

「ありがとう…」

耳の先が熱をもった気がして、逃げるように洗面所を出た。
こんなことが恥ずかしいなんて。今時女の子でも狼狽えないというのに自分ときたら。
以前なら視姦できるとはしゃいだ場面も、今はただただ困ってしまう。
昨晩の情事を生々しく思い出し頭がそれでいっぱいになる。
できればこれ以上挙動不審になりたくないし、変態も磨きを掛けたくない。
だけどどうしても。
汗ばんだ肌や短く喘ぐような吐息、耳元で囁かれたとびきり甘い声。
三上はあんな風に人を抱くんだなあと麦茶を飲みながら馬鹿みたいに考えた。
普段がひどく素っ気ない分、インスタントセックスを好むのだろうと勝手に想像していた。
なのにあんな。
――いい子。
囁かれた声をふいに思い出し、咄嗟に耳を手で覆った。
彼は落差が激しすぎる。冷たいか、甘いか。
両極端に振り切るものだから上手に対応できず狼狽えるばかりだ。
人生においてあまりにも衝撃的すぎて、何度も反芻してしまう。
きっと三上にとってはたくさんのセックスのうちの一つ。
相手が男というイレギュラーはあったが、手順は然程変わらないのだろうし特別でもなんでもないただの作業。
自分にとっては幸福の坩堝に叩き落され頭が馬鹿になる感覚を味わった一生忘れない大事な日。
だってこんなに誰かから好意をぶつけられたことがない。
恋人にとって身体を繋げることに大きな意味があると知った。
三上がどれくらいの気持ちを向けているかはわからないが、求められることと好意をイコールで受け取ってしまう。
言葉がなくとも心が一杯に満たされ、確かに自分たちは想い合ってると信じられた。
気持ちを確信できない代わりにセックスを求めるのだろうと言われ、わからないと答えたけれど、あれはきっと当たっていた。
三上はいつも自分でも知らない心の奥底を少し乱暴に暴いてくれる。
グラス片手にぽけっと何もない宙を見つめていると、バスルームから怒声に近い声が響いた。

「泉!」

「は、はい!」

急いで声のするほうへ向かうと、風呂場の扉を半分開けた三上が戸棚を指さしていた。

「ボディソープとって」

「はい」

戸棚を開け、たくさん並ぶストックを一つ一つ手にとって探すがなかなか見つからない。
シャンプーだけで数種類、その他にコンディショナーやら、ヘアパックやら。
ようやく見つけた詰め替え用と書かれたボディソープを手渡すと、彼はパッケージを見て突き返した。

「これじゃない」

「え、でもボディソープって書いてる」

「これは妹用。勝手に使うと怒られる」

「へ、へえ……」

パッケージをまじまじと眺め、なにが違うのだろうと思う。
我が家は全員で同じ物を使うけれど、三上家は細分化されているらしい。
年頃の女の子がいる家はこんな感じなのだろうか。
面倒なときは石鹸一つで全身洗う男とは違う。そういう細かい努力が土台にあって、彼女たちはきらきら輝いているのだなあと感心する。

「…じゃあこれ、かな?」

牛が描かれたパッケージを手渡すと三上は満足げに頷き詰め替えてと空のボトルを差し出した。
手が濡れてるとやりにくいもんねと笑いながら、彼の世話をできる幸せを噛み締める。
満タンになったボトルをきゅっと閉め、振り返ると三上は全裸のまま扉に凭れるようににしていた。
もう少し羞恥心とかさあ、と憎らしくなるが、男同士で羞恥心を覚えるほうが妙だということに気付く。
意識してるのは自分だけと思うと情けなく、努めて平常心を心がけた。

「どどど、どうぞ」

「なんでどもってんだよ」

「いえ?別に?」

明後日の方向に視線を逸らすと腕を引っ張られた。

「やらしいこと思い出したんだろ」

耳元で言われ、慌てて手を突っ張って距離を保つ。

「そんなことない!」

「図星か」

「ち、違う!僕はそんな、そんな……」

赤くなる顔を隠したくて俯いた。
散々迫っときながらたった一度のセックスで恥ずかしがってるなんて悟られたくない。
どこの生娘だよと自分でも呆れる。

「あ、あの、放して」

手を軽く左右に振ると、ますます強く握られた。
シャツをぐいぐい引っ張られ、呆気にとられているうちに下着にも手をかけられ慌てて身を捩る。

「な、なに!?」

「一緒に風呂入りたかったんだろ?」

「い、いや、もういい。もういいです!」

「遠慮すんなよ」

意地の悪い笑い方を見て、こういう男だったと気付く。
嫌と言えば更に与え、求めればそっぽを向く。
こちらの反応を楽しんで掌でころころ転がし、そして最後はべしゃりと踏みつける。
抗う方法を知らないのでいつもされるがままだ。今だって。
すっかり剥かれ、こうなったらなるべく彼の目に触れないようにしようと決めた。

「せ、背中流してあげる!」

押し込むようにバスチェアに座らせ、たっぷりの泡をたてたボディタオルを滑らせた。

「こういうときは手で洗うもんじゃねえの」

「え、そうなの!?」

新しい常識を得てしまった。
頭のメモ帳に恋人の身体は手で洗う、と書き足す。
ボディタオルから手に泡を移し、せっせと背中を擦る。

「前も洗って」

「はい」

まるでどこぞの王様だなと思うが、それくらい傲慢なほうがいつも通りで安心する。
首から鎖骨、胸から腰骨に手を滑らせ、ぴたりと止まった。

「あ、あの」

「なんでしょう」

「ここまででいい?」

「なんで?」

「だって、その……」

肩を強張らせぎゅうっと瞳を閉じる。
一緒にお風呂入りたいとなんとなしに言った望みを叶えてくれたのに、一人だけ不埒なことを考えてるみたいで恥ずかしい。
煩悩を消そうと努めたが、これ以上触れているとどうしても思考がそっちに流れてしまう。

「…交代しようか」

「いや、大丈夫!僕は自分で……」

言い終わる前に立たされ、壁に押し付けられた。
そのまま身体をぴたりと重ねるようにされ首まで真っ赤になる。
なんだこれ。もう泣きたい。
三上の手が腰から上にゆっくり動き、なにかを堪えるように首を竦めた。
なんか、勘違いかもしれないが手つきがやらしい。
他の意図があるように感じるのは僕の頭がそればっかなせいだろうか。
なにか難しいことを考えないと反応してしまうそう。
難しいこと、難しいこと……。
うんうん悩んでいるうちに手が胸まで辿り着き、肉をやんわり寄せ上げた。

「みか、三上、あの!」

「なに」

「やっぱり僕自分で――」

言い終える前に指先で乳首をつままれ喉を晒す。

「三上!」

肩を掴んで力を込めたがびくともしない。
指の腹でなぞられ身体が勝手に小刻みに震える。どうしよう、どうしよう。恐慌状態で首を左右に振った。
腰に回っていた手でぐっと引き寄せられ、彼が鼻先で笑った。

「相変わらずすぐ反応すんのな」

「や、違う!これは、その、生理現象で……」

「生理現象?なら誰でもこうなんの?」

「な、ならないけど…」

馬鹿にするような冷笑を浮かべる三上に感情の水位が上がっていく。

「…ごめんなさい。僕、三上に触られると……」

情けなくて恥ずかしくて泣きそうだ。
これだから色事に疎い人間は……と自分を責めたが反応した中心は萎えてくれない。
胸ばかりいじられ、互いの間に挟まれたそこが切ない。
直接的な刺激がほしい。楽になりたい。
欲望に支配され始めた頭の隅で、こんなのだめだと理性が訴える。それもすぐ欲に呑まれ熱に魘される。

「出したい?」

こくこく頷くとくすりと笑われた。
羞恥が天井突破しそうだ。

「どうやって?手で?口で?ああ、それともこっち?」

すりっと尻を撫でられ背中が反る。
昨日覚えたじくじくした熱が身体を巡り、腰の奥のほうが疼く。

「そ、そこがいい」

うっとりした瞳で言うと、顔が近付いた。
キスをするんだと瞼を閉じかけた瞬間、玄関のほうから椿さんの声が響いた。

「陽介ー!」

唇が触れる寸前でぴたりと止まり、急に現実に引き戻される。
三上は苛立った様子で溜め息を吐き、バスルームの扉を少し開けて風呂だ、と叫んだ。
ぱたぱたとこちらに近付く足音に慌ててしゃがみ、身体を小さくする。
男の身体は急には止まれないんだ。
脱衣所の扉が開く音がし、膝に額を押し当てた。

「陽介」

「泉もいるから入ってくんな」

「一緒にお風呂入ってたの?仲良しだね」

「うるさい。なんの用だ」

「早くお風呂あがって」

「なんで」

「いいから」

扉が閉まる音が聞こえ止めていた息を吐き出す。

「先に出る。お前はあとから来い」

言われなくともこんな状態で椿さんの前には出れない。ただの痴漢になってしまう。
一人になったお風呂で冷水を頭から浴びた。
椿さんは大好きだ。上手に話せない僕にも笑顔を向けてくれる。
だけどあと三十分くらい遅れて来てほしかった。寸止めがどれほど苦しいか。
三上がその気になってくれる機会は多くないのに。
ちぇ、と口を尖らせながら身体を鎮め、頭から爪先まで綺麗にしてから風呂を出た。
三上が用意してくれたであろうTシャツに着替え、そっと扉を開ける。
リビングから椿さんの快活な声が響いている。
首からタオルを下げ、リビングの扉を開けるとダイニングテーブルの椅子に座る見知らぬ男性とばちっと視線が合った。
誰?と一瞬フリーズし、慌てて頭を下げると、彼も深々と頭を下げた。

「真琴君、こっちおいでよ」

椿さんに手招きされ三上の隣に着く。三上の機嫌がすこぶる悪い気がする。

「コンビニでアイス買ってきたんだ。真琴君も食べる?」

「は、はい」

席を立った椿さんを視線で追い、見知らぬ男性をちらっと眺めると膝の上に置いた拳をじっと眺めていた。
目元を覆う前髪に隠れて目が見えない。
おどおど、そわそわした空気は馴染み深いもので、もしかして?と椿さんとの会話を思い出した。
椿さんがすごく優しくてちょっと暗いと評した彼氏。
彼がそうなのだろうか。
聞きたいけれど万が一違ったら失礼だし、黙っていると三人の間で重苦しい沈黙が漂う。
全員話すのが得意ではないので椿さんがいないと間が持たない。

「真琴君何味がいいー?バニラと、チョコと、抹茶」

「じゃあバニラで…」

「了解」

カップとスプーンを手に椿さんが戻った瞬間ほっと安堵した。
彼女の底抜けの明るさはあらゆる人間の潤滑油になれる。
いただきますと小さく頭を下げてからアイスを一口頬張る。
席に戻った椿さんは頬杖をつきながらご機嫌な様子でこちらを眺めた。

「真琴君、海で言ってた私の彼氏」

「あ、やっぱり。もしかしてそうなのかなーって思って……どうも、泉です」

「さ、佐藤です」

二人でどうも、どうもと頭を下げあうと、椿さんがぷっと噴き出した。

「お見合いみたーい」

はは、と乾いた笑みが漏れる。
コミュ障の気持ちは彼女には理解できないだろう。僕だってコミュ力が高い皇矢や椿さんの気持ちはわからない。

「家に着いてからこっちに来てくれたんだ。折角だから陽介に会わせておこうと思って」

「なんで俺に」

「知れば妬かなくなるかなー、って」

「妬く?誰が、誰に」

「彼氏が、陽介に」

「は?なんで俺に妬くんだよ」

三上が佐藤君に視線をやると、彼はすみません、と小さく呟きながら首を竦めた。
決していじめようとか、すごんで脅かそうとか、そういう意図はないがいかんせん態度は大きいし雰囲気は硬いし目付きは悪いし口も悪い。そりゃ怖いよな、と同情する。

「いじめないでよ」

「いじめてねえよ。なんでって普通に聞いただけだろ」

「そりゃあ、私が女で陽介が男だからよ」

「意味がわからん」

「男女の間に絶対なんてないってこと。私が陽介の部屋にずかずか上がったりするから心配なのよ」

「じゃあお前がやめればいいだろ」

「だって彼氏ができたからって今までのつきあいを清算するなんて嫌だもん。陽介も寂しいでしょ?」

「ふざけんなよ。お前のせいで――」

三上はそこまで言ってなんでもない、と口を閉じた。

「とにかく俺は寂しくないし、お前は佐藤君とやらのために俺との付き合いを改めるべきだ」

「え、陽介がそんな真っ当なこと言うと裏がありそうで怖いんですけど」

「あ?」

二人の空気が険悪に変わり、視線を遮るように間に入った。
この二人は会うと五秒で喧嘩する。

「で、でも椿さんは彼氏さんと同じくらいお友達も大事にしたいんですよね?」

「そうそう。陽介がどういう人間か知れば嫉妬なんてしないと思うし。私を女としてこれっぽっちも見てないし、そもそも女に興味ないしね」

ぎくりと肩が揺らした。
他意はないとわかっているが際どい言葉だ。

「私が真っ裸でベッドにいても見たくないもん見せんなって舌打ちして終わりよ」

「ま、真っ裸!?椿ちゃんそんなことしたの!?」

「例えよ」

「よかった」

佐藤君は心底安堵したように溜め息を吐いた。
椿さんが好きでしょうがないといった様子に自分を見ているような気になる。
僕もはたから見るとこんな感じで三上にラブコールを送っているのだろう。

「で、でも実際会うと想像してた感じと違うというか……」

佐藤君がもじもじと身体を揺らしながら口を開き、三上が片眉を吊り上げた。

「どういう意味だよ」

「ひっ、すみません。あの、実際の三上さんはかっこいいし、背も高くてびっくりしました。椿ちゃんが一年中やる気ない無気力人間と言っていたのでてっきり…」

くすっと笑ってしまい、三上に耳を引っ張られた。

「いでで!だって本当のこと……あ、すみません!耳千切れる!」

ぱっと離された耳がじんじん痛む。

「ね?真琴君似てるでしょ?」

椿さんが彼に笑いかけると、佐藤君も薄っすら微笑み頷いた。

「全然似てない」

しかし三上的には不本意のようでばっさり否定された。

「こいつと似てたら大変だぞ。椿は四六時中監視され、纏わりつかれて盗撮写真を部屋に貼られ――」

むぎゅっと三上の口を手で塞いだ。
二人に向かってなんでもないよとにっこり笑う。

「盗撮?監視?」

「なんでもないですよ」

またおかしなことを言わないよう、バニラアイスを三上の口に突っ込む。

「二人はいいコンビだね」

目を細める椿さんにこちらも満面の笑みになった。
誰に認められなくともいいと思っているけれど、そんな風に言われれば嬉しい。
お似合いだなんてお世辞でも言えないほど不釣り合いで正反対だから。

「…み、三上さんは彼女いるんですか?あ、いないわけないですよね、すみません。椿ちゃんみたいな子がいたら彼女さんも妬くんじゃないかなあと……」

アイスをごくんと飲み込んだのを確認し、もう一度突っ込んだ。
余計なことは言うなという牽制だ。

「あ、私も気になってた。陽介の背中に引っかき傷あったからこれは彼女できたなと思って」

「そんなことないですよ!ね、三上」

「彼女はいねえな」

は、を強調しやがったがまあいいだろう。嘘はついてない。

「なーんだ。じゃあ寝るだけなのね」

「寝るだけってわけでもねえな」

「なにそれー。あ、つきあうか微妙な時期?いいねー、楽しそう。てことは陽介の片想い?うけるー」

けたけた笑う椿さんのありがたい勘違いに胸を撫でおろす。

「陽介は陽介でちゃーんと好きな人がいるし、これで心配しなくて済むでしょ?」

「うん。でも椿ちゃんは世界で一番かわいいからいつ気が変わるか…」

「やめろ。俺と椿がどうこうなるとかマジでやめろ。吐きそうになる」

「ちょっと言い方!」

「佐藤君とやら、眼科に行ったほうがいいぞ。こいつがかわいく見えるなんてかわいそうに」

「かわいいし!」

「すっぴん見たら佐藤君も発言撤回するわ。お前のは化粧じゃなくて特殊メイクだもんな」

「すっぴんもかわいいし!」

口喧嘩が始まった二人を佐藤君と一緒にぽかんと眺める。
いいコンビは椿さんと三上のほうでは。
夫婦漫才とかできそうな勢いだ。
どこかで少し歯車が違っていたら椿さんと三上は恋に堕ちたかもしれない。そうならない世界でよかったと心底思った。
だって条件は完璧に整ってる。
気心が知れていて、三上との相性もよく、顔も綺麗。好きにならないほうがどうかしてる。そりゃあ佐藤君も心配が尽きないだろう。
喧嘩を続ける二人は放置し、佐藤君にあの、と声を掛けた。

「僕も椿さんを恋愛対象としてみることはないので安心してください」

「は、はい。すみません、心配ばかりで情けないと思うんですけど、椿ちゃんはおしゃれで、性格もよくて本当にかわいいから……。僕みたいな男とつきあってるなんて未だに信じられなくて」

「わかります」

つい深く頷いてしまった。佐藤君、君と僕は同じ立場だ。言えないけど。

「椿さん、喧嘩も多いけど優しくて大好きだって言ってましたよ」

「そう、ですか…」

佐藤君は照れたように俯き、首裏に手を当てた。
想い合ってると空気で伝わる、素敵な二人に微笑ましくなる。
余韻に浸る暇もなく、隣から聞こえる小競り合いの声にこっそり溜め息を吐いた。

「三上!はい、あーん!」

無理矢理アイスを突っ込んで強制的に喧嘩を終わらせる。
椿さんはぷっくり頬を膨らませながら甘えた素振りで佐藤君の腕にしがみ付き、そろそろ帰ろうと言った。
玄関で二人が靴を履くのを待つ。

「椿、お前勝手に家入るのやめろよ」

「なんで?」

「次やったらお前の恥ずかしい過去を佐藤君にばらすからな」

「やめてよ!だって陽介電話しても出ないから行くしかないでしょ!」

「空気読め。出れないことしてるかもしんねえだろ」

「やらしー。おばさんに女連れ込んでましたよってちくってやろ」

「好きにしろよ」

「こういうとこがマジでむかつく!」

ね?と佐藤君に同意を求め、彼は曖昧に首を傾げた。

「また今度四人でお茶しようね」

「なんでだよ。二人で行けよ」

「いいじゃん!彼氏友達少ないし、真琴君が友達になってくれると嬉しいなあと思ったの!」

「あ、僕でいいなら…」

「よかったねー」

「う、うん」

椿さんはまた予定立てようねとひらっと手を振り佐藤君の手を引っ張りながら去った。
椿さんの放つエネルギーは相当なもので、彼女が去るといつもどこか物悲しくなる。
三上は髪をがしがしかきながらうんざりと溜め息を吐いた。

「やっと帰った」

「椿さんはいつも元気で花丸満点って感じだ」

「鬱陶しいだけ」

「そんなこと言わないで。三上のこと大事に想ってるんだよ?」

「大事に想ってるなら邪魔しないでほしいもんだな」

「邪魔……?」

ぽかんとすると腰を引き寄せられ頬にキスをされた。

「続きしようか」

「う、あ、えっと……」

はい、と蚊のなくような声で言いながら俯いた。
くっくと笑われ、冗談だったのかと睨むと今度は口にキスをされた。
どんどん深度をますそれに鼻にかかった声が漏れる。

「みかみ」

吐息交じりに呼ぶと頬を包んでいた指先が髪を絡めるように蠢く。
キスの最中に大きく呼吸をし、それでも酸素が間に合わずずるずるその場にしゃがみ込む。
一向に離す気配はなく濡れた音ばかりが耳を刺激する。
このままじゃこの場でしてなんてひどい発言をしそうだ。玄関先なのに。
離れていく彼を陶酔しながら見上げると、頬、首筋と唇が移動していく。

「三上、部屋、行かないと…」

最後の理性を振り絞ると耳元でふっと笑われた。

「お前はすぐ舌足らずになるな」

「そんなことない」

「ある」

むっと眉を寄せながら、ちっとも怒れない自分が悔しくなる。
Tシャツの裾から侵入した手で背中を撫でられ三上の両頬を包んだ。
もうだめだ。甘ったるい場所に堕ちてしまいそうになる。
さよなら理性と手を振った瞬間、こちらに近付く足音が聞こえ、力一杯三上を突き飛ばしてしまった。

「う……鳩尾…」

腹を抑えて呻く彼の傍に寄るとぴんぽんとチャイムが鳴り、椿さんが顔を出した。

「ごめんスマホ忘れたー……陽介どうしたの?お腹痛いの?」

「泉にDVされた…」

「ち、違います!」

「あは、いいぞ真琴君。もっとやってやれ」

「椿、お前、お前さあ、わざとか?」

「なにがー?」

「マジでお前とのつきあい考え直すわ」

「え、なによ!私なにもしてないじゃん!」

「僕!スマホとってきますね!」

バレてないよなという焦燥で逃げるように立ち上がる。
ダイニングテーブルの上に置かれたスマホを拾い上げ、情けない顔を隠すようにきりっと整えてみたが無駄な気がする。
両手でスマホを握りながら肩を落とす。
再度誘ったところで三上のやる気スイッチがオフになっていれば抱いてもらえない。
彼の欲望を刺激できる誘惑技術があるわけもなく。
寮でも家でもゆっくり安心して愛し合えない。学生らしい悩みともいえるけど。
これは夏休み中に二度目はなさそうだ。


END

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