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それから暫くぽっかり間が空くとノラのことばかり考え、辛抱たまらず三日後に電話をかけた。
勝手に名刺を抜き取ったことを責められたら好きなだけ怒られよう。
番号を押す指が震えそうになり、なにをこんなに緊張しているのか自分でおかしくなった。
コール音が鳴る間、鼓動が早鐘を打つのが伝わる。
ぎゅっとシャツを握りながら待ったがノラは電話に出てくれなかった。
深く溜め息を吐きながらスマホを放り投げ、枕を抱き締めるようにベッドに腹這いになる。
知らない番号には出ないのだろうか。それとも仕事中?
今日はどちらの仕事だろう。女を相手にしているのか、男を相手にしているのか。
誰にでもあんな風なのだろうか。
大きく脚を開いて、素直に気持ちを言葉にして、扇情的な視線で煽る。
考えれば考えるほど胸にもやもやが溜まっていく。
もう考えたくないのにどうしたって思考がノラに流れていく。
もう眠ってしまおうと瞳を閉じた瞬間、枕元に置いていたスマホが震えた。

「はい」

『もしもーし。誰ですかー?』

「……ノラ」

『ノラだよー。君は誰?』

「俺、この前公園で会った……」

『公園ー?うーんと、誰だろ……』

数日前のことも覚えていないのかとがっくり首を落とす。

「公園で彼女に引っ叩かれた高校生」

『……ああ!セクシャリティに悩む少年!』

事実だけどその言い方はやめろ。

『どうした少年!答えが出た?』

「……出ない」

『まだ悩んでるの?難しい子だねえ』

「答え、出ないからまた会いたい」

ノラは黙ったまま、なかなか返事をくれなかった。
何かまずいことを言っただろうか、図々しかっただろうか。
一気に冷や汗を掻く。
こんな言葉、何度も口にした。そう言えば彼女が喜んでくれたから。
学習し、挨拶のようになんの迷いもなく口にできていたのに今は怖い。相手の反応が怖い。

『……いいよ。いつにする?』

たっぷりと沈黙を設けたあと、静かに、優しい声色で言われほっと安堵した。

「いつでもいい。ノラが空いてる日」

『少年暇なの?』

「部活とか入ってないし」

『えー、もっと青春を楽しみなよー。高校生は勉強と部活するものでしょ?こんなおじさんと遊ぶなんて廃れすぎでしょ』

「ノラっていくつ?」

『二十六』

「まだ若い」

『高校生からしたらおじさんでしょ?』

「そんなことない」

むきになって反論し、なにやってんだろと思う。

『そー?俺は嬉しけどね。高校生と楽しいことできて。棚から……なんだっけ。桜餅?違うな。蓬餅?』

「ぼた餅」

『あ、そうそう、それそれ!棚からぼた餅!君もしかして頭いい?見た目馬鹿そうなのにね』

「うるさい」

『怒った?ごめんってー。悪気はないんだよ。俺賢い人大好き』

大好き。
自分だけに向けられた言葉じゃないのに心臓を鷲掴みされたように苦しくなる。

『あれ、本当に怒った?』

「怒ってない。で、いつ?」

『しばらくは予定がいっぱいなんだ。この前みたいにドタキャンされたら会えるけど。だから約束はできないなあ』

「じゃあドタキャンされたら連絡して。すぐに行くから」

『えー、そんなにこの前気持ちよかった?まあ、高校生のガキがプロの技を知ったらはまるよね。本当に悪いこと教えちゃった』

「別にそういうことがしたいわけじゃない」

『じゃあなにがしたいの?』

具体的になにと言われてもわからない。
ただノラの顔が見たい。電話なんかじゃなく、ちゃんと目を見て話したい。身体を重ねなくとも体温を感じたい。
そういうの、なんていうんだっけ……。

『まあ、悩みがあるなら聞いてやろう。乗りかかった……なんだっけ』

「船」

『それ!俺君といると賢くなれそー』

きっと馬鹿っぽい顔で笑っているんだろうなと想像し、自分も思わず笑みが浮かぶ。
じゃあまた連絡するねとノラは電話を切った。
なんの約束もとりつけられず、成果はなしに等しいのに心はさっきより軽かった。
なのに予定がいっぱいという言葉を思い出し、今度は特大の鉛をつけたように重くなる。
浮いたり、沈んだり、揺れる振り子のような心が鬱陶しい。
こういうの、なんていうんだっけ……。


ノラから電話がきたのは一週間後だった。
ずっとスマホを眺めいつ電話がきてもいいように待ってたので、嬉しくて嬉しくてワンコールで電話に出た。

『うわ、出るの早っ!俺ノラだよ。わかる?』

「わかるよ」

『今から来れる?』

「行ける。またドタキャンされた?」

『違いますー。一仕事終わって、今日は他に予約ないから連絡したの』

「あっそ」

『私服で来いよ。俺捕まっちゃう』

「はいはい」

慌てて洋服を着替え、走って駅に向かう。
電車に乗り込み、嬉しい、嬉しいとうるさい心臓を抑えるのに苦労した。
待ち合わせ場所はこの前と同じ公園。
敷地内に脚を踏み入れるとノラは前と同じように煙草を吸って待っていた。

「ノラ」

「おー、久しぶりでもないけどちょっと雰囲気変わった?男子は三日会わないとうんたらかんたら……」

「男子三日会わざれば刮目して見よ」

「君本当に賢いねー」

こんなの常識だろと言いかかった言葉を呑み込んだ。
隣に腰を下ろし、彼が片手に握っていた煙草の箱に視線を落とす。

「あ、未成年は吸っちゃだめだよ」

「吸わない」

「そのほうがいい」

ノラは少し寂しそうに笑いながら箱を眺め、吸いさしを携帯灰皿にぎゅっと押し込んだ。

「じゃあ行こっか」

「行くってどこに」

「行くとこなんて一つしかないでしょ。ほら、早く」

また腕を引かれ、今度はラブホに連れ込まれた。
この前と同じ、お風呂入ってくるから逃げないでねと釘を刺され、こういうことがしたくて来たわけじゃないんだけど、と頭を抱える。
ベッド端に座り、どう言えば伝わるか悩んでいる内に戻った彼に押し倒された。

「ノラ、俺は……」

「なに?」

腰の上に跨られ、洋服を脱がされる。
どんな言葉に変えればいいのかわからない。色んな言葉を知っているのにどれもこれも当てはまらない。
その内するりと中心を握られ、待てと言う間もなく舐められた。

「ノラ!」

「んー?お喋りしながらするのが好き?いいよ、お話しして?」

「そうじゃ、なくて……」

ああ、もうなにも考えられない。
こんなはずじゃなかったのに。
ノラの匂いと快感と、余裕たっぷりで笑う表情に頭に血が上る。
埋まらないなにかを埋めようと躍起になり、発情期の雄犬のほうがまだましというくらい無遠慮に腰を振ってしまった。
ぐったりしたノラの腰を摩りながらごめんと呟く。

「…なにが?」

「がっついたから」

「いいじゃん。テクニックは年取ったら身に着ければいいの。今は若いうちにしかできないセックスを楽しみなさいよ」

だけどきっと、ノラはガキを好きにならない。
なんとなく、年上の余裕のある人に懐く気がする。
ノラがらしくない言葉を遣ったり、うろ覚えの諺を口にしたり、そういうものを教えてくれる誰か。
ノラが寝転びながら煙草に火をつけ、フィルターがじりじり音を立てる。
自分の心の端も一緒に焙られたようにじりっと痛んだ。
ああ、そうか。
誰かがいてほしくないんだ。
仕事で相手にするような連中ならまだ我慢できる。でも個人的にこんな風に会うのは自分一人じゃないと我慢ならない。
なんだっけ、なんだっけと一生懸命当てはまる言葉を探していた。
答えを出さないと気持ち悪くて、解けるまでペンを置けない性分だった。
なのに今は一生解けなければよかったと思っている。
これは、この気持ちは恋だ。

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