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数人の友人と学食で昼食を摂っていると背後から肩を叩かれた。

「香坂来てたんだ」

「おー」

「今日はもう終わり?」

「終わり」

言うと、友人は隣に座り肩をこつんと寄せてきた。

「じゃあ夜飯行こうぜ」

「今日は無理」

「彼女?」

「まあ」

白っと嘘をつく。
本当は彼氏だが馬鹿正直に言う必要もない。
どうせ大学だけのつきあいだし、卒業すればすぐ顔も忘れる程度の関係。
仁や拓海にはくどくど説教される。広く浅く、上辺だけを掬う関係ばかり築くのはやめろ。自分たち以外にも心を許せる友人を作れと。
そんなもの必要ない。だってお前らがいるから。
お決まりの返答に、彼らは溜め息を吐きながら毎度頭を抱えるようにする。
親父の職業柄、敵味方が曖昧で、笑顔で腹を探るような連中にさんざん揉まれ人間不信気味な性格ができあがってしまった。
なんの不満もない。優秀な幼馴染と裏表のない恋人がいる。
丸く線を描いた自分のテリトリーに入れる人間はそれだけで充分。
その他は丸の外側に追いやり適当につきあっていれば特別好かれることもなければ嫌われることもない。
だから今一緒に食事をしている彼らも、隣で話しかける彼も、明日姿が見えなくとも気にも留めない。
あっちも自分をその程度に思っているだろうし、心も痛まない。

「香坂の彼女かわいい?」

「さあ。どうだろうな」

「かわいいに決まってんだろ」

「美人系かもよ。それかスタイルがすごくいいとか」

残念ながらどれでもない。
自分はかわいいと思う。桜の顔も好きだったし、系統が同じ楓の顔も勿論好きだ。
だけど見た目や性別で判断したわけじゃない。
月島楓という人間と関係を築きたかった。それだけ。

「高校からつきあってんだっけ?てことはー……二、三年?」

「多分」

「俺が香坂ならとっかえひっかえしてんのに。イケメンは性格もいいって本当だったんだな」

それには特に返事をせず、ふんと鼻で嗤った。
楓がいるのに浮気心なんて芽生えない。万が一芽生えてみろ。包丁持ち出して去勢してやると言われかねない。

「浮気も二股も一回もなし?」

「なし」

「すげー。心の浮気は?」

「ない」

「彼女もいい人なんだろなー」

いい人。曖昧な言葉にどんな定義があるのか知らないが、一般的にはいい人の部類に入るのだろう。
面倒見はいいし、大きな包容力も持っている。
気性が荒く、ちょっとの言い争いが殴り合いの喧嘩に発展しそうになることもある。
それでも好意も嫌悪も真っ直ぐぶつけてくれるところが好きだ。
余計な駆け引きなしの直球勝負。だから一緒にいて安心する。

「明日は飯行ける?」

「…まあ、明日なら」

「じゃ、決まり。香坂のお友達がバイトしてるお店あるじゃん?あそこ雰囲気もいいし美味しそうだしそこ行こう。八時に集合な」

「……男で飯食うのに雰囲気とかあるか?」

「た、たまにはいいじゃん!食ってみたかったんだよ」

「はあ……」

なら彼女を誘って行けばいいのに、なんだって俺が。
面倒だなとも思うが、バイト中の楓をじっくり見るのも楽しいのでよしとしよう。

「八時な、八時。忘れるなよー」

友人は席を立ちながら念を押すようにし、わかったわかったと追い払った。
スマホを取り出し楓からのラインに返信する。
『夕飯なに食いたい?』
『丼もの』
『了解』
おかしなスタンプも一緒に送られてきて、自然と笑みが浮かぶ。
味気ない学食の飯には飽き飽きするが、どうせ楓の料理以外は全部同じだ。
毎日楓のご飯が食べたい。
それは些細な願いなのに、とてつもなく大きな我儘にも感じた。


腕時計で時間を確認する。
友人に言われた八時は十五分前に回ってしまった。
一度家に帰って眠ったのが悪かった。
先に入ってるからゆっくり来いよと言われ、心の広い友人に感謝した。
欠伸をしながら歩き、店の扉を開ける。
すぐに楓の姿を探し、接客中の彼を視界の端に映す。

「あ、きた。おーい」

然程広くない店内で友人がぶんぶん手を振る。
遅れて悪い。言おうとした言葉を呑み込んだ。
友人の隣と、向かいの席には知らない女性が座っている。
やられた。
扉の前で突っ立っていると友人が近付き、小さく拝み手をした。

「おい、どういうことだ」

「頼まれちゃってさー。同じ大学の子なんだけどわかる?香坂と話してみたいんだって」

「話してみたいってそんなの――」

「香坂くーん」

肩までの髪をふんわり内側に巻いた女性が手招きするようにし、友人がぐいぐい腕を引いた。
ここで去るのは簡単だが、この友人の面子もある。
あちらを立てればこちらが立たぬ、双方立てれば身が立たぬ。
こっそり溜め息を吐き、一杯だけ飲んだら帰ろうと決めた。
楓には予め今日行くことを告げていたし、後で事情を説明すれば信じてくれるだろう。
なにより浮気するつもりなら楓の店は選ばないのだから。
席に座るとお冷を持った楓にぎっちり肩を掴まれた。

「いらっしゃいませ」

笑顔が怖い。

「香坂の後輩君だ!おすすめ教えてください!」

「なんでも美味いですよ。でも女性もいるしさっぱりした物のほうがいいかもしれませんね。香坂詳しいだろ。選んでやれよ。な、香坂」

「……はい」

「んじゃとりあえずビール四つください」

「かしこまりました」

最後にぽんぽんと肩を叩かれ背中を視線で追うと怒ってますオーラが伝わってくる。
楓は独占欲が強い。
自分だからではなく元々そういう性格。蓮のときもそうだった。
自分に非がない状態でのご機嫌とりなんて果てしなく面倒くさい。
面倒くさいがここでほったらかしにするともっと面倒くさいことになる。
だから信頼に値する人間以外はいらないというのだ。
仁や拓海ならこんな真似はしない。
テーブルを蹴飛ばして退席したいのを堪え、自分も大人になったもんだと実感する。
メニューを広げ、ああだ、こうだと相談する彼らの会話には参加しなかった。
ビールを運んでくれたのは他の女性店員で、助かったような、ますます窮地に立たされたような。

「香坂君久しぶりですね」

「ですね」

「最近忙しかったんですか?」

「俺はそうでもないけど友達が忙しかったからなかなか来れなくて」

「そうだったんですかー。またちょこちょこ来てくださいよ。みんな喜ぶから」

にこやかな会話は飽くまでも楓のバイト仲間には愛想を振りまいたほうが彼のためになると判断したからであって。
楓はぶうぶう文句を言うけれど。
とりあえず乾杯し、運ばれてくる料理をつまみ、なるべく会話には参加せず明後日の方向を眺めた。

「香坂君って意外と無口なんだね」

そんなことはないが曖昧に頷くにとどめた。
あー、早く帰りたい。

「もしかして彼女さんに気遣ってる?」

するりと腕に触れられそっとその手をとって元の場所に戻した。
感じが悪くならぬよう、笑顔のオプションつきだ。ありがたく思え。

「どっかの誰かさんにはめられたからあとでご機嫌とりしなきゃなんねえんだよなあ」

友人に向かって言うと、ごめんってーとあっけらかんと謝罪され、舌打ちしたいのを堪えた。

「彼女さん他の女と話すのも嫌って言うの?」

「言わないよ。でも誤解されるようなことは俺がしたくない」

「香坂こう見えて一途なんだよなー。彼女一筋」

「はいはい、一筋です」

「彼女さんが羨ましいなー」

テーブルから身を乗り出すように上目遣いで言われ、笑顔で応えた。
出る杭は打つ。面倒事に巻き込まれぬよう、彼女一筋、一途な男を演じて牽制すればすぐ他に興味を移すだろう。
申し訳ないがチヤホヤされることに慣れすぎて手練手管は通用しない。
顰蹙を買うので口には出さないけど。

「ねえ、彼女さんどんな人?」

「あ、俺も聞きたい。香坂全然話してくれねえし、会わせてもくれねえし、人に言えない相手なんじゃねえかって言われてんぞ。人妻とか」

「アホか」

「じゃあ教えて?」

「特別人に言うようなことはないって」

「じゃあ歳は?」

「…一つ下」

「てことは、香坂大学一年のとき女子高生とおつきあい?ちょっと犯罪くさいな」

「うるせえ」

「顔は?」

「普通」

「じゃあすごく性格がいいとか?」

「普通に」

「うーん、全然見えてこない。何かないの?彼女さんのここが好きっていうの」

顔も性格もひっくるめて好きだが、友人たちを納得させるためあれこれ考えた。
早くこの話題を終わらせたい。

「あ、料理がめちゃくちゃ美味い」

「料理かー!それは惚れるわ!」

「和洋中どれ?」

「言えばなんでも作れる」

「香坂君は家庭的な子が好きなの?」

「別に。たまたまそうだっただけで…」

言いかけた口を閉じた。
前時代的な男だと印象付けたほうがいいのではないか。
香坂君って時代錯誤。男尊女卑丸出しの昭和脳なのよ。なんて噂されれば話したいなど言う女もいなくなるだろう。

「……いや、そういう子が好きかも。俺自分でなにもしないから世話してくれる子じゃないと無理かな」

「亭主関白的な?」

「そう」

どうだ。思い切り引け。理想と違うと落胆しろ。
そう思ったのに、彼女たちはふんわり笑うだけだった。

「まあ、香坂君ならそれでも許せるよね」

なんでだよ。最悪だろ。結婚したら地獄を見るぞ。
結婚相手を探しているわけではないのであまりマイナスポイントにはならなかったらしい。
腕時計をちらっと見て、そろそろいいかと思ったとき、ポケットに入れていた携帯が鳴った。
京からのラインを確認し、あ、と呟く。

「…悪い、弟来るの忘れてたわ。俺行かなきゃ」

「香坂君弟いるんだー。いくつ?」

「高三」

「似てる?」

「あんま似てねえな」

財布から金をとりだし友人に押し付けた。
それじゃあと席を立ち、楓を探したがキッチンにいるようで顔も見れなかった。
店を出て、京に電話をするためスマホを操作するとぽんと背中を叩かれる。
振り返ると笑顔の楓がおり、それ以上の笑顔を作った。

「香坂くーん」

「やましいことはありませーん」

ホールドアップすると、楓に胸倉を引き寄せられ耳元で囁かれた。

「今日行くからいい子で待ってろよ」

ぱっと手が離れ、楓は答えを待たず仕事に戻ってしまった。
まあ、いいかとスマホを耳に寄せ京に電話をかける。
マンションに戻るとエントランス前に京が立っていた。

「鳥頭かよ。今日行くって連絡しただろ」

「誰かさんと違って忙しくて」

「俺だって忙しい。母さんに頼まれなきゃわざわざ来るかよ」

「はいはい。なに。ちゃんと生活してるか偵察に行けって言われた?」

「その通り」

部屋の扉を開け、中に招き入れる。
ソファにどさっと座った弟の脚を蹴りながら端に座れと言った。

「思ったより部屋がひどくない」

「片付けくらいできる」

「楓さんにやらせてんじゃねえの?」

「自分でやってるわ。楓は掃除が苦手なんだよ」

「へえ、意外」

「掃除、片付けは薫の仕事だったから慣れないんだと」

「ああ、あれは几帳面な神経質だしわからなくもない」

「あれ呼ばわり。薫にぶっ飛ばされんぞ」

ありがたい忠告をしたつもりが、弟は勝ち誇ったような笑みを見せた。
ますます可愛げがなくなって兄弟の役割や立場も曖昧になってきた。
幼い頃はお兄ちゃん、お兄ちゃんと後を追っかけてきたのに。あのときの京はどこへ行ってしまったのだろう。

「お前今日泊まんの」

「その予定」

「じゃあ風呂掃除な」

「普通客はもてなされるもんだろ」

「お前は客じゃねえだろ。わかったら行け。下僕一号」

「兄貴のその性格いつになったら直んだよ」

後頭部をがりがり掻きながら文句を言われ、性格が直ったとしてもお前は一生俺の下僕だと心の中で舌を出す。
お互い風呂を済ませ、コーヒーを淹れるためキッチンでお湯を沸かしていると玄関が騒がしくなった。

「香坂ー!お前のかわいい楓が帰ってきたぞ!今日は搾り取ってやるから覚悟しろ、よ……」

リビングダイニングの扉を開けた楓が真っ先に対面したのは京だ。
京はペットボトルを握ったまま硬直し、数秒楓と見つめ合ったあと久しぶり…とぎこちない笑みを浮かべた。

「……帰ります」

「待て待て。今来たばっかりだろ」

キッチンから手を伸ばし楓の腕を掴んだ。

「搾り取るなら俺実家帰るから大丈夫だよ」

「あー!死ぬ!」

「こんなことで死ぬな」

「穴掘って。入るから」

「穴に入るのは俺だろ」

「最低な下ネタやめろ」

恥ずかしい、最悪、死にたいを連呼する楓の肩を抑えた。
京が手早く身支度し、それじゃあとリビングの扉を閉める。
物分かりのいい弟で助かった。
目つきが悪く、愛想もかわいげもない弟だが楓には絶対服従の精神はまだ生きているらしい。

「京がいるなら先に言えよー」

めそめそ顔面を両手で覆う楓を促しながらソファに座る。

「話す暇与えなかったじゃん」

「ラインいれとけ!」

「忘れてた」

「お前は……」

「いたのが綾じゃなくてよかったな」

「やめろ。考えただけでぞっとする」

楓は両腕を摩り、大きく溜め息を吐いた。
笑いながら髪を耳にかけてやると、で?さっきのあれはなんだ?と凄まれた。

「俺は悪くありませーん」

「まあ、大方予想はできるけど」

「不可抗力だし、俺の恋人かわいいんです、他は目に入らないんですってアピっといたから大丈夫」

「あっそ」

じっとり陰湿な視線に参ったなと思う。
今日のご機嫌とりは長引きそうだ。溜め息を呑み込み、さらり、さらりと髪を撫でる。

「香坂のモテ期はいつ終わるんだろ…」

楓は不安そうに瞳を揺らしながら呟いた。
きょとんとし、なにを言っているのだろうと思う。

「俺にモテ期なんてないけど」

「は?喧嘩売ってんのか」

「だって生まれたときからこの状況だし、モテるのが普通というか。だから色仕掛けには靡かないし、つまみ食いしたいとも思わない」

「あーそう!くっそむかつく!」

「俺は主食だけで満足できる男だ。お手軽だろ?」

「俺は米か!」

「そう。ないと生きていけない」

だから怒るな。
楓の肩を引き寄せると、丸め込まれた気がするとぶうぶう文句を続けた。

「ま、いいか。こんなのは想定の範囲内。香坂が他で腰振れないくらい俺とすればいいだけだもんな」

すっと立ち上がり風呂入ると去った背中を眺め、くっくと笑った。
そういうところがたまらないのだけど。
思慮に浅く、思考が単純で薫に言わせれば単細胞。
だけど少し馬鹿なところがどうしようもなく愛おしい。
言葉にしても伝わるのは僅かばかり。
楓はいつも男だし、胸ないし、そのうち興味なくなるんだ、なんて拗ねるけど、ころころ変わる表情や笑顔が他に目移りする隙を与えない。
楓のことになると馬鹿になると友人には揶揄されるが、あながち間違ってないのだろう。
楓以上に心を掴まれる人間がこの先現れるとどうしても思えない。
だからあまり心配するなと何度も言っているのに。

「香坂君」

背後からするりと腕を回され振り返った。

「今日はなんでもしてやるぞ。手で?口で?場所は?望みを言ってみろ。すべて叶えてやる!」

名前も知らない女と張り合おうとするなんて、本当に馬鹿でかわいい。

「ああ、搾り取ってくれるんだっけ?」

「そう。俺にしか腰振れないように」

「こんなにいい子にしてるのに疑われるなんて心外だ」

「保険だよ、保険」

「保険ねえ……」

お前のほうこそ大丈夫かと言いたい。
初めの頃は痛みや苦しみが僅かに混じる行為だったのに、今ではすっかり開発され、前より後ろでイくほうが気持ちいいとあっけらかんと言うだろう。
元々楓は性に奔放で好奇心も強かった。男同士なのでそれは理解できる。
だけどトップもしていたのだし、たまにはそっちもやりたいから他で見繕うと言い出さないか心配だ。

「おら、言ってみろ」

「ほーん、明日学校休むことになっても知らねえぞ」

「馬鹿にすんな。美容学生はな、体力だけは人一倍あんだよ」

煽っても楓にいいことなど一つもないのに。だから馬鹿だと言われるのに。

「じゃあ、そうだな、上に乗って」

「騎乗位?いいよ。好きだし」

「そうじゃなくて」

楓の腕をとり寝室へ移動する。
枕を数個重ね、そこに首から頭を預け、ここに跨ってと自分の顔を指さした。

「は!?い、いやだ」

「望みはすべて叶えてくれるんだろ」

「で、でも、そんなの無理だ」

「恥ずかしい?」

「それもあるけど……」

Tシャツの裾をもじもじいじる楓を促す。

「……俺香坂の顔がめちゃくちゃ好きだから顔に跨るなんてできない。なんで自分の宝物を自分で汚さなきゃなんねえの!?」

予想の斜め上の回答に虚を突かれる。
イケメンはいいですねー、なんて嫌味を言われることは多々あれど、この顔が好きとは知らなかった。

「へえ…顔ねえ。顔が好きなんだ」

「違う違う。顔"も"」

「……割合的にどれくらい顔が占めんの」

「そうだなー…七割くらい?」

「それほとんどじゃん」

顔は武器だと思う。
第一印象は見た目が五十五パーセントを占めるなんて言われる。
だから今までこの顔に生んでくれた両親に感謝してきた。
けど恋人に七割は顔ですなんて言われたら腹立つ。
こちとら見た目も性格も、ともすれば欠点もひっくるめて好きだと深い愛を注いでいたのに。

「いやー、香坂にむかつくこともたくさんあるけど、その顔にいつも負けるんだよなー」

「あー、そう。わかった。さっさと乗れ」

ズボンと下着だけ脱がせ、腰をがっちり掴んで、ぱかっと口を開けた。

「ほら」

「う、いや、やっぱ無理…」

恥じらいながら顔を腕を隠すようにしたので、その腕をとった。
まだなんの反応もない楓の中心を握り、少し扱いでやると眉を八の字にして譫言のように喘ぎを口から漏らす。
楓は快感に滅法弱いので、頭を真っ白にさせればなんでも言うことを聞いてくれる。はず。

「昨日もしたのにな」

目の前でたらたら涎を垂らすそれを見ながらふっと笑った。

「だ、だって若いし」

「若いから?それとも楓がすけべだから?」

「ど、どっちも」

そこは違うと言うところだろ。
かくんと肩から力が抜けそうになる。

「そろそろ舐めてほしくないか?」

「う、ほしい」

「じゃあ自分でいれて」

「う、え、なんで、俺が、こんなこと……俺がしてやりたかったのに」

理性と欲望を天秤にかけながらも、そろそろと腰を寄せるのを止められない様子に笑みが浮かぶ。
そうやってすぐ俺に負けるからいいようにされるんだ。
楓の先端をぱくっと口にし、背後から温めたローションを指に絡めて後孔に突っ込んだ。

「っ、あ!」

「やわらかい」

「しゃべ、んな」

昨日もしたし、風呂でも準備したのだろう。
そうでなくとも自慰するとき後ろもいじってるのを知ってる。楓は必死に隠しているけど。
楓の身体のことなら本人よりも詳しくなった。
壁を押し上げるように指をくの字にすると大きく背中を反らして高い声で鳴いた。

「い、いやだ。一緒にすんな」

「なんで」

「どっちでイけばいいのかわかんなくなる!」

どっちというのは射精するか、ドライで達するか。
後ろを弄られると出さずに果てる身体にしてしまったのは申し訳ないと思うけど、本人曰く射精するよりずっといいのだとか。
香坂にも教えてあげたいというのを結構ですと突っぱね続けている。

「どっちでイきたい」

「あ、わ、わかんな……」

「じゃあ一旦抜いてやる」

男の矜持もあるし、射精させたほうがいいだろう。
気を回したつもりだたが、指を引き抜くと楓は残念そうに眉を寄せた。
そういう顔はやめてほしい。僅かな加虐心が頭をもたげる。
口淫を深くし、自ら腰を振るのをかわいいなあと眺めていると口に出され、この野郎とむかついてそのまま口移しで楓に渡した。

「ん、んー!まっずい!」

「出すなら出すって一言言えよ」

「間に合わなかった」

てへ、と笑った顔に更にいらっとし、体勢を変え脚を割り開いた。

「自分で膝持て」

「え、も、もう挿れるの」

「だって後ろしてほしいだろ」

「俺まだ香坂の舐めてない…」

「舐めたかった?」

「そんなことないけど!」

「どうせ一回で終わらねえんだ。あとにとっとけよ」

「…それもそうだな」

わかったと了承され、この子こんなに馬鹿で大丈夫かなと心配になる。
悪い商売に簡単に引っかかるタイプだ。
自分で誘導しておいてなんだが、説教はあとでするとして、屹立したものをするっと谷間に滑らせた。

「あ、早くしろ」

「挿れてほしい?」

「こ、香坂がそうするって言った!」

「どーしようかなー」

「またそうやって…!」

「顔が七割って言われたしなー。俺はお前の困った性格も全部好きなのに」

「ち、違う。照れ隠しでそう言っただけで……」

完全に目が泳いでいる。相変わらず嘘をつくのが下手だ。

「もし明日顔を火傷してぐちゃぐちゃになったら楓は俺を捨てるんだな。三割しか残んねえもんな」

「捨てない!」

「残りの七割なくなるのに?」

「う……ぜ、全部好きです。だから早く」

「じゃあ一つずつ好きなとこ言ってみようか。一個言うごとに少しずつ挿れてやる」

「なんで今日はそんなに意地悪すんだよ!」

「好きにしていいんだろ?さっさと言え」

楓は唇を噛み締めながら困ったように眉を寄せ、口を開けては閉じを繰り返した。

「…や、優しいとこ?」

「疑問形、やり直し」

Tシャツの裾をたくし上げ、ぎゅっと乳首を抓んだ。

「あ!優しい、ところ…!」

「優しい?俺が?」

こくこくと必死に頷く表情を眺め、抓んだ乳首を舌先で転がす。

「い、いれるって言ったのに」

「挿れるよ。ほら、次」

「……えっと、誠実なとこ…」

「うん。次」

萎えた中心を再び握り、早くしろと促す。

「触んな!」

「なんで」

「か、考え、られなくなる」

「考えないと出てこない?」

「違う!違うけど……」

ああ、このままでは泣かせてしまう。
触れるだけのキスをして、聞かせてとかわいく強請れば楓も素直に頷いた。ちょろい。

「セ、セックスが巧い」

「うん。でも、」

先端を後孔に押し込めると楓が喉を晒した。

「俺が巧いんじゃなくて相性がいいっていうんだよ」

「う、あ、じゃ、じゃあ、他の人じゃ、ここまで気持ちよくならない…?」

「そう。だから他の奴に脚開こうなんて思うなよ」

「俺はっ、香坂だから、下でもいいと思って…」

「そうだな」

また少し中に進み、楓の顔がじわじわ崩れていくのを上から眺めた。
浅い場所を軽く前後に抽挿する。

「っ、あ、あ!」

きつく寄る眉、半開きにした口、紅潮した頬、いつもより高い声。
何度見ても飽きないから困る。

「あとは?」

「あ、あとは、あとは……」

舌足らずになる様子がかわいい。

「安心、する。一緒にいると」

「うん」

「ご、ご飯、美味しいって言ってくれる」

「本当に美味いから」

言葉にされるたび、少しずつ、少しずつ閉じた壁をこじ開けるように進んだ。

「嫌なこと、あっても、香坂がいると、がんばれるっ」

「そうだな」

「あ、もう、無理。ちゃんと、しろよぉ」

ぐずぐずに溶けそうな瞳にじんわり涙が浮かんだので、そろそろ許そうと一気に腰を打ち付けた。

「っ、ひ、あ――」

「気持ちいい?」

「いい、いい――」

楓は何度も繰り返し、助けを求めるようにふらふらと腕を伸ばした。
ぎゅっと指を絡めて手を握り、首筋を舐める。

「今度は出さないでイこうな」

「うん、うん」

すぐぐずぐずになるのはとてもかわいらしいけれど、快感に弱すぎてはらはらする。
俺じゃなかったらもっとひどくされるぞ。
自分以外が楓をどうこうするなんて、考えただけで頭に血が上る。
もしかしたら別れるかもしれないし、そうしたら楓は女性とつきあうだろう。
だからあまり身体を作り替えるのはかわいそうだと思う。
このままじゃ、抱ける身体じゃなくなってしまう。
わかっているのに手加減できない。
本当は理由なんて顔でも身体でもいい。楓が離れ難いなにかがあるなら。
どうしても手放せないんだ。
背中をきつく抱きしめると、耳元で小さく名前を呼ばれた。



「飯ー!」

耳たぶをぎゅっと引っ張られはっと目を覚ます。

「温かいうちに食え!」

「……何時」

「七時。俺八時には出なきゃなんないからさっさと起きろ」

両腕を引っ張られ、無理に上半身を起こされる。
昨日さんざんやったのに、楓の底抜けの体力には負ける。
ふらふらリビングまで歩き、広がった光景にぼんやりした。
朝の柔らかい光り、僅かにあけた窓から木蓮の香り、テーブルの上に並べられた完璧な朝食、キッチンでコーヒーを淹れる楓の姿。
世界のすべてがこの小さな部屋のなかに揃っている。
楓を背後から抱き締め、腰をさするようにした。

「辛くないの」

「慣れましたよ」

「飯、美味そう」

「美味いから早く食え」

にかっと笑う顔がやけに眩しくて、目を細めながら触れるだけのキスをした。
向かい合っていただきますと手を合わせる瞬間がとても好きだ。
毎日こうして朝を迎えたい。
その願いが叶うのはいつになるのか、そもそも叶うのかわからないが、昨日楓は言った。香坂の望みはすべて叶えてやると。
だから今はそれを信じて少し先の未来に期待しようと思う。


END

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