京×薫
一年のうちで一番寒さがこたえる季節。
立春を二月にしたのは誰なのか。春が始まった気配はまったくないし、むしろどんどん寒くなっている気がする。
マフラーを鼻先まで押し上げ、肩を強張らせながら教室に入った。
「おはよ」
「おはよう」
白石は朝から快活な笑顔を見せ、おまけにシャツの釦も二つ外している。
見ているこっちが寒くなると嫌味をいえば、朝練で身体が温まってるし、筋肉があるほうが寒さに強いのだと嫌味で返された。
教室が騒がしいのは毎日のことだが、今日は特にざわついているように感じる。浮足立っているといったほうが正しいだろうか。
「……今日ってなんかあったっけ?」
「なんかって?」
「みんなうきうきしてない?」
「……ああ、バレンタインだからだろ」
「なるほど」
男子校でバレンタインなどまったく意味のない行事だ。
下駄箱に差出人不明の手紙が入っているわけもなし、呼び出されて校舎裏でチョコレートをもらうでもなし。
逆にこの学校でそんな事態がおこったら背中が凍るやつのほうが多いだろう。
「男子校なのにバレンタインにはしゃぐんだね」
「他校の彼女とか、いい感じの子からもらうとか?」
「ふうん」
「月島はそんな予定なしか」
「あるわけないじゃん。白石はありそうだけどな」
「俺もないよ」
さらりとかわし、微笑してみせる顔をじっとり眺めた。
白石は部活で他校に出入りする機会も多く、それなりに女性と接することもあると聞く。
秘かに想いを寄せる子がいてもおかしくない。
本人は中学の頃つきあっていた彼女と別れてからは寂しい独り身だとおどけたように言うけれど。
「最近は男からもチョコとかプレゼントとかあげるんだって」
「へえ。海外だと男性からあげるほうが多いみたいだしね」
チョコレートと一緒に告白しようなんて、企業策略に乗せられて馬鹿みたいだ。
そもそもヴァレンタイン司祭が処刑された日だぞ。
神に殉じる司祭なら最後まで人々の幸福を願ったのかもしれないが、自分なら世界を恨んで死ぬ。
恋人たちよ健やかなれなんて思えないし、全員別れちまえと唾を吐く。
勝手に恋人たちの日にされた司祭がかわいそうだ。
自分の処刑日がラブラブハッピーな日になったら二度死にたくなる。
そうやって斜め上から物事を見るからかわいげないだの、皮肉屋だの、根性曲がりだのいわれるのだ。
自分も世の中と同じようにイベントを心から楽しめる性格ならよかった。
楽しんだところでモテない人間には辛いだけだけど。
だから自分のような人間には関係のない出来事なのだ。
関係のない出来事、だったはずなのだ。
学校が終わり週末の食糧調達にコンビニに寄った。
店内は企業戦略に乗っかり、赤やピンクの安っぽい装飾の下に特設コーナーが設けられ、チョコレートがずらりと並んでいた。
東城の生徒が客の大半を占めるこのコンビニでチョコレートを売っても意味がないのではと思ったが、寂しい男子校でもバレンタインの雰囲気を味わうためか、教室内で個別梱包されたチョコが宙を舞っていた。みんな冗談交じりで買ったのかもしれない。
特設コーナーから目を逸らし、カゴにパンを放り込む。
そうだ。机に常備していたチョコがなくなりそうだった。
大袋を手にとり、こんな日に買ったら店員さんに誤解されるのではと思う。
棚に戻し、いやでも、他に気軽に食べられる甘いものなんて思い浮かばないしとまた手にとりを繰り返した。
店員さんもいちいち気にしてないと思うが、突き抜けるプライドが邪魔して踏ん切りがつかない。
結局チョコはやめ、グミを手にとった。
レジに行く途中、コンビニスイーツとよばれる陳列棚をみると、春らしい彩のマカロンが透明ケースにおさまっていた。
ころんと二つ並んだホワイトとグリーン。
女性が好んで食べると聞いたことがある。甘いのだろうか。食感はどんな風だろう。
柔らかいのか、さくさくしているのか。
ぼんやり眺めているうちに、香坂を思い出した。
彼の銀色の髪はバニラ味とかいてるホワイトのマカロンのようだ。
気付いたときには透明ケースを手にとっていた。
馬鹿馬鹿しいと思う。
思うけど戻せない。
レジ前で不審な動きを続けたせいで、店員さんの視線を感じた。
慌ててカゴに入れ、俯きがちに会計をすませた。
部屋に戻って後悔の嵐で、袋からとりだしなにやってんだかと溜め息をはいた。
使用者不在の隣のベッドを眺め、次に綺麗なマカロンを見て、もう一度深く溜め息。
バレンタインなんてくだらない。
イベントに後押しされないと告白の一つもできないのか。
そうやって見下していた連中と同じ思考回路だ。
無理矢理なにかと香坂を結び付け、不在がちな彼をそばに置いた気になる。
これが乙女脳かと思い知り、がっくりこうべを垂らした。
秀才だ、神童だと持て囃された自分がはるか彼方に散るイメージがわく。
頭がよくても悪くても恋は一律で人を馬鹿にさせる。
こんなんじゃだめだ。
気持ちの悪い能無しになる。
マカロンを机の端に押しやり、慌てて教科書を開いた。
考えるのは止そう。なにかで頭をいっぱいにして、少し落ち着かせよう。
香坂のせいじゃない。マカロン自体に興味があったのだ。
そうだ。だから彼は関係なくて、探求心の果ての結果だ。そうだ、そうだ。
決められた公式を使って、決められた解き順をなぞって、一心不乱にノートを埋めた。
最後のほうなんて自分でも数字が読めない。
でもおかげでだいぶ冷静になれた。
背もたれに体重を預け、天井を眺めながら疲れたと呟いた。
窓の外はとっぷり暗く、いつの間にか学食が閉まるぎりぎりの時間になっていた。
急いで夕飯をとり部屋に戻ったが、香坂はまだ帰っていないらしい。
ベッドに大の字になり、もしかして彼女できたのかなと考える。
それか、彼に好意を持った女性に誘われたとか。
そういった話しはしないから、彼が今フリーかどうかもわからない。
楓ちゃんを見る目は相変わらず温かく、慈愛に満ちていて、それならまだ楓ちゃんを好きなのだと思っていたが、吹っ切るために恋人を作ってもおかしくない。
気持ちの大きさが同じでなくとも、なんなら別に好きじゃなくても彼女はつくれる。
それを不潔だとか、不誠実だと責める気にはならない。
辛い片想いと失恋から立ち直るためなら仕方がないと思う。
それに、つきあってから好きになることだってあるのだし、女性にとっても希望があるなら悪いはなしではない。
どんな子だろう。綺麗系かな、かわいい系かな。
背は高いのかな、小さいのかな。
どんな声で彼を呼び、どんな風に愛してもらうのだろう。
そうと決まったわけではないのに勝手にいろいろ想像し、その分しっかりダメージとなって自分に返ってくる。
こんなことでめそめそしてられない。
香坂と気持ちが通じることはない。
いつかは香坂に彼女ができたんだって、と噂話で聞く破目になる。
そのとき会話をする関係かどうかは知らないが、よかったねと笑わなければ。
だからこんな感情はゴミ箱に放り込み、さっさと切り替えて以前の月島薫に戻らなければ。
勢いをつけて上半身を起こすと、鍵を開ける音が聞こえた。
慌ててベッドから飛び起き、椅子に座る。
机の端っこに寄せていたマカロンが目に入り、意味もなくベッドの中に隠した。
「……お、おかえり」
「ただいま」
鞄を放り投げる乱暴な素振りの次には彼が制服を脱ぐ衣擦れの音がし、微かに甘い香りが鼻腔を抜けた。
「チョコ?」
咄嗟に口にしてから後悔した。
「…よくわかったな」
聞きたくないし、言わないでほしい。
自分が逞しい妄想力で考えたあれこれが現実だったと知り、壁に身体がめり込みそうだ。
ペンを握ったまま項垂れると、視界にことんと小ぶりの箱が置かれた。
「……なにこれ」
「楓さんからお前に」
「楓ちゃん……?」
意味がわからず箱を持って彼を見上げた。
「楓さんの手作り」
「……作ったの?楓ちゃんが?」
料理は得意だが、お菓子の類はあまり作っている姿は見なかった。
ましてやチョコレートなんて。
「兄貴が手作りじゃないと嫌だって駄々こねたらしい」
「…なんでそれを君がもってるの?」
「お前の家に一緒に行って試食役してきた」
ぽかんと口を開けたまま数秒固まった。
「な、なんで君が?」
「試食してやろうかって言ったらじゃあお願いするって言われたから」
そんなことがあっていいのだろうか。
恋敵のために試食役を引き受けるなんてこいつは馬鹿だ。
甘いものだってそんなに得意じゃないくせに。
辛さより、どんな形でもいいから楓ちゃんのそばにいたいとか、役に立ちたいという気持ちが勝るのだろうか。
楓ちゃんも楓ちゃんだ。
香坂の気持ちに応えられないくせにかわいがって、挙句香坂さんとの仲を見せつけて。
薄い灰色の渦がもやもやと胸をいっぱいにする。
それは次第に黒く濃くなって、処刑されたわけじゃないのに全人類を憎みたくなる。
「食わないのか?」
俯く顔を覗き込まれ、はっと顔を上げた。
「……今はいいや」
「珍しいな。甘いの好きだろ?」
「好きだけど……」
「ちゃんと美味しかったぞ」
机に手をつき勢いをつけて椅子から立ち上がった。
「ちょっと楓ちゃんのところ行ってくる!」
踵を返すと後ろから腕を引かれた。
「今兄貴と一緒だから」
「……馬鹿じゃないの」
ぎりっと奥歯を噛み、唸るような声が漏れる。
「君は愛他主義じゃないだろ!」
「…なに怒ってんだよ」
「そりゃ怒るよ!だって理不尽だし、不公平だし、君は……」
言いながら肩を落とした。
馬鹿は自分だ。
彼と楓ちゃんの問題で、自分がでしゃばる場面じゃない。
香坂を好きという一方的な理由でいちゃもんをつけるなんて鬱陶しい。
わかってるけど、彼はそんな風に扱われていい人間じゃないんだ。
僕が好きになった人間は、もっともっと、彼が好きでたまらない人に大事にしてもらうべきなんだ。
尊厳を損ねたり、辛い想いをしたり、泥水を啜りながら楓ちゃんのそばにいるべきじゃない。
「……悔しい」
「なにが」
「口出しできない立場が悔しい!」
「意味がわからん。とりあえず落ち着け。嫌なことあったのか?」
「君のせいだよ!」
「俺?なんかした?」
「……してない」
「…馬鹿にもわかるように話してくれ」
「嫌だ」
どこにもぶつけられない感情は、自分で咀嚼し、無理にでも納得させて処理済みの箱に放り込むしかない。
それはひどく苦痛な作業で、毎度毎度精神が擦り切れそうになる。
だけどしょうがないんだ。世の中そうやってしょうがないで済ませなければいけないことは山ほどある。
いちいち小石に躓いてられない。
彼だってそうだ。しょうがないと決めつけ、たくさんの我慢をしながら楓ちゃんのそばにいる。
他人の感情はどうにもならないし、自分ができることはない。
それがとても悔しい。
「泣く?」
「泣かないよ!」
ぎゅうっと握っていた拳を彼の掌に乗せられた。
緊張した指をほぐすように一本一本、開かされる。
次に肩から二の腕をさすられ、最後に頬を指の背でなでられた。
「落ち着いた?」
「……うん」
「じゃあなにが理不尽で不公平なのか話せ」
ベッドに誘導され、腰掛けると隣に香坂も座った。
俯くと真っ黒なカーテンができ、せめて彼から顔を隠してくれる。
「……だって、香坂さんにあげるものを君に試すなんておかしい」
太ももの上に置いた指をいじりながらぼそぼそと言った。
「なんで」
「だ、だって、楓ちゃんは君の気持ちを知ってるのに、そんなのひどいと思う」
「俺がそうしろって言ったんだ」
「そうかもしれないけど……」
「楓さんは悪くないよ」
どこまでいっても自分が悪い、楓ちゃんは悪くないと言い張るのか。
恋心を背中に隠して弟ポジションを演じて、そんなの辛くないわけがない。
楓ちゃんは馬鹿だけど、人の気持ちを考えられる。それくらい簡単に想像できるはずなのに、香坂に甘えて。
楓ちゃんは香坂にひどいことを言うな、相手の気持ちを考えろと説教するけれど、楓ちゃんのほうがよっぽどひどい。
笑顔で香坂の心をずたずたに切り裂いている。
「……馬鹿ばっか」
自分も含め。
「俺がかわいそうで怒ったの?」
「か、かわいそうっていうか……」
「…楓さんのことは、もうなんとも思ってない」
「嘘つかなくていいよ」
「嘘じゃない。好きだけど、前の好きとは違う」
きっぱりと言い切った彼に視線を移した。
嘘をついているようには見えないが、心の中すべてがわかるほど人の機微に聡くない。
「本当?」
「ほんと」
「……どうやったら忘れられるの」
「忘れたい人でもいんの?」
「ぼ、僕のことはいいんだよ!」
「人それぞれじゃねえの。他に好きな人ができるとか、時間が経ったら自然と忘れられるとか」
「……君は他に好きな人ができたの?」
「さあ、どうだろうな」
すいと視線を逸らされ、それが答えのように感じた。
そうか、他に好きな人が。
相手が楓ちゃんでも、他の女の子でも自分にとってはなにも変わらない。
香坂は別の誰かに愛を囁き、幸福に満ちるのを後ろのほうで泣きながら眺め、そうやっていつか自分も別の誰かを好きになる。
容易く想像できる未来予想図なのに、今はこの苦しみが永遠に続くような錯覚に陥る。
この先何十年、一生香坂を好きなわけないのに、そんな時期もあったと笑える自分はまったく想像できない。
あと数ヵ月我慢して、部屋が別々になれば自然と話す機会も顔を合わせる機会もなくなって、そうしたら時間が解決するのだろうか。
もう喉まで詰め込まれた"苦しい"に身体が支配され、吐き出して楽になりたいと思う。
だけどこんな告白をぶちまけたら部屋替えまで気まずい想いをさせてしまう。
寝食を共にした同室者からそんな目で見られていたと知れば少なからずショックだろうし、だけど優しい彼は表立って拒絶はしない。
自分が楽になりたいからって彼を道連れにするのはだめだ。
秘めておかなければいけない気持ちは必ずある。
あれがほしい、これがほしいと駄々をこねる子どもじゃない。分別くらいはある。
気に食わない同室者という立ち位置で十分だ。
くたばっちまえと思われていたほうが楽だ。
期待なんてしない。希望なんていらない。
いっそのこと、とどめを刺してほしい。
「……変なこと聞いてごめん。お風呂、入ってくる」
「おい」
彼に腕を引かれ、体勢を崩してベッドにべしゃりと逆戻りした。
その衝撃でベッドの中に隠していたプラケースを潰した感触があった。
ぺこんと潰れた音は香坂にも届いていたらしく、布団を捲ってぺちゃんこになったマカロンを取り出した。
あんなに綺麗だった、春の色をした優しい丸みはぼろぼろに崩れ、まるで自分の心を見せつけられた気になった。
香坂の手によってぺしゃんこにされ、捨てるしかないゴミ。投影して自失した。
「悪い、こんなとこにお菓子あると思わなくて」
「……いいんだ」
「でも誰かにもらった物なんじゃねえの?」
「自分で買ったやつだから大丈夫…」
半分こして食べたいとか、バニラ味のマカロンが君みたいだったとか、脳内お花畑にしているからこういうことになる。
やっぱり自分には恋とか愛とか向いてない。
上手に組み立てられないから早い段階で総崩れになる。
「どこで買った?」
「…コンビニ」
「じゃあ買い直そう」
「本当に大丈夫だから。そんなの別に……」
そんなの。
既製品の大量生産された小さな菓子。
どこにでもある小さな恋。
二つ纏めて捨ててしまおう。
「そんなのじゃないだろ。食いたかったんだろ?」
「……うん」
「じゃあ買いに行こう」
「うん。でもこれじゃないとだめなんだ。買い直しとかできないんだ」
「最後の一個だった?」
「違うけど……」
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
一つずつ整理したいのに絡まった糸をほぐすくらいならぶちっと引き裂いたほうが早い気がする。
潰れたマカロンを彼からとりあげプラケースを開けた。
「これ、白いの君みたいだろ」
「……俺?」
「髪の色」
「そこまで白くない」
「うん。でも君みたいだなあと思った」
自嘲気味に笑う。
どんな食感かな。さくさくなのかな。ふわふわなのかな。
想像したけれど、優しさの象徴のような丸はひび割れ、ぱっくりと口をあけて痛々しい。
「……緑のほうは何味?」
「抹茶って書いてた」
言うと、彼はくっと笑った。
「じゃあそっちはお前みたいだな。一度飲んだら忘れられない苦みって感じ」
「どうせ僕はかわいい苺味じゃありませんよ」
とん、と肩を叩かれ、彼を見るとぽっかり口を開けていた。
「あ」
口を指さされ、粉々に割れたグリーンのマカロンの欠片を放り込んだ。
「……甘い。苦みゼロ」
「…食べなくていいのに」
「潰れただけなら味に支障はねえだろ」
「でも君、たくさん試食しただろうし、もう甘いのはいいだろ」
「だから苦いの食いたくて。甘かったけど」
香坂は白いマカロンを指につまみ、口元にもってきた。
素直に開けるとバニラ味の押し付けるような甘さが口をいっぱいにした。
「甘い」
砂糖の塊を食べているようだ。
だけど溶けてすぐなくなってしまうチョコレートより美味しく感じた。
「…気に入った?」
顔を覗き込まれ、こくんと頷くと餌付けされる雛のように次々欠片を放り込まれた。
「今度ちゃんとしたの買いに行こう。綾に聞けば美味い店教えてくれるだろ」
「一緒に行くの?」
「一緒に行くの」
「なんで?」
「俺がそうしたいから」
言いながら彼も抹茶味のマカロンをすべて平らげた。
一口食べるごとに眉間のしわが深くなるのがおかしくて、ふっと笑うと目元を指の背で数回撫でられた。
「笑った」
「君が毒を食べるみたいな顔するから」
二人で見合って小さく笑うと、彼は表情を引き締め、ぽんと肩を叩いて立ち上がった。
「風呂入るんだろ?俺は大浴場行くから」
「……うん」
ほんわかした空気が霧散し、彼は逃げるように部屋から出て行った。
もう少しだけ話していたかったなんて、希望は持たないと思った矢先にこれだ。
忘れたいけど今のままじゃ忘れられる気がしない。
毎日顔を合わせて、毎日なにかしら感情を揺さぶられる。
しんどいだけなのに心と思考は一致しない。
バレンタインが恋人の日なら、片想い中の人間にもささやかな慈悲がほしい。
例えば少しだけ嫌いになれるとか。
今となっては、彼のどこを嫌いだったのか思い出せない。
目障りだった銀色の髪も、乱暴な言葉を吐く口も、横暴な態度も、彼の優しさや誠実さを知った今は全部が愛おしい。
カードの表と裏のように、こちらの受け取り次第でくるくる回り、そのたび翻弄されるのだ。
だから向いてない。
感情の波に都度対処できるようなできた人間じゃないから。
このままじゃ波に呑まれて窒息死だ。
でも苦しいから逃げれるならそれもいいかもしれないと思った。
END
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