Kill me 4



しゃりしゃりと歯ごたえが楽しい定番アイスを頬張った。
低価格でこんなに美味しいものが食べられるのだから、長年の企業努力に感謝しなければ。
夏はこれがなければ始まらない。我が家の定番商品で、夏は一日一本平らげる。特にソーダ味が大好きで、母のお給料日に買ってもらえる高級アイスより断然こちらがお気に入りだった。
コンビニから寮につくまでに溶けてしまうので買いだめができないのが難点。
行儀が悪いとしかられるかもしれないが、寮へ帰る道すがら食べる癖がついてしまった。
頭がきんと冷えるのを感じながら、最後の一口が棒から滑り落ちないようしゃぶりついた。その時、ズボンのポケットが小さく震えた。鳴り止まないので電話と判断し取り出す。画面には潤の名前があり、慌てて電話に出た。

『真琴今どこ?』

「もう少しで寮だけど」

『早く部屋戻ってこいよ。待ってるから』

「何か用だった?」

宿題の手伝いをさせられるのだろうか?それくらいお安い御用だけど。
ぽんぽんとありえそうな用件を思い浮かべると、電話口の向こうから苦笑した雰囲気が伝わった。

『用がなきゃ来ちゃだめかよ』

「い、いや!そんなことは全然……」

こんな自分に友人がいるという事実に未だ慣れず、普通の友情の形に戸惑ってしまう。
用がなければ自分となんか誰も話さない。会いに来ない。
昔から身に染みた固定観念は一朝一夕では直らない。卑屈になる度、相手にも失礼だとわかっているのに。

『待ってるからなー』

「うん」

潤は気にしないふりをするように殊更明るい声で言った。
電話をポケットに戻し、コンビニ袋をしゃかしゃか鳴らしながら寮まで走った。友達を待たせるわけにはいかない。部屋に入れたということは蓮がいるのだろうし、退屈はしないだろうが、大事な友人には精一杯の誠意で応えたい。
自室の前で膝に両手をつき、肩で大きく息をした。運動不足を明日こそは解消するぞと意気込んでもう何年経つのだろう。今度こそ本気で運動しようと誓う。どうせ明日には忘れるのだけど。
よろよろと覚束無い足取りで自室に入ると、潤がソファの上に胡坐を掻いて蓮と談笑していた。こちらに気付き、よお、と右手を挙げる。

「遅くなってごめん」

「いや、五分も経ってないけど」

「五分か。陸上部なら一分で来れたな……」

「うわ、このクソ暑いのに走ってきたのかよ。熱中症になるから日陰を歩きなよ」

「潤が蓮みたいなこと言ってる」

「はいはい、お母さんです」

だらだらと流れる汗が鬱陶しくてきっちり結んでいたネクタイを緩めた。

「おお、真琴が不良みたいなことしてる」

蓮がおかしそうに言って、潤が呆れた声を出した。

「ネクタイ緩めただけで不良って。真琴品行方正すぎるだろ」

「いやー、この暑さに制服はきついね。サラリーマンになったら大変そうだ」

クーラーの風が当たる場所に移動し、シャツをばさばさと上下させ、風を身体に送り込む。
文明の利器は素晴らしい。クーラーの室外機のせいでますます気温が上昇してるなんて話もあるが、これを今更手放せる気はしない。

「真琴最近三上に会った?」

「会ってませんねえ。ただでさえ暑いのに更に存在が暑苦しいって邪険にされまくりですよ」

こちらは本気で困っているのに、二人は手を叩きながら笑った。三上らしいと言いながら。

「部屋に入ればクーラーがあるんだから、ちょっと暑苦しくてもいいじゃんね?てか、僕そんな暑苦しくないと思うんだけど」

「そう思ってるのは真琴だけ」

ぴしゃりと否定され肩を落とす。

「ま、それなら丁度よかった。いい物持ってきたし、一緒に三上の部屋行こうぜー」

「いいものってなに?アイス?僕も食べたい!」

「アイスよりもっと、もーっといいもの」

アイスよりもいい物?
人が入れる冷蔵庫、はクーラーと変わらないし、三上等身大人形、は本物の三上には劣る。売っていればどんなに高価でも買うけれど。
首を捻ると宥めるようににやにや笑いながら両肩を叩かれた。

「僕を信じろって」

「はあ……」

潤のことは信じているが、こういう顔をするときの彼はろくでもないことを考えてる。
短い付き合いだがそれだけはわかる。後ろで蓮もくすくす笑う。常識人で優しい蓮も、潤とつるむとただの悪戯っ子に変貌するので、潤の存在は悪と須藤先輩にみなされていると思う。

「じゃあな蓮」

「うん。また」

蓮が手を振った瞬間、潤は蓮にむけ、短く合図を送るように片目を瞑った。
ああ、これは絶対になにかあるぞ。確信したが潤に指図する度胸はないし、したところで無駄だと知っている。
潤は鼻歌を歌いながら廊下を歩き、三上の部屋の扉を乱暴に叩いた。

「いるのはわかってるぞー。居留守使ってないで今すぐ開けろー」

言いながら再度扉を叩くが中から反応はない。

「いないんじゃない?」

「いーや、絶対にいるね。三上ー!真琴にあの写真見せるからなー!」

その瞬間、中で何か物にぶつかるような音がしたかと思うと大袈裟に扉が開いた。

「ほらな。いるだろ?」

それよりもあの写真という単語が気になって三上に集中できない。

「お前さあ」

三上はうんざりしたように前髪をかき上げた。

「最初から素直に開けりゃ済むのに、三上はマジで馬鹿だねー」

軽口を言い合いながら室内に入る二人を追った。
三上はちらりとこちらを見ただけで挨拶も嬉しそうな笑顔もない。いよいよ本気で嫌われているのではないかと思う。
それよりあの写真とは一体。そこのところ詳しくお願いしたいが、三上に邪魔されそうなので後で潤を問い質そう。
対峙するソファにそれぞれ腰かけたので、自分は遠慮して潤の隣に座った。どうせ三上の隣に行っても蹴られるだけだ。

「この部屋いくらなんでも寒くね?」

潤はクーラーのリモコンをひょいと持ち上げ、設定温度を見て顔を顰めた。

「二十度って」

「寒くして毛布被るのが好きなんだよ」

「冬は寒い寒いって騒ぐくせに」

「それはそれ」

「あっそ。……あ、こんな寒いと温かいもの飲みたくなんね!」

「お前にしては気の利いたこと言うな。コーヒー淹れろ」

「やるわけないじゃん。真琴」

くいっと顎でキッチンを指され、はいはいと言いながら立ち上がった。
自分はこれくらい下僕的に扱われた方が気楽だ。
三人分のマグカップを出し、やかんを火にかけた。その間にカップにせっせとコーヒーの粉末を入れ、潤のカップには砂糖も追加した。本当は牛乳もほしいところだが生憎品切れらしい。
沸騰する手前で火を止め、カップに順番に湯を注ぐ。
ふと背後に気配を察し、振り返ると潤がにっこり笑いながら立っていた。
入れ方に注文でも入るのかと身構えると、彼はシャツのポケットから指で挟んだPTPシートをすっと取り出した。
首を捻ると音がしないよう注意しながら中身をだし、錠剤を二つに割って三上のカップに計三個分放り投げた。

「潤っ――」

なにをするのだと言いたかったが、その言葉は口を塞いだ彼の手に吸い込まれた。
しー、人差し指を唇に当てる姿があまりにも美しく、非難の言葉を忘れた。
潤はティースプーンで執拗にコーヒーを掻き回し、自分の分と三上のカップを持ち上げた。

「大丈夫だよ」

去り際に耳打ちされ、ぼんやりと緩んだ顔を引き締めた。潤に美人局をしたらさぞかし大金が手に入りそうだ。
今度はどんな悪戯をひらめいたのか心配だったが、まさか違法薬物を使うわけはないし、勿論毒殺を試みるわけもない。一種のパーティーグッツ的なお遊びなのだろう。
アイスよりいい物、とはこのことだろうか。
笑いが止まらなくなるとか、変な声になるとか、そういうものを想像し、けれど錠剤というのが気に掛かる。そんなパーティーグッツ見たことがない。

「部屋寒いから温かいうちに飲みなよ」

三上の前にカップを置くと、毛布に包まっていた蓑虫がのっそり起き上がった。
潤もソファに座り、カップを手にしたまま三上をじっと見詰めている。
三上がそれを一口飲み込むと、潤は一瞬片方の口端を持ち上げた。

「美味しい?」

「別に。インスタントに美味いも不味いもねえだろ」

「ああそ。ならいいけど」

潤がまた三上を怒らせるのではないかとはらはらしたが、意外にも彼は静かにコーヒーを飲み、三上もテレビを眺めながらカップをあおった。
三上が空のカップをことん、とテーブルに置くと潤が身を乗り出し中身を確認し、それを持ち上げながらおかわりは?と聞いた。

「なんだよ気持ち悪いな」

「僕も飲み終わったからついでだよ」

「もういい」

三上が答えると潤は小さく舌打ちしながらカップをシンクへ置いた。
彼は再びソファに戻り、スマホを取り出しゲームを始めた。自分はちびちびとコーヒーを飲みながら、手持無沙汰でなんとなくついているテレビを眺めた。
三上がお気に入りの海外ドラマで、シーズン通して人気があるらしい。
三上が好きならきっとおもしろいのだろう。自分も好きになりたいと思うのだが、彼が好きな作品はミステリーやアクション、戦争映画で、必ず誰かが死んで、見ていると落ち込んでしまうものが多い。
もう少し明るくハッピーな話しは見ないのだろうか。今度僕のお気に入り作品を持参しよう。秒で消されそうだが。
見始めて三十分ほど経過した頃、三上が被っていた毛布をばさりと跳ね除けた。
潤はスマホからちらっと視線を上げにやりと笑った。何がおかしいのかと首を捻ったが、特に突っ込まなかった。
潤と三上の間に流れる友情はとても不思議なもので、自分では推し量れない何かがあるのだ。
その後もぼんやりドラマを見ていたが、途中途中で三上は立ち上がって水を飲んだり、足を組んだり解いたり、座ったり寝そべったりと忙しなかった。
いつも集中して微動だにしないのに珍しい。

「……僕そろそろ戻るわ。真琴はゆっくりしていきなさいよ」

ぽんぽんと肩を叩かれ、それは潤の言うセリフではないと呆れた。

「三上がよければ……」

「三上はいいに決まってるから大丈夫。むしろダメって言われてもここにいろ。な?」

「はあ」

「じゃあな三上ー」

潤が大声で言ったが三上は何も答えない。無視をするのはいつものことだが、今日は耳にすら入っていないという様子だ。
去って行く後ろ姿を見ながら結局あの錠剤はなんだったのかと思う。
もしかして今三上が落ち着かないのはあれのせいとか。
だとしたらどんな効果があるのだろう。落ち着きなくさせる薬?子どもに戻る薬?そんな漫画みたいなことがあってたまるか。
それに三上は幼い頃から今と同じだと思う。子どもらしくなく、可愛げなく、一日家に引きこもっているような。
夏休みだからといってラジオ体操には行かないし、虫とりもしないし、プールにも興味がない。小さな三上が暑いだの面倒だの言う姿を想像し、小憎らしいのにさぞ可愛かっただろうなと笑顔になった。両親は手を焼いたかもしれないが。
自分の勝手な妄想なので、昔は元気一杯だったかもしれない。そんな姿はまったく、微塵も想像できないけど。
ふふ、と笑うと三上が熱いと呟いた。
その言葉にぎょっとする。こちらは上着が欲しいほど寒いのに。
熱でも出たのでは。潤のせいだとしたら本気で怒ってやる。やっていいことと悪いことの分別くらいはつくはずだ。これはあまりにも悪質。

「三上大丈夫?」

彼はソファにだらりと横になり、目の部分を腕で隠している。
声が届いていないようなのでソファの傍にすとんと座った。

「……三上?」

そっと腕に触れると思いきり払いのけられた。
いつものことだが驚いてごめんと呟くと、あちらも目を丸くして悪いと言った。自分の行動が信じられないという様子で。

「急に触ってごめん。あの、具合悪い?」

額に手を伸ばしたが、その手をぎゅっと握られ元に戻された。どうやら触ってほしくないらしい。
いつものこと。へこんでもしょうがない。言い聞かせながらも動けない。

「大丈夫。なんでもない。お前は帰れ」

「病気のときくらい何かするよ。僕が嫌なら誰か呼ぶけど」

「呼ぶな。マジで大丈夫だから。……潤はどこだ」

「さっき帰ったよ。ばいばい、って言っただろ?」

「そうだっけ」

彼はぞんざいに呟き、あー、と意味もない呻きを上げた。

「そうだ、冷たい飲み物買ってくるから待ってて。ポカリがいいかな」

「いいから。何もしなくていい。早く帰れ」

「僕が鬱陶しいのはわかるけど、少しくらいは心配させてよ。ちょっと待ってて」

財布を持っていることを確認し、三上の返事を待たずに部屋を出た。
寮を飛び出すとじりじりと照りつける熱に一瞬くらりと目が廻った。
冬から夏まで一瞬で飛び越えたようだ。クーラーを効かせすぎるのも考え物だ。温度変化に身体がついていかない。だから三上は弱ってしまったのではないか。
アスファルト上の陽炎に怯んだが、財布をぎゅっと握ってコンビニまで走った。
辿り着いた頃には再び汗だくだが、構わずにすぐにエネルギーになりそうな飲み物やゼリー、三上が好きな食べ物を篭に入れ、会計が済んだ袋を掴んでまた寮へ走る。
こちらまで倒れそうになったが、三上の苦しみに比べれば何てことない。
ぼたぼたと流れる汗はそのままに彼の部屋へ戻った。
一瞬で汗が凍りそうな室内はまるで冷凍庫だ。
再び身体がぐらりとふらついたが大きく深呼吸をして耐えた。

「三上、これ……」

息が上がっているせいで途切れ途切れ話した。ぽたりと額から汗が零れ、慌ててシャツで拭う。
三上は先ほどよりも息を荒くし、ソファの上でくの字型になりながら眉間に皺を寄せている。
これは重症だ。潤になにをしたのか問い質すか、須藤先輩を呼ぶ方が先か。
狼狽えていると、三上がぼそぼそ何か話している。
耳を澄ますとくそ、とか意味はない汚い言葉だったので少し安心する。
とりあえず何か飲ませよう。
袋を漁り、ペットボトルのキャップを捻る。
起き上がってもらうため三上の肩に手を伸ばした。

「三上、戻ったよ。これ、買ってきたから飲もう?」

覗き込むようにするとまた額から汗が零れ、三上の頬を濡らしてしまった。
ごめんと謝りながら指でぐいっと拭うと、その瞬間きつく閉じられていた目が一気に開いた。かと思うと腕を引っ張られ、あっという間に自分がソファに押し付けられた。
両腕を頭上に縫い付けられ、跨るようにした三上に頭上から睨まれた。咄嗟の謝罪の言葉は喉で止まった。
飲ませてあげようと思ったペットボトルは床に転がり、また失敗したのだとわかった。
今度からハンカチを持ち歩こう。小学生みたいだと笑われるかもしれないが、こんな風に三上を不快にさせないために。

「ご、ごめんね。汚くして、ごめん……」

拝むように必死に謝るが返事はない。ちらりと薄目を開けると、三上は口で大きく息をしながら肩を揺らしている。瞳孔は開き、あるはずない牙が見えた。

「……三上?」

寒さのせいではない悪寒が背中を電流のように流れる。
殺される。殺気や殺意に似たものを感じ、怖いのに視線が外せなかった。
村上に組み敷かれたときとはまた違う恐怖。人間の情を一切感じない無が怖い。
今まで散々怒られてきたが、これほど豹変するのは初めてだ。余程嫌だったのだろう。
自分が悪いので罰は受け入れる。殴られるのかもしれないし、それよりひどいことをされるのかもしれない。
それでも構わない。彼の気が済んで、まだ僕と一緒にいてくれるなら。
まるでDV男に縋る可哀想な女性のようだ。自嘲に似た諦めが胸で広がる。

「……帰れって言ったよな」

三上は頭を軽く振りながら絞り出すような声を出した。

「……ごめんなさい」

何故そこまで拒絶されるのかわからない。
僕を嫌がるのは理解できるが、病気のときくらい誰でもいいから好意に甘えるのが人間だと思う。貸し借りを僕たちの間に作りたくないのだろうか。そんなの恋人なのに寂しすぎる。寂しすぎるけど彼はそういう人間だと受け入れるしかない。
恋人が病気でも見知らぬ他人のように放っておく辛さに耐えられるだろうか。自信がない。一分毎に心配する。そういうところが鬱陶しいのだろう。
今すぐ帰りますと言うために口を開いたが、その前に三上が身体の上に倒れ込んだ。

「ちょ、大丈夫!?」

荒い息が首にかかりくすぐったい。
密着できる嬉しさを一瞬で振り払い、手を伸ばして携帯を手繰り寄せた。蓮に電話して須藤先輩を呼ぼう。
震えそうになる指で携帯を操作していると、それを遠くへ放り投げられた。携帯が床とぶつかった衝撃音に壊れてませんようにと小さく祈る。

「余計なこと、すんなよ……」

「で、でも、なにか大変な病気かも」

「違う。そういうのじゃない。大丈夫だから、放っておいてくれ……」

「意地張ってないで病院行くなり須藤先輩に診てもらうなりしないと」

「違うっつってんだろ!」

三上は起き上がると僕の首に片手を伸ばし軽く締め上げた。

「もう話すな。頼むから帰ってくれ」

眼光は鋭いのに声は弱々しく、しかもあの三上が頼む、なんて口にする。
これはいよいよおかしい。非常事態だ。

「……だめだ。お前がいると、だめなんだ」

「どうして。僕邪魔しない。最低限の看病だけにするし、鬱陶しくもしないよ」

邪険にされるのは慣れてる。そのはずなのに寂しくて辛くて縋るように三上の腕を握った。そんな辛そうな三上を一人残したら何も手につかない。

「お願いだから傍にいさせてよ」

震えそうになる声を必死に音にした。
後で無視してくれていいから、治るまで傍にいさせてほしい。呟くと三上は自分の髪をぐしゃぐしゃと掻き回し、眉間の皺を深くした。
かと思えば今度は僕の身体を骨が折れそうになるほど強く抱き締め、大きく舌打ちした。

「……ちゃんと話すから、そしたら帰れよ」

それには返事できずにいると、彼は下肢をぐっと押し付けた。
そこに感じた違和感に首を捻る。硬いものが当たっているし、場所的にはそれで間違いないが、でも現実としてありえるだろうか。

「間違ってたらごめん。勃ってる……?」

恐る恐る聞くと彼は死にたい、と呟いた。

「で、でもなんで……。なんでって言い方もおかしいけど……」

三上が男だとわかっていた。同じ性だからこそ好きになったし、同じ性だからこそ三上は僕を拒絶し続けた。
でも彼は性に関して淡泊がすぎたので、もしかしてついてないのではと疑ったこともある。
ちゃんとあったと変に安堵し、そんな心配をするほど枯れていた彼が何故こんな風になったのか心配になる。きっかけになるような映像を見ていたわけじゃないし、急にむらっとして、とか三上に限って絶対ない。

「なんか急に変になった」

「……そっか。熱があるとか、具合が悪いとかはないんだね?」

「ない。あー、もう無理だ。頭が馬鹿になる……」

三上は苦しそうに大きく息を吐いた。
本人が困惑している最中に大変申し訳ないが、僕は理解した。潤のせいだと。
いいものがある。真琴はここでゆっくりして。言いながらにやりと意地悪く笑う顔を思い出し、点と点が繋がった。
三上をこんなに苦しめて説教をしたい気持ちと、色っぽい姿を見せてもらったので拝みたい気持ちが同時に押し寄せる。
本音と建て前がごちゃ混ぜになるが、どちらにせよ彼が辛いのは事実だ。
どんな具合になっているのかわからないが、自分も男なので想像はできる。
発散できず熱が篭り続けるのは気持ちいいを通り越して苦しみに代わる。
可哀想で優しくぽんぽんと背中を叩いた。

「触るな」

「ごめん。でも、苦しいならどうにかしないと」

「自分でどうにかするから出てけ」

「自分で、どうにか……」

想像してごくりと喉が鳴った。隠し撮りしたいが機器がない。有馬先輩に言えばすぐポケットから出てきそうだが。

「で、でも僕がいるのに」

これはきっとチャンスだ。既成事実を作れば三上は今後もラブラブしてくれるに違いない。習うより慣れろとよく言う。
心の準備はできてないし、獣のようにぎらつく今の三上では手酷くされるかもしれない。もう二度とごめんだと思うくらいに。それでも、恋人として役に立てるのは今しかない。

「や、役に立てると思う」

意を決して言ったが、再び首をやんわりと締められた。

「うるせえ出てけ」

「いやです……」

「俺も限界なんだ。お願いだから言うこと聞け」

話すごとに三上の息は上がっていく。目を薄め、ときたま頭を振って理性を手繰り寄せるように眉間の皺を摘んでいる。

「一応恋人なのに」

「無理矢理やられてえのか。ただの道具みてえに扱われるのが好きかよ」

そう聞かれれば、そりゃ身体だけではなく、心まで繋がるようなセックスがしてみたいけど、そんな日は待てど暮らせどこないとわかってる。なら身体だけでも欲しいと思うのは欲深いだろうか。
三上だって自分に言い訳ができるはずだ。薬のせいだと。正常な判断ができなかったから男を抱いてしまったのだと。

「そ、それでもいいから……。お願い」

「俺が嫌なんだよ!」

こんな状態になっても僕相手では嫌ということか。
僕が女性だったらすぐに手を出してくれたかもしれない。男でももう少し可愛らしければ。性格がよければ。三上が好いてくれるなにかがあったら──。
たらればを考えても仕方がないのに、深く傷ついた。傷ついた自分が馬鹿みたいだ。そんなこと最初からわかっていたのに、どこかで期待して恥ずかしい奴だ。自虐し、三上の僅かな情に縋ってるだけといいながら、心の隅で都合のいいように事実を歪曲して。

「ごめん。そうだよね、僕じゃ無理だよね」

かといって今すぐ女性をこの場に呼ぶほど寛大ではないし、三上が街へ行って誰かで発散させないよう祈るくらいしかできない。
無力でちっぽけ。惨めな存在。自分で自分の心にぐさぐさとナイフを突き立てる。そうしないと恥ずかしくて爆発しそうだ。
帰ると呟いてやんわりと三上の胸を押し返した。転がっていた携帯を拾い、放り投げていたペットボトルをテーブルに戻す。

「これ、余計なものになったけどよかったら食べてね」

三上の顔はとても見れず、俯きがちに笑った。
とぼとぼと歩き、扉に手をかけた瞬間、背中に強い衝撃を感じた。

「……悪い」

一瞬ぽかんと口を開き、衝撃の主が三上だと理解した。
三上は不安な子どものように、後ろから腰に手を回して僕の肩に額を置いた。

「謝らないでよ。セクシャリティはどうにもならないしさ……」

励ますため後ろ手にぽんぽんと頭を撫でてやる。

「違う」

限界が近いのだろう。三上は何度も深呼吸をした。
わかったよ、すぐに帰るからね。言おうとした瞬間がぶりと首筋に噛み付かれ、捻れたような声が出た。恐らく血が出ている。理性を捨てると人間は獣に還るらしい。

「……お前だけは変に抱きたくない。それだけだ」

噛み付かれた部分を下から上に舐め上げられ、一瞬で身体に熱が集まったと同時に部屋から押し出され扉が閉まった。
待ってくれ、こっちまでおかしくなる。そうでなくとも押し付けられたとき、抑えるのに苦労したのに。
三上の気持ちは嬉しい。僕自身をきちんと見つめ、過去を考慮し、強姦まがいに抱きたくないと言ってくれた。なんて優しく、愛情深い男か。涙が出そうなくらい幸福なのだが、最後に爆弾を仕掛けられた。

「……三上め」

真っ直ぐ立てず、おさまるまでその場にしゃがみ込んだ。
三上はこの何十、何百も辛かったのだろう。それでも理性を振り絞ってくれた。
僕ならそんなものすぐさま捨て、襲いかかるという痴態を晒したはず。
今ですら襲いにいきたいくらいどうしようもないというのに。
でも三上が僕のことを大事に想っていてくれた気持ちは踏みにじれない。だけどおさまるのにかなりの時間を要しそうだ。

「生き地獄……」

潤を拝むのはなしにして思い切り説教をしようと決めた。



END

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