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ソファを背凭れにラグに座る楓の背後から首にきゅっと腕を伸ばした。

「なあ」

「なに」

「俺最近気付いたことがあんだけど」

「はあ」

アプリゲームに夢中で空返事した寄越さないのにむっとしスマホを取り上げた。

「あ、ちょっと!」

「俺の話し聞け」

「…はいはい。なんでございましょうか」

わざとらしく溜め息を吐かれたが、まあいい。
ソファに仰向けになり、上に跨るように誘導しながら腕を引く。
で?と好戦的な視線がたまらなくて、話しは後にしてこのまま…と思ったが死ぬほど怒られそうなので不埒な欲には蓋をした。

「京、好きな奴がいるっぽい」

「え!マジで!」

楓は想像以上に喰い付き、どうしようと視線を彷徨わせ、いつも釣り上がっている眉を八の字にした。
京に恋人ができたら困ることなど楓には一つもないはずなのに。
弟のように可愛がった挙句、情でも湧いたのだろうか。
気に入らない。
弟はまあまあ可愛い。憎まれ口を叩いても、どんなにむかついても血の繋がった分身のようなもの。自分で対処できない壁にぶつかった時は助けようと思うし、ほどほどの幸福を享受してほしいとも思う。
しかし楓をお裾分けする気はない。
味見くらいさせてもいいなど微塵も思わない。
京は恋愛抜きで楓が好きだし、一度好意を持ったからか、今でも楓を前にすると途端に可愛らしくなる。
実の兄の自分にはつれない態度なのに。
楓も楓で可愛がるのがいけない。白石にしてもそうだが、年下というだけで無条件に甘やかすのは悪い癖だ。

「……京に好きな奴できたら嫌なの」

「嫌っていうか、うーん…」

「なに」

「胸を痛めそうな奴を知っているというか…」

「胸を、痛める…?」

弟の交友関係に興味はないし、詮索もしないが、案外モテるらしい。
それでこそ我が弟、天晴れ、と思いたいが、京の彼女は大概自分に心移りしてきた。
それに悲しんでいたことも知っている。
別にちょっかい出したわけじゃない。家で顔を合わせる度にいらっしゃいとお決まりの挨拶をしただけ。
たったそれだけ。顔だけで判断するような女は早々にやめた方がいい。いずれ深く傷つけられて終わる。
なのに弟の見る目は腐っているのか、毎回似たような女ばかり連れて来て。
段々とわざと彼女の前に顔を出し、試すようになった。
別れるなら傷が浅い方がいい。京はあんな見てくれだが心は自分なんかより真っ直ぐで、夢見がちな部分がある。
だからなるべく、京と同じくらいの気持ちで大事にしてくれる人がよかったのだ。

「…まあ、しょうがねえよな。弟君だってそりゃ彼女ほしいよな…」

楓はがりがりと頭を掻き、第三者が口出しできることじゃないから、と溜め息を吐いた。

「それが、困ったことに彼女じゃないっぽいんだよな」

「…はあ」

「お前にとっては悲しい現実だろうが、薫っぽいんだよ」

「…薫っぽい?」

「京が好きな奴」

「……はあ、薫…」

楓は放心したようにアホ面を晒し、たっぷりと時間を掛け、はあ?と素っ頓狂な声を出した。耳元じゃなくて助かった。

「それはない!」

「なんで」

「だって薫のあの態度!ひどいもんだぞ本当に。あれで惚れるって相当なドMじゃないと成り立たないっていうか、自ら四つん這いになって椅子になるような奴じゃないと…!」

「ひでえ言い草」

「いやマジでそれくらい薫は酷い」

「でもなあ…」

薫と話すと明らかに不機嫌な顔をするし、そのイライラを薫にぶつけて自己嫌悪しているようだし、これは薫に惚れてんなと思ったのだが。
十六年弟を見てきた。些細な変化も気付けるし、何を考えているのかもなんとなくわかる。
楓と薫はぱっと見似ていないが、ふとした瞬間どちらかわからない時がある。特に笑った顔がそっくりで。
楓に好意を寄せていたなら薫に堕ちるのもまあ、わからなくはない。性格が真逆だとしても。

「弟君よりもどちらかというと薫の方が依存してると思う」

「マジで?」

香坂家は月島家の人間に呪いでもかけられているのだろうか。どう足掻いても惹かれる呪い。それか、前世からの因縁か。

「薫の態度見てればわかる。猫も被らずわざと我儘言って困らせて気を引こうとしているような…」

「そうかあ?薫、京を見るとすげえ嫌そうな顔するぞ」

「それを言ったら弟君も同じ。薫を見つけると無表情になるし」

「いやいや、その無表情の裏には色んな葛藤があんだよ」

「薫だってツンデレなだけで…!」

お互いの主張を続けること数分、一気に話した酸欠を補うように深く息をし、何やってんだろと冷静になる。
兄二人で勝手に想像しても机上の空論。意味がない。

「…確かめるか」

楓がぽつりと言った。

「やめとけやめとけ」

「なんで」

「第三者が首突っ込んでもいいことない」

「確かめるだけ。後は若い二人でご自由に、ですよ。弟君が薫を好きなんて信じられないし」

「俺だって薫が好きなんて信じられないね」

「だから確かめるんだよ!」

胸倉を掴まれ、がくがくと揺すられる。
確かめるもなにも、あの二人が正直に自分の気持ちを吐露すると思うのか。
ふざけたこと言ってんなよと一蹴されるに決まってる。
京も薫も恋愛スキルが小学生以下なので、核心についた言葉にばーかばーかと悪態をついて終わるのだ。

「…正直に話さないと思うけど」

「だからこう、回りくどい言い方で、ちょっと反応を窺う程度なあれで…」

「俺はできるけどお前そんな器用なことできんの?」

「できる!なにより弟君は俺には素直だ!」

「…まあ、それはそうだけど…」

「よっしゃ!明日のお昼に実行な!」

「…はあ」

「健闘を祈る!」

楓が悪巧みをすると大抵空回って終わるので不安しかない。
弟のために気を揉む俺たちはなんていい兄なのだろうと自画自賛しながら楓の腰をするっと撫でると、つまみ食いを嗜めるように手を叩き落された。

「なにどさくさに紛れてんだよ」

「いいだろ?」

「よくない!そんな空気微塵もなかった!」

「頑張ってるお兄ちゃんにご褒美は?」

「甘えればなんでも言うこと聞くと思っ――」

うるさい口を塞ぎ、体勢を入れ替えるようにする。きゃんきゃん騒ぐ楓も可愛らしいが、できればもう少し色っぽい声を出してほしい。


四限の途中、ちゃんと実行するように、と楓からのラインを確認し、チャイムが鳴ると同時に一年の教室に顔を出した。
薫の姿はなく、近くの生徒の机をとんとんと指で叩く。

「薫は?」

「か、薫…?」

「あー、月島薫」

「あ、月島なら財布持って出たので購買か学食だと思います!」

「そうか」

助かったと礼を言うと、腰を九十度に折られた。
別に先輩後輩の礼節なんて気にしちゃいない。生意気だと殴ったりもしない。そんなに怖がらなくてもいいではないか。少し傷つくぞ。
廊下を歩くたび一年が道を作るように割れるので、そんなに怖い見た目をしているのだろうかと髪を引っ張って色を確認した。
仁や片桐の方が余程目つきが最悪な悪人顔なのに。
購買までの道では擦れ違わなかったので学食を覗くと、端っこの方で一人寂しく昼食を摂る薫を見つけた。
適当に頼み、トレイを持って薫の前に座った。

「よお」

「…香坂さん。一人ですか?珍しいですね」

「まあ、そんなときもある」

「そうですか」

薫はそれだけ言うと途中だったうどんを啜り始め、お愛想を消し去った。
相変わらず徹底してんなと感心する。
猫を被る相手、被らない相手、きちんと見極めその場に適した態度と言動、人の印象に残らず、されど薄すぎない適度な立ち位置。
中間でいるというのは案外難しいものだ。誰にも嫌われず、好かれもせず、円滑な人間関係の端の方で傍観者でいるというのは。
観察力に長け、引き出しに詰め込んだ学習データの中から最適なものを引っ張り出す。薫はそういう性格で、人間味が薄い。
だからこそ、気を許した相手には反動で我儘を言ったり、子供返りするのだと楓が言っていた。

「ご馳走様でした」

両手を合わせ、それじゃあと席を立とうとする薫の腕を掴んだ。

「話し相手になってくれてもいいだろ」

「はあ、構いませんけど…」

「じゃあ優しい先輩がジュース奢ってやろう」

「ジュースよりもっといい物奢ってくれません?」

「いいよ」

「あー、そういう余裕、年上っぽくてむかつきます」

「年上ですし。二歳だけだけど」

「香坂さん相手には上手くいかないなあ」

言葉とは裏腹に楽しそうに笑う顔は歳相応で可愛らしい。
トレイを戻し、お茶を買ってやり、廊下の隅の方で壁に背を付けて並んだ。

「楓ちゃんと喧嘩でもしました?」

「…なんで?」

「香坂さんが僕を訪ねてくるなんて、それくらいしか思いつかなくて」

「喧嘩してもお前に泣きついたりしねえよ」

「えー、こう見えて楓ちゃんの扱いは上手ですよ」

「扱いっつーか、楓はお前なら何でも許すだろ?」

「そうでもないです。よく叱られるし、将来が心配とか、友達つくれとか、ひん曲がった性格どうにかしろとか言われるし」

「はは、そりゃ、薫が可愛くてしょうがねえからだよ」

自分より頭一個分小さい薫の頭をわしゃわしゃと撫でると、気恥ずかしそうに腕を振り払われた。

「子供扱いしないでください」

「子供扱いじゃなくて、ペット扱い?」

「もっと嫌です!」

「以後気を付けます」

楓の扱いは簡単だが、薫の扱いは難しい。
天邪鬼で素直じゃないところは二人とも同じだが、簡単に機嫌をとれる楓と違い、薫は手をつくしてもツンと顔を背けそうだ。
やはりどう考えても薫が京に惚れるなんてありえないのでは。
単純馬鹿、と京を見下す姿しか見たことがない。
楓の勘違いだろうなと判断しながら、京がさあ、と口にすると、薫は一瞬緊張したように肩を強張らせた。
その反応は嫌悪か、好意か、どちらか分かりかねるが、横目で見ながら続けた。

「…楓の飯が食いたいってうるさいから今度実家連れてこうと思うんだけど、薫も来るか?」

「…楓ちゃんのご飯は僕も食べたいけど…」

薫はそこで一旦言葉を区切り、外面を繕うような笑顔を張り付けた。

「でも、いいんですか?ますます楓ちゃんのこと好きになるかも。敵に塩を送る行為はどうかと思いますよ」

「そうか?」

「はい。とられることは絶対にないと安心してると案外横から掻っ攫われたり」

「京と楓がつきあったら嫌?」

「そんなのありえないです。楓ちゃんが香坂さんからあんな奴に心変わりするなんて…」

「掻っ攫われるかも、って言ったじゃん」

「で、でも、楓ちゃんは香坂さんだからつきあったと思うし…」

俯きながら言い訳するように言葉を重ねる姿を見て、おやおや、と悪戯心が育ってしまう。

「そうか、京と楓がつきあったら嫌なんだな、薫は」

「ぼ、僕じゃなくて香坂さんが嫌だろうなと思って…」

「俺?俺は…まあ、楓が京の方がいいって言うならしょうがねえなと思うよ」

嘘だけど。
もう一度好きだと言わせるためにあれや、これやと手を尽くすだろうが、楓はいい加減な男じゃないので、京がいいと言ったらどう足掻いても振り向かない。
そうならぬよう、釣った魚には餌を振り撒くのだ。

「そんな簡単に諦めないでください」

「諦めてるわけじゃねえけど……随分俺と楓の仲を応援してくれんだな」

「そりゃあ、楓ちゃんが好きって言うなら相手が誰だって応援します」

「京は案外いい男だぞ。恋人にするなら俺より京の方が幸せかもな」

「そんなことないです!香坂さんの足元にも及びませんよ!」

ああ、やっちまった。
少し前から近くに京と楓がいるのが視界の端に映っていた。
少しは薫の素直な気持ちを引き出せればと思ったが、最悪な方に転がってしまったらしい。
京は何よりも自分と比べられるのが大嫌いだ。

「か、薫くーん…」

楓の声にはっと顔を上げた薫は、冷めた目でこちらを睨む京にも気付き、顔を強張らせた挙句ふん、と逸らした。
やはり薫は京を憎んでいるだけでは?好意の欠片も感じない。
京はそのまま踵を返し、怒りを背中で語りながら階段を上った。

「薫、お前は本当に…後でちゃんと謝るんだぞ」

「事実ですし」

楓は腕を組んでツンと顔を背けた薫にぽこっと拳骨した。

「そういう態度とるから弟君にも怒られんだろ!弟君を傷つけて楽しいか!」

「別に楽しくてしてるわけじゃないもん!」

「じゃあ少し考えろ!俺に言われなくてもわかんだろ!」

「わかんない!」

「薫!」

白熱し始めた兄弟喧嘩にまあまあ、とあやしながら間に入った。
どちらの気持ちもわかるが、廊下の真ん中で兄弟喧嘩はやめよう。さっきから通り過ぎる生徒がちらちらとこちらを見ている。

「薫もわかってるからそれくらいにしとけ」

「香坂は薫に甘い!わかってるならとっくに直ってんだよ!」

「楓ちゃんだっていつも同じことで母さんに怒られるくせに!」

「ストップ!一旦落ち着け。薫、楓は意地悪で言ってるわけじゃないんだ。な?」

俯く薫の肩をぽんと叩き、楓に小声で引けと言う。
楓は溜め息を吐きながら眉間に皺を寄せ、納得しきれない様子で去った。
今にも泣きそうな薫の頭をぽんぽんと叩く。
ますます俯いた薫に、これは俺ではなく京の役目では?と思うが、仕向けた俺たちにも責任があるのでしょうがない。

「…楓ちゃんはいつもああやって怒る」

「まあ、楓は口煩いからな。でも、あいつはあいつなりに薫のこと心配してんだよ。薫に楽しいとか、幸せって笑ってほしいからこそお節介焼きたくなんだよ」

「……わかるけど…」

「言い方が悪いんだよな。楓は不器用だし、すぐ頭に血が上るから。俺もいつも怒られてる」

溜め息交じりに言うと、薫がふっと笑った。

「香坂さんも?」

「ああ。あーだ、こーだって小姑みたいに罵られてる」

「想像できないな」

くすくすと笑う姿に安堵し、背中を数回撫でた。
京と仲直りしろとは言わない。言われなくとも薫ならわかっている。
方法に困惑したり、狼狽したり、だけど最後には楓と同じで真っ直ぐに気持ちをぶつけられるだろう。
五限が始まるから戻ろうかと言い、ぶつぶつ話す楓の文句を聞きながら階段を上った。
途中薫と別れ、自分の教室に戻りながら問題は楓の方だなと思う。
スマホを取り出し、帰り迎えに行くからと打つ。すぐに既読がついたが返事はなし。すっかり臍を曲げたらしい。
薫の機嫌を窺って、拗ねる楓に甘言を吐かなければいけない。一番損をしたのは自分だ。
やはり楓の悪巧みに乗るのは今後一切やめにしよう。
心の中でぼやき、授業を終えて楓の教室まで行くと、まだ不機嫌オーラを纏った様子で椅子に踏ん反り返っていた。

「楓」

廊下から呼ぶと、彼はにこりともせず鞄を肩に引っ掻けた。

「まだ怒ってんのか」

「別に!怒ってませんけど!」

「薫と喧嘩すんのなんかいつものことだろ」

「そうだよいつものことだよ!あいつ、何回言っても聞きやしねえ…」

「素直じゃねえのは血筋か?」

「一緒にすんな!」

「はいはい」

歩きながら今日は手強いぞと嘆き、部屋に引き摺り込んだ。
イライラする楓の背中を眺め、冷凍庫からアイスを取り出す。
楓は無言で受け取り、ばりばりと食べ、棒をゴミ箱に放り投げた。
ソファに座り、膝を叩く。楓は逡巡するようにした後、ごろんと頭を預け、腹に顔を押し付けるように腰に手を回した。

「……むかつく」

「弟想いな分振り回されんのな」

茶色の髪を梳くようにしてやると、ふるふると首を振られた。

「…香坂は俺より薫に甘い」

ぽつりと呟いた言葉にぎょっと目を丸くした。
そんなつもりはなかったし、あの場で味方をするのは薫の方と察しただけだが、自分の態度も怒りの一端だったらしい。

「悪かったよ。場を収めるためだ」

「…わかってる」

楓はのそりと起き上がり、頬に手を添え触れるだけのキスをした。
まだ半分怒っていると顔に書いてあるのが可愛くて、離れていく顔を引き寄せるようにもう一度口を塞いだ。
上唇と下唇を吸い、舌を絡め、このままもつれ込もう、そうしよう、と決めた瞬間、顔を離した楓にで?と聞かれた。

「で、とは?」

「薫の気持ち確かめられた?」

楓の機嫌は直ったらしいが、ここで待てはひどいじゃないか。
無理に実行するとまたご機嫌斜めになるので、盛り上がった気持ちを静めた。

「いまいちわかんねえなあ。薫の感情は複雑そうだし、楓以上の天邪鬼だし、俺には計れない」

「俺も同じ。弟君、薫のこと可愛くないとしか言わないし」

二人同時に溜め息を吐き、弟たちのことは本人同士に任せようと言ったが、楓はまだ諦めきれないようで、こうなったら二人でいるところを不意打ちで訪問すると立ち上がった。

「待て、今喧嘩の真っ最中かもしれねえだろ」

「そしたら見なかったことにする」

「俺はもう仲裁とか面倒なことしねえからな。今度は楓がやれよ」

「すいませんね、面倒なことさせて」

ああ、また機嫌を損ねてしまった。
ちゅっと頬にキスをして、怒るなよと鼻を摘んだ。
じゃあ行こうと腕を引かれ、渋々マスターキーを片手に二人の部屋を訪ねた。
楓が遠慮がちにノックをしたが反応はなく、鍵もかかっていたので入れない。

「いないんじゃね?」

「いーや、薫は友達いないから真っ直ぐ帰ってるはず」

「ひでえな」

「香坂、マスターキー」

寄越せと手を差し出されたが、いくら兄弟でもプライバシーとかあるのではないだろうか。
京はあんな性格だからいいとして、薫はそういうことに煩そうだし、また兄弟喧嘩勃発なんてことになったら面倒だ。

「いいのか?薫怒るだろ?」

「大丈夫。ああ見えて繊細じゃないから」

引かない気配を察し、溜め息交じりに鍵を渡す。
楓はコソ泥のように音が響かぬよう、丁寧に開錠し、失礼しまーすと小声で言いながら扉を開け、その先の部屋に続く扉もゆっくりと開けた。
僅かな隙間から二人で顔を覗かせると、ベッドヘッドに背中を預けた京の上に薫が覆いかぶさるるようにしている。
二人同時に言葉を失うと、京が口元に指を立て、静かに、と言った。
どうやら薫は眠っているらしい。
どういう状況?と混乱する楓の首根っこを掴み、京に悪かったなと謝罪してから二人の部屋を出る。

「どういうこと?」

腕を組んで首を傾げる楓の背中をぽんと叩く。

「仲直りしたってことじゃねえの?」

「えー…全然把握できない」

「あいつらはあいつらでちゃんと関係築いてんだよ。俺らは今後口出ししない。いいな」

「納得できん!」

「薫や京から頼ってきたら力になればいい。俺らが間に入ると余計に拗れることもあるだろ」

「…そっか」

「そうそう。兄ちゃんは憎まれる程度が丁度いいってね」

「じゃあ憎まれて可哀想な香坂を俺が慰めてやろう!」

「ほーん」

口端を上げて笑うと、楓はやっぱりなしと踵を返した。
逃がしてたまるかと腕を掴み、また部屋へと逆戻り。
楓には悪いが、薫と京がどうなっても自分には関係のないことで、からかいはしても力にはなれそうにない。
そんなことに気を揉む時間があるのなら、恋人と他愛ない時間を過ごす方が有意義だとは思わないか。
楓に言うと冷たいと叱られるので黙ることにする。


END

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