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数日前、部屋の扉を閉めようとした瞬間、隙間に足先を捻じ込んで泉が無理矢理侵入してきた。
今日は何の御用ですか?と聞くと、用がなくとも一緒にいるのが恋人なのだと脳内お花畑なお答えを頂戴し、こいつとは根本から合わないことを再認識した。
ソファの端っこにちょこんと座りながらハロウィンイベントには参加しないのかと聞かれたので無視をした。
聞かなくてもわかるだろう。参加すると思うのか。俺が。

「僕が衣装揃えるから三上は身体だけ貸してくれたらいいんだけどなあ…」

ちら、ちら、と期待の篭った視線が鬱陶しく、無言のままソファに腹ばいになってテレビを眺めた。

「きっと優勝できると思うんだ。だって三上はそのままで完璧だし。豪華賞品もでるらしいんだよね」

豪華賞品の中身が単位なら考えたかもしれないが、どうせ学食の食券が関の山。そんなもののために身体は張れないし、お祭り騒ぎも御免なのだ。

「絶対カッコイーと思うんだけどなあ……ねえ無視しないで!」

「うっせえな。出ねえよ」

「わかってたけど。そう言うだろうなと思ってたけどさあ…」

がっくりと肩を落とす様子に何を期待していたのかと鼻で嗤った。
ハロウィンイベント大いに結構。楽しめる奴だけで楽しめばいい。
自分には縁のない、関係のない話しなので学校中がお祭りムードでも知ったこっちゃない。
泉に何を言われようが、友人に脅されようが意志は曲げずに部屋でだらだら過ごす。絶対に。


ハロウィンは平日で、一緒に帰宅した秀吉は大きな紙袋を持って神谷先輩の部屋へ向かった。
神谷先輩は意外とお祭り好きらしく、最後だし記念に参加すると言い出したらしいのだ。そうなると秀吉がついていかないわけもなく。
適当にかぼちゃでも被ればいいだろうと本人のやる気はまったくないが、神谷先輩の仮装を一番近くで見たいがために参加を決めたらしい。動機が不純だ。
結局泉が参加するのかしないのか定かではないが、一人の時間をゆったり過ごそうと珈琲を入れテレビの電源をいれた。
秀吉は二、三時間は戻らないだろうし、なんならそのまま神谷先輩の部屋に泊まるかもしれない。映画一本見る時間くらいはあるだろう。
部屋の照明を落とし、お気に入りに追加した作品の中から適当に選びソファに寝転がった。
エンディングが流れ、漸く起き上がって伸びをする。
まあまあだった。そんな感想と共に部屋の電気をつけ、風呂に入るために立ち上がると扉の向こうから潤の声がした。

「おーい、三上ー」

掌で扉をばんばん叩かれ、無視をするべきか、我慢して対応するべきか考え、素直に扉を僅かに開けた。

「トリックオアトリート」

「間に合ってます」

「間に合ってないよ!開けろ!」

隙間に手を差し込み、ぐいぐい身体を捻じ込まれ、このまま無理に閉めたら指を挟みそうなので諦めて中に招き入れた。

「お邪魔しまーす!おら、早くお菓子よこせ!」

最早恐喝だ。
赤いフードつきのマントに白いシャツ、膝が出る丈の黒いハーフパンツ。吸血鬼なのか、赤ずきんなのか中途半端な出で立ちに二点、と評価する。

「それよりこれは」

潤のもとにふらふら歩く熊の着ぐるみを指差した。
十中八九泉だろうとわかっているが、一応確認のために聞くと、熊の顔部分をすぽっと脱いだ泉が顔を出した。

「あっちー」

「……どこのテーマパークだよ」

「赤ずきんちゃんっぽいなにかと熊」

「なんで熊。狼だろ普通」

「熊の方が可愛いかなって」

「しかも熊がカゴ持ってんのかよ。ただのパシリじゃねえか」

泉が丸い手で持っているカゴの中には菓子がこんもりと山盛りになっている。

「何も言わなくてもみんなくれるからさ」

横柄な態度で脚を組みながらソファの背に片手を伸ばした潤はふふん、と高飛車に笑った。

「じゃあこれ以上はいらねえな。帰れ」

「トリックオアトリート!」

「そう言えば何でも言うこと聞くと思うなよ」

「ああ、そうですか。じゃあ悪戯される方をご所望ということで。よかったな真琴」

「うん!」

「え、ちょっと…」

「じゃ、僕は帰ります。そのお菓子は二人にあげる。じゃあねー」

潤はひらっと手を振り、泉にマントを被せてやるとごゆっくりと部屋を去った。

「三上はなに食べる?甘いのからしょっぱいのまで色々あるよ」

テーブルの上にカゴを置き、一つ一つ嬉々として並べ始めた泉の頭を片手でがっしり掴んだ。

「お前も帰れ」

蟀谷を挟むように力を込めると、泉は痛い痛いと騒ぎながら熊の顔を再び被った。
ひらひらと手を振りながら可愛らしいポーズを決め、駄菓子の一つを差し出されたので受け取った。
熊もとい、泉はそれが嬉しかったようで、物を掴むようにできていない手で一生懸命お菓子を掴んでは差し出す。

「いや、もうお菓子はいいから帰れって」

「だって悪戯していいんでしょ」

くぐもった声が鬱陶しく、頭をとれと言うと、この方が可愛いからこのままで、と言いながら隣に座った。
なんで俺は部屋で熊と並んでお菓子の山を眺めているのだろう。
小さな子供なら大層喜んだだろうが自分は図体のでかい男で、傍から見たシュールさに耐えられない。
無理矢理頭を引っこ抜くようにすると、蒸れた空気で頬を赤くした泉がぷはっと息をした。

「熊可愛いでしょ」

「可愛くねえよ」

「でも、僕よりは可愛いし、熊ならいいかと思って」

「でかい男と熊が並んでお菓子食べるとか頭混乱するわ」

「そうかな。可愛いのに」

泉は熊の顔を撫でながらぽつりと呟いた。
そもそもその着ぐるみはどこから入手したのだろう。そのまま風船でも持てばテーマパークでバイトができそうだ。

「ハロウィン意外と楽しかったよ。来年は三上も出よう」

「出ません」

「優勝誰だと思う?」

「さあな」

「なんと真田君です」

「へえ」

「渾身の出来だったよ…」

思い出したようにうっとりとしたので、そりゃあ、真田の容姿なら何を着ても素晴らしい出来になるでしょうよと思う。興味はないし、見たいとも思わないが。

「すごい貞子だった」

「あ、そっちか」

「そっちってどっち?」

「もっとこう、きらきらした格好したのかと思った」

「白いワンピースに長いかつら被ってたよ。段ボールで作ったテレビの枠持って」

「それはちょっと見たかった」

「今度写真見せてあげる」

それはハロウィンといえるのだろうかと思ったが、海外でもただの仮装大会と化しているきらいがあるらしいので、結局は騒げれば内容はどうでもいいらしい。

「香坂先輩も人気だったし、神谷先輩は椎名先輩とあれやってた。ホラー映画の、双子の女の子の…」

「…シャイニング?」

「それ!」

「秀吉は?」

「かぼちゃかぶってたよ」

「やる気ねえな」

「だから三上も来年は…」

「だからでねえよ」

きっぱり断ると泉はちぇ、と唇を尖らせるようにし、テーブルの駄菓子に手を伸ばした。
丸い手で封を開けようと四苦八苦している姿は面白いがさすがに可哀想なので、封を切り、口の中に飴を放り込んでやった。

「悪戯していいんだよね?」

太腿に手を付き、ずいっと身体を寄せられたので反射で仰け反った。

「できると思ってんの」

「だって、お菓子くれなかった人は甘んじて受けなきゃいけないじゃん」

「庭にトイレットペーパーだろ」

「それじゃあ色気ないし」

意気込む泉に向かってふうん、と笑った。

「色っぽい悪戯がしたかったと」

「そ、そういうわけじゃな…くもないけど!だって何かないと三上はさせてくれないじゃん!」

「別にイベントだからさせるとかないけど。気が乗るか乗らないかだけ」

「じゃあ頑張って気を乗らせて!さあ!」

そんな熊の着ぐるみ姿の人間に気を乗らせろと言われ、はい、そうですねと言う奴がいるものか。
泉はもう少し色気とか、雰囲気とかを身に着けた方がいい。体育会系のノリで迫られてもやる気は削げるばかりだ。

「…とりあえず熊脱げば?」

「え、脱いでほしいの?えっちー」

「帰るか?」

首根っこを掴んで立ち上がろうとすると、ごめんごめんと謝りながら背中のチャックを下ろした。
脱いだからといって普通にTシャツに短パン姿なのでまったくそそられない。

「お前はどうやったら色気が身に着くんだろうな」

「それは一生無理かな!」

「胸張って言うことじゃねえだろ。もう少し真田見習え」

「真田君に色気を感じるの!?」

「…まあ、あれは黙ってても色気あるしな」

「そんな……あんな美少年と比べられたら僕なんて雑草以下…」

「頑張れ雑草。わかったら風呂入って寝ろ」

「…はい。じゃあお風呂借ります」

「いや、自分の部屋の――」

言い終える前に泉はぴょんと立ち上がり、そそくさと風呂の扉を閉めた。
やられた。このまま居座って泊まる気だ。
脱ぎ散らかしたままの熊の着ぐるみに視線をやり、大きく溜め息を吐いた。
風呂から上がった泉は脱衣所に置いているTシャツとスウェットを履き、ぽたぽたと髪先から雫が零れるのをタオルに吸い込ませながら隣に着いた。
もじもじと身体を揺らす姿を見て、呆れた吐息を零してから立ち上がる。
これ以上不毛な駆け引きはしたくない。気が乗らないものはどうしたって乗らない。
むしろ何故そこまでしてやりたがるのか、いつだって不思議だ。

「俺も風呂入る。お前は早く寝ろよ。もう十時過ぎてるぞ」

「子供扱いしないでよ!十時なんてまだ起きてる時間ですし」

嘘つけよと思ったが、突っ込まずにシャワーを浴び、泉が大人しく眠らなかった場合強制的に廊下に放り出そうと算段を整えた。
脱衣所の扉を開けるとリビングはまだ明るく、テレビの音も聞こえる。
どうやらまだ起きているらしいことを残念に思いながら顔を上げると、泉はソファの上で熊の顔部分を胸に抱えながらぐったりと身体を弛緩させていた。

「おい、風邪ひく」

「んー、大丈夫…」

「大丈夫じゃねえだろ。知らねえぞ」

「…うん」

本当に手が掛かる。
子供を産んだ覚えはないのに子育てしている気分だ。
キッチンで水を一杯飲み、泉の背中と膝に手を差し込む。
胸に抱えていた熊の頭部が床に転がり、そのまま扉の近くで切なく左右に揺れたが放置した。
よっこらしょ、とおっさん臭い掛け声と共に身体を持ち上げると、微睡みながら首に腕を回された。
起きているなら自分で動けとその場に放り投げようかとも思ったが、ここまで世話をしたら最後まで面倒を診てやろう。
寝室の扉を足で開け、冷たいシーツの上に泉を下ろす。
適当に毛布を胸まで引っ張ってやり背を向けると、後ろから腕を掴まれそのままベッドに引き摺り込まれた。
不意打ちとは卑怯な、と顔を上げると、とろんと半分落ちた瞼のまま後頭部を手で包まれ顔を寄せられた。
ああ、困ったと思う前に口を塞がれ、そのまま首に腕が回る。
顔を離したタイミングで文句を言おうとすると、その前にまた塞がれの繰り返しで、圧し掛かるように跨がれた。
泉も男だし、欲を溜め込んだまま過ごすのは辛いだろう。同じ男として気持ちは理解している。キスくらいなら協力してやろうと妥協する。
随分と上から目線で考え、泉の舌を自分の口内に引き込み吸い上げた。

「ん、三上」

三上、三上と飽きることなく繰り返し呼ばれる名前。
甲高い声がぐずぐずに溶けたように甘く変わり、囁くような吐息を零す頃には泉の瞳が欲情に染まる。
キスくらいなら、と中途半端に手を出したのは間違いだったかもしれない。
ここまできて止まれと言う方が酷だ。

「…一回だけだぞ」

揺れる腰を掴み、耳の先を甘噛みしながら言うと、泉はこくこくと嬉しそうに頷いた。
Tシャツの裾から手を差し込み、背中を撫でようとするとやんわりと制され、壁に背中をついて、脚を広げてと懇願された。
泉は口でするのが好きだ。楽でいいなという気持ちと呆れが半々。
よく平気で口に含むものだと感心もするし、吐き出したものを嬉しそうに呑み込む姿には恐怖する。
スウェットと下着をずり下げ、うっとりと頬擦りする勢いの泉は本物の変態だと思う。
小さな口を大きく開け、拙い技巧で一生懸命奉仕されると強要しているわけではないのに虐めている気分になる。
それはそれで悪くないなと納得しつつ、そんな自分もやばいと思う。
舐められれば気持ちいいが、視界の端で揺れる腰が気になってしょうがない。
快感を与えられているのはこちらなのに、泉の方が余程気持ちよさそうだ。
そういえば徒に脚で踏んだだけで達したことを思い出し、するりと腰を撫でると大きく跳ね、口淫が深くなった。

「邪魔、しちゃだめだよ」

「はいはい」

生理的な涙が浮かんだ眦を指で拭い、泉の後頭部を掴む。
離せと言っても聞かないので、嫌な想いをさせれば飲むのをやめてくれるかと思い、思い切り奥で出してやった。
泉はずるりと抜きだし、俯きながら咽るようにし、手の甲で口元を拭いながら嬉しいと笑みを作った。

「…お前全然懲りねえな」

「なにが?」

きょとんと黒目を大きくする姿に、参りましたと溜め息を吐く。
あんなことをされたらもう二度とやらない、最低と詰るべきだ。
どうしたらこの変態は懲りてくれるのだろう。もう策が思い浮かばない。どんな最低なプレイを試みても、ありがとうございますと頭を下げそうな勢いだ。
自分が最低な部類の男だという自覚はあるが、好きで辛い思いをさせたかったわけではない。
素直に享受された罪悪感がずっしり積もり、泉の腰を引き寄せお詫びのキスをした。
手の甲ですりっと下肢を撫で、すっかり熱くなったそこに指を絡ませた。

「あ、ぼ、僕もするの…?」

「しない方がいい?」

「し、した方がいい…」

Tシャツの裾をたくし上げ、邪魔だから噛んでろと泉の口に突っ込む。
露わになった胸を吸うと一際甲高い声で啼いた。

「ぼ、く、そこされるとすぐ…」

「いいよ」

泉はどこもかしこも素直だ。身体も性格も。
快感を与えられた分だけだらだらと雫を垂らすので、握っている手がぐちゃぐちゃだ。

「ごめ、も、イく」

両肩を掴んでいた指に一層力が篭ったので、掌で受け止めるようにした。

「あ、っ――」

奥歯を食い縛って必死に声を我慢するのが可哀想で、だけど我慢させないと二軒隣まで聞こえそうなので耐えてもらうしかない。
泉はくったりと肩に頬を預け、足りない、と呂律が覚束無い様子で言った。
首筋に唇を落とし、耳を食みながらねえ、と甘えたような声を出す。

「お尻もいじって」

くっと笑うと正気に戻ったらしい泉がやっぱなし、と慌てて首を振る。

「開発が順調に進んでいるようで」

「あ、いや、その…」

泉は自分から口にしたくせに今更羞恥から耳を真っ赤にさせ、か細い声でごめん、と謝った。
男としての矜持もあるだろうが、一度覚えた快感は簡単に手放せない。
なんでもない、忘れてという言葉を無視し、後孔に指を滑らせた。
泉が放ったものを潤滑剤代わりにし、主張する前立腺を指で擦り上げた。
泣いて、縋って、気持ちいいと叫ぶ声を口で塞ぎ、挿れてと懇願する言葉にやんわりと首を振る。
自分は一度出せば十分。それ以上は身体が営業終了と判断してしまう。
しかし、眦を朱く染めながら強請られるのは悪くない。
生物的な優越感か、なけなしのプライドを刺激されるのか。だからいつも限界まで追い詰めて欲しいと言わせてやりたくなる。
とはいえ、男同士は泉が思っている以上に苦痛が伴うだろうし、欲望を優先させて傷つけたくない。
ただでさえ負担は大きく、身体も心も痛めつけてしまう。
だから無理にセックスしなくともいいのに、泉は心が足りない分を身体で補おうと、俺を繋ぎとめる手段として焦っているように見える。
そういう理由でするものじゃないと言っても聞かないので、やんわりとはぐらかしながらセックスの真似事をしているが、本人が気付くまで意地でも挿れねえからなとムキになってしまう。
泉は背中を反らせながら二度目の精を吐き出し、涙が浮かんだ瞳で睨むようにした。

「…今日、も、挿れてくれなかった…」

「だって先に出しちゃったし」

「まだ若いんだから、もう一回くらいいけるよ…」

「無理」

「もー…!」

悔しいとごろごろベッドで転がるのを宥めながら服を着せて毛布をかぶせた。

「次はちゃんとしてくれる…?」

「さあな」

「わかりました!次までに色気ってやつを勉強してめちゃくちゃ誘惑して挿れさせてくださいってお願いするくらいにだな…!」

「無理だろ」

「やってみないとわからない!」

「わかったわかった。精々頑張れ」

「くっそ」

三上はいつも余裕ぶって、うんたらかんたら。つらつらと文句を言うのが耳障りでキスをしておやすみとぶった切る。
キスをすると大抵大人しくなるので便利だ。
今回も泉はぐっと言葉を詰まらせるようにし、数拍悩んだ後胸にすり寄るように身体を預けた。
泉の腰を引き寄せ、彼の脚の間に自分の脚を差し込む。
寒くなってきたこの季節、泉の高い体温の心地良さは癖になる。
じんわりと自分好みに変化する湯たんぽを抱えているようだ。
うつら、うつらと意識が薄れていったとき、リビングの方から熊!と叫ぶ秀吉の声がしたが、二人で無視をした。


END

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