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コンビニで飲み物とお菓子を購入し、買い物袋をぶら下げながら三上の少し後ろを歩いていると、ぽつ、と頬に水滴が零れるのを感じ天を見上げた。
先程までは蝉の声がよく似合うブルーに質量の濃い真っ白な雲だったのに、今は底が黒い雲が覆っている。
あ、やばそうだなと感じた瞬間バケツをひっくり返したような雨が降りだし、あー、と諦めたように呟く三上の腕をとって走った。
コンビニから寮までの間、雨宿りできそうな建物はない。
公園に大きな木があるが、そこに辿り着くまでの間にかなり濡れると思うので、それなら寮まで走った方が得策だ。
遠くで雷が轟く音が聞こえる。横殴りの雨に遮られ視界が悪い。
ついてないなあとごちながら、寮のエントランスに滑り込んだときには全身ぐっしょり濡れていた。
張り付く前髪をかき上げながら後ろを振り返ると、三上も同じような濡れ鼠で、髪の先からぽつぽつ雫が零れている。

「早く部屋行こう」

再び彼の手を引きずんずんと大股で部屋まで歩いた。
このままでは風邪をひくかもしれない。
自分は身体が強いのでそんな心配いらないが、万が一三上が体調を崩したら可哀想だ。
三上を自室に押し込み、玄関部分でズボンを脱ぎ、ネクタイを引き抜く。
ぐっしょりした制服のまま歩き回ると二次被害で大変なことになるから。

「ちょっと待っててね。タオル持ってくる」

鞄も放り投げ慌てて浴室へ向かった。
バスタオルを手にして戻りながら気付いた。慌てて自室へ連れてきたが、三上の部屋もすぐそこなのだし大きなお世話だっただろうか。
とにかくどうにかしないと、という思いでいっぱいで、その先を考えてなかった。
文句を言われないということは不快に感じてないのだろうか。おずおずとタオルを差し出すと、頭にすっぽり被りながらシャツの釦を外し始めた。

「あ、お風呂入る?着替え出しとくから」

「ああ」

シャツを脱ぎ、それを手に持ちながらズボンを捲って風呂に向かう三上の後ろをついて歩いた。
三上は洗面台でシャツをぎゅうっと絞り、クリーニング出さないとだめだなとぼやく。
そうだね、と適当に返事をしながら彼から視線を逸らした。
棚から三上の下着を取り出し、新しいバスタオルとパジャマのズボンをセットにして置いてやる。

「お前も入る?」

「ぼ、僕は後でいいや」

今一緒に入ったらむらむらするだろう。
そんなこともわからないのかと恨めしくなり、そもそも男同士で風呂に入ることをいやらしい目で見ないのが普通だよなと思い直す。
三上に背を向け、バスタオルでごしごしと頭を拭いていると、タオルを引っ張られ後ろから覆い被さるようにされた。

「濡れたシャツってやらしいよな」

かぷっと耳輪を噛まれ一瞬身体の機能が停止した。
彼の琴線に触れるポイントがよくわからない。濡れたシャツはやらしいのだろうかと考え首を捻る。
三上ならなんでも色っぽく見えるし、それ以外には何も感じないのでよくわからない。

「そういうもの?」

「そういうもの」

ふうん、と返事をし、それより早くシャワー浴びた方がいいよと言う。

「お前、本当に鈍いな」

「鈍い……?」

後ろを振り返ると濡れたシャツ越しに胸の突起をきゅっと摘まれ目を見開いた。

「わ、なに!」

「透けてる」

「そ、そりゃ濡れたから」

「好きだろ、ここ」

「す、きだけど今はお風呂に──」

抗議の言葉を発すると顎を掴まれ後ろを振り向かされた。
待ってと言う前に口を塞がれ、湿った唇を無理にこじ開けられる。
抵抗する気はなかったが、ますます身体から力が抜けていく。
風邪をひくかもしれないとか、早く身体を温めた方がいいとか、理性的な理由を並べ、なのに目先の快楽に溺れるどうしようもない奴だ。
雨の後の埃っぽさと、三上の香水と、甘いシャンプーの香りが鼻腔を抜け、狭い脱衣所に自分の吐息と水音だけが響く。
漸く顔を離してくれたので、喘ぐように息を吐き出しながら顔を戻す刹那、洗面所の鏡に映る自分が視界に移り、羞恥が身体を駆け抜けた。
慌てて俯き、口元に手の甲を当てる。なんつー顔してんだと自分を嗜め、こんな顔を今まで三上に見せていたのかと思うと自分を殴り殺したくなる。

「は、早くお風呂……」

真っ赤な顔を隠すように、彼からすり抜けようと身体を捻じったが、両腕を握られ腰を洗面台に押し付けられた。

「俺から誘うと逃げんのな」

「に、逃げてない」

その気になってくれるなら何でもする。
毎回毎回、自分ばかりがほしがって彼から手を伸ばしてくれないのが悔しかった。
地団駄を踏んだことも何度もある。
だけど今はちょっと羞恥でおかしくなりそうなので頭を冷やす時間がほしいだけ。
握られた腕に力を込め振り解こうとすると、ますます強く握られた。

「嫌がるなよ。興奮するから」

「変態?」

「お前ほどじゃない」

首筋に落ちた口付けに待ってくれと騒いだ。

「なに」

「い、今はちょっと、恥ずかしくて爆発しそうだから」

「恥ずかしい?なにが?」

「か、顔。思った以上に不細工だった」

「は?」

「鏡に映った自分が酷い顔してた……」

「へー」

で?と言いたげな顔をされ、この繊細な気持ちを彼に理解しろと言う方が間違っていると気付く。

「俺もお前も顔面偏差値低いし、顔なんて今更だろ」

「いえ、三上はイケメンなんで。そこんとこ間違わないでください」

びしっと手で制しながら訂正した。

「それはお前の目がおかしいだけ」

「本気で言ってんの?それとも謙遜?本気で言ってるとしたらちょっと神経疑うわ」

三上の両頬を包み、至近距離で視線を合わせた。

「まず顔自体小さいじゃん。何頭身ですか?っていつも測りたいのを我慢してるこっちの身にもなって。目も切れ長ですっきりしてるし、鼻高いし、薄い唇色っぽいし、口小さそうなのに開けると大きいのも可愛いし、それから──」

「わかった。もういい」

「よくない!」

下唇を噛み締めながらどう言葉にしたら伝わるだろうと考える。
本心から称賛しているのだけれど、彼が理解する気配はない。昔からあらゆる方法でわかってほしいと言っているのに、それはお前の欲目とぴしゃりと反論されて終わるのだ。
はあ、と溜め息を吐き、無自覚はこれだから困ると肩を竦めた。

「なんだよ」

「自分の価値は正しく理解した方がいいと思うんだけどなあ」

「生まれてこのかたこの顔だぞ。造形なんて気にしねえだろ」

「そうだけどー……」

「じゃあお前はかわいいって言われたら納得すんの?」

「そんなわけない。すぐ嘘だってわかるし。本気で言ってるとしたら目が腐ってるか視力が相当悪いかの二択」

「かわいいよ」

「は?」

「かわいい」

半分濡れた髪を耳にかけながら言われ、きょとんとした。
何を言い出すんだ。おかしくなった?熱でも出た?

「な、何を……」

ぱくぱくと口を開けたり閉じたりすると、くっくと笑われた。
また揶揄された。本気だと信じたわけではないけれど、悔しくて胸を押し返した。

「そうやって……!だいたい、かわいいなんて言われても嬉しくない!カッコイー方がいい!」

「お前も図体でかい俺をつかまえてかわいいって言うだろ」

「それはかわいいから……」

「かわいいは愛おしい、なんだろ?」

「そう、だけど……」

ぎりっと奥歯を噛み締めた。なんか悔しい。
あらゆる面で彼に敵わないのはわかっている。初めから自分は負け続けているし、それが悪いとも思わない。
だけど癪ではないか。口先だけで大童になる姿はさぞ滑稽だろう。一人相撲は悲しい。
だからってやり返す術はないし、そんな根性もないのだけれど。
小さく息を吐き、濡れたままこんな所で何やってんだろと冷静になり浴室を指差した。

「なに逃げようとしてんの」

「に、逃げるとかじゃなくて」

「もう恥ずかしいのおさまっただろ?」

思い出したくない顔が頭を過り、忘れていた現実が戻ってきた。
これからは声だけではなく、表情にも気を遣わなければいけない。最中にそんな余裕はないので意味はないし、じゃあ三上とセックスしないという選択肢は最初からない。

「じゃあ顔見ないで……」

「はいはい」

「絶対だよ?」

「しつこい」

これ以上の無駄な会話はやめ、と言うように口を塞がれ、腰に回っていた手がゆっくり背中を撫でるように上を目指す。
片手で後頭部を包まれ、もう片方の親指が胸をぐりっと押した。

「んー!ん、ちょ、待って……」

性急なそれに戸惑ったが文句は吸い取られ、口端からだらしなく唾液を零した。
彼の体液には麻薬でも入っているんじゃないかと疑うほど陶酔してしまうので、気をしっかり持てと自分に言い聞かせる。
濡れたシャツが身体にべったり張り付いて気持ち悪い。なのに脱がせずに触れられるものだから摩擦で苦しくなる。

「三上、い、たい……」

「痛い?」

こくこくと頷くと、キスをしたまま釦を外され安堵した。
腰を引き寄せられ、覆い被さるような口づけは捕食される前の獲物の気分になる。

「ん、んぅ……」

頭がぼんやりして、身体から力が抜けていく。膝が笑いそうになり彼の背中に回していた手が滑ると爪を立ててしまい、三上は一瞬痛みを我慢するように眉を寄せた。

「ご、ごめんなさい!」

「いいよ」

「力が、入らなくて……」

へたり込みそうになる二の腕を握られ、洗面台のへりに乗せられた。
腰に手を回され、支えてやるからと言われぼんやりしながら頷いた。両目に涙の膜が張りよく見えない。
何をしているんだっけ、どうするべきなんだっけ。考えているうちに鎖骨をがじがじ噛まれ痛みに腰を捻った。
逃げ場はないので、三上を挟んだ両足を巻きつけるようにした。

「痛い」

「好きだろ」

「うん」

自分が分離されたように感じる。考えたいのに思考が追いつく前に言葉が口をつく。
頭の端っこでおーい、しっかりしろーともう一人の自分がぶんぶん手を振っている。
ああ、わかってるよと何もわかってないくせに瞼を落とした。
彼の舌がそのまま落ち、突起を吸われて瞳を開けた。腰が捩れ、汗がぶわりと噴き出す。
三上の頭を抱えるように両腕を回し、短い呼吸を吐き出す。

「は、……」

自分でいじるのと他人にされるのはまったく違う。
三上の綺麗な長い指や器用な舌で触れられていると思うだけで辛く、それ以上の快感で眩暈がする。
舌先で転がされただけで下肢が反応したのがわかった。
恥ずかしくて脚を閉じたいが、間に三上がいるので隠せない。
くすりと胸元で嗤われ、更なる羞恥でおかしくなりそうだ。

「お前本当にここ好きだな」

「ち、違う!」

「自分でいじってんのに?」

「っ、もう、してないっ……」

「なんで?」

「……自分で、しても、気持ちよくない、から」

強烈な快感を覚えた後では自慰など霞んでしまった。

「へえ」

三上は愉しそうに笑い、突起を痛いくらいに摘んだ。

「っ、あ……」

「じゃあ俺もあんまり触らない方がいい?」

顎を掴まれ顔を寄せられる。
見ないでほしいと言ったのに。三上はこういうときの約束は全然守ってくれない。

「目、溶けそう」

ぐしゅぐしゅの瞳に軽く口付けられ、荒い呼吸を整えながらやんわりと首を振った。

「なに」

「三上には触ってほしい……」

蚊の鳴くような声で言うと頬を包むようにしながら口に親指を突っ込まれた。

「ちゃんと言え」

「……ここ、触って、舐めてほしい、です……」

胸を突き出すようにすると、三上は皮肉が篭った笑みを張り付けた。
あ、失敗した。瞬時に思う。
この顔をするときは酷くされると経験上わかってきた。
だけど、そういうときほど自分も興奮してしまうので、僕たちは破れ鍋に綴じ蓋なのかもしれない。
舐めて、転がすを繰り返され、腰に疼きが溜っていく。

「そこ、ばっかり苦しい」

大したふくらみもない平坦な胸を弄っても三上的に楽しくないだろう。
される側は最初から最後まで気持ちいいだけで済むが、する方は相手を楽しませるべく技巧を凝らす。それがいつも申し訳なくて、面倒なことさせてごめんねと謝りたくなる。
早めに切り上げてさっさと終わらせるのがせめて自分ができることと思うのに、三上は口を放してくれなかった。

「みかみ、もういい」

「なんで?」

下から見上げるような視線を寄越され手の甲で顔を隠した。

「じんじんする。痛くなりそう……」

懇願するとやっと顔を離し、洗面台から下ろされた。へたり込みそうになるのを支えられ、ぐるんと身体を反転させられ顎を掴まれた。

「あ……」

鏡と対面するような形になり、顔を逸らしたいのに固定されてそれも叶わない。

「い、嫌だ。こんなの嫌だ」

いつもそうだが、拒絶する言葉を口にするたび彼は愉しそうに嗤うし、逃げ場を与えてくれない。

「ほら、かわいいだろ」

「か、かわいくない!嫌だ。いや……」

項に口付けられ、首を振る度叱るように突起に爪を立てられた。

「っ、あ、」

背中を反らせ、下着の中の変化に涙を零して泣き叫びたくなる。
雨のせいだけじゃない気持ち悪さ。このままではやばい。乳首だけで達したら笑い者もいいとこだ。早くどうにかしないと。
力を振絞り、背後の三上の頭に手を回した。

「中で、中でイきたい」

「……お前どこでそういうの覚えてくんの?」

「お、覚え……?」

上手く廻らない頭でぽかんとすると、ベルトを外され漸く下肢に触れてくれた。
ああ、よかった。これで一応の体面は守られる。抱かれている時点で体面もくそもないと思うが、いくらプライドの低い自分でもこれ以上の醜態は避けたかった。


ベッドの上に腹ばいになり枕を抱えてぐったりした。
洗面所で一回出して、風呂に入ってもう一回出して、ベッドで二回出した。もう身体中がからからだ。
一回出せば十分だと抗議したことがあったが、三上曰く、数を打てないから最初に僕を満足させないといけないのだそうだ。
三上が滅多に手を出してくれないのは、毎度のセックスが生死を賭けた戦いのように濃厚だからではないか。
もっとさらりとあっさりした方法でいいと思うのだが、一度火がつくとお互い止まらなくなるので三上のせいだけではない。

「あー……」

ん、ん、と咳払いしながら喉の調子を確認すると、ペットボトルを差し出された。
涙も汗もでないほど干からびていたので、ありがたく頂戴して喉を潤した。
ベッド脇のチェストにことりと置き、枕に頬を寄せてぼんやりした。
頭の中がまだ上手に回らない。余韻が長引く身体が苦しい。おまけに指で好き勝手された尻がひりひりする。
三上は床に座り、首からタオルを下げ携帯を操作している。
なんで僕ばかりがこんな風になるのだろう。する方だってそれなりに体力や筋肉を使うだろうし、ならベッドで大の字になってもいいのに。
彼のセックスに付き合うにはもう少し体力を付けないと本当に死んでしまうかもしれない。
求められれば嬉しいが、この重苦しさだけは好きになれない。
泣き言のように尻の違和感を訴えると、にゅっと手が伸び乱暴に腰をさすられた。
ピロートークはしないけど、アフターケアはしてくれるのが三上らしい。

「……三上さん、一つ提案なんですがね、もう少しあっさりしたセックスに切り替えませんか?」

「なに言ってんの。お前が強請るからだろ」

「そんな覚えはないんだけど」

「覚えてねえの?」

「本当?本当に強請ってる?」

「俺が嘘言うと思うか」

その通りなのだが、まったく覚えはないし、最中の記憶はところどころ途切れている。
うーん?と不満たっぷりの声を出して首を捻った。

「じゃあ今度撮っといてやるよ。後で自分で確認すれば?」

「あ、それは欲しいけど、映るのは三上だけでいいんだよなあ……」

「嫌だって言えよアホ」

「いやいや、隠し撮りするような奴だよ?映像だってほしいに決まってるでしょ」

「はいはい、俺が馬鹿でした」

さらりと流されたが、今度隠しカメラを設置しようと思案した。
有馬先輩に頼めばなんか適当にいい感じのアイテムをもらえるだろう。きっとあの人のことだから潤の了承を得ずに撮ってると思う。
ふふふ、と笑うと変なこと企むなよと背中を思い切り叩かれた。


END

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