カサブタ



外階段を上り扉横にある簡易的なチャイムを押した。
中から微かに返答がある。近付いてくる足音と共に遠慮がちに扉が開いた。

「明けましておめでとうございます」

微笑みながら言うと、対応してくれたおばさんは目を丸くしてふにゃりと破顔した。

「明けましておめでとう。今年も馬鹿息子を宜しくお願いします」

「はは。こちらこそ」

「学君久しぶりだね。冬休み全然来てくれないから寂しかったじゃない。彼女でもできた?」

「まさか。俺モテないのおばちゃんも知ってるでしょ?」

「ご謙遜をー」

にこにこと安心するような笑顔が懐かしい。
寒い中立ち話もなんだから、と中へ招き入れてくれた。
茶の間には炬燵で伸びている真琴の姿があった。正月を満喫しまくっているらしい。
食べて寝て、また食べて寝て、それの繰り返しで困ったものだとおばさんが温かいお茶を出しながら溜息を吐いた。

「大丈夫。真琴は成績優秀だし、学校でも勉強頑張ってるから長期休みくらいサボっても平気だよ」

「そうかしら。誰かが叱ってあげないと動かないから心配よ。もう高校生なのに小学生のままなんだもの」

おばさんはやれやれと首を左右に振るが、親が思っているより子どもは成長している。
その姿を見せるか見せないかの違いで、意外と色々考え学び、努力もしているものだ。
真琴は一切親兄妹に弱みは見せないが苦労もしているし、沢山のことに耐えて乗り越えてきた。いつも一人で頑張っていた。
隠しているのでひけらかすつもりはないし、虐めなんて知られたくないだろうから余計な口出しはしないけど。

「真琴ー。学君来てくれたわよー」

肩を左右に揺さぶられても不機嫌そうな声で唸るだけで起きる気配はない。
近くの神社へ毎年恒例の初詣に行こうと思ったのだが。
真琴を起こすのを諦めておばさんはお茶を啜った。

「そういえば、この前高校のお友達が来てくれたの。学君ともお友達なのかしら?」

「誰だろう?」

思い浮かんだのは柳と夏目。それくらいしか友達はいないと思う。失礼だが。

「三上君っていう子よ」

「三上…?」

まさかの人物に目を見開いた。確かに友達以上ではあるが、あの三上がわざわざここまで来たなんて信じられない。

「知ってる?」

「知ってるけど…。あの三上が…」

「駅で偶然会ったの。近所に用事があったみたいで。真琴と一緒に引き留めちゃった。無理矢理泊まらせちゃったけど、大丈夫だったかしらねえ」

思い出しているのか、おばさんはにこにこと笑った。
それほど嬉しかったのだろう。自分以外の友人がいるという現実が。
しかしあの三上が。用事など絶対あるはずがない。この近所に三上と仲がいい奴は住んでいないし、親戚がいるとも思えない。
大きな街じゃないから買い物でもあるまいし、真琴に会いに来たのだろう。真琴は一ミリも感じ取ってはいないだろうが。

「三上がねえ…」

口元だけで笑った。三上から嫌われているのはわかっている。
本人は認めないだろうが所謂嫉妬というものだろう。わかった上で自分も多少の悔しさから三上をいじめてしまうのだ。
三上が悪いわけではなく、真琴に好かれる男じゃなかった自分が悪い。
けれど、癪ではないか。こちとら十年以上の片想いを呆気なく奪われた。
しかもこちらは喉から手が出るほど真琴がほしかったのに、三上は真琴を邪険に扱うのだ。
そんな男に奪われたのだから少しの嫌味くらい許されるだろう。
自分も大概性格が悪いと自覚はしている。

「真琴ー」

肩を大きく揺さぶりながら思った。恋人の座は譲れども、幼馴染の座は譲らないし、ある意味恋人以上に貴重かもしれない。こちらには今までの歴史がある。

「起きろ!」

軽く髪を引っ張ると漸く瞼を持ち上げた。

「……あれ、なんで学が」

「初詣行くぞ」

「あー。そっか。寝てる間に年明けたんだ…」

鳥の巣のような髪を撫でつけながらも真琴はまた瞼を閉じようとした。
炬燵の温かさに抗うのは辛い。外は寒いし気持ちを切り替えないとこの天国からは抜け出せない。

「早く行くぞ」

背中を叩くと閉じかけていた瞳がぱちっと開いた。

「起きなさい真琴。早く準備して。いつも学君に面倒かけちゃうんだから」

「はいはい。起きます起きます」

色んな高校生がいると思うが母親の小言に対する反応はどこも変わりない。
うんざりした顔で着替えに向かう後ろ姿を苦笑しながら見送った。
着替えを済ませ、二人で外に出た。
ひゅっと冷風が目の前を通り過ぎ真琴は肩を竦める。

「寒い!」

「冬だし夜だからな」

「僕寒いの苦手だ。暑いのも嫌だけど」

言うことが段々三上に似てきた。あれに毒されてはたまらないので、真琴は真琴のままでいてほしい。真琴があんな性格になったら絶望してしまう。

「文句言わないで行くぞ。歩いてれば暖かくなる」

「そうかな…」

それでもぶつぶつと何かを言っているが全て無視した。
ちらっと真琴を見て、見かけない上着を着ているなあとぼんやり思った。
真琴は自分の服に金をかけるタイプではないし、数着をぼろぼろになるまで着古すのでいつも同じような格好をしている。こんなことは珍しい。

「コート買ったのか?」

漸くか。という思いを込めた。なにか暖かい物を一着は買えと日頃言っていた。

「あー。まあ…」

その濁し方でなんとなく察しはついた。
真琴は自分に対して三上の話題を避けるが、避け方が不自然すぎて逆に一発でわかってしまう。
そんなに気にせずともいいのに、未だに自分を振って三上とつきあったことに罪悪感を持っているらしい。
そんな風に気にする必要はないと一度言ったが、聞く奴ではないし真琴の心の問題なので気にしないふりを続けている。
真琴の変化にはすぐに気が付くのに、こいつは本当になにもわかってないなと苦笑した。
首につけているネックウォーマーも三上のおさがりだとすぐに気付いた。そしてそれを愛おしそうに、肌身離さず大切にしていることも。
真琴から三上と同じ香水の香りがすることも。
真琴には三上しか見えていないのだとまざまざと見せつけられる。
悔しいと感じる気持ちは残っているが、ここまで極端だと諦めるしか道がないのだと確信できる。
後は三上が同じくらい真琴を大切にしてくれれば文句はない。
けどそうではないから苛々する。二人のつきあい方に口を挟むほど野暮ではないが、それが恋人に対する態度か、言動か、どうして大事にしてやらないと、いつだって喰ってかかりたいのを我慢している。三上の僅かな優しさに縋る真琴を見ているとなにも言えなくなる。
それでも、贈り物をしたり会いに来たり、多少進歩しているのかもしれない。
気紛れかもしれないが。

「真琴はなにお願いするの」

「んー。なににしようかなー。っていうか、そういうのって人に言っちゃだめなんじゃないの?」

「そうだっけ?」

「そうだよたぶん。だから学も人に言ったらだめだよ。効果なくなるから」

真剣な顔で言われぷっと吹き出した。

「なぜ笑う!」

「いや、なんでも」

本気で神様が願いを聞き入れると思ってないにしても、そんな本気にならずとも。願掛け程度に抑えるという選択はないらしい。

「家内安全とかおやじっぽい願いはやめてね。もう少し自分のことお願いしてよ」

「自分のこと?でも家内安全が一番じゃん。その中に自分も含まれてるわけだし」

「だめだよ。学はもう少し若者らしく、我儘になった方がいいから」

「はは。結構我儘言ってると思うけど」

「言ってない。まだまだ足りない」

それは真琴に見せていないだけだよ。とは言わないでおく。
幼馴染ポジションは死守したい。自分のエゴから三上と静かな交戦をしているなんて一生黙っておこう。

今年は真琴に関する願いはしない。
学校で上手くやっていけるようにとか、いじめがなくなるようにとか、それはすべて真琴自身で乗り越えた。三上もいてくれる。
手元から子どもが離れた親の気分だが、真琴が言うように自分のことをもう少しは考えよう。
好きになれる子を探すのもいいかもしれない。そうしないと真琴はいつまでも自分に遠慮したままだ。
好きな子を作るきっかけすら真琴だなんて、自分に呆れてしまうが。
すべてがこの人間を中心に回っていたので切り替えが上手くできない。

「そうだな。じゃあ彼女ができますようにってお願いするよ」

「…うん!大丈夫、学ならお願いしなくてもできるよ!僕が保証するから!」

前向きになってくれたのが嬉しいのか、真琴は満面の笑みを見せた。

「真琴に保証されてもなあ…」

「なんだよ!そこは保証されとけよ!」

寒くて暗い冬の道を並んで歩く。
恋人という関係じゃなくても真琴と一緒にいられる。
もしかしたらそれ以上を望んだのが悪かったのかもしれない。自分には十分すぎた。
ほしい物は真琴しかなくて、それすら望めなくなって虚しさばかりで気が滅入りそうになるのを律して、そんな自分に疲れての繰り返しだ。
いつまで自分はこんな風なのだろう。
無邪気に振る舞う幼馴染を憎いとは思わないが、こんな自分に効く薬があったらいいのにとは思う。
だから今年は変わらなければいけない。恋なんかじゃなくていい。勉強でも趣味でも、他に夢中になれるものを探さなければ。
いつまでも真琴に囚われているとそのうち心が錆びて腐ってしまう。
もしかしたら三上と大喧嘩、なんてしでかすかもしれない。それはそれで気が晴れそうだ。それもいいかもしれないと思うが、真琴がどちらの味方にもなれずにおろおろするのは可哀想だ。だから一発だけ殴らせてくれないだろうか。後腐れなしで。
想像して笑ってしまった。

「なに。一人で笑うとか僕みたいだよ。学大丈夫?」

「真琴よりは大丈夫」

「僕の方が大丈夫です」

くだらない言い争いが懐かしくて楽しくて、やっぱり立ち位置はどうであれ真琴と関係を絶つことはできないんだなあと実感した。

「よし、今年は気合入れてお願いするからお賽銭を奮発するぞ」

財布から五百円玉を取り出した真琴に、五百円かよと突っ込んだ。
賽銭箱に向かって走って行く後ろ姿を見て、見守る役目もあと少しだとなんとなく思った。


END

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