7



とりあえず仲直りをすませたし、購入したコーヒーメーカーを自慢したくて三上にブラックのコーヒーを淹れ、差し出した。

「安いやつだけど、インスタントよりは美味しいでしょ!」

「…まあまあ」

「あとね、これ蓮にクリスマスだからってもらってね。似合う?」

「似合うんじゃねえの」

「相良君が一緒に選んでくれたんだよ!やっぱりオシャレさんは違うよね!」

「そうですね」

「なんだよー、もうちょっとちゃんと見てよ」

「うるせえな。お前はテンションの浮き沈みが激しいんだよ」

「そこが僕のいいところ」

ウィンクをつけて言えば、冷たい視線をお返しされた。
いつものことなので今更だ。
そこで漸く気付いたが、三上と共に過ごすだけではなく、プレゼントも用意したのだ。
急いで立ち上がり、寝室へ走った。
クローゼットを開け、奥から小さな箱を取り出した。
両手で掬い上げるように持ち、三上のもとへ戻る。

「メリークリスマス」

笑顔で差し出すが軽く目を見開いたまま受け取ってくれない。

「…あの、クリスマスプレゼント…」

落ち着いて言えば、数拍後に漸く受け取ってくれた。
隣に着いてどんな反応をしてくれるのか顔を覗き込む。

「なんだよ」

「開けてみて!」

「…あとで開けます」

「なんで!今開けるでしょ普通!」

「そうかよ」

溜息を吐きながらも箱を開け、中身を確認すると今度は長い溜息だ。
笑顔になってくれると思ったのだが、気に入らなかっただろうか。
三上が見ている雑誌に載っていたものだし、流行はよくわからないが、それでも間違いはないだろうと思ったのに。
失敗したのかと思うと落ち込んでしまう。
他のブランドがよかったのだろうか。

「…なんでこれ選んだ」

「なんでって…だって恋人だから」

「だからって普通男から男に指輪はねえだろ」

「なんで?好きな人にあげるものでしょ?」

「いや、そうかもしれねえけど…」

「三上に贈り物送るなんてクリスマスか誕生日しかないし、いつまで一緒にいられるかわからないから恋人らしいプレゼントがしたかったんだ…」

俯きながらも小さく反論をした。
気に入らなかったらつけてくれなくても構わない。捨てられなければそれでいい。
お店には大胆なモチーフの指輪が多かったが、あまり三上と連想できず悩んでいると店員がアドバイスをくれた。
ペアリングとして人気が高いから、女性でもつけられると。婚約指輪に選ぶ人もいるのだと。
相手は女性ではないが、あまり主張しすぎないシンプルなデザインがとても似合うと思ったし、ペアではつけないし、婚約もしないが、一方通行でも愛の誓いを贈りたかった。

「…気に入らなかったらつけなくてもいいから捨てないでね」

「捨てるかよ…。ちゃんとつける…」

「つけて、くれるの…」

「そのまま置いておくのも勿体ねえだろ」

「ほんと!じゃあちゃんとつけてね!」

さっそく、三上から指輪を奪い去り左手を手繰り寄せて薬指にぎゅうぎゅうと押し込んだ。

「おい!なんでそこなんだよ!」

「恋人だから」

「ふざけんな!」

「ケチー!じゃあ右手でもいいよ」

「右手だろうが薬指なんかにははめません」

「でも、薬指に合うサイズにしたもん」

「は!?」

「サイズがわからないって店員さんに言ったら、リングゲージ貸してくれて、三上が寝てる間に計っちゃった!」

「お前……」

頭が痛いと言わんばかりに眉間に皺を寄せ、今日何度目かの溜息を吐かれてしまった。
恋人からの指輪は薬指にはめるものだと思い、なんの迷いもなくそこにしたのだが、間違っていただろうか。

「つけてくれるって言ったよね?」

「言ってない。飾るって言った」

「つけるって言ったもん。勿体無いって!ほら、恥ずかしがらずに遠慮なくどうぞ!」

「遠慮なんかしてねえよ!」

「大丈夫だよ、誰も三上の指なんて気にしないから」

「じゃあつけなくても同じじゃねえか」

「僕だけがわかってればいいの!これ見る度に僕を思い出して胸がきゅんてするでしょ?」

「アホか。脳内お花畑野郎」

「つーけーろー!一生懸命選んだんだよ!三上の部屋にある雑誌をこっそりと持ち帰って勉強したんだよ!」

「なくなったと思ったらお前か!」

「お店に入るのも緊張したんだよ!そんなブランドつける格好じゃないのに頑張った僕に免じてつけなさい」

「日本語おかしいだろ」

「男に二言はないんだよ三上」

それを言われると三上は絶対に言うことを聞いてくれると知っての言葉だ。我ながら汚くできていると思うが、それをつけてもらえるのは恋人でいられる一時の間だけなのだから許して欲しい。

「…わかったっつーの…」

嫌々なのだろうが、右手の薬指にはめてくれ、その手をじっと見詰めた。
三上はいつも右手の人差し指にも指輪をしているから、一つ増えたところで違和感はないし、無骨な指にスペーサーリングはとてもよく似合う。
男らしくもどこか気難しく繊細な雰囲気が備わっている三上にぴったりだ。

「満足じゃ」

「どこのお代官だ……俺は何も用意してねえぞ」

「わかってるよ。なにもいらない」

「…それじゃフェアじゃねえだろ。何か言えよ」

「でも欲しいものなんて…」

何もない。物欲はないし、今日買い物を楽しんで満足してしまった。
三上からもらえる物ならば、花一輪だって嬉しい。
けれど、本当に欲しいものは三上の心すべてであり、強請ったところで手には入らない。
お金で買えるのならば、どんな大金でも積んだけれど、そうでないからこんなに苦労している。

「なんでもいいから」

「…って言われてもなー……あ、じゃあ今日寝るまでラブラブして」

「は?」

「一度もしたことないしクリスマスくらいいいじゃん。寝るまでだし」

「してんだろ、毎日」

「してない!そんな記憶ない!」

「忘れてるだけだって」

「忘れるわけない!それじゃなきゃ嫌だ!」

「…お前、俺にそんな注文はないだろ。んなこと今までの人生で一度もしたことないわ」

「じゃあ僕が初体験だね?」

「その言い方やめろ。殺したくなる」

「えへ。無理な要求はしないから。お願い」

ぎゅっと三上の服を掴めば、横目でこちらを見て、そしてわかったとぶっきら棒ではあるが言ってくれた。
答えに満足して笑みが零れる。
本当に、無理な我儘を言うつもりはない。
ただ、それに応えようとしてくれる三上の気持ちだけで充分幸せで、頷いてくれたならば僕のことを多少は好きでいてくれるのだと鎌をかけたのだ。
三上は他人に合わせることを嫌うし、本気で嫌ならば全力で拒否するだろう。
断られたら、それはそれで随分落ち込んだだろうが、それでも彼は頷いてくれた。

「……ケーキ、買いに行くか。コンビニくらいしか開いてねえけど」

「…行く!」

二人で仲良くデートとはいかずとも、たかがコンビニだとしても、とても嬉しい。
そのコンビニですら一緒に行ったことはないし、肩を並べて歩くことすら貴重なのだから。

急いでブルゾンを羽織り財布に手を伸ばそうとしたが、それよりも早く三上に腕を引かれた。

「鍵は」

「…ポケットの中」

「行くぞ」

廊下に出ればぱっと手を離されてしまった。今のも三上なりのラブラブ、の形なのだろうか。
本当に恋愛経験がないのはお互い様だと笑みが零れる。
不器用な三上。それでも頑張ってくれていること、知っている。
やり方はスマートではないし、無骨だけれど、だからこそ愛おしいのだ。

外に出ると小雨が粉雪に変わっていた。

「雪だ!ホワイトクリスマスだ!」

「…嘘だろ…」

げんなりする三上だが、僕は年甲斐もなくはしゃいでしまう。
歩きながらも両手を伸ばし、一生懸命それを掴もうとした。
手に落ちるとすっと消えてしまうが、だからこそ尊く、儚く、求めてしまう。

「…綺麗だね」

「寒いだけだろ」

「もー、三上は本当にロマンがない男だなー」

「俺にそんなもの求めんな」

きっとパウダーのような雪は積もりはしないだろうが、サンタさんからのクリスマスプレゼントだ。
ホワイトクリスマスなど東京に住んでいる限り滅多にできない経験で、その貴重な日を三上とこうして過ごせる。
なんて、幸せなのだろう。数時間前はあんなに絶望していたのに。

スキップしたい気持ちを抑えながらコンビニまで歩き、二つ入りのケーキを購入し、三上がそれを手にぶら下げながらまた寮への道を並んで歩く。
こうして歩けるのはとても幸せなのだが、雪が降るほど冷えた空気は容赦ない。
両手に息を吹きかけるが、それは一瞬の温もりですぐに冷気が奪い去ってしまう。

「…鼻真っ赤だぞ」

「寒いもん」

「だから雪なんて寒いだけだって言っただろ。あんだけ雪触ってればそうなんだよバーカ」

「どうせバカだもんねー。僕は三上と違ってロマンチストなんです」

「ああそうですか、そいつはようござんした」

胸の辺りで両手を擦り合わせると、右手を引かれた。
戸惑う隙もなく、三上がその手を握る。

「…み」

「なんか言ったら殺す」

「……ふふ、」

零れてしまった笑みは三上に聞こえてしまっただろうか。
半歩前を行く彼は振り向こうとはしないし、その背中はご機嫌斜めだと語っている。
そんな不器用なところがたまらなく好きだ。

何処かへ出かけずともいい。当たり前の日常を当たり前に過ごせるだけでいい。
これよりも幸せを望むなど愚かだ。
その背中をいつまでも追っていたい。歩調は合わせてくれずとも、追いかけることを止められないうちは、こうして見詰めていたいんだ。





END

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