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「……調子に乗って買い過ぎた…」

蓮へのプレゼントを選びに繁華街へ出かけ、滅多に外出しないものだから、様々なお店を覗いては歩き回って漸くプレゼントを購入した。
それで終わればよかったのだが、お世話になっている潤にもなにか、そして自分にもなにか買ってみようかと、一度財布の紐を緩めると止まらなかった。
とは言っても自分の全財産などたかが知れているが、コンビニや学食以外での買い物など本当に久しぶりで感覚がわからないままに両手に荷物をぶら下げて部屋へ帰宅したのは七時前だ。

「うー、寒い…」

早急にエアコンのスイッチを入れ、荷物をソファの上に置いた。
マフラーをとり、薄手のブルゾンをベッドの上に放り投げる。
リビングに戻り、購入したものを袋から取り出す。
蓮へはスマートフォンケースを購入した。傷がついてしまいそうだから何か買わなければとぽつりと言っていたのを思い出したのだ。
潤へはバスグッツを購入した。お風呂が好きだと言っていて、けれどもそういう物が売っている場所はいつも女の子ばかりで入りずらいと言っていたから。
何がいいのかまったく知識がなかったため、店員に勧められるままバスソルトをいくつか買ってみた。
香りも様々で、興味本位で自分へも買い、蓮も喜んでくれるだろうかと想像しては顔を綻ばせる。
家電屋さんを覗くと最近の携帯電話やAV機器があり、物珍しくてかなりの時間をかけてすべてのフロアを見て回った。
そこで小ぶりのコーヒーメーカーを見つけ、それも購入した。
蓮も僕も好んで飲むし、須藤先輩が訪問したときにも活用できると思ったから。
学にも簡単な物だがプレゼントを選び、とても充実した時間を過ごせたと思う。

「お金なくなっちゃったなー…」

財布の中身は空っぽに等しかったが、とても満足していた。
好んで買い物に出かけたりはしなかったが、何故女性がストレスが溜まると買い物に出かけるのか理解できたような気がする。
視界に入る景色は目まぐるしく変化し続け飽きさせないし、余計なことを考える隙間を与えない。
どんなに落ち込んでいても元気な店員の声を聞いていればこちらも釘づけになるし、擦れ違う人たちも皆幸福そうで、それが伝わってくるのだ。
興味をそそられるものがあちらこちらに並べられており、見ているだけでも充分楽しめる。
元々地味に生活してきたから次のお小遣いまで無一文でも問題はないだろう。
食費分はきちんと確保している。

早速購入したコーヒーメーカーでコーヒーを作り、ほっと一息ついた。
気付かぬ内にだいぶ疲れていたようで、小さな溜息が零れた。
カーテンを開け窓の外を眺めれば小雨が降りだしていた。
夜更けには雪になると天気予報で言っていたと思い出す。
その光景を三上と見れたらどんなに幸せだろうかと思ったが、何度携帯を取り出しても彼からの連絡はない。
諦めきれずに待ち続けてしまう自分が惨めでとても滑稽だと思う。
わかっているのに割り切れない。
クローゼットの奥には三上へと購入していたクリスマスプレゼントが眠っている。
受取人不在になってしまったそれがひどく寂しそうだ。
このまま別れることとなったら誰かにあげよう。
自分には似合わないと思うし、なによりもそれを見る度に泣きたい気分になってしまう。
三上への贈り物を考えている時間がとても幸福だったことを思い出す。
好きな人の喜ぶ顔が見たい一心で選んだのだ。
どんなクリスマスになるだろう。滅多に笑わない彼だけれど、きっと微笑んでくれる。
そんな風に思っていた。
まさか、こんなことになるなんて。
小さな喧嘩は毎度のことだし、泣き喚きながら謝って漸く許されてきた。
しかし今回は謝罪の言葉すら受け付けてくれないらしい。
なんとかならないだろうかと考えたが、なにをしても空回りしそうな予感しかしなかった。
良かれと思ってした行動が、いつも三上の癇に障っていた。
違う人間なのだから感情は読めないが、それでも三上は特別気難しい。

コーヒーを半分飲み終えれば胃がきゅうきゅうと痛んだ。
そういえば朝から何も食べていないことを思い出す。買い物に夢中で、食欲は二の次だったのだ。
休暇中は学食は勿論閉鎖されているし、ご飯が食べたいのであれば自分で用意するしかない。
しかし簡易キッチンは料理ができるほど本格的なつくりをしていない。
電気コンロが一口と小さなシンクがあるだけなのだから。
今更外食する気にもなれず部屋の中に食糧はなかったかと探したが、パンの一切れも残っていない。
仕方がなくソファに投げっぱなしにしていたブルゾンを羽織りコンビニを目指した。
明日まで寮で過ごし、それでも彼からの連絡がなければ諦めて実家へ帰ろうと思っていたので、二日分のおにぎりや菓子パン、即席麺を買い込んだ。
小さなクリスマスケーキも売っていたが、自分一人で食べるには寂しすぎるのでそれからは目を逸らした。
袋いっぱいになったそれを持ちながら帰り道を歩いた。
雨はひどく冷たく、吐く息は白く濁る。
手袋をはめていない手は雨に触れる度に体温が下がりぴりぴりと痛んだ。
やっとのことで寮に辿り着いた頃にはすっかり身体が冷え切っていた。

「真琴」

背後から呼ぶ声がし、そちらを振り返ると学と相良君がロビーを抜けるところだった。

「…学…」

同室だし、相良君はどことなく僕と似ているから扱いやすいし放っておけないのだといつか学は言っていたが、クリスマスまで二人でいるところを見ると本当に仲がいいらしい。

「一人?」

「うん、コンビニ行ってきた」

「…三上と一緒じゃないのか?」

「…まあ、色々あって…」

学と三上の話しをしたくなくて、極力明るい笑顔を向けた。

「学は?相良君と遊んできたの?」

「ああ」

長身の二人が並ぶと自分がますますちっぽけに思えて縮こまってしまう。
羨ましいくらいに学は歳と共にどんどん背が伸びて十cmも差ができてしまったが、相良君も学と然程変わらないくらいに背が高く、スタイルもとてもいいと思う。

「彼女がいない寂しい者同士でぱーっと遊んできたんだよ!」

屈託のない笑顔を向けてくれる相良君に、自分も曖昧に微笑んだ。
人見知りな僕はどう接していいのかわからずに戸惑うが、相良君はそんな心の壁も一瞬で壊すような力を持っている。

「泉、その服似合うじゃん!」

「あ…これ、一緒に選んだって蓮に聞いた…ありがとう。すごく気に入って…さすが相良君、センスいいよね」

「でしょー!俺の目に狂いはないのだよ!」

茶目っ気のある笑顔が可愛らしくて、ついついつられて笑ってしまう。
男らしく僕なんかよりもずっと大人びた顔立ちをしているのに、仕草が子供っぽくて飾らない表情が親近感を覚える。
これは学が放っておけないと言っていたのも頷ける。
蓮はたまに景吾は手が焼ける、なんて言うが憎めないなにかが彼にはあると思う。

「俺らもこれから夕飯だけど、真琴も一緒に食べるか?」

一人ぼっちの僕を気遣ってか学は言うがそれにやんわりと首を振った。

「いいよ。気にしないで。相良君と楽しんで」

「人数は多い方が楽しいって!」

「でも…」

「ケーキもあるし!」

相良君は片手で持っていたケーキ箱を軽く揺らして僕の腕を掴んだ。

「皆でクリスマス祝おうぜー!」

豪快に笑う姿に、どうせ一人きりならば笑顔の中にいた方がきっと楽しいと思い、頷いた。
学も安堵したように微笑み、また心配をかけてしまったかと苦笑が零れる。

「じゃ、俺らの部屋に行きましょうか」

掴まれた腕はそのままに、先導する相良君に黙って従った。
部屋は僕の方が近いので一度そちらに寄って買い込んだ食糧を置くと提案する。
最後の賭けにでようと、ポケットの中の携帯を取り出して見たが、着信もメールも知らせてはくれない。
気取られぬようにこっそりと嘆息を零す。
しかし、友人と過ごすクリスマスだってきっと楽しい。
学とは何度か一緒に過ごしているが、相良君と話す機会は今までなかったし、これを機に多少仲良くなれたら嬉しいと思う。
前向きに考えればむしろ幸運なのかもしれない。
あれほど望んでいた友人という存在を増やせるチャンスだ。
虐めの対象から外された今でも人と関わるのは苦手で、どうすれば友人ができるのか方法がいまいちわからない。
学に依存せずに、これからは自分だけの力で人間関係だって良好にしてみせると決めたのだ。
自分の殻に閉じこもらず、失敗したとしても経験を積まなければ。

「随分大きいケーキだね」

相良君の背中にぎこちなく問いかければ、首だけこちらに振り返る。

「いっぱい食べようと思って。泉も遠慮せずに食べろよー。シャンパンも買ってきたんだ」

「そ、そっか…」

「真琴、景吾は大食いなんだ。これくらいなら一人でも食べれるよ」

「一人で、これを…」

「そんな言い方すると俺が独り占めする意地悪みたいじゃんかよ。ちゃんと皆に分けるって!」

「どうかなー。そう言っていつも俺の食いもんとるからなー」

「人聞きの悪いこと言わない!」

応酬を交わす二人を眺めていると、まるで一年前の僕と学のようだった。
多少嫉妬を覚えてしまう僕は本当に性格が悪いと自己嫌悪だ。
俯いて、そんな自分を振り切るように軽く首を左右に振ると、相良君が急に立ち止まり、背中に思い切り額をぶつけてしまった。

「っ、相良、君…?」

「…お客さん?」

その視線の先を追うと、部屋の扉に背中を預けるようにして立っている三上の姿があった。

「あれだ、秀吉と同室の……えーっと…三上だ!」

相良君が指差して叫ぶが三上はそれには答えようとしない。

「景吾、行こう」

「なんで?どうせなら三上も誘う?」

「人数が増えればその分ケーキ食べられなくなるぞ」

「あ…」

「わかったら先に行こう。ほら」

今度は学が相良君の腕をとる。

「泉ー、待ってるからなー!」

大きく手を振りながら相良君に言われ、視線でそれに応える。

廊下に二人だけ残され、一瞬で空気がずっしりと重みを持つ。重力は変わらないはずなのに、押し潰されそうだ。
三上は口を開こうとしないし、何をしにここに来たのかもわからない。

「……あの…」

なんと声を掛ければいいのか。いつもはどんな会話をしていただろう。
会話という会話などなく、僕が一方的に話し続け、最後にはうるさいと一蹴されて終わりだったような記憶しかない。
本当に、僕達の関係は一方通行だらけだ。

「……部屋、入れろ」

「あ、ごめん、寒いよね…」

慌ててポケットから鍵を取り出し施錠する。
電気やエアコンはつけたままだったので室内は明るく、それだけでも少しだけ空気が軽くなった気がする。
ソファに着いた三上の後姿を見て、心臓が煩く鳴り出す。
予想外の登場だったので、心の準備ができていない。
急に別れを告げられても困ってしまう。しかもクリスマスになんて最悪だ。
仮に別れるにしてもこの日は遠慮してもらいたかった。
最高に幸せになるであろう日に絶望を見るのは誰だって嫌だろう。

「な、なにか飲む?あ、そうだ、コーヒーメーカー買ってみたんだ。インスタントよりは美味しいかも…食べ物もあるよ。さっきコンビニで買ってきて――」

「泉、座れ」

言葉を遮るようにして三上はソファを顎で指した。

とぼとぼと肩を落としながら、L字型のソファの離れた場所に座る。
両手をぎゅっと握り、膝の上に置いた。
とても三上の顔は見れない。纏っている雰囲気は固く、きっとまだ怒っているのだとわかっている。

声を出せば震えてしまいそうで、下唇を噛み締めた。
三上も何も語ろうとせず、長い沈黙が流れる。
無言で責め立てられているようで、ますます身体を小さくした。
謝って許してくれるのならば何度でも謝るが、まさか謝罪を聞くためにここに来たわけではないだろう。
しかし、このまま無言では終わりが見えない。そうして一緒にいられる時間が長くなるのならば構わないが、三上にとっては苦痛でしかないかもしれない。
勇気を出して自分から声を掛けようと口を浅く開くと、それよりも先に三上の声が降ってきた。

「……悪かった…」

「……へ?」

突然の謝罪に目を丸くしながら三上を見詰めた。
謝るのは僕の方で、何故彼がそんなことを言うのかわからない。
想像の斜め上をいく出来事に、頭の中で処理が間に合わない。

「…だから、悪かったって言ってんだよ」

吐き捨てるようにそれだけ言うと、三上は視線を斜めに逸らす。
それは、厳しい言葉をぶつけたことに対する謝罪なのだろうか。
そんなの今更なのに。もっとひどい言葉を言われているし、それに勝手に傷つくのは僕で、今までそんなことで謝られたりはしなかった。

「……なにが…?」

「……わかんねえならいい。用はそれだけ」

立ち上がろうとする三上に咄嗟に手を伸ばし、腕を掴んだ。
振り払われたら僕の力ではどうしようもないとわかっているが、縋ってしまう。

「待って!行かないで…」

とりあえずは別れを言いに来たわけではないようで、緊張の糸がほぐれる。
そうは言っても問題は山積みで、ここで離れたら何の解決にもならぬまま、同じ過ちを繰り返しては擦れ違いそうで怖い。

「…もう少しだけいて欲しい…」

時計の針は九時を告げようとしている。
あと三時間でイヴが終わる。たった五分でもいい。三上と並んで過ごしたい。
楽しい雰囲気ではないとしても、それでも構わない。
欲は捨てることにしたのだ。
悲痛な思いが通じたのか、三上は再びソファに着いてくれた。
若干の距離を置いて、自分も隣に移動した。

「…あの、僕もごめん…我儘だったし、調子に乗った…」

「…別に怒ってねえよ」

「…でもずっと怒ってたじゃん。もう我儘言わないし、すぐ調子乗る癖も直すから…」

だから、僕に見切りをつけるのはもう少し伸ばして欲しい。
僕という人間のすべてが三上の理想通りに変わるわけではないし、ただの時間稼ぎだとわかっているが、できることならもう少しだけ隣にいさせて欲しい。

「そのことで怒ってたわけじゃない。別に、言いたいことあんなら言えばいいし、やりたいこともやればいい。俺も嫌なら嫌って言ってるだろ」

「…じゃあなんでずっと怒ってたの…」

「……さあな」

「教えてよ。直すから」

「教えません」

「なんで」

「なんでも」

「それじゃ直せないよ」

「直らなくて結構です」

「でも、そしたらまた同じことするかもしれないじゃん。それで、また喧嘩になる」

「…そのときはそのとき。お前も少しは自分で考えろ鈍感」

「鈍感じゃないし三上の方が鈍感だもん」

「うるせえアホ。苛々させやがって」

ぎゅっと両頬を抓られた挙句に限界まで引っ張られた。

「ういでで!」

「…しょうがねえからこれで許してやる」

ひりひりと痛む頬をさすりながらも、その言葉にぱっと顔を上げた。

「マジ?もう機嫌悪くない?」

「…ああ」

「じゃあ、じゃあさ、あと少しだけど一緒にいてくれる?」

「…嫌だって言っても聞かねえんだろ」

「うん!」

渋々、といった様子だったが去ろうとしないことに安堵と共にとても嬉しくて胸がいっぱいになった。
腕にしがみ付けば引き剥がされてしまったけれど。

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