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リビングのソファに横になり、再生した映画を眺めた。
斜めのソファでは泉がぷるぷる震えながら薄目で画面を見ている。
怖いならどこかへ行けばいいのに、と思ったところでここは泉の部屋だったと思い出す。

「……映画止めるか?」

「僕は全然平気だけど!?」

今にも捕食されそうな草食動物ばりに縮こまりながら言われても説得力に欠ける。
神谷先輩が秀吉を訪ねてきたので退室したのだが、皇矢も潤も不在で結局泉の部屋に来た。
こいつなら絶対部屋にいるだろ。出かける相手もいないだろうし。失礼全開ではあるが予想は当たっていた。
やることがなさすぎて夏目の映画コレクションから一本適当に選んで流したのだけど、映画が始まる前から泉が身構えているのがわかった。
夏目の趣味ということはホラーかパニック系だし、泉はそういうものがとことん苦手だ。
夏目がマニアックな作品を好むおかげで配信にはないものが見れて、自分的には嬉しいのだけど。
画面の中で女性が金切り声を上げた瞬間、泉もわー、と叫びながらクッションを顔に押し当てた。
リモコンを手繰り寄せ、停止ボタンを押した。

「僕なら大丈夫だって!」

苦しい笑顔を見てはい、そうですかとはならないだろう。

「別にいい。借りて自分の部屋で見るし」

「でも退屈でしょ?三上は勉強もしないしさ」

「あ?」

「いえ、なんでもないです」

部屋でやることと言えば勉強しかない泉のほうが余程不健全だと思うけど。
学生としては正しいが、青春としては正しくない。
自分も他人のことを言えた義理ではないけれど。
窓の外をちらりと見てそろそろ夕飯の時間であることを知る。買いに行かなければいけないが、この寒さの中外に出る気力はない。
配達アプリを使いたいけどこんなど田舎はエリア対象外だ。
泉をパシろう。そう決めた瞬間、聞き慣れた声が響いた。

「真琴ー!」

乱暴な音を立てて扉が開き、ソファから起き上がった状態でそちらを睨む。

「うーわ、珍し。三上が来てるじゃん」

「神谷先輩」

それだけ言うと潤はすぐに察したようで、嫌な笑みを浮かべながら隣に着くと同時、泉にお茶―と偉そうに言った。

「そういう気が遣えるようになっただけ三上の高校生活も無駄じゃなかったってことだな」

「気遣ってるわけじゃねえよ。俺が嫌なんだよ」

あの二人は周囲も憚らず事をおっ始めたりしないとわかっているが、なんとなく気まずい。
壁一枚隔てた向こうからピンク色のハートがこちらにこんこん飛んでくる気がして。

「で、なにしに来たのお前は」

潤の前に温かいほうじ茶が置かれると、彼はそれを両手に持ちながら脚を組んだ。

「寒いじゃん?飯買いに行くの面倒で」

なるほど、泉をパシるつもりでここに来たのか。
自分と潤が同じ思考回路というのもなんだか嫌だ。負けた気がする。

「友達をそうやって使うのよくないと思いまーす」

「三上と一緒にしないでくれる?この前真琴にゲームで勝って言うこと聞く券もらったから使おうと思ったんだよ」

「じゃあ泉、俺のもついでに買って来い」

「はーい」

「はーいじゃないよ!」

泉が鞄から財布を取り出そうとするのを潤が止めた。

「そうやって真琴が甘やかすから三上が退行化しちゃうんだよ!?自分の彼氏が赤ちゃんでもいいの!?」

「赤ちゃんな三上かあ……。かわいい」

「だめだこれ。じゃあ三上も勝負して勝ったら真琴をパシるの認めてやるよ!」

「なんでお前の許可制なんだよ」

「真琴の保護者だからだよ!」

だいたいお前はいつもいつも──。
隣で説教が始まりぱたりと耳を閉じた。
誰にどんな忠告を受けても自分は変わらないし変わるつもりもない。
泉だって不満はないと言うのだから、自分たちの力関係や交際内容に他人が口を挟むほうが野暮だと思う。

「まあまあ、コンビニ行くくらい全然平気だよ。三上の役に立てるの嬉しいし」

「真琴!」

「すみません……」

平和な空間が潤のせいで崩れていく。こいつさえいなければ泉は黙って飯を買って来てくれたはずなのに。

「じゃ、ゲームしようか」

潤はスマホをスワイプしながら憎たらしく笑った。
なんでもいいけど腹が減ったので早めに終わらせたい。
潤は勝負内容を明かさないまま追加でお茶のおかわりを要求し、腹ごしらえと言いながらお菓子を頬張った。
その内扉がノックされ、有馬先輩が顔を出した瞬間世界滅亡レベルで顔を歪めた。

「終わった……」

「なんですか人の顔を見るなり。失礼ですよ」

その倍以上失礼されてる身にもなってほしい。

「先輩持ってきた?」

「はい」

有馬先輩がポケットからトランプをとりだし、早速始めましょうと器用な指でシャッフルした。

「なにすんすか」

「バカラです」

聞いた瞬間、潤を見て鼻で嗤った。

「なにその笑い方。むかつくんだけど」

「三上はこの手の勝負に強いんです。麻雀やポーカー、ブラックジャック、そこらすべて。度胸と先を読む力が桁違いです。私とやっても七割の勝率ですし。人間一つは特技があると言いますが、それがギャンブルというのが三上らしいというか、クソ人間の極みというか」

有馬先輩の無礼は数発殴られても文句を言えないレベルだ。

「待って、知らなかった。有馬先輩最初に教えてよ!」

「大丈夫ですよ。泉くんがいるじゃないですか」

急にお鉢を回された泉は、へ?と間抜け面をさらした。

「ビギナーズラックは侮れません」

「は、はあ……。でも僕こういう勝負事弱いですよ?じゃんけんですらあまり勝てないし……」

でしょうね。心の中でこれは勝ったなと確信した。
ポーカーのように膨大な情報量を読み解きながら精神力で踏ん張るような心理戦とは違い、完全な運勝負なので負ける確率も高いが、不運で臆病な泉はこういうゲームに向いていない。
勝ったらついでに潤のこともパシりに使おう。悔しそうに歪む顔を見て冷笑してやる。

「私がバンカーをやりますので三人の中で下一桁の数字が一番大きかった人を勝ちにしましょう。変な小細工はしませんので安心してください。ちなみに泉くんは勝ったらなにを望みますか?」

泉は自分が勝つビジョンが想像できないのか、特に困ってることはないし、と言葉を濁した。

「じゃあ三上にクリスマスプレゼント強請れば?真琴はなにがほしいの?」

「……愛、かな」

えへ、えへ、と笑う顔がむかついて頬を抓った。
なんだその薄ら寒いプレゼントは。ただでさえ寒いのに精神的に攻撃してくるのはやめてほしい。

「それだけ愛情不足ということですね。可哀想に。では三上、負けたらきちんと愛を示してあげてくださいね」

お前に言われたくねえんだよ、と突っ込まなかっただけ偉いと思う。潤の目を見てみろ。あいつも同じことを考えてる。

「まあいいですよ。どうせこいつらには負けないし」

でかい口を叩いたのはつい十分前の話しで、今は両肘をテーブルにつき、項垂れそうになる頭を支えている。
馬鹿な。陳腐な悪役のセリフだと思っていたのに、それを自分が体験する側になり、そしてそういう状況になると陳腐な言葉が口をつくと思い知った。

「ビギナーズラックって本当にあるんですね」

控えめに笑う泉の頭を有馬先輩が撫で、よかったですねと微笑んでいる。

「有馬先輩マジで小細工してません?」

「してませんよ。誰が勝っても私には関係のないことです。単純に泉くんのほうが運がよかったというだけのこと」

「ありえないんですよ!俺が泉なんかに負けるなんて!」

「負け犬の遠吠え―」

「うるせえ!」

「潔く認めて、愛を用意する準備でもしたらどうです?」

皮肉たっぷりの笑みを見て胸倉を掴みそうになった。絶対小細工しただろと詰め寄りたいが、例えそうだとしてもこの人が証拠を残すはずがないのだ。
ああ……。と嘆きながらテーブルに突っ伏し、どうしてこんなことにと苛立ちが募る。

「さあ、宅配ピザでも頼みましょう。私が払います」

「ラッキー。めちゃくちゃ頼もうー」

ピザやポテトやコーラが並んだテーブルは、一足早いクリスマスパーティーの様相を呈していた。
クリスマスなんてなくなってしまえばいい。他人の誕生日にどうしてプレゼントを贈り合わなければいけない。そもそも俺は仏教徒だ。多分。
日本においてキリスト教徒の割合は一%。九十九%には関係のない行事ということ。
本来の目的を忘れて浮かれた思考でイベント事だと勘違いしていると罰が当たる。
そんでその次には寺で除夜の鐘を聞いて、神社にお参りに行ったりするのだろう。神様もびっくりな尻軽ぶりだ。クソが。

「三上」

潤と有馬先輩が帰り、片付けを済ませた泉が隣に座るとぽんと太腿を叩いてきた。

「特別なにかほしいわけじゃないんだ。三上と一緒にいられたら充分幸せ。一日中じゃなくていいんだ。一時間でも二時間でも……」

照れたように笑う顔を見ると苛々する。
どうして泉はこうなのだろう。どうして必死に求めるのだろう。自分にそんな価値があるとは思えない。手を伸ばされるほどやめておけと振り払いたくなる。
一年の頃から根拠不明で盲目的な好意を寄せられたが、意味がわからなさ過ぎて催眠術や魔法にかかっていると言われたほうが納得できるレベルだ。
あの頃と今では関係性が違うので、安易に避けることも振り払うこともできない。
泉には笑っていてほしい。その気持ちは嘘じゃない。でも自分が与えられる幸福なんて百円で買える程度のものばかりだ。

「物にしねえ?」

「そんな、三上の大事なお金を僕のために遣うことないよ!」

「いや、そのほうが楽──」

「なにも買わなくていいよ!三上が存在するだけで大きなプレゼントなんだから!」

「あの──」

「僕は三上が同じ時代に生まれたこと、僕と出会ってくれたこと、恋人になってくれたことに感謝したいからプレゼント買うけど、勝手な自己満足だから気に病まないでね」

「ちょ、──」

「三上は生きてさえいてくれたらそれでいいんだ!三上と同じ部屋の空気を吸えることに感謝のお祈りをしなきゃ……」

両手を組みながら瞳を閉じた泉は別の世界へ旅立ってしまった。
まったく人の話しを聞いてくれない。
こちらを気遣った上での発言なのはわかっている。泉は姦計できるような人間じゃない。でもその暴力的な献身や素直さが時に俺の首を絞める。十六年かけて出来上がった三上陽介を粉々にする。
誰かが同じことを言ったなら馬鹿じゃねえのくたばってろと切り捨てただろう。なのに泉相手には戸惑う。迷う。躊躇してしまう。それがとても嫌だ。
どうせなら全財産寄越せと言われたほうがましだ。物で解決できるならそれが一番。曖昧であやふやで正解がないものをどうやって差し出せというのだ。しかもこの俺に。
ただの同室者だった頃からひどい人間だったが、恋人としても落第の札を貼られるような男に対してそんな感情抱くかね。冷めた、最悪、地獄に落ちろくらいのことを言われて当然だ。
泉がこういう人間だから自分のような男とつきあえるし、自分も泉でなければ一ヵ月ももたずに破局していただろう。
多少なりとも感謝しているのは自分も同じだが、だからといって愛とかふざけた注文を聞くかと言われればノーだ。
もういい。適当に何か買ってそれが愛ですと言えば泉も納得するだろう。


買い物が済んだところで休憩と腹ごしらえを兼ねてファストフード店に入った。
目の前に座る皇矢と秀吉は互いのナゲットとポテトを奪い合っている。
どちらも恋人が受験生だから暇を持て余しているのだろう。買い物に行くと知るやついて行くと言って聞かなかった。

「にしても三上がクリスマスプレゼント買うようになるなんて、世界がそろそろ終わるんかな?」

「でも真琴がほしいって言ったプレゼントは愛なんじゃなかったっけ?」

飲みかけだったコーヒーを吐き出しそうになった。

「お前、なんでそれ知って……」

聞くまでもない。潤か有馬先輩かのどちらかだろう。

「泉はほんまにかわええな。いじらしいというか、健気というか、悪い男にひっかかるタイプというか……」

「ど天然で三上を振り回せるんだから大した男だよ真琴は」

「計算やないもんなあ」

「計算でそういうことする奴、三上大嫌いだもんな。だから真琴みたいな人間を好きになったんだろうけど」

「一年に一回くらい期待に応えてやらな」

好き勝手言われても反応する気になれない。
忘れていた問題を蒸し返さないでほしいし、自分の中では物と引き換えに解決したと結論付けている。
出不精で面倒くさがりな自分がわざわざプレゼントを買いに出かけたならそれはもう愛だ。こじつけにもほどがあるが泉なら納得してくれるはず。

「三上もくさいセリフとか言うん?」

「そりゃお前、真琴と二人きりの時くらい言うだろー」

「ほんま?全然想像できんわ」

「だって愛がほしいんだし、お前のためなら死ねるくらい言わないとな」

こいつら、先輩たちに会えないからって俺でストレス発散してないか。

「えー、三上は泉を盾にして自分だけ助かりそうやん」

「当たり前だろ。俺は死にたくねえんだよ。泉も俺を守って死ねるなら本望だろ」

「最低ー」

「悪魔の子ー」

ああ、うるさい。
神谷先輩も高杉先輩も、知的で理性的で落ち着き払っていて、頭を強打しても愛がほしいなんて戯言は言わないだろう。だからそんな風に渦中にいる人間を揶揄して笑えるのだ。
何かと引き換えにできるなら簡単だ。最たるものは金だろう。
しかし世の中愛と金は反比例すると言う奴もいれば、金額で愛が測れるという奴もいる。
目に見えないものをどうやって差し出すのか、さっぱりわからない。
一番の苦手分野をさらりと要求する泉の図々しさはもはやあっぱれだ。
とりあえずプレゼントは買ったし、あとは適当に当日一緒に過ごせばいい。
いつも通り、部屋でだらけて終わるだろうが泉がそれで構わないと言ったのだから責められる謂れはない。
何度も納得させたけど、頭の隅がちりちり痛んだ。
喉につっかえる小骨のように気になって、なんだか釈然としない。
どうしてこんなことを考えなければいけないのだろう。やはり恋愛なんてもんはクソだ。

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