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寮のロビーに備えられたソファに深く腰掛けながらスマホをスワイプした。
ECサイトを眺めながら首を傾げること十分。あれもこれもいまいちぴんとこない。
期末試験も終わったし、全教科ぎりぎり赤点は免れたし、あとは冬休みを待つだけという状況だが気楽に過ごせずにいる。
冬休み開始と同日がクリスマスイブなので、恋人へ何かしらプレゼントをあげようと思っているが数日考えても決められない。
そもそも月島はこういう行事に参加するだろうか。彼は幸福に笑う人々を見ては冷笑を浮かべ、皮肉の籠った言葉を吐き捨てるような人間だ。世間に乗っかって楽しもうという気概を感じられない。
「クリスマス商戦に参加?まあいいんじゃない。経済を回しているという面ではね」
とか言われて終わりそう。
勝手に想像し、勝手に心に傷をつくった。
愚図愚図言ってもしょうがない。自分が選んだ人間はそういう性格なのだから。
間違っても定番のクリスマスデートは所望しないし、互いしか目に入らないようなピンク色の空間に没頭もしない。
今までの経験のなにもかも役に立たないし、月島には当てはまらないので考え続けるしかない。
いっそのこと行事を無視するという手もあるが、万が一月島がプレゼントを用意していた場合に備えようと思ってしまう。
要はただ自分があげたいだけだが、できれば迷惑そうな顔はされたくない。欲をいえば喜んでほしい。
なのに月島ときたら物に無頓着だ。実用性重視で使えればなんでもいいといった様子だ。かと思えば一度気に入ったものは価値に関係なく執着する。
過去ぼろぼろのハンカチを捨てたらどうかと聞いたときの般若のような顔は忘れられない。周りにとってはただのぼろ布だが月島にとっては宝物。
そういうよくわからない基準で大切にしている物がいくつかあるようで。
じゃあ価格が高かったのかというとそういうわけではなく、希少なのかというと普通に量産されているもので、彼の琴線に触れる基準がわからずにいる。
候補を絞ることすら困難で、最近の自分は暇さえあればプレゼントを選んでる。一生決まらない予感に溜め息が零れた。
「悩み事でもあるのかなー?」
楓さんがスマホの向こうから顔を覗かせた。
「びっくりした。今帰ってきたの?」
「そー。京見つけたからいじって遊ぼうかなって」
「俺でストレス発散すんなよ」
「まあまあ」
楓さんは身体ごと圧し掛かるように隣に着いた。
「京はロビーでなにしてんの」
「月島待ってんの」
「仲がよろしいようで結構だ」
自分たちの関係を仲が良いと評していいかは疑問だ。
よく喧嘩するし、激しい口論に発展することもしばしば。
月島は容赦なくこちらを叩き切るし、自分も挑発に乗ってしまう。
収拾がつかなくなって数日口をきかないなんてこともざら。
素直になれない月島の性格を鑑みて、こちらから仲直りの口実を作ることも多い。
そんな付き合いしかできない自分たちは諸刃の剣だ。いつ壊れてもおかしくない。
兄と楓さんのように地盤が強固じゃないからすぐに足元をすくわれそうになる。
持って生まれた性格が真逆すぎて相手を理解するのに時間がかかる。
わざと大きな溜め息を吐くと、楓さんがにんまり笑った。
「おやおや、喧嘩中でしたか?」
「今はしてない」
「じゃあなんて浮かない顔してんの」
手元のスマホをちらっと眺めてから楓さんに見せた。
「月島にクリスマスプレゼントあげようと思って……。でもあいつこれといった趣味もないし特別好きなものもないし全然決まらない」
「なるほどなー。それは兄である俺にも難しい問題だ」
「楓さんは誕生日とか何あげてんの?」
「小学生の頃は駄菓子とか。あいつ一時麩菓子にはまってそればっか食って母ちゃんに怒られてた。薫は好きになるととことんな性格だから」
自然と口角が上がった。月島の昔話を聞くのが大好きだ。
「東城に入ってからは長期休みに会った時適当にあいつが好きな飯作ったりとか」
「じゃあちゃんとプレゼントあげるとしたら何買う?」
「……何も思い浮かばない。好きな飯作るよ券十枚綴りとか?」
「あ、それ俺がほしい。俺の誕生日それでよろしく」
「安い男だな」
笑いながら肩をばしばし叩かれた。
楓さんは加減を知らない男なので普通に痛い。
「お兄ちゃんに聞けばヒントもらえるかと思ったけど楓さんでもお手上げならもう無理だな」
「京が選んだ物ならなんでも喜ぶと思うけど」
「月島が?全然僕の趣味じゃないんだけど、とか言いながら捨てそうじゃん」
「そこまでひどい人間じゃな……」
尻すぼみで最後のほうはほぼ聞き取れなかった。
兄ですら庇えないほど月島の性格は一癖、二癖じゃ済まされない。
「楓さんにあげるならもっと簡単なんだけどなー」
「俺にもくれんの?」
「なんかほしいの?」
「ほしい物なら山ほどある!」
「兄貴に強請れ」
「強請りすぎて最近は怒られるようになった!」
想像して笑ってしまった。本当に彼らは仲が良い。
「じゃあ選ぶの手伝ってやろうか。街をぶらぶら歩きながら色々見ればみつかるかもよ?」
「じゃあお言葉に甘えようかな。飯は驕るから」
「やったー。香坂兄弟の財布事情は俺が一番知ってるからな。遠慮しないでいっぱい食べてやろ」
「楓さんが遠慮とか気持ち悪い」
これでも細かい気配りができる男でうんたらかんたら……。楓さんがぶつぶつ言っている間に月島が寮の入口を抜ける姿を見つけた。
こちらに気付いたのを目の端で捉える。楓さんも月島に気付き、ひらっと手を振り邪魔者は退散だ、と腰を浮かせた。
楓さんを制止するため慌てて彼の腕を掴む。
「あとでまた連絡するからよろしく」
「おー。じゃあな」
楓さんは去り際、兄弟で二言三言話してから上機嫌な様子で背を向けた。
それを気にするように月島が視線をやるものだから、何か心配事でもあるのかと聞いたが、そっぽを向かれて別に、というかわいくない返事があったのみ。
まあまあ、こんなのは日常茶飯事だしいちいち目くじらを立てたらこっちの精神がもたない。
「……早く君の部屋行こう」
「飯食いに行く予定だろ?」
「やっぱり部屋の中にいたい」
「あ、そう。お前がそうしたいなら別にいいけど……。具合悪いとかじゃないよな?」
「全然。ただ……」
月島は俯き、それ以上言葉を発さないまま指先を弄った。
何か言い難いわけがあるのだろう。
わかったという言葉の代わりに背中に手を当て、促すように歩き出す。
部屋の中は寒く、急いでエアコンをつけた。
マフラーをソファに放り投げると同時、背後から手を回されきゅっと抱きつかれた。
月島らしからぬ行動に慌てて首を捻った。
やはり体調が悪いのでは。熱が上がってまともな思考ができないからこんなことをするのかも。心配になり額に手を当てたが特別熱くない。なら人で暖をとってるだけか。
月島は寒いのも暑いのも苦手で、季節の変わり目は必ず体調を崩す。
本人はそういう体質だからと気にも留めないが、こちらとしてはもっと健康になってほしい。
「あ、そういえば綾がお前あげてってホットチョコレート送ってきたんだ。それ作ってやる」
「……うん」
「離れないと作れない」
「わかってる」
返事は一丁前なのにまったく離れる気配がない。
しょうがないので背中に月島をくっつけたままコンロに向かった。
牛乳を温め、粉末を適当に入れる。また月島をくっつけたままカップを持って移動し、ソファに座ると今度は膝を跨ぐようにして前からひっつかれた。
「そんなに寒い?ブランケット持ってくる?」
「……いらない」
「じゃあ温かいうちに飲め」
月島は渋々といった様子で離れ、一気に半分飲んでぷはっと息を吐き出した。
「さっき楓ちゃんと……」
ぎくりと肩が強張る。
別にサプライズを狙っているわけではないが、プレゼント一つで右往左往してると知られたくない。
「あー、楓さんにお前の話し聞いてただけ」
喰い気味で誤魔化すように言った。
「僕の話し?」
「そう。麩菓子ばっか食って怒られてた話しとか」
「なんで楓ちゃんはそういうどうでもいいことばっか覚えてんの」
「どうでもいいことも覚えてるってすげえじゃん。弟がかわいい証拠だろ。うちの兄貴なんてなーんも覚えてないからな」
「恥ずかしい話しされるくらいなら忘れてくれて結構だけど」
つんと顎を反らせる仕草は見慣れたものだが、その矛先が楓さんに向かうのは珍しい。
月島にとって楓さんは馴染んだ毛布のような存在。
精神安定剤であり、明日への活力であり、生きる意味でもある。
それくらい兄が好きで、自他共に認めるブラコン。楓さんに害を及ぼすものは裏工作上等で蹴落とし、また一ついいことをしたと晴れ晴れ笑うような弟。
兄と二人でコンビを組んだら攻守を備えた非情に厄介な警備サービスの出来上がりだ。ただし対象は楓さんに限る。
月島の口から楓さんを賞賛する言葉は数知れず聞いてきたが、文句の類は喧嘩したとき以外では珍しい。
きっと虫の居所が悪いのだろう。原因はわからないが全力でご機嫌とりをしないと尾を引いてしまう。
空になったカップを奪い、テーブルの上に置いた。
ソファに寝転び胸に月島を懐かせる。よしよし、と宥めながら背中を摩ると彼の身体から強張りが抜けていくのを感じる。
むすっとしながらも大人しくしているので多少効果はあるのだろう。気難しい猫は手懐けるのに苦労する。
暫くそのままでいると、部屋も温まったせいかゆったり眠気が襲ってきた。
月島を放っておくわけにはいかないが睡魔にも抗えない。あと少し、というところでポケットに入れていたスマホが振動しはっと目を覚ました。
ろくに相手も確認しないまま電話に出た。
『京ー、さっきの約束だけどさー』
電話口から聞こえる声にぴくりと月島が反応した。
「あー、悪い、またあとで連絡していい?」
『タイミング悪かったか?ごめんごめん。じゃあまた』
何気ない顔で通話を終わらせスマホをテーブルに放り投げる。
むくりと起き上がった月島は膝立ちでこちらを見下ろした。
「なんかこそこそしてない?」
「全然」
「なら電話続けてもよかったじゃん」
「月島と一緒にいるのに?」
「そんなことで怒るほど面倒じゃないけど」
「電話なんていつでもできるし」
「ふーん……」
僕のお兄ちゃんにちょっかい出すなよ、という怒りが伝わってくる。
頼み事をしたのは事実だが楓さんから提案されたし、月島のためでもあるし、ブラコン精神は抑えて知らん顔をしてほしい。
「僕に聞かれちゃまずいことでもあるのかなと思ったよ」
「そんなのないって」
「そうかな。さっきもロビーでこそこそしてたし」
「ない!」
「強く否定すると余計怪しいよ」
う、と喉を詰まらせた。
嘘は得意でも不得意でもないが、月島に見つめられると全部見透かされている気になって簡単な嘘が難しくなる。
「僕帰る」
「飯は?」
「自分の部屋で食べる。君は好きなだけ楓ちゃんと電話したらいい」
大好きなお兄ちゃんがとられたのがそんなに悔しいか。
だけど今回はどうしても楓さんの手助けが必要だ。だから、一度でいいからお前の兄ちゃん貸してくれよ。本人には言えない訴えを心の中で呟きながら月島を見送った。
クリスマスイブ当日、楓さんと街を歩いた。
夕方には兄のマンションへむかう予定らしいので時間は限られている。要領よく見て回らなければいけないのだが、楓さんはプレゼント選びそっちのけで自分の洋服や靴を見ながら楽しそうにしている。
つられて自分も一緒になってこっちのほうが似合うだとか、それはいまいちだとか買い物自体を楽しんでしまった。
かなり歩き回ったところで昼食を食べるため適当な店に入り、食後のお茶を啜ってやっと我に返った。
「いやいや、月島の物選ばないと」
「普通に買い物楽しんでたな。例えばどんなものを候補にしてた?」
「服とか、マフラーとか……。でも自分好み買ってもしょうがないし、月島の好みはわかんねえし」
「あ、意外と普通」
「どんな想像してたんだよ」
「指輪とかあげそうじゃん」
「そういうのが好きな彼女ならありだけど月島はそういうの身につけるタイプじゃないし」
「そうかー?あいつめちゃくちゃ喜ぶと思うけど」
「箱から開けないまま引き出しの奥底に押し込まれると思う」
「薫は京が思ってる以上に京のこと好きだと思うけどな。そういうベッタベタな恋人同士のプレゼントとかデートコースが意外と嬉しいんだよ」
「いやー、ないわ。想像できない」
「そっかー。指輪もありだと思うけど、別の物にするか」
楓さんは温かいお茶と冷たいアイスを交互に食べながら唸った。
「パスケースとか?」
「スマホにいれてないの?」
「薫はリスク分散型だからスマホ落としたら全部終わるっていう状況は作らない」
「納得。でも月島学校と寮の往復で滅多に電車乗らないしな」
「確かに。じゃあ財布!」
「財布は今使ってるやつがお気に入りなんだって。前新しくしたらって言ったらこれじゃなきゃだめって言われた」
「ああ、薫は変なところにこだわりあるしな。じゃあ持ってないものにしよう。そうすれば変なこだわりもないだろ?」
「持ってないものなー……」
月島は物自体を最低限で済ませる。
悩む時間が勿体ないという理由で毎日同じ鞄を使い、毎日同じ靴を履く。出かけるときも決められた私服のパターンから逸脱しない。
壊れたらまた同じ物を買って、それの繰り返しらしい。
選択する行為は人間にとって一番ストレスになると月島は言っていた。
自分にとって然程興味がない分野であれこれ悩んでストレスを受けるくらいなら同じ物をずっと使えばいいというシンプルな考えだ。
対して楓さんは服も靴も大好きで、悩んでいるときが一番幸せと言っていた。この兄弟は二人とも何においても極端すぎる。
楓さんを見て育てば自然と同じような分野に興味を持ってもいいのに。
弟は少なからず兄に影響される生き物だ。洋服しかり、音楽しかり、趣味しかり。
しかし月島兄弟はあらゆる場面で真逆な性質を持っている。だからこの兄弟は面白いのだけど。
「薫のプレゼント選びって難しいな。あいつ昔から勉強ばっかだし。外で遊ぶより一人で勉強してたほうが楽しいって小学生が言うんだぞ?信じらんないだろ」
「お兄ちゃんは外で遊んでばっかり、弟は家で勉強ばっかり?親も悩んだだろうな」
「まあねー」
楓さんはあっけらかんと笑ったが子育ては常にトライアンドエラーの繰り返し。想像もできないような苦悩を抱えながら我が子のためにと踏ん張っている。
桜さんの死で兄ががらっと変わってしまい、母が苦しむ場面を何度も見た自分は苦笑が浮かんだ。こうやってなんでも笑い飛ばせるのが楓さんのいいところなのだけど。
「考えても答えでないし思いついたの全部買うか。いっぱい買えば一つくらい気に入る物あるだろ」
「そういうとこ、香坂兄弟って感じ」
意味がわからず首を捻ったが、楓さんはくすりと笑うだけで答えはくれなかった。
「じゃあ頭から足までトータルコーディネートしたら?薫出かけるたびにその格好すると思う」
「洋服考えるの面倒くさいって言うしな」
「それもあるけど、薫は支配は嫌いだけど束縛は好きっていう拗らせ系だから管理や世話も喜ぶだろ?身につけるものを管理されると嬉しいのではないかと」
なるほどと納得し、さすがお兄ちゃんだなあと感心した。
月島を誰よりも理解しているのは間違いなく楓さんだ。
楓さんは、薫は俺が育てたと冗談めかして言うがあながち間違いではない。
「じゃあ決まり。月島っぽくて、かつ俺が気に入った物一式にする」
「俺も自分へのプレゼント買おー」
「兄貴には?」
「それはもう買ったから大丈夫!」
えっへんと胸を張ったところを見ると抜かりなく準備を終えたのだろう。
今晩は兄の部屋で夕飯を作り仲睦まじく過ごすのだろうが、兄のことだから一秒でも早く楓さんに会いたいと駄々を捏ねると思った。
「今更だけど俺につきあってて大丈夫?昼間から来いとか言われなかった?」
「言われたけど京の話したらわかったって言ってたから大丈夫!」
「それ全然大丈夫じゃないやつ……」
冬休みは兄を極力避けよう。
絶対ぐちぐち文句を言われるに決まってる。言葉で済めばいいけれど無意味に蹴られたり八つ当たりされたり、いつも以上に奴隷として扱われるに違いない。
長い溜め息を吐くと、楓さんはにっこり笑いながらもう一度大丈夫だよと言った。
「ああ見えて香坂も弟をかわいがってんだぞ?」
「それ楓さんの幻想だから」
「本当だって!」
「弟がかわいい兄は蹴って起こしたりむかついたって理由でゲーム機壊したりしないんだよ」
「それはー……」
はは、と笑って誤魔化された。
どんなに喧嘩を重ねてもたった一人の兄だから嫌いにはならないと思う。憎む理由だってもうない。
だけど染みついた対抗心のせいで今更関係を上手に構築できる気がしない。
男兄弟なんてそんなものと思うけど、普通以上に仲の良い月島兄弟が傍にいるせいで自分たち兄弟があまりにも薄情に思えてくる。
「兄貴にどやされないようさっさと選んで楓さんを解放しないとな」
伝票を持ちながら立ち上がると、楓さんはせっかくだからゆっくり選ぼうよと言った。
そうしたいのはやまやまだが俺はまだ死にたくないんだ。
再び街を歩きながら見て周り、自分が好んで買う店の中から月島に似合いそうなものを見繕った。
楓さんにサイズの相談をしながら助言を求める。センスがあり、且つ月島の理解者の彼が太鼓判を押したものなら自信を持って購入できた。
「キャップにパーカーにブルゾン、ズボンと鞄……本当に全身買ったな!」
大きな紙袋二つを肩にかけ、やりきった気持ちで頷いた。
「あとは靴だな。楓さんサイズわかる?」
「わかるよ」
じゃあ最後に靴屋へ移動だと店を出た瞬間、背後から肩を掴まれ振り返った。
「よお、楽しそうだな」
兄には会いたくないとさっき願ったばかりなのにどうして。
隣の楓さんに視線をやると、彼も首を傾げて困惑していた。
兄のことだから我慢できずにわざわざこっちまで来たとか。さもありなんで呆れてしまう。
溜め息を吐きながら顔を上げると、今度は兄の背中から月島が顔を出した。一体どういう状況だろう。
「薫?なんで?」
「楓ちゃんこそなんで香坂と一緒なの」
「俺は……」
ちらっとこちらを見られたので、こっそり首を振った。楓さんは任せろと言わんばかりに頷き、ちょっとな、と下手な誤魔化しをした。
街はクリスマスで賑やかで、兄弟も久しぶりに揃ったのにこの空間だけ全然ハッピーじゃない。
兄は自分の娯楽のために平気で他人をかき回す。関係の平和的維持のため、兄と月島にはなるべく距離を置いてほしかった。
月島の顔が浮かないところを見ると、また兄がなにかやらかしたのだ。
あることないこと囁いて月島の不安を煽ったり、対抗心を刺激したり、マイナス面へ引きずり込んで単純な物事を複雑化させようとする。
恋愛初心者の月島はきっと兄の助言を鵜呑みにするだろう。
ああ、本当にろくでもない。
また自分のものを兄に好き勝手されるのだろうか。そんなの我慢ならない。
「もう用事は済んだだろ」
兄が楓さんの腕を掴んだ。
「あとは京一人で大丈夫だよな」
言葉と瞳に圧を感じる。無理矢理にでも頷かせるという圧を。
なんでも自分の思い通りになるという過信と傲慢。そういうものが透けて見える。
「どうせ冬休み中ずっと一緒なんだろ?たった数時間も待てねえのかよ」
「待てないね」
「は、楓さんの意志は?そうやって振り回すと愛想尽かされるぞ」
兄が口を開こうとした瞬間、楓さんがわーとおかしな声を上げながら間に身体をねじ込んだ。
「せっかくのクリスマスに喧嘩すんな!まったくお前ら兄弟は子どもみたいな喧嘩ばっかりして……」
「だって!」
兄と同時に発言してしまい、睨み合う。
「香坂は京に当たらない。俺が力になりたくてやったことなんだから。京も変に対抗心出さないで適当に流す。わかった?」
「……わかった」
不承不承頷くと、楓さんは偉いぞと言いながら頭を撫でた。
お兄ちゃん感を出されると反抗できないとわかっているのだろう。
「香坂が不貞腐れてるから俺行くな。最後までつきあえなくて悪い。せっかくだし薫と一緒に選んだらいい」
「うん。楓さんありがとう」
最後までこちらを睥睨する兄に向って思い切り舌打ちした。
実家で顔を合わせたら取っ組み合いの大喧嘩になりそうだ。
むしゃくしゃしながら振り返ると、月島が俯いたまま固まっていた。
「元気ないな。兄貴に何か言われた?」
「……なにも」
「そもそもなんで一緒にいんの」
「君だって!」
月島は路上で大声を出したことを恥じるように慌てて口を噤み、情けなく眉を下げた。
これは余程ひどいことを言われたに違いない。
月島と一緒に靴を買って買い物終了の予定だったがこの雰囲気でそれは無理だ。
話しを聞いてやりたいが人目も気になる。辺りに目を走らせ、カラオケ店の看板で止めた。
「とりあえず移動するぞ」
月島の細い腕を掴むと、一瞬抵抗するように力をこめられたがそれ以上の力で引き摺った。
こういうのは後回しにしたら絶対だめだ。寮に戻る時間すら惜しい。
月島が余計な思考を巡らせる前に解決しないと拗れてしまう。
多少乱暴で申し訳ないとは思うが、これも月島のためと言い聞かせた。
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