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【麻生学の場合】


ソファにぼんやり座り、お笑い番組を見ながら手を叩く同室者をちらりと見た。

「景吾さあ、友だちにクリスマスプレゼント贈ったことある?」

唐突な質問に彼は切れ長の目を丸くしてから頷いた。

「あるよ。ゆうきたちと五人で交換した。曲を流して、止まるまで五人で回し続けてさ。誰のプレゼントかは開けてみてのお楽しみー、ってやつ」

「ああ、そういう感じの…」

「そうそう、闇鍋感あって楽しかった!今年もやるんだ」

「去年はなにが当たったの」

「去年は蓮のプレゼントが当たって、もこもこのルームソックスだった。ちょー温かい!」

彼はこれ、と言いながらこちらに両足を差し出すようにした。
オフホワイトと淡いブルーのボーダー柄は女性物のようだが、景吾が履くとそれも様になって見える。

「女性物、かな?」

「そうそう。蓮が普通じゃつまらないってわざわざ女の子用の買ったんだよ」

「意外と悪戯っ子だね」

くすりと笑うと景吾もころころと笑いながら頷いた。

「他はどんなプレゼントがあった?」

「えーっと、湯たんぽと、ルームシューズと、めちゃくちゃ可愛いきらきらしたリップクリームと、あ、あと、コンドーム!」

「コ…」

「買ったのは楓で、蓮に渡ったんだけど、蓮すげー嫌そうな顔してた」

その時の様子を思い出したのか、景吾はけらけらと笑った。

「きらきらリップはゆうきにいったけど、使ってるのは一回も見た事ない」

「まあ、真田が可愛いリップ持ってたらぎょっとするよな」

「でもほら、彼女からもらったとかあるじゃん?だから気にしないで使えばいいのにね」

「それは誰が買ったやつなの?」

「秀吉」

「甲斐田か…あいつもわざとそういうの選んだんだろうな」

「だねえ」

「景吾は何買ったの?」

「俺はルームシューズ!内側がもこもこのやつ。冬は部屋のフローリングが辛いからね」

「おお、意外とまとも」

「意外って…。今年は学も入る?」

「遠慮しまーす」

「なんでだよー!楽しいのに!」

むきになる景吾に笑って誤魔化した。
間違ってコンドームなんかもらっても使う機会もない上、それを見るたび惨めな気持ちになる。
櫻井先輩からプレゼントを贈っていいだろうかと聞かれたのが三日前。
好きにしていいと答えたが、一方的なプレゼントは気が引けるし、なんとなく重苦しくなりそうで、飽く迄も交換という名目なら気楽でいられると思った。
頭を悩ませてみたが、男同士で何を贈ればいいのかさっぱり見当がつかず景吾に相談したわけだが、聞く前よりも頭が混乱した。
真琴に贈る物を選べと言われればぽんぽん浮かぶのに、その他の人間に深く興味がわかなかった弊害か、普通は何が喜ばれるのかさっぱりわからない。
自分が貰って嬉しい物が相手も嬉しいとは限らないし、独りよがりなプレゼントはいっそ辟易とさせる。
腕を組んでうーん、と唸った。

「学もプレゼントにお悩み中?彼女?好きな子?」

「どっちでもないな」

「じゃあ友だち?」

「友だち…でもない、かなあ…」

「なんか甘酸っぱい気配を感じる!」

「いや、全然そういうんじゃなくて成り行きというか…」

「よっしゃ、じゃあ俺と一緒に買い物行こう!俺も今年のブラッククリスマス用のプレゼント買わなきゃいけないし」

「ああ、そうしてくれると助かるかも…」

ほっと肩の力を抜いた。
景吾は全般的にセンスがいいから、彼がアドバイスをくれた物は間違いないと思うし、第三者の意見を取り入れた方が確実だろう。
おそらく、自分一人では何を見ても真琴の顔しか浮かばない。これは真琴に似合いそうだ、これは嫌いだろうな。そんな風に結局は彼を基準に選んでしまう。それがどんなに失礼な行為かは理解している。
櫻井先輩がどの程度の気持ちか知らないが、一応自分を好いているらしい。その彼に対して真琴を重ねるなど非礼にもほどがある。
だけど、どうしたって自分の思考は真琴を中心に回っていて、今までずっとそうやって生きてきて、切り離せと言われても簡単にはできない。
真琴は自分の身体の一部だ。どんなに顔を合わせずとも、他の男の元で笑っていようとも、そんなものは関係ない。彼の幸せを願うし、その幸福は自分では与えられなかった。ただそれだけだ。
そうやって片想いをし続け、いつか思考も麻痺していくのかと思うと心底ぞっとすると同時に、早く氷のように固まったらいいのにとも思う。そうしたら胸の痛みもましになるかもしれない。ぬるくなったコーヒーを啜って苦い溜め息を吐いた。


終業式を終え、教室内はお祭り騒ぎだ。
くれぐれも学生らしい行動を――。そんな担任の言葉は誰の耳にも届いていない。
甲斐田がこちらを振り返り、周りにいたクラスメイトで冬休みの予定など他愛ない会話をした。

「学ー!」

扉の向こうからハスキーな声が響き、そちらに視線を移すと景吾がぶんぶんと手を振っている。今行くよ、右手を挙げて伝え鞄をひょいと持ち上げた。

「景吾と帰るん?珍しいな」

「これから景吾とデート」

「はは、そりゃええな」

甲斐田が笑うと他のクラスメイトも笑いながら頷いた。相良なら退屈しないとか、楽しいデートになるとか。本当に景吾は万人に好かれる人間だ。ここまでだと逆に何か裏があるのではないかと勘繰りたくなるが、本人には表しか存在しないらしい。
景吾の元へ行くと、すごく楽しみだと寒さも吹っ飛ばす笑顔を見せてくれた。これだから人が懐くのだ。邪気のない笑顔と素直な言葉。擦れたところがなさそうで、だけどふと笑顔が翳る瞬間があるのも知っている。その時の彼は普段からは想像もできないくらいの男の色香を振り撒く。

「俺も楽しみ。皆に景吾とデートって自慢してきたし」

「あは、寂しい独り者同士でデートって全然笑えないけどね!」

「言うな」

小突くように背中を叩くと景吾は大きく笑いながら足早に階段を駆けた。


学園から電車を乗り継ぎ新宿に降り立った。

「うわー、新宿久々に来た」

「マジ?俺はよく来るよ」

「だって遠いじゃん」

「遠いけど渋谷とか原宿行くついでに」

「渋谷なんてもう頭痛くなる…」

「学おじいちゃん?高校生らしくいこうぜ」

ぐっとサムアップされ、じゃあ今日は歳相応に振る舞いますと頭を下げた。
景吾は押し付けがましくなくこちらの気持ちを高揚させてくれるし、彼が笑うと何がなくとも楽しい気分になる。人を温かくするのがとても上手だ。本人にその自覚はないだろうが。

「じゃあ行きますか」

「色々任せた」

前をさくさくと歩く景吾の背中を追った。こういう時アウトドアで流行に敏感な友人はとても頼もしい。
自分は温かい部屋の中で景吾が積み重ねる雑誌を捲って、へえ、今はこういうのが流行っているんだ、なんて噛み締める程度だ。
可もなく不可もなくな無難な格好なら毎年服を買い直す必要もない。なんて所帯染みた思考だから若者らしくないと叱責される。
新宿はビル風もすさまじく、首に巻いたマフラーを鼻の上まで引き上げた。
景吾は黄色い看板が馴染み深い店に入ったのでそのまま後をついて歩き、エスカレーターに乗ると彼がこちらを振り返った。

「てか、贈る相手って女?男?」

「男だね」

「なーんだ。てっきり女の子かと思って女の子が好きそうなお店もチェックしたのになあ」

「残念でしたー」

「女の子用のプレゼントなら百倍真剣になったのに」

大きく溜め息を吐いたので、笑って腹の辺りを小突いた。

「もし彼女ができたらその時はまた景吾にお手伝いしてもらうよ」

「あ、マジ?それは楽しみ!」

景吾の彼女になる子はさぞ大事にしてもらえるのだろうと思った。
プレゼント一つとっても入念にリサーチし、その子によく似合うなにかを見立てる。そういうのが苦手な自分は素直に感嘆する。
自分も真琴以外に興味を持とうと思った。可愛いとか、美人とか、表面上の薄っぺらい一枚ではなく、その人自身を知りたいと思えるように。
なのに合コンに無理矢理連れだされても愛想笑いで頬の筋肉が疲れ、頬杖をついてこっそり溜め息を吐くしかできない。
薄情者の自分は彼女ができても景吾のように一生懸命になれないだろう。結果、つまらないと振られるのがオチだ。行く末が想像できるから彼女がほしいとも思えない。結局真琴という人間以外を好きになれない病なのだと、自棄になって結論付けた。

景吾は笑顔を絶やさず面白そうな物、自分が欲しい物を蝶のように舞って探した。
久しぶりにこうして買い物に来ると、自分が知らない物や世界がまだあるのだと、一気に世界と繋がった気がする。
学園と寮を往復するだけの日々は世間と繋がった糸をばっさり切られてしまう。

「見て見て、着る毛布だって。めちゃくちゃ暖かそうだね。これにしよかなあ」

寒色系のチェック柄や、ネイビーに白い星が散らばったもの、更には猫の耳を模した飾りがついたものまで幅広い柄が並んでいる。
触れてみるとふっくらとした素材が気持ち良くて、自分用に欲しいとすら思った。

「景吾はちゃんとしたのあげるんだね」

「だってさあ、コンドームとかあげても皆を喜ばせるだけじゃん?俺以外恋人いるんだし。悔しいから俺はネタには走らない!」

「なるほど。一周廻って真面目になったんだな」

涙拭けよと肩をぽんと叩いた。
景吾は悔しい、何故だと唇を噛み締め、せめてもの嫌がらせに猫耳付きの可愛らしいデザインにしてやるとレジに走った。
甲斐田に渡ったらどうするのだろう。真田ならまだ許せる。だが甲斐田があれを着ているところに遭遇したら驚いて咄嗟に殴りそうだ。
ラッピングも済ませた景吾はご満悦で戻り、次は学の分だと言った。

「なにがいいかな。実用性の高い物の方がいいよね」

「んー…なにがいいんだろうな。さっぱりわからん。プレゼントなんてほぼ買ったことないしな…」

「歳は?」

「一つ上」

「上かあ…どんな人?」

櫻井先輩について知っていることは高校生らしからぬバイトをしていること、部屋がものすごく汚いこと、なのに日用品ですら揃っていないこと。
あまりにも抽象的すぎて何も思い浮かばない。

「どんな人なんだろう…俺もよくわかんない」

「うーん、じゃあ見た目は?こう、タイプがあるじゃん?」

「んー…見た目に気は遣ってると思う」

見目がよくなければ成り立たない仕事をしているのだから当然だ。
顔はさっぱりとした綺麗な造りをしているし、それを引き立てるように髪も黒いままだ。
制服は適度に着崩しているが、私服になると急に潔癖で清潔な姿に変わる。
落差が激しく戸惑うこともあるが、どんなときでも無駄に飾らない姿は品のようなものも感じる。

「こう、ブリティッシュファッションみたいな、そんな服着てること多い、かな?」

「あー、なるほど、そういう感じか。じゃあ楓みたいにネタに走るのはなしだな」

そもそもそこまで親しくないのでネタに走れない。
気心が知れた人間以外へのプレゼントがこんなに難しいとは思わなかった。
マフラー、手袋、コーヒーカップ、アロマに果ては文房具。様々な物を見たがどれもいいようで、どれもぴんとこない。
優柔不断でごめんと謝ると、景吾は見て回るの楽しいから苦じゃないと首を振る。

「あ、これは?なんか、年上とかには良さそうじゃね?」

景吾が手にしたのはカードフレグランスだった。
自分も同じ物を手にとり、仕事柄、名刺を携帯しているだろうからこれもありだと思った。
名刺から個人を連想させるような香りがしたら女性も喜んでくれるかもしれないし、彼の仕事の手助けになるかもしれない。

「こういうのをさっと携帯できる男ってすごいよね。俺には似合わないけどー」

景吾はおどけたように言い、確かにと頷いてやった。

「でも学には似合うよ。直接的な香水より、こういうふとしたときに香る感じ。ハンカチとかいい匂いしそうだもん」

「ハンカチとか持ってすらいないし」

「学はイメージと現実がずれてんだよなあ…めちゃくちゃ優しい紳士かと思いきや結構ずぼらだもんな」

「ずぼらじゃない。俺は普通」

「えー…」

確かに人をとやかく言えるほど片付けも得意ではないし、誰か代わりにやってくれとすら思う。洗濯物を畳んだり、食器を洗ったり、細々した家事もできればやりたくない。料理なんて以ての外だ。将来が不安だが、男などそんなものだろう。

「でもこれは気に入った。これにするよ。景吾ありがとう」

「どういたしまして」

数種類の香りの中から柑橘系の爽やかで上品な物を選んだ。万人受けしそうだし、彼のイメージとの相性もいいと思う。
ラッピングをお願いし、小ぶりの箱を手から下げた自分を不思議に思う。
櫻井先輩は恋人でも友人でもないのに、寒い中こんな遠くまで買い物に来て、あれこれと悩んで、一体自分は何をしているのだろう。
急に馬鹿らしくなったが、それを抜きにしても景吾と出掛けたのは楽しかったし、たまには外の空気を吸わなければ、どんどん所帯染みてしまう。まあいいかと面倒な思考を端に寄せた。

「何か食って帰るか」

景吾の背中をぽんと叩いて言った。

「賛成!」

今日一番の笑顔を見て、つられて自分も笑ってしまう。

これを渡したとき、彼は笑うだろうか、困ったように瞳を伏せるだろうか、それとも…。
プレゼントは渡すまでが楽しいと思うのだけど、相手の反応が気になる程度には彼の存在を気にしている自分に安心した。
真琴は三上からプレゼントをもらえるだろうか。願わくば、自分が与えてやれないすべてを三上が真琴へ贈ってくれるといいのだけれど。
仏頂面で不遜な態度の三上を思い出し、あれに期待するのはやめようと溜め息を吐いた。


END

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