5


「いつまでそうしてんだ」

「…起こした?」

「起きてた」

下からじっとりとした視線を向けられ、ゆっくりと視線を逸らした。
待っていてくれたのだろうか。胸がぎゅうっと締め付けられ、こうなると呼吸をするのもままならない。
彼は小さく息を吐き、空間を作るように掛布団を上げた。

「来い」

嬉しくて巣穴に飛び込む小動物のように隙間に身体を滑らせる。
三上は僕の体温がお気に入りで、冬は湯たんぽ代わりで重宝すると言う。その分夏は邪険にされまくるけど。
布団の中でするりと足が絡まり、冷たさと驚きでにひっと声を上げた。

「冷え症だね」

「浴衣だから」

「いつも冷えてるじゃん。湯たんぽあげる?すごくいいよ」

「準備すんのが面倒」

「うーん、我儘」

「お前がいればいいだろ」

すりすりと摩擦で暖を取るように足を擦られ、こちらは微妙な感覚に耳に熱が集まる。
意識しないようにと散々律したけれど、彼の気紛れな行動でそれは簡単に崩れてしまう。
浴衣の薄い布一枚の防御力は皆無で、いつもより彼の体温を生々しく感じる。

「みか、三上、あの…」

「なに」

察してくれと願ったがそんな器用な男ではない。彼の胸をやんわりと押し返して背を向けた。なのに今度は背中ごとぎゅうっと抱きかかえられ一瞬呼吸が止まった。
彼の腕から逃げるようにずるずると移動するたび、その倍の力で引き寄せられる。

「なんで逃げんだよ」

「いや、あの…」

万が一欲情して、腰を抱える彼の腕が僅かでもずれたら悟られる。
そうなったら一巻の終わり。本能で彼は自分を拒絶するだろう。そして拒絶したことを悔やみ、セクシャリティを変えようと精一杯努力をする。それが自分には一番きつい。無理はしてほしくないし、今のままで構わない。たまに触れて、触れられて、友だち以上恋人未満の関係。お飯事だと揶揄されようと彼が去ってしまうよりはましだ。
ただ、欲は溜るし頭と身体は別物なのでときたま反応しそうになる。そんなときはぎゅうっと抑え込んで知られぬように必死になるが、いつかはばれてしまうのかもしれない。
なるべく身体を小さく纏め、彼に寄りかからぬよう二人の間に隙間を空けるようにした。

「…クソ眼鏡はいいのに俺だと嫌がんのな」

ぼそりと聞こえた言葉にえ?と振り向いた。
三上は僕の背中に額を押し付けるようにしているので表情は見えない。

「それって有馬先輩のこと?」

「他にいるかよ」

「そんな風に言うから有馬先輩にいじめられるのに…」

危険な綱渡りはやめた方がいいと諭したが彼からの返事はない。

「…もしかして三上も妬いた?」

わざと茶化すように言った。
んなわけねえだろばーか。次に来る言葉も予想したが、彼は何も言わない。

「…三上さん?」

問うと、今度は彼の方が背中を向けた。怒ってしまったのだろうか。いや、拗ねているといった方が正しいかもしれない。
いつも三上が怒ると平身低頭で小さくなっていたが、今は可愛らしい反応にふっと笑みが浮かんだ。

「三上ー」

今度は自分から抱えるようにすっぽりと手を回してやる。
三上が妬いたのか、ただの独占欲かはわからないが、どちらも構わない。言葉にできる感情を自分に向けてくれただけで嬉しい。
甘い言葉など言わないし、態度も素っ気ないことばかりで毎日ぐるぐる不安になる。だから小さなリアクションでも返ってくると爆発しそうなくらいに嬉しくなる。

「…三上、おーい」

身体を抱えたまま小さく揺らしたが反応はない。
毎日毎日抱えきれないくらい好きだと伝えているのに。彼はそれを受け取ったそばから捨てているだろうから自分の気持ちがどれくらい伝わっているかはわからない。
そのまま暫く抱え続けたがあまりにも反応がないので疲れて眠ってしまったのだろうと思った。
きゅっと腕に力を込めてさらりと流れる彼の髪を梳いた。

「…三上、好きだよ」

小さく呟く。
毎日吐き出さないと身体を浸食して毒になる。彼が受け取るか、放り投げるかは関係ない。

「……知ってる」

返事があったので僅かに目を見開いた。
腕の中にあった身体はもぞもぞと動きながら反転し、今度は僕の鎖骨に額をくっつけるようにした。

「…もう一回言えよ」

「…好きだよ。そのうち気が狂うかも」

正直に言うと彼は鼻で笑った。

「もう狂ってんだろ?」

「まだぎりぎり大丈夫」

「そうか?」

「そうだよ。ぎりぎりね。犯罪すれすれね」

今度は喉で笑われた。
いつも鋭く冷酷に光る瞳が、今日は穏やかでとろんと揺れている。見惚れて、吸い込まれるように彼の頬に手をかざした。
彼はその手を上から包み、頬をすりつけるようにして瞳を閉じた。
こんな子ども染みた仕草は初めて見た。母性のような愛おしさが溢れ、さらりと流れる彼の髪に指を指し込んだ。

「好きだ」

追い打ちのように言うと彼は瞳を閉じたまま穏やかに微笑み、すうっと小さく寝息を立て始めた。
好きだ、恋しい、愛おしい。百回言いたくなって、百一回ごめんと謝りたくなる。
どうすれば正解かわからないし、正解ばかりを選べば三上を幸せにできるのかもわからない。
誰かを幸福にするとはこんなにままならないことだったのか。
いつもとは逆に、自分が抱え込むようにしている彼の寝顔を覗き込む。
また心の中で謝罪をしてからこめかみにそっと触れるだけのキスをした。
いつか、もし、万が一、遠い未来も一緒にいられることがあったらもう一度一緒にここに来よう。その時はもう少し恋人らしく振る舞って、小さな齟齬がないくらい慣れ親しんだ空気になっているだろうか。
少し想像して、そんな自分たちは大きな違和感があって首を捻りながら笑った。
音を吸収する雪の中、三上の呼吸だけを聞いた。
過剰すぎる愛情と不足すぎる自尊心。ゆらゆらと不安定に揺れるたび、三上を苦しめる。
本音を話せない臆病者は、彼が眠った後こっそり愛を囁く。
面倒すぎて嫌になる。
だけと今はこのまま、絡まる足と一緒にお互いの心もぐしゃぐしゃに絡まって、簡単に解けないくらいきつく結び目ができたらいいのに。そんな淡い期待に心を沈ませた。


END

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