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後背に手をつく三上に座りながらじりじりと近付く。

「なんだよ。こっち来んな」

「いいじゃん。二人きりだよ?少しは恋人らしく過ごしても罰は当たらないと思うけど」

「よくないです」

「…三上ってさー、女の子と過ごすときもこんな感じだったの?そんなんだからモテないんだよ」

「お前には言われたくないわ」

確かに女のおの字も知らない僕には言われたくない言葉だとは思うが、女の子は夢を見たい生き物だ。僕もだが。
皇矢ならば一時でもそれに応じてくれると思うが、三上が器用に女性を扱えるとは考えにくい。
恋愛に興味がないと知っているが、器用に振る舞えないから余計に女性が離れていくのではないだろうか。

「女心がわかってなさそうだもんね。だから僕の心もわからないんだよ」

「知りたくもないわ」

「はぁ…これだから童貞は…」

「あ?」

「なんでもないでーす」

しかし三上は自分の過去の恋愛や女性経験を一切話そうとはしてくれない。
女性経験だけではなく、自分に関わることすべて、自ら話そうとはしてくれない。
しつこく聞かなければ一生聞けないかもしれないことが沢山ある。
特別聞きたいわけでもないが、興味があるしこの三上がどのように女性に接するのか期待する心もある。
だってまったく想像できない。恋愛遊戯を楽しむ三上が。
常に無気力だから、男ならば誰しもが持っている性欲すらも投げ捨てそうで。
女性に奉仕するのが面倒くさいと言い捨てて性行すらしないのではないかと思う。
まさか本当に童貞ではないと思うが、三上と恋愛は対局にいるためなかなか繋がらない。
今の僕との付き合い方を考えても、本当に恋愛をしてきたことがないのだと思う。
もしかしたら僕の方が理解しているのではないかと思うほど、三上は好きという感情に疎すぎる。

「ねえねえ三上、過去の話し聞かせてよ」

「…過去?」

「そう、女の人の話し」

「やだ」

「なんで!」

「だってお前どうせ拗ねるだろ。面倒くせえもん」

「拗ねないから!興味津々なんです!」

「別に、おもしろい話しなんてない」

「じゃあ本当に童貞?」

首を傾げながら真剣に聞けば、すぱんと頭を叩かれてしまった。

「童貞はお前だろ」

「だって僕はゲイだもん。女の子は抱けないし」

「じゃあ男を抱いたことはあんのか」

「あれ?興味ある?気になっちゃう!?」

「全然ありませんけど」

「またまたー!嫉妬しても三上子供っぽいなんて言わないから大丈夫だよー!」

言えば、今度は思い切り蹴られてしまった。
まったく三上は本当に口より先に手が出る。暴力反対と訴えれば、ならば口を開くなと一蹴されるのだ。

「本当に教えてくれないの?」

「教えませんよ」

「そんな頑なにならなくても……そんなに隠されるとガチで女性経験ないんだって思うじゃん」

「じゃあ教えてやるよ。今まで抱いた女の数は三人だけ。以上」

「それだけ!?」

「打倒な数だろ」

「いや、だって皇矢とか数え切れないとか言いそうだから、三上もかなー、って」

「あいつは頭悪い猿だから手当たり次第喰ってただけだろ。俺はよっぽど気持ちがのらないとやりません」

「面倒くさいから?」

「その通り」

「前戯が面倒なんでしょ。なんで俺がそんなことしなきゃなんねえんだよ、とか言いそうだもんね」

「…それ言ったことあるわ。お前よくわかんな」

思い出したように三上は言うが、最低な発言だ。
僕からすれば三上以上に素敵な男はいないと思うが、女性からすれば最低以外のなにものでもない。
こんな風では彼女ができなくて当然だ。
これほどまでに女心が理解できない三上と、それでも付き合いたいのだと言う女の子は余程の物好きだ。自分を含め。

「本当に三上って……」

「なんだよ」

「可哀想な生き物だなーと思って」

「お前に同情されるとすげーむかつくんだけど」

今度はどんな暴力が加えられるのだろうと身構えたが、三上は溜息を零しただけで手を出そうとはしなかった。
最早怒りを通り越して呆れたのかもしれないが、事実を述べたまでだ。

本当は、近付くクリスマスの予定を話そうと思ったのだが、乙女心を微塵も理解しようとしない三上に何を話しても無駄な気がする。
下らないと一蹴されるかもしれない。
それでも、恋人になれて初めてのクリスマスなのだから、心が躍らずにいられない。
三上にはそんな感情ないのだろうか。
恋人がいればクリスマスに愛を語らい、いなければ落胆する。そんな平凡な男子高校生らしい気持ちは。

「…み、三上…あの、さ…」

「…なんだよ」

「…あのー…」

「やらせろとか言うなよ」

「言わないよ!やらせてくれるなら喜んでやるけど!」

「誰がやらせるかよ」

「そうじゃなくて、えーっと、もうすぐクリスマス、だね…」

「そうだっけ」

本当に気にもしていなかったらしく、やはりかと落胆する。

「考査が終わったらすぐクリスマスだよ」

いじけたように口を尖らせながら言えば曖昧な返事と共にベッドに仰向けになった。
全然真剣に話しを聞こうとしてくれない。
いつものことではあるが、今日は他愛ない会話ではなく、予定を立てたかったのだ。
どうしても話しを聞いてほしくて、仰向けのまま瞳を閉じる三上の腹の辺りに跨りそのまま体重を下ろした。

「おも!なんだよお前!」

驚いたように後背に手をつきながら上半身を起こしたので、この距離ならば頑張ればキスができるかもしれないと不埒な思いが胸をかすめる。

「話し、聞いてよ」

「聞いてるだろ」

「ちゃんと!」

「んだようるせー、聞くから」

何と言われようと構わない。多少強引でなければ三上を動かせないのだから。
三上は再び脱力し、ベッドに背中を預け、腕を折り手の甲を額に乗せている。

「クリスマス、デートしよう」

「やだ」

「なんでー!そんなすぐ答えださなくても…」

「悩んでも今決めても答えは一緒だから。やだ」

「理由を!僕が納得できる理由を述べよ!」

「理由って…なんでクリスマスだからってわざわざ出かけんだよ」

「それはー…恋人たちのクリスマスだし?」

「本来のクリスマスはキリストの誕生を祝う日です。俺は仏教なので関係なし」

「そ、そうだけど、日本は恋人で過ごす日じゃん!」

「誰が決めたんだよそんなもん」

「だ、誰かは知らないけど……潤も去年有馬先輩と一緒にいたって言ってたもん」

「余所は余所、うちはうちです。絶対にやだ。なんで寒いのにわざわざ外出なきゃなんねえの。遊びに行きたいなら放課後でもいいだろ」

「放課後だって行ってくれないじゃん」

「俺インドア派だから。クリスマスとか、下らねえ」

やはり言った。下らないと。想像通りだ。
わかってはいたが、本人の口から聞かされれば多少ショックだ。
イベントに積極的な男ではないとわかっていたが、もう少し気遣ってくれてもいいのに。
恋人になって初めてのイベントで、バレンタイン、誕生日、クリスマスは恋人同士にとって最も大切な三大イベントだと思う。
僕もそれに乗っかってみたい。他ではない三上と一緒なのだから。
それに、三上といつまでこうしていられるかわからない。来年には共にいられないかもしれないのだし、それならば楽しんで少しでも幸福な思い出が欲しい。
三上は微塵も僕の気持ちを考えてはくれない。
無理矢理付き合ってもらっているようなものではあるが、少しくらい歩調を合わせてくれてもいいのに。
常にとは言わないから、せめて僕が望む日くらいは。

「……三上のバカ…」

「バカで結構。わかったらどけ」

ころんと身体をベッドから下ろされ、背を向けた三上にじんわりと涙が滲みそうになる。
愛もなければ情も希薄な男だが仮にも恋人に対してこんな扱い、ひどいではないか。
だから女性に愛想を尽かされるのだ。
絶対口には出せないセリフだが。

「どうしてもだめ?」

「だめ。クリスマスなんてな、何処に行ってもカップルばっかりなんだぞ。そんなん見てたら苛々するだろ。家でやれって思うだろ」

「思わないよ。皆幸せで楽しいんだよ…」

「俺は苛々すんの。人混みも嫌いだしなんかうぜえだろ」

「だって僕達だって恋人、でしょ?」

「恋人も十組いたらそれぞれ形があるもんだ。俺たちはそういう形なんです」

「減らず口ー!」

「うるせえ。いやなものはいやなんだよ。どうしても一緒にいたかったら部屋にいればいいだろ」

「それはいつでもできるから、クリスマスくらい特別な思い出がほしいじゃん!」

「俺はそんなのいらない」

その言葉に頭に血が昇り、勢いよく立ち上がった。
三上は僕と同じようには思ってくれていない。
やはり、三上が僕に感じている気持ちは恋などではないと思う。
恋は人を変える。恋人のために努力をしようと思える。少しでも好きでいてもらえるように精一杯になる。
無理に自分を押し殺して、そんな自分に疲れてしまったりもするが、そうして段々と二人の形ができあがると思う。
恋の欠片も見せてくれない三上に、怒りというよりも寂しくなる。
けれど、それを認めたらまたひどく落胆して辛くなるので、怒りという感情にすり替える。

「三上の大馬鹿!そんなんだからモテないんだ!年に何回くらい僕のお願い聞いてくれてもいいじゃん!」

「騒ぐな。そういう男じゃねえってわかってんだろ。今更…」

「わかってるけど!でも、僕のこと好きなら少しくらい譲歩してくれてもいい!」

「じゃあなんだよ。無理矢理出かけて、俺の機嫌が悪くなってもそれでもお前は満足なのかよ」

溜息を吐きながら身体を起こし、髪をかき上げ睥睨された。
その瞳の引力にぐっと喉を詰まらせるが、ここで引き下がっては以前の関係と変わらない。
今は違うはずだ。我儘を多少言っても許されるし、怒りたいときには怒ってもいい。
びくびくと身体を小さくして、気持ちを押し込める必要はなくなったはずなのに、条件反射で謝りたくなる。
伝えたいことの半分も伝わらない。僕の気持ちなど少しだってわかってくれない。
違う人間なのだから理解する方が難儀だとわかっている。
しかし、僕は三上に恋をしているからこその我儘を言っているだけだ。
いや、こんなの我儘の部類にすら入らないと思う。
けれど、全然わかってくれない。
ひどくもどかしいのに、言葉が出てこない。
胸は切なさばかりが占める。三上と一緒にいればいるほど辛く、悲しい出来事も増える。幸福よりも。
恋人になれたら、それ以上望まないと思っていた。隣に置いてくれるだけで充分だと思っていた。
もしかしたら僕は欲をかいているのかもしれない。
悪いのは三上ではなく、僕のほうなのではないだろうか。
擦り込みではないが、相手が悪くとも自分のせいだと思うのは今までの僕の人生においての癖だ。
誰の迷惑にもならずにひっそりと暮らしてこなければいけなかったから。
そうでなくとも同性愛者というハンデがあるのに、それ以上の迷惑などかけられない。母や兄姉にも。

唇を噛み締めて俯いた。
諦めるしかないだろう。三上の言う通り、無理に一緒に出掛けても三上が楽しくなければ意味がない。
しかし、簡単には引き下がりたくない。
だって、三上と過ごせるクリスマスはこれが最後かもしれないのに。
一度しかないのだったら、普段ではできない経験をして、飽きるほど共にいたい。
何故わかってくれないのだ。こんなにも好きで、ずっと一緒にいたくて、けれどもそれが叶わないとわかっているから、明日別れがくるかもしれないと思っているからこその願いだというのに。

「…少しは……」

「あ?なんだよ」

「っ、少しは僕の気持ちもわかれ!バーカ!」

言った途端、二人同時に呆気にとられた。
三上に対してこんな風に強気になるなど考えられなかった。
それは三上も同じだろう。
感情に任せて口走った自分を叱咤するがもう遅い。
冷や汗を掻きながらちらりと三上を見れば額に青筋が浮かんでいるようで、ますます焦る。
恐慌をきたし、僕が選んだ行動はその場から逃げることだ。
開錠して部屋を飛び出し、小走りでリビングにいた甲斐田君に頭を下げて自室まで走った。

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