Hope is a waking dream.



三上を扉まで見送り、暫くその場で呆然とした。
彼の言葉を何度も何度も反芻し、テレビを見ている蓮の元へ走った。

「き、聞いてよ蓮!三上がクリスマス一緒にいてくれるって!」

何事かと目を大きくした蓮はぽかんとしてから微笑んだ。

「よかったね。三上君から言ってくれたの?」

「そうなんだよ!ありえなさすぎて信じられないんだよ!夢かな?」

「現実だから落ち着け」

「マジか。どうしよう。どうやって過ごせばいいんだろう。こんなチャンス二度とないかもしれないからいい思い出にしたい!」

興奮冷めやらず、ソファの周りをうろうろと歩いた。
蓮は呆れたように苦笑するが、蓮にとっての普通は自分にとっての幸運だ。

「皆どんな風に過ごすの?どうしたらいいの?」

「それぞれだと思うけど…」

「蓮は?」

「僕は普通。先輩受験生だから冬休みは冬期講習で忙しいし。講習終わったら少し会うくらいかな」

「そっか。来年は受験だから浮ついてられるのも今年だけか。そう思うとますます張り切らなきゃ」

「そうだね。あれだ。そういうデートスポットを特集した本とかあるじゃん?コンビニで売ってるんじゃないかな?」

「なるほど!ちょっと行って来る!」

「あ、コートは着なよ!」

財布だけを掴んだので制された。言われた通りコートを肩にひっかけて走って寮を飛び出した。
今なら大嫌いな持久走もできそうだし、潤の我儘も笑ってなんでも聞いてあげられる。きっと世界で一番幸せを感じているのは自分で、頭上では小さな天使がラッパを鳴らし、お花を撒いてくれている。
息切れしながらコンビニに入り、たくさんの人に立ち読みされたであろう、へたった雑誌を掴んだ。折り目がついていようが表紙がよれていようが関係ない。
会計を済ませ、再び走って寮に戻る。
蓮は欠伸をしながら眠たそうにしている。自分も普段ならそろそろ眠る時間だが、変に興奮して冴えきっている。

「僕寝るね。おやすみ」

「おやすみ!」

「夜更かしもほどほどにするんだよ」

「はいママ!」

最近はママと呼んでも突っ込まれなくなってしまった。一々面倒になったのか、ママを受け入れたのかはわからない。
歯磨きをし、リビングの電気とエアコンを消し、ベッドに入って震える手で雑誌を開いた。
こんな雑誌、自分には一生縁がないと思っていた。本屋で楽しそうに開いている人を羨ましいと思って、いつかそんな相手ができるだろうかと希望を抱いた。
女性から見てもぱっとしない自分は、男目線でも勿論平凡で、大人になっても恋人なんてできずに孤独まっしぐらという想像をして落ち込んだ。
なのに今自分はきらきらと光る宝石のような雑誌を自分のために開いている。
しかも相手は三上だ。何度でも思う。人生どんな奇跡が転がっているかわからないと。
煌びやかなイルミネーションスポットや、冬の花火を楽しめる場所、綺麗な夜景やスケートリンク、光りで装飾された大型マーケット情報など、見ているだけで浮かれてくる。
人生でやっとクリスマスが身近に感じられた。
毎年クリスマスはサンタが乗ったケーキを食べる日でしかなかったし、三上にこっぴどく振られた日でもあり、あまり好きではなかった。
なのに今は彼とのデートに悩める自分がいる。普段なら絶対にデートなどしてくれないのに、イベントの持つ力はすごいと知る。
彼が自分のために折れてやろうと思っただけでもありがたい。それ以上を望むのは怖いけれど、来年も一緒にいられる保証はない。いつ自分たちの糸は切れてもおかしくないのだから。無理をさせているとわかっているが。彼の優しさに甘えたい。
何度も何度も同じページを読み、朝になって気付いたら開いた雑誌を枕にして眠っていた。



「真琴決まった?」

難しい顔をしている僕を気遣ってか、蓮が朗らかな声で言った。
三日三晩悩んでもデート場所は決まらなかった。三上にも早く決めないと心変わりするかもしれないぞと脅された。
今日も自室のソファに座って雑誌を開いている。もう何百回読んだかわからない。だけど決まらない。どうしてだろう。

「まだなんだよねえ…」

「そんなもの適当に決めりゃいいのに。どこでもいいんだろ。三上と一緒なら」

ソファに座ってスナック菓子をばりばりと食べながら潤が言った。

「そう、なんだけどさ…」

できれば三上に過度な負担はかけたくない。ただでさえ寒い時期の人混みなど苦手だろうに、自分のために妥協してくれたのだからできるだけ配慮をしたい。
雑誌に載っている場所はどれも素晴らしいと思う。一年でこの季節しか味わえないわくわくが詰まっている。三上と並んで歩く場面を妄想しては顔がにやける。なのにどうして決められないのだろうか。
ここだという場所がないのか、そもそもクリスマスデートを望んでいなかったのか。
三上から与えられた優しさに喜んでいただけで、それは内容がデートでなくてもよかったのかもしれない。

「目瞑って開いた場所にしたら?」

他人事だと思って適当なアドバイスしかくれない潤を睨んだ。

「そんな風に決められないよ。こんな思い出人生で一度きりかもしれないじゃん」

「大袈裟。三上と別れたって他がいるだろ」

「そりゃ、潤は性別関係なくモテるからいいけど、僕はこの先恋人なんてできないかもしれないでしょ」

「マイナス思考だな。男は三上だけじゃないんだぞー。ほら、ここに二人もいるわけだし」

「いや、君たちはカウントされないでしょ…」

「そりゃそうだ!」

潤はがははと笑い、深刻に考える問題ではないと言った。
わかっているのだが、考えれば考えるほど底が深くでどれか一つなど到底選べない。
早くしなければ。クリスマスは数日後なのに。ぐずぐずしていると三上が苛立ち、やっぱりなしと言いかねない。ここは男らしくずばっと怯まず自分の行きたい場所に行こう。
丁度開いたページに乗っていた冬季限定のスケートリンクの説明を読んだ。
夜はライトアップされるらしい。女性や子どもはとても好むだろう。写真だけでもとても綺麗だ。

「スケートリンク行こうかな…」

言うと二人がぎょっとした表情でこちらを見た。おかしな選択をしたのだろうかと不安になる。

「大丈夫?」

「なにが?」

「真琴運動苦手でしょ?スケートって運動神経いい人でも難しいって言うし」

「あ…。そうか。やったことないからいいかなって思ったんだけど…」

「いや、真琴が行きたいところでいいと思うけど、怪我しないようにね」

蓮に苦笑され、自分でも不安になってきた。陸上ですらまともに運動できないのに氷上なんて絶対に無理だ。

「スノボとかのが簡単かもね」

「えー。骨折している人よくいるじゃん」

「無茶しなきゃ大丈夫だろ」

「でも日帰りでスノボは厳しいよね。前もって宿とってればよかったかもしれないけど、三上君も直前に言うからなあ」

「じゃあその案は来年に回してさ、スケート行ってみたらいいじゃん。イルミネーション見るよりは三上も楽しめると思うよ」

「そ、そうだよね!うん…」

じゃあこれに決めよう。小さく呟き、読み過ぎてしわしわになった雑誌を閉じた。
場所も都内だし、少し遊んでご飯を食べてプレゼントを渡して解散しよう。そのまま実家に帰るなり、寮に戻るなりできれば十分だ。
その後は休み明けまで会えないのだろうから、その日の思い出をぎゅうっと胸に詰め込んでわかれよう。
三上も自分も無理なく楽しめるものだと思う。大きなツリーを見に行ったり遊園地で巨大な観覧者に乗りたいと言うよりは。
無難だろうし、三上と一緒なら上手に滑れなくてもきっと楽しい。
是非とも行きたいというわけではなく、妥協したようで嫌だが他に候補もない。
まずはプランを話して三上の了解を得なくてはいけない。もし嫌だと言われたら、今度は一緒に選べばいい。

「三上のとこ行ってくるね…」

「おー、ごゆっくり」

嫌な笑みで見送られ、雑誌を手にして三上の部屋を訪ねた。
ノックをすると勝手に入れと返事があった。甲斐田君は不在で、三上はソファに横になったまま薄手の毛布に包まっていた。芋虫のようで可愛らしいが、そこから一歩も動かないという強い意志を感じられる。
エアコンも効いていて暖かいのに、三上は本当に寒がりだ。

「なんだ」

「うん。どこに行きたいか決まったからお知らせに」

「やっとか」

「ごめん。なかなか決められなくて。ここなんだけど」

雑誌を開いて三上の目線に下げてやった。

「…ふーん。スケートリンクねえ…」

「やったことある?僕ないんだ」

「ない」

「そっか。じゃあ嫌かな」

「…別に。そこでいい。何時に出んの」

「十時くらいには出たいかな」

「じゃあその前に起こしに来いよ」

「わ、わかりました!」

直立してびしっと敬礼した。あっさり了承されて逆に驚いた。絶対いちゃもんつけられると思った。何で寒いのに外で、しかも氷の上で遊ばなきゃならん、とかなんとか。こんなに素直に要望を聞いてくれるなんてなにかあるのではないかと勘繰りたくなる。
別れる前の最後の思い出にしてやろうとか。
マイナス思考だとわかっているが、三上が優しさを見せると裏を疑いたくなる。ただで僕に優しくしても彼は得るものはなく、ストレスが蓄積されるだけだ。
腕を組んで考えたが、彼の思考は読めないし、裏に何があろうともせっかくのデートなのだから楽しまなければ損だ。なのにどうして釈然としないのだろう。

「じゃあ帰ります」

「帰る前にコーヒー淹れろ」

「あ、はい…」

こうやって顎で使われた方が余程安心する。自分もマゾが板についてきたと、カップにお湯を入れながら涙目になった。

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