No pain no gain.



苛々、もやもやをぶつけるように部屋の扉を乱暴に閉めた。

「うわあ。わかっとったけどめっちゃご機嫌斜め」

テレビを見ていた秀吉が首を捻ってうんざりした表情でこちらを見た。
向かいのソファにはなぜか皇矢がいて、踏ん反り返って座っていた。

「なんかあったのか?」

「いやあ、さっき俺と三上、有馬先輩の部屋でお手伝いしてたんやけど、潤がちょっとな…」

「…ああ、なんとなく察するわ。お前も一々潤に言い返さないで適当に返事してりゃいいのに」

「そりゃー、泉のことになると心が一気に小学生男子なんやろ?素直になれないこの気持ちみたいな」

ふざけたことを言う秀吉の頭を思い切り叩いた。

「いった!」

皇矢にどけと蹴りを入れ、ソファにごろんと横になった。
頭の中で有馬先輩の言葉と、潤の言葉が順番にループし、ちくちく良心を攻撃してくる。
ああ、面倒だ。余計なことを考え、悩み、落ち込んで。だから彼女なんてつくってこなかった。やることだけやれば女なんて用はなかった。なのに、世の中の女の面倒な部分を凝縮したような男を恋人にするなんて、自分はある日宇宙人に浚われ、頭の中をいじくりまわされたに違いない。
有馬先輩の言葉は共感できる部分もあったし、素直にそうしてみようかと思えた。だけど潤の言葉を思い出すと反発したくなる。

「でも実際そうだろ。好きな子をいじめる小学生と同じってやつだ」

「はあ?」

皇矢にぼそりと言われた言葉に思い切り眉を寄せた。

「それはお前だろ」

「俺は中学生くらいに成長したし」

「歳に追いついてねえだろ」

「ほな俺は?先輩を大事に大事にしとるから二十歳くらい?」

「お前はママと放れたくない幼稚園児」

「え…。一番やばいやつやん」

それは嫌だと首を振る秀吉をぼんやり眺めた。
皇矢はともかく、秀吉は二十四時間神谷先輩を想い、姿を探し、会えないと世界の終りかのように落ち込む。逆になぜそこまで他人に夢中になれるのか不思議だ。
神谷先輩に出逢う前こいつはどうやって生きてきたのだろう。

「お前神谷先輩に尻尾振ってむなしくなんねえの?」

素直な疑問だったが、秀吉は質問の意味がわからないようにぽかんとした。

「全然。だって好きやし」

「プライドなし?」

「そんなん神谷先輩の前では塵芥。俺のこともっと好きになってもらえるならなんでもするもーん」

もーん。なんて可愛らしい口調が腹立つ。
元々の性格の違いか、相手の違いか、自分はそんな風には死んでもなれない。
神谷先輩を前にしても食指が動くことはない。彼も所詮男で、身体の造りも同じものだ。確かに顔は綺麗なので、女なら口説いたかもしれないが、好かれるための努力はしなかっただろう。

「そのだらしない顔むかつくわ」

姿勢を俯せに変え、腕で枕を作って溜め息を吐いた。
そもそもクリスマスってなんだ。仏教徒には関係のない話しではないか。しかも恋人と過ごす日なんて誰が決めた。決めた奴出て来い。ぶん殴ってやる。

「潤になに言われたか知らねえけど、気にしなきゃいいだろ。っていうか、三上が気にするなんてそんなにひどいこと言ったのか潤は」

「うーん、せやなあ。地雷を思いっきり踏んだというか…」

こそこそと話しているつもりだろうがすべて耳に届いている。
気にしなければいい。その通りだ。でもそれでいいのかと躊躇する自分もいる。
優しくないし、大事にもしてない。自分が一番わかっている。秀吉が身近にいる分、泉もこんな男が相手ならめそめそしなくてよかったのだろうと思う。
自覚がありすぎるからこそ、有馬先輩の言葉は重かった。有馬先輩も潤には甘くないだろうから、こういう日で帳尻を合わせるという経験者の知恵になるほどと頷いた。
だから潤は有馬先輩なんかと続けていられるのだ。
潤も泉も三百六十五日厳しいだけの恋人なんて、いくら好きでも限界がくるだろう。
泉の場合は少しおかしいので、それでも追ってくるかもしれないが、あいつも人間で繊細な心を持っている。毎日少しずつ心を削り続け、いつかはすっからかんになるだろう。
そうなったときが別れの日なのだろうか。それならそれでいいけれど、自分は変わらないし変われないと突っ撥ねていた心に最近ひびが入っている。
あの有馬先輩ですら一応些細な努力をしているのだから、自分もしてみようか。前向きになって、でもそんな柄じゃないと視線を逸らす。

「三上がイベント事で悩むなんて世も末って感じだな」

すべてを秀吉から聞いた皇矢が含み笑いをした。その通りすぎて反論の余地がない。

「ええやん。彼氏ってのをちゃんとやっとる証拠やし。相手男やけど」

「だから適当に彼女作って経験積んどけばよかったのに。面倒くさがった結果、もっと面倒なことになってんだろ」

「ほんまや」

「うるせえなあ…」

秀吉たちはいい。相手はきちんとした恋人で、お互い好き合っているのだろう。
相手のために必死になるのも悩むのもお付き合いをする上で当然だ。でも自分たちはそれとは少し事情が違う。
相思相愛で世界には二人しかいないと夢が見れるくらいなら、こんな些末なことで悩まず済むのだろう。

「秀吉はどうせさっむいセリフをさっむい場所で言ってさっむい視線向けられんだろ」

「するか!そんなことしたらネタにされて半年はいじられるわ!」

秀吉はないないと首を振ったがこの男ならさもありなん。自分が彼女なら思い切り引いた顔をするだろう。

「いやでもここの場合は神谷先輩の方が言いそうじゃね?愛の国の血が入ってるわけだし、神谷先輩なら歯の浮くようなセリフも似合いそうだしな」

「ないない。神谷先輩あの見た目で小さい頃散々いじめられてコンプレックス拗らせた結果立派な日本男児になったし。おでん大好きとか言うし」

「マジか。意外。フランス料理食ってそうなのに」

「醤油かけたくなるって言っとったな…」

秀吉の話しが余程おもしろかったのか皇矢は秀吉の背中をばしばしと叩きながら笑った。

「そういう皇矢はクリスマスなんかすんの?」

「べっつにー。茜キリスト教徒だし、クリスマスに遊ぶって考えないし」

興味ありませんなんて顔をしているが、こいつもくそ寒いことをしでかしそうだ。
周りの友人は皆頭お花畑か。クラスでも彼女との過ごし方で盛り上がっている奴らが目立っていた。
イベントってそんなに大事なものなのか。自分がおかしいのか。ただ、一年のうちの一日でしかないという感覚がずれているのか。混乱してますますわからなくなる。

「なんか自分が冷たい人間に思えてきた…」

「その通りじゃん」

「泉も大変やなー」

他人事だと思って失礼な奴らだ。逆にどうして彼らは恋人のために頑張れるのだろう。あらゆる良心を集めないとなにもできない自分は、やはり泉のことを好きではないのか。

「悩むくらいなら一緒にいてあげたらええやん。そんなに難しいことか?なにをそんなに意地張ってんだか」

「こんなことで悩んで馬鹿だねお前。特別なことしなくても、真琴の肩をこう掴んで…」

皇矢は見ておけと言いながら秀吉の肩を掴んだ。秀吉は胸の前で両手を組んで祈る乙女のようにした。

「真琴、ひどいことも言ったりするけど、俺お前のことちゃんと好きだから…」

「三上!嬉しい!僕も!」

「って具合にな?」

二人に同時に視線を向けられ思い切り冷めた目線で返した。

「…アホくさ…」

「やあね、クールぶっちゃって」

「あれやろ。もうすでに実践したんやろ」

「ああ、そうか。じゃあ次はな、真琴の腕をとって――」

また二人の寸劇が始まったとき、彼らの後ろにある部屋の扉が遠慮がちに開いた。顔を出したのは高杉先輩で、きっとこの馬鹿に用事があるのだろうと察した。
高杉先輩に向かって小さく手招きした。遠慮せず入って下さいという意味だったが、どうやら伝わったようで小さく頭を下げてこちらへ近付く。
皇矢たちは先輩の存在には気付かず、完全に二人の世界だ。

「んで、こっから押し倒してだな?」

「きゃ、柴田えっち」

「童貞ということがバレないようにてきぱきとこうやって脱がしてだな…」

「お前ほんまに手慣れてんな。引くわ。逆に引くわ」

「そういうこと思わせないようにキスとかして気を逸らしてだな」

これはいつまで続くのかわからないが、頭上から高杉先輩が困惑した様子で二人を見ている。おもしろいのでこちらからは止めなかったが、押し倒されている秀吉が先輩の存在に気付いたようで皇矢の胸を思い切り押し返した。

「ちゃいます!じゃれとっただけです!」

「そうか。柴田の好みは随分変わったものだと思ったのだがな」

「…茜さん何故ここに…」

仁王立ちで腕を組んでいる高杉先輩に気付いた皇矢は瞬時にソファの上に正座をした。

「お前を探していたらここだろうと言われてな」

「あ、そう、ですか…」

「何故敬語なんだ?」

「いえ。別に理由は…」

秀吉のことを散々へたれだ犬だと馬鹿にしているが、皇矢も大概だと思う。自分では気付いていないのかもしれないが尻に敷かれている。年上の恋人を持つと皆こうなってしまうのだろうか。泉が年上ではなくてよかった。
皇矢は短く説教をされた挙句、顎で行くぞと命令され先輩の後ろをついて部屋を去った。
狂犬の面影なし。高杉先輩は猛獣使いのようだ。

「あー、びっくりした。高杉先輩も迫力あるからなあ…。怖い怖い」

秀吉は心底安心したように溜め息を吐いたが、いくら高杉先輩でも寮内でもがみがみ言うほど厳しくはないだろう。

「でも勉強になったやろ?」

「なるか馬鹿」

「えー。参考になるやろと思ってやったのにー」

なんの参考だ。

「でも、悩むくらいなら好きだくらい言ってやってもええんちゃう?簡単やし、それだけで泉はハッピーやろ」

「嫌だ」

「え、そんなことも嫌なん?こんな当たり前のことが?誰もができることなのに?三上さんできひんの?」

「はあ?」

当たり前?誰でもできること?
それは秀吉と皇矢は浮かれポンチだからできるだろうが、普通は気恥ずかしいだろう。そもそも好きかどうかもわからない。

「お前らだけだろそんなの」

「アホちゃう。恋人おるなら言うやろ。言わんとどうやって付き合うん?」

言われて初めて気付いた。気持ちを口にしないでなんとなく付き合うというパターンもあるだろうが、男同士でそれは絶対にないし、男女であっても告白という段階を経てお付き合いが始まるのだ。そんな当たり前のことも失念していた。なあなあで始まった自分たちがイレギュラーなのだ。

「…え、てことはあの高杉先輩も?」

「さあ。それは想像したくないけどたぶんそうなんやろ」

「うわあ…」

堅物を着て歩いているような高杉先輩ですらと思うと自分がおかしいように思えてくる。

「そんな簡単な一言もないままってのはいくらなんでも可哀想やろ。はっきり言ったらええやん」

できるものならとっくにしてる。いつまでも中間地点でどちらの感情にも片足突っ込んでるからうまくできないのだ。
別れるでも、好きと認めるでも、どちらでもいいからはっきりしたい。
間で天秤のように揺れるのは、精神的負担がかなり大きい。どちらにも振り切れないから躓く。立ち止まる。背を向けたくなる。
どうせ友人にはこの気持ちわかるまい。自分だって知りたくなかった。

「あんまりぐずぐずしとるとほんまに他の奴にとられるでー。泉の気持ちが少し離れたタイミングで優しい奴がぽっと現れたりするもんや」

「あ、そ。それならその方が幸せなんじゃねえの?」

「…こりゃ潤が言うた通り麻生の出番か…」

溜め息混じりの言葉に、心の底で落ち着いた怒りがふつふつと煮立った。

「わかった!言ってきてやらあ!」

ソファから立ち上がり携帯を握って部屋を出た。
泉の部屋までずんずんと向かい、扉の前で止まった。簡単なことだ。たったの二文字。それくらいいくらでも言える。だって二文字を音にするだけだ。子どもだってできる。
ノックをするためぎゅっと拳を作って腕を上げた。こういうのは勢いが大事だ。怒りがおさまったらそんなこと言うか馬鹿と捻くれてしまう。
なのに扉が叩けない。首の後ろを掻いて、秀吉の挑発に乗った自分が悪かったと反省した。

「三上?」

突然隣から声が聞こえ俯いていた顔を上げた。

「…なんでお前…」

「…なんでって、僕の部屋ここだし…」

てっきり中にいると思っていたが、タイミング悪く外出から戻ったところをばったり鉢合わせだ。神様って奴がいるとしたら余計なタイミングばかり合わせてくれる。

「よかったらどうぞー。部屋汚いけど」

泉はにこにこと笑ったまま扉を開け、中へ招き入れた。
リビングのソファに夏目がいて、小さく挨拶されたので適当に応えた。
泉の寝室に入りベッドを背にして座った。

「なんか貸してたっけ?それとも僕が借りてた?」

自分が理由もなく来たりしないとわかっているので泉は首を捻った。

「いや、別に」

それならなぜ、と言わんばかりの瞳が居心地悪い。
そう思わせるような態度をとってきた自分が悪いのだが、責任転換で察してくれと言いたくなる。
そもそも、そういう言葉は急に言うものではないだろう。なにか流れがあって、その中で自然と言うもの、だと思う。突拍子もなく言えば困惑させるだけだ。
となると、そういう流れを作らなくてはいけなくて。
流れってなんだ。そんな空気自分には経験がない。馬鹿な友人二人は簡単にできる、言えると言うけれど、全然簡単じゃない。

「…まだ制服着てるなんて珍しいね。どこか行って来たの?」

不穏な空気を察したかのように泉は殊更明るい声色で言った。

「有馬先輩の部屋にいた」

「ああ、有馬先輩の…。え、三上も?皆揃って有馬先輩の部屋?」

三上も、という言葉に眉が動いた。何故知っているのか考えるまでもない。恐らく麻生に聞いたのだ。
麻生は泉の影のようにいつもその存在がちらちらと視界の中に入る。それは仕方のないことだ。こいつの唯一の友人だった男で、これから先も関係は変わらないのだろう。
一々腹を立てても仕方がないとわかっている。なのにその名前を聞くとどうしても感情のふり幅が怒りに傾く。あいつの性格がど汚くできているのが悪い。
泉に知られぬよう水面下で小さい衝突を繰り返しては決着がつかない。
いつもあちらから仕掛けてくるのでひどく目障りだ。

「潤も一緒だった?」

「ああ」

「そっか。にぎやかで楽しそうだね」

なにが楽しいものか。面倒な手伝いを命じられ、潤と口論になり、有馬先輩に諭され。踏んだり蹴ったりだ。
ここに来た目的も忘れて大きな溜め息を吐いた。
泉は自分の機微に敏感なので、なるべく不機嫌は控えようと思っているのに。はっと気づいて顔を上げれば案の定身体も表情も固まっていた。

「…有馬先輩の手伝いで疲れただけ」

「…そっか。お疲れ様」

ぎこちない笑みを見て、やはり自分には無理だと思った。
簡単な言葉一つ差し出せず、共にいる間ずっと気を遣わせる。泉といればいただけ、こいつはこれでいいのか、こんな状態を望んでいるのかと問いたくなる。
幸せかと聞けば即答できないだろう。歪な形に出来上がった恋人の形は互いの間に引かれた線でますます歪んでいく。
たぶん、恋人というものはこんな重苦しい裁判のような緊張感のある空気にはならない。
皇矢や秀吉は勿論、あの有馬先輩ですら。
自分が悪いのだろうが、どんな機能を追加すれば丸く収まるのかわからない。
このままでいいのかと泉本人に聞きたい。

「み、三上は冬休みに入ったらすぐ実家に帰るの?」

「あー…。まだ決めてない」

休みに入ったらすぐにクリスマスだ。
あーだ、こーだと周りに意見され、自分でも頭を抱え、結局答えがでないままこの部屋に来たが、今すとんと答えが降りてきた。

「クリスマス…」

ぽつりと呟くと、泉にはえているはずもない獣耳がぴんと立った気がした。

「なんかしたいのか?」

「え!?い、いいの!?」

「応えられる範囲なら」

「マジすか!うわー。びっくりした!雪降る!」

「そういうこと言うと付き合ってやらない」

「嘘です!ありがとうございます」

心底嬉しそうに微笑むので、色々納得できない部分はあるがまあいいかと思う。

あまりに酷い自分たちの関係を修復するべき方法がこれくらいしか思い浮かばなかった。
改めてわかったが、自分は気持ちを言葉にできるような器用な男ではない。
これでも歩み寄っているし、どう思っているか態度で察してもらうしかない。
泉なら理解してくれるだろう。面倒なイベント事に付き合うくらいにはきちんとお前を考えている、と。
クリスマスだ、誕生日だと理由と言い訳を探さなければ、お前を抱き締めることすらできない自分を許してほしい。


END

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