All covet, all lose.



甲斐田と部屋の前で別れ鞄の中を探った。鍵を探したのだが入っていない。朝は景吾より先に出るので戸締りは彼の役目だ。そのせいでうっかり忘れてしまったらしい。
時間は夕飯時で、もしかしたら景吾は鍵をかけて部屋を出たかもしれない。
どちらにせよぼうっと突っ立っているわけにもいかないので、折った指で扉を叩いた。

「景吾ー。鍵忘れたんだけど」

数秒待つと内側から開錠する音と共に遠慮がちに扉が開いた。応対してくれたのは同室者ではなく幼馴染だったけれど。

「あれ。なんで真琴?」

「遊びに来たら学いなくて、相良君が中で待っていいって」

「ああ、そっか。景吾は?」

「真田君と学食行ったよ」

「やっぱり。お前がいてくれてよかった」

そうでなければ学食まで景吾を探しに行くはめになった。
景吾は普段から鍵のかけ忘れが多いが、こういうときに限ってきっちりかけているものだ。
ソファにコートと鞄を投げ、首をぐるりと回した。

「遅かったね。遊びに行ってたの?」

「いや。有馬会長の部屋に」

「有馬先輩!?なんで?接点あったっけ?」

「いや、今日初めて話した。甲斐田といたら生徒会の仕事手伝えって連行されて」

「へえ。有馬先輩の部屋ってなんか怖いね。大きい食虫植物とかいなかった?」

真剣に怖がる表情を見てぷっと吹き出した。

「どんなイメージだよ。普通だよ普通。特別優しくもなく、厳しくもなく、必要なこと以外は話さないし」

「普通かあ。それはそれでちょっと残念だな」

温かいコーヒーを二人分淹れて一つを真琴に手渡しながらソファに着いた。
三上のように口には出さなかったが、確かに柳の淹れたコーヒーはくそ不味かったと思いながら。

「普通に有馬先輩と話せるなんてすごいね」

カップに息を吐きながら真琴が呟く。言葉の意味がわからず首を傾げた。普通以外にどう話せというのだろう。

「なんか有馬先輩に見られると自然と下僕に成り下がらない?三回まわってワンとか言いそうにならない?」

「なるかよ」

「そうかな。僕はなるんだけど」

それは真琴が真性なマゾヒストだからでは。と思ったが口には出さない。
有馬先輩も高飛車な柳より真琴のようなタイプの方がうまくいくと思うのだが、恋愛は打算で決まるわけではない。意外な人物に惹かれたりするのだろう。身に覚えがありすぎるのでつっこめない。自分だって打算で選べるなら普通の同い年の女の子を好きになりたかった。

「真琴、クリスマスはどうすんの?」

真琴は毎年実家でクリスマスケーキを囲み、それに必ず自分もお呼ばれしていたが、今年は三上がいる。先ほどの三上と柳の会話を思い出して聞いてみた。

「さあ。別になにも決めてない」

「三上とデートとかは?」

「デートって…。そんな男に見えますかあれが」

「見え…。ないけど…」

意外と落ち着いているので拍子抜けした。真琴のことだから我儘を通してでも三上とクリスマスの思い出がほしいと騒ぐのだと予想していたのに。
デートしてやれよ、やだね。先ほどの会話を思い出し、薄情な三上の言葉にいらっとしたが二人の問題だし自分の出る幕じゃない。
でももし真琴が楽しみにしているのなら、三上が折れてくれるよう裏から手を回そうかとも思っていた。

「真琴のことだから色々と計画立てるのかと」

「女子か。いや、まあ三上がそういうの好きな人ならうきうきしただろうけど絶対ないしね。期待するだけ傷つくし」

そんな悲しいことをさらりと言わないでほしい。
最初から諦め、彼のために自分の気持ちを殺して、それで幸せなのかと問い詰めたくなるではないか。
自分ならもっと大事にするのに。傷つけたり泣かせたりしないのに。延々と考えてしまう。三上が甲斐田くらい恋人を大事にしていたらそんな風には思わない。未練を抱える余地などないと諦められた。なのに自分は逆立ちしても手に入れられない真琴をぞんざいに扱うから腹が立つ。
女々しい責任転換だとわかっている。三上が悪いわけじゃない。真琴もきっと幸せだ。理由をつけては真琴を想う心を正当化しているだけだ。

「学は?予定あるの?」

「いや、ないけど」

「じゃあ今年も二人揃って我が家でささやかなクリスマスになりそうだね」

おどけたように笑う表情に苦笑が零れる。

「諦めんなよ。お前には三上がいるんだから。だめ元で言ってみろ。一緒に過ごそうって」

「…うーん。別にクリスマスじゃなくても一緒にいられるならいいし、あんまこだわりはないよ」

「真琴は本当に健気だなあ…」

そのいじらしさ故に真琴を応援する側は三上の尻を思い切り蹴りたくなってしまう。
三上に喰ってかかる柳の気持ちもわからなくはない。実際もっと言ってやれと心の中で思っていた。
柳の言葉が三上にどれほど効いたかわからないが、三上は自分が絡むとむきになるのでその調子で真琴に夢中になればいい。

「ごちそうさま!」

カップをテーブルに置き、真琴が立ち上がった。

「帰るのか?」

「うん。いい子は風呂入って寝る時間ですよ」

「いい子にしても早いだろ。寒いから風邪ひかないようにちゃんと髪乾かして寝るんだぞ」

「はいはい。わかってますよパパ」

「夏目がママで俺がパパか」

「あ、それいいね。すごくいい家庭になりそう」

「やめろ。須藤先輩に殴られる」

「はは」

扉へ歩く真琴の前を行き、またなと言いながら開けてやった。
結局なにをしに部屋に来たのかわからなかったが、少し話したかっただけかもしれない。真琴は心が傷つくとそれを修復するために自分と他愛のない会話をして帰るのだ。自分が無条件で真琴を受け入れるので楽になるのだろう。
扉を閉めて自分も学食に行こうと鍵をポケットに入れたが、ノックが響いたので扉まで急いで戻った。真琴が忘れ物でもして戻ってきたのだろうと思ったが、そこにいたのは遠慮がちに立つ櫻井先輩だった。

「悪い。急に来て」

「…いえ、大丈夫ですよ」

俯きがちに謝られ、気持ちを軽くするように明るい声色で言った。
彼は時々こうして部屋を訪ねてくる。学校や寮内で偶然会えない日が続くと。

「中、入ります?」

「いいのか?」

「ええ。どうぞ」

ちらりと時計を見た。もうすぐ学食が閉まってしまう。かと言って帰れとも言えない。迷惑だったと彼が気に病むから。

「誰か来てたのか?」

櫻井先輩はテーブルの上に置かれた二つのカップを見て言った。

「友人です。さっき帰りました」

「…そっか」

ソファに座り、パーカーの袖を無意味に指で伸ばしながらそこを注視する先輩をぼんやりと眺めた。
何か言いたいことがあるのだろう。今頭の中で言葉を探している最中か、用意したセリフを口にする勇気を振り絞っているのか。

「…どうしました?」

待っていると夜が明けそうなので会話のきっかけを渡した。

「…あ、あのさ。もうすぐクリスマスだな…」

「ああ、そうですね」

今日は色んなところでクリスマスの話題が出る。
三上と真琴以外にも教室で友人が彼女とクリスマスをどう過ごすか様々なプランを聞かされ、意見を求められ、適当に返事をし。
彼女がいる友人たちは皆楽しそうで、でも最終目的が身体なので清い心を持てと頭を叩いてやった。

「あの…」

一緒に過ごしたいと言われるのだろうか。それは予想していなかった。特別嫌ではないが嬉しいとも思わない。なんだろう、この微妙な気持ちは。

「…俺、誰かにプレゼントを渡したことがなくて。もしよかったらお前に贈ってもいいか」

予想の斜め上な言葉に目を見開いた。
プレゼントを贈っていいか悪いか、それは了承をとるべきことなのだろうか。誰だってプレゼントは嬉しいし、サプライズなら喜びが増すと思うのだが、そこまでの思考はないようだ。

「い、いいですけど…」

「本当か?よかった。高い物は買えないけど…」

「俺はホストじゃなくてただの友人なんですから、高いプレゼントなんてあげなくていいんですよ」

「そうか?基準がよくわからないな」

先輩はいつもプレゼントされる側の人間なのだろうし、彼のバイトを考えれば皆挙って高価なプレゼントを寄越して競うのだろう。
それは友人同士には絶対に当てはまらないと理解してほしいが、言葉で言ってもわからないだろうから好きにさせる。

「欲しい物を聞こうかと思ったんだけど、こういうのは相手を想って考えるから価値があるって聞いた」

「うーん…。時と場合によりますかねえ…」

「時と場合か…。今回はどちらだろう」

顎に指を添えて真剣に悩んでいる様子がおもしろくてふっと笑った。
些細な問題にも一生懸命で、言葉を覚えたての赤子が慣れない様子で話す可愛らしさに似ている。

「今回は、先輩が考えてくれた方が俺も嬉しいかな」

「そ、そっか!じゃあちゃんと考えるから!」

花が咲いたような笑顔に、三上に対する苛立ちが消えていく。

「楽しみにしてます」

「俺、クリスマスもバイトだけど夜には帰ってくるから。お前は部屋にいるか?」

冬休みに入ったらすぐに実家へ戻ろうと思っていたが、正月前に戻ればいいだけだし、きらきらと輝く瞳が曇ったら可哀想なのでいると返事をした。

「じゃあ帰ってきたらお前の部屋に届けに来る。少し遅くなるかもしれないけど」

「わかりました」

「じゃあ帰るな。またな」

「はい」

真琴のときとは違ってソファに着いたまま彼に小さく手を振って見送った。
相手によって態度が違うのは性格が悪いと思うが、真琴は特別なので仕方がない。
櫻井先輩のことも憎いわけじゃない。一生懸命で白と黒がはっきりした性格は内面を疑わずに付き合えて楽だ。自分の顔を見ると笑顔になって、すぐに唇を噛んで我慢したような表情になるのも可愛らしいと思う。
自分が一方的に好かれるというのは想像以上に優越感というものに浸れる。
自分のなにが、どこが彼の心に刺さったのかは知らないが、学園内で見る彼と、自分の前にいる彼はまったくの別物で、特別視されれば嬉しいものだ。なのに同時に追い払いたくもなる。
彼の姿と真琴を追いかけていた自分が重なるからかもしれない。
不毛な恋などさっさとやめてお互いを唯一無二といえる相手を探したらいい。男だろうが、女だろうが。そうすれば彼は今よりもっと笑顔を見せるようになるだろう。
彼への気持ちはそのまま自分に返ってくる。
やめられるものならやめたい。三上を見る真琴の瞳に映りたいなんて思いたくない。
櫻井先輩と話した後はいつも決まって自分の心の底を覗くはめになる。
真っ直ぐに自分を見る彼の瞳に罪悪感がひしひしと募る。
好かれて嬉しいと思う反面、応えられない気持ちが重圧になる。
三上の文句ばかりを言ってられない。方法や内容は違ったとしても、自分も三上と同じ仕打ちを先輩にしているのではないか。

「…それはちょっと嫌だなあ…」

独り言を呟いた。二重規範は我慢ならない。
自分と櫻井先輩は恋人ではないから大事にする義理もないが、表面だけを繕って本心では彼を遠ざけるのではなく、自分も一歩を踏み出す時期なのだろう。
その一歩の先にいるのは櫻井先輩ではないと思う。元々女性が好きだし、彼の気持ちにはどうしても応えられない。
それなら、思わせぶりは良くないと思うが、友人関係の経験や、次好きになる人と接するための勉強を自分を通じてしたらいいと思う。彼は一般常識を離れた思考をしている節があるから。
折角だから自分も小さなプレゼントを彼に贈ろうか。
もらい慣れているだろうから嬉しくもなんともないかもしれないが、一方的にもらうより交換の方が重くない。
女同士ならまだしも、男同士でプレゼント交換なんて気持ち悪いかもしれないけど。
面倒なことになったなあと思う反面、そういえばクリスマスプレゼントを考えるなんて初めてだと気付いた。
真琴には誕生日だけだったし、クリスマスプレゼントは恋人同士が贈り合うイメージだったので、自分の気持ちが透けて見えそうでやめていた。
あれこれ考えるのは大変だが、なにもないよりは楽しいかもしれない。
彼女とのデートプランを悩んでいた友人の気持ちが少しだけ理解できた気がした。


END

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