Red X'mas 2012

「みーかみー!」

扉を作った拳の側面で叩きながら同時に扉を開けた。
同時に行っては意味がないだろうという指摘を何度も受けたが、逸る気持ちを抑えきれずに癖を直せずにいる。
三上に会えると思えば浮かれない方がおかしいのだ。

「泉今日も元気やなー」

リビングには甲斐田君と三上が各々の定位置に座りながら談笑していたようだった。
何度見ても不釣り合いな二人が懇意にしているのは見慣れない。
あの三上が他人と打ち解けようとしただけでも奇跡的だと思う。
自分に対する仕打ちを思い出せば、三上は他人を一切近付けない一匹狼なのだと思い込んでいたが、それは僕だけに対する態度であり、もしかしたらそれほど人が嫌いなわけではないのかもしれない。
ただ、自分から近付かないのと同じように、他人も三上を遠巻きに見ては決して近付かないだけだ。
甲斐田君が言うように、損な性格と言える。

「僕はいつでも元気なんだよ」

甲斐田君に笑顔を見せれば三上はうんざりしたように溜息を吐きながら持っていた雑誌を放り投げた。
露骨に顔を顰めずとも良いのにと心の中で悪態をつく。
以前のような関係ならば仕方がないが、僕達は恋人同士というやつになれたのだ。
神様が気紛れをおこし、三上の中のほんのちっぽけな炎を燃やしてくれた。
その口からはっきりと好きだと宣言されたわけではなく、好きかもしれない、と曖昧な言葉ではあったが、それでも全然かまわない。
もう少し時が経ち、あれは気の迷いだったと冷酷に言い渡されたとしても恨んだりなどしない。
今こうして隣にいられることを三上が許してくれるのならば、それだけで充分だ。

「何か飲むかー?」

「あ、おかまいなく」

紳士的な笑みを見せる甲斐田君に小さく頭を下げながら、三上の隣に当然のように着いた。

「近い」

「いいじゃん別に」

「良くねえよ。離れろ」

「三上って本当に恥ずかしがり屋さんだね。欧米を見習いなさいよ」

「うるせえ。俺は純粋なる日本人だ。お前ももう少し慎ましやかにしなさいよ」

言い終えると共に肘で肩をぐっと押された。
甲斐田君の前だからというわけではなく、二人きりのときでさえ三上は必要以上に触れないし、甘い言葉も一切くれない。
交際を始めてから何度も口付をしてほしいと懇願しても全て拒否されているほどだ。
これでは恋人とは呼べないと思いながらも、男性を恋愛対象にするという事態を三上はまだ処理できていない。
僕は根っからの同性愛者であり、性的欲求も男性にしか湧かないが、三上はそうではないし、仕方がないと思う。
僕も、女性の身体に触れ、キスをしろと言われても困惑してしまう。
だからまだ、三上が自ら僕をそういう対象で見てくれるまで待とうと思う。
勿論、誘惑はするが応えてくれないからといって力ずくで襲うような真似は控える。

「相変わらず仲良しやねー」

「ぶっ殺すぞ」

一瞥する三上にたじろぐわけでもなく、甲斐田君は気の抜けたような笑みを見せたままだ。

どこをどう見ても仲良くは見えないと思う。
僕が鬱陶しく三上にじゃれる光景は以前から少しも変わっていないし、恋人になったと言われなければ相変わらず僕の片想いなのだと認識されるだろう。
仲が良いといえば、甲斐田君と神谷先輩のほうが余程当て嵌まると思う。
あまり二人でいるところは見ないが、偶然校内で見かけるときはいつも甲斐田君は幸福を孕んだ笑みを神谷先輩に見せ、神谷先輩もそれに応えるように薄らと微笑んでいる。
とても絵になる二人で、容姿も性格も纏う雰囲気も素晴らしく、いつも惚れ惚れとしてしまう。
もしも三上と出逢わず、神谷先輩に少しでも優しさを与えられたなら一瞬で恋に堕ちてしまったかもしれない。童話の中の姫が王子に一瞬で恋をするように。
神谷先輩とは数度しか話したことはなく、あちらは僕の顔や名前も憶えていないかもしれないが、初めて会ったとき、ぼろぼろに泣いていた僕を優しく包んでくれた。
その優しさは多少強引でもあり、柔和な見た目に反して意外と男らしい性格だと思った記憶がある。

呆けて考えていると、テーブルに硝子がぶつかる音ではっと我に返った。

「寒かったやろ?」

白い湯気がのぼるカップを甲斐田君が差し出してくれたのだ。
構わないで良いと言っても、さすが紳士、その優しさと心配りは男女分け隔てない。

「ありがとう」

カップを両手で包み込み指先を温め、珈琲に多少牛乳を混ぜたそれを口に運ぶ。

何度も三上の部屋を訪問するようになり、甲斐田君とも最初に比べれば気後れせずに話せるようになったと思う。
まだ、完璧に素の自分を出せる関係にはなっていないし、友達と呼ぶには烏滸がましいが、校内で会えば挨拶できる程度の仲にはなれた。
とても嬉しいことで、こんな僕でもぞんざいに扱う真似はせず、対等に接してくれる。
気持ちが悪いと虐めを受けたり、直接的な行動には移さずとも、どことなくクラスメイトにも避けられていたような僕なのに。
蓮もそうだが、甲斐田君もそんなこと関係ないのだと、偽善ではなく心から言ってくれているかのようだ。

「で、お前今日はなにしに来たんだよ」

「理由がなきゃ来ちゃだめ?」

「だめ」

「なんで!いいじゃん別に!三上呼んでも来てくれないし!」

三上は一度も僕の部屋を訪ねてくれたことがない。
読んでも無視をされるか一瞬で断られるかの二択だ。
何故だろうと首を捻るが、来てくれないものはしかたがないので、自分から足を運ぶのだ。
そうでもしなければ三上に会えない。
一般的な恋人のように、じゃれ合ったり意味もなく抱擁したり、そんなことはできないとわかっているが、顔を見て、その声を聞くだけならいいだろう。
それくらい、協力してくれてもいいではないか。
いつだって僕は三上不足が深刻で、毎日でも顔を見たいし、ずっと声を聞いていたい。
同じように思ってくれないのはとても寂しいが。
三上は本当に僕を多少でも好きでいてくれるのかといつも不安だ。
それでも、別れると言われないだけましなのかもしれないが。

三上に触れたくてこっそりと両手を伸ばしたが、瞬時に察知され逆に額を押さえつけられ、それ以上近付けなくされてしまった。

「なんでー!いいじゃんかー!」

じたばたと暴れるが三上の力が強くてちっとも距離が縮まらない。

「うるせえ!動物園に返すぞ!」

「僕は人間だー!」

「へえ、お前人間だったんだー」

「ひどい!三上それ半分本気でしょ!」

「はは、ほんまに飽きんわ、お前ら二人」

手を叩いて喜ぶ甲斐田君は本当に楽しそうで、恨み言は呑み込んだ。

「三上、俺の前やとラブラブ―ってできひんやろ?部屋行ったらええやん」

「誰がラブラブなんてするか。お前と一緒にすんなよ」

「甲斐田君のお言葉に甘えて部屋行こうー」

「やだ」

「なんで」

「二人になると余計にうざいから」

「うっ……」

ぐさりと刃が胸に突き刺さる。三上の暴言には慣れているつもりだが、そんなに馬鹿正直に言わずともいいのに。
これでも傷つく心は持っている。

「三上、行ってやり?男として恋人は大事にせんといかんやろ」

「ここは英国じゃなくて日本なのでいいんです」

「またそんなこと言うてー。減らず口やなー」

「甲斐田君もっと言ってやれ!」

言えば三上にぎゅうっと頬を抓られた。

「いひゃいいひゃい!」

「…ほら、行くぞ」

すっと立ち上がった三上は上から見下ろしながらぶっきら棒に言う。
なんだかんだと口では言っても最後には多少の我儘ならば聞いてくれると知っている。
些細な優しさだが、三上の性格を考えればとても貴重なことなのだ。
他人には一層冷酷な三上だから。

「俺リビングにおるから変なことしたらあかんよー。泉の喘ぎ声とか聞きたくないでー」

「甲斐田君、甘いよ。喘ぐのは僕じゃなくて三上かもよー」

「ほんま!?お前らって三上が下なん!?」

「まだ決めてないけど、僕だって男だからね」

「うわー!めっちゃさぶいぼたった!三上が下とかほんまきもいわー」

「お前らまとめてぶん殴るぞ!」

「はーい、すいませーん…」

他愛ない応酬を交わしながら甲斐田君に小さく手を振ると、甲斐田君もそれに応えてくれる。

三上の部屋へ入り、後ろ手に鍵を閉める。

「なんで鍵閉めんだよ」

「え、なんか雰囲気作り?」

「なんの雰囲気だよアホ」

それでも面倒くさいのか、三上は好きにさせてくれ、自分はベッドの上に腰掛けた。
僕も隣に着き、あわよくばそのまま押し倒したいが、欲望が暴れ出さぬように三上と向かい合うようにラグに座るのが常だ。

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