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「暇ならどこか行こうか?って言ってもここら辺学園並になにもないんだけど」

「いい。漸く炬燵に入れたし出たくない」

「そっか」

泉は安堵したように笑い背後に置いていた紙袋をちらりと見た。
まずい。紙袋の外装からは綺麗にラッピングされたプレゼントは見えないが覗き込めば一発でわかるだろう。
いくら鈍い泉でも自分へのプレゼントだと察するはずだ。そうなれば羞恥でぶん殴ってしまうかもしれない。

「どこか行ってたの?買い物?」

「…まあ。妹の付き添い」

「ああ、そんなこと言ってたね。じゃあくたくただね。僕もたまに姉ちゃんの買い物に付き合わされるからわかるよ」

意外なところで共通点を発見し、お互い無言の中に労う空気が漂う。
心中お察しします。あれは本当に大変ですよね。
そんな言葉をお互いに発しているような。

「今日はね、ビーフシチューなんだ。クリスマスだから奮発してちゃんと牛肉!」

「そうか」

「いつもはカレーも安い鶏肉か豚肉なんだけど――」

「ちょっと真琴ー。恥ずかしい話ししないでよ」

会話が筒抜けなようで、おばさんが言葉を遮った。

「だって本当のことだもん」

まったく、と肩を竦めるおばさんの背中はとても小さかった。
母子家庭がどれほど苦労があるのかわからないが、小さな背中で三人の子どもを背負うには並大抵の根性では潰れてしまうだろう。
それを見て育った息子も立派な雑草根性を発揮している。
泉の利点だと思うが、事自分に関してはもう少し抑えてほしい。

「疲れてるなら眠ってていいよ。もう少し時間かかるし」

「大丈夫」

いくらなんでも初めて訪ねた家の炬燵で爆睡できるほど神経は太くない。
眠いし疲れているのも確かだが。
鞄から携帯を取り出し自宅に電話をかけた。
電話に出た母に夕飯はいらないと言う。するともう少し早く言ってよと小言が返ってくる。母の後ろでは彼女だ、彼女だと騒いでいる沙希の声がする。
適当にあしらって一方的に電話を切った。

「強引に連れてきたけど、三上の家でも今日ご馳走だったんじゃない?」

「うちはいいんだよ」

家に不釣り合いなクリスマスツリーや装飾品、典型的なクリスマス料理にうんざりするのは毎年だ。
もう高校生になったのに子ども扱いするように、ケーキの上の苺やチョコレートの飾りがきちんと三等分になるように算段されている。
そんなことで喧嘩するか。いつか言えば、でも小さいとき三人で大喧嘩したからと言われた。
まったく覚えていないがその事件から三等分にするのが癖になったらしい。
それに比べ、泉の家は派手なツリーもないし、クリスマスをまったく感じさせない。
むしろ自分にはそれがとても居心地良く思えた。

「ここの方が落ち着く」

炬燵布団を引き寄せながら言うと泉が満面の笑みを見せた。

「よかった。三上の家より狭苦しいけどそう思ってくれて」

「あれはただでかいだけだ。古い家だし昔の造りだから寒いし」

冬は底冷えするような寒い空気が漂う。それも家に帰りたくない原因の一つだ。
長い縁側からの冷気はすさまじいものだ。雨戸を閉めても効果なし。暖房を点けても隙間からどんどん冷気が侵入してくる。障子や襖では立ち向かえない。トイレや風呂に行くのも躊躇うくらいに部屋以外が寒い。
それに比べてここはどこもかしこも温かい。
炬燵から出ている部分はエアコンで暖まるし、下半身は人間を堕落させる最大のアイテムの炬燵が守ってくれる。
台所からはとんとんとリズムが心地よい包丁の音が聞こえ、ここだけ早い春のようだ。
段々と瞼が重くなってくる。
眠ってはだめだと何度も何度も言い聞かせるが、あまりにも快適だ。

「……悪い、十五分寝させてくれ。時間になったら起こせよ」

ぶつぶつと言って頬杖をついて瞳を閉じた。
ごろんと横になりたいがそこまで図々しくなれない。



「三上ー」

とんとんと肩を叩かれ、泉の声に眉間に皺が寄った。
いつものように部屋まで起こしにきたんだ。ぼんやりと考えてそうじゃないことを思い出す。
奇跡的な目覚めの良さでぱちりと瞳を開けると泉が二人いた。どちらもこちらを覗き込んでいる。

「あ…。すいません」

おばさんに小さく謝るとお疲れなのねと笑われた。

「ご飯できたからね。お待たせ」

盆の上には三人分のビーフシチューとスプーンが用意されていた。
自分が眠っているせいで並べられなかったらしい。
ちょこまかと二人が台所と茶の間を行ったり来たりしている。
ぼんやりとしている間に目の前に夕飯が並べられた。

「おかわりもあるから沢山食べてね。私あまり料理には自信ないけど」

「いえ。頂きます」

「いただきまーす!」

きちんと両手を合わせる。
サラダやパンもあり、ご飯の後にはケーキもある。泉は見るからにうきうきとスプーンでシチューを掬う。

「うまーい!やっぱり牛は違うね、牛は」

「豚だって鶏だって美味しいわよ」

「美味しいけど、貴重だからさ。学食でも牛なんて出ないし」

「あら、そうなの」

二人のほのぼのとした空気は永遠に続くらしい。
うちの家族ともまた違った穏やかな時間だ。父親などおらずとも、泉の家はとても幸福そうだ。
それは金や物の豊かさではなく、その人次第なのだと思った。

泉も自分も二杯のシチューを平らげ、食後のケーキまでご馳走になった。
おばさんはお客様だからと自分の皿にサンタの飾りを乗せ、それを寂しそうに泉が見ていたので、そちらの皿にぽいと投げてやった。

「いいの?」

「いいよ」

たかが砂糖菓子。ちっぽけな価値しか自分にはないが、泉は違うようで大事そうに少しずつ食べていた。

「真琴はいつまで経っても末っ子気質ね。お友達にも気を遣わせて…」

「い、いいんだよ!」

恥ずかしそうに、それでもサンタを大事そうにする姿をぼんやりと眺めた。
たったそれだけ。たったそれだけのことで地球上の幸福を集めたかのような表情をするのだ。
俺があげた物なら石でも草でも大事にしそうな勢いだ。

満腹になった腹を擦り、後背に手をついた。
おばさんは食後の片付けをし、泉は風呂掃除に向かった。
きちんと家の手伝いも熟す、成績優秀で優しい息子。親から見れば欠点などないだろう。
きっと将来はいい父親になると考え、ゲイだったことを思い出す。
自分ではなくとも、ずっと男しか愛せないのは辛いのだろうか。
自分も、そして家族にとっても。

「三上君、どうせなら泊まって行ったら?外は寒いしもう九時だし」

「賛成賛成!」

前のめりになる泉に圧倒されながらも、そこまでは迷惑をかけられないからと言った。
姉も兄もいるのに自分一人が増えたら邪魔だろう。

「大丈夫よ。お兄ちゃんは帰って来ないし、お姉ちゃんもだいぶ遅くなるし。学君もよく来てたもんね」

同意を求めるように泉に向かったおばさんは言い、泉は目を泳がせた。

「あー。そう、だっけ…?」

「なにボケたこと言ってるの。そういえば今年は来ないね」

「え…。うん」

ちらりと上目でこちらを見られ、泉が身体を小さくした。
折角いい気分だったのに麻生の名前が出てぶち壊しだ。
泉の態度にも苛々するのだ。八つ当たりだが。もっと堂々としていればいいのに。

「じゃあお言葉に甘えます」

また怒りの勢いで言ってしまった。
泉と目を真っ直ぐ合わせるとしまったと顔を引きつらせている。
怒っているのが空気で理解できるのだろう。
親の前で罵倒したりしないし、怒鳴ったりもしない。それでも条件反射で泉は委縮する。

「うんうん。ぜひそうして。お風呂は一番最初に入ってね。着替えは真琴の貸してあげて。お湯入れてくるね」

満足そうなおばさんが去り、さっと冷たい空気が流れた。

「おい」

声をかけると泉が肩を震わせた。

「買い物行くからコンビニまで案内しろ」

「え?買い物?」

「歯ブラシとか」

「あ…。ああ、そっか。うん。行こうか」

泉は立ち上がりばたばたと準備を始めた。
自分もコートを羽織り、財布だけを手にとった。

外に出ると空気がぴりっと痛かった。
寒い。東京だって冬は寒い。空気がからからに乾燥して建物の間を縫うように風が人にぶつかる。
泉はあげたネックウォーマーをきちんとつけている。相変わらず上着はぺらぺらだが。
家からコンビニまでは十五分ほど離れていた。
必要なものを購入し、自分のコーヒーと泉が以前飲んでいたカフェラテを注文した。
コンビニを出てコーヒーを差し出すと、カップを両手で包んで笑った。

「ありがとう!」

「この前はお前が買っただろ」

「そうだっけ?」

鼻までネックウォーマーを押し上げて、にこにこと笑いながら歩く姿は気味悪い。今となっては慣れてしまったが。

「なんか、ごめんね。今日はつきあってもらってばっかりだね」

「別に、本当に嫌なら嫌って言う」

「ってことは僕と一緒にいたいって少しは思ってくれたってこと?」

「調子のんな」

ぐいっと近付けられた顔を押し戻した。

「ちぇー。ま、家だし変なことはできないけどさ。クリスマスなのに残念」

「残念。じゃねえよ」

「安心してね。母親の前では襲わないから」

「当たり前だボケ」

他愛ない会話をすれば泉の身体から力が抜けていくのがわかった。
委縮させないように、と思ってもつい、怯えさせてしまう。
言葉や表現が上手くないのでどうやって鎖を解いていいのかわからない。
結局はこうして普通を装うので精一杯だ。

アパートに戻ると風呂に入れと催促され、一番風呂を頂いた。
上がると入れ替わるように泉が風呂に向かう。
三上が入った後のお風呂!とはしゃいでいるのが目に浮かぶ。
うんざりしながら首に巻いたタオルでもう一度髪の毛を拭いた。

「三上君なにか飲む?それとも食べる?あ、よかったら蜜柑どうぞ」

おばさんが泉と同じことを言うものだから笑いそうになったしまった。さすが親子だ。

「いえ、大丈夫です」

「そう?遠慮しないでね?」

おばさんもにこにこと笑みを崩さない。
綺麗ではないし、派手でもないし、普通のおばさんだが愛嬌がある。泉に似ていると思う。

「真琴が高校のお友達連れてきたの初めてで、嬉しくてつい引き留めちゃったけど、ご家族は大丈夫?」

そういえば泊まると連絡をしていない。が、外泊など今に始まったことではないので然程心配もしていないだろう。

「…大丈夫っす」

「よかった。真琴は学校でどう?色んな方に迷惑かけてない?」

「…たぶん大丈夫っす」

迷惑をかけられていたのは自分だけで、他の友人は皆泉が好きだと言う。いい奴、いい友達だと。潤も皇矢も、夏目も。

「よかった。真琴は小学生の頃からいじめられっ子だったから心配で」

ぎくりとした。今はおさまったが少し前までひどい怪我を負ったりもしていた。
誰よりも親に知られたくないだろうし、うまくフォローせねばと思うが口下手がそんなことできるわけもない。

「いや、あの、友達も多いですし…。同室の奴とか、すげー仲良くしてるんで…」

「そうなの!よかった。あんまり学校のこと話さないから上手くできていないのかと思ってた。でも三上君も真琴によくしてくれてるし、おばさん安心したわ」

ちくりと胸が痛む。
すいません。お宅の息子さんによくしたことは一度もありません。むしろ邪険に扱ってます。本当にすみません。心の中で頭を下げた。

「去年はね、真琴がクリスマスに友達と遊ぶんだって出掛けて。そんなことなかったから嬉しかったの」

ちくり、ちくり。
それはたぶん、泉がわざわざ告白をしに家に来たときだ。
冷たい雨が降る中随分待たせ、こっぴどく振った。
思い起こせば散々な目に遭わせた。周りが最低だと言うのも頷けるが、仕方がない。
恋愛対象としては眼中になかったし、求愛されることにとにかくまいっていた。
よっぽど傷つけなければ諦めてくれないだろうと思った。
結果、今となっては丸くおさまってしまったが。どうしてこうなった。

「真琴は甘ったれだし、ぼやっとしているから三上君にも迷惑をかけると思うけど、よろしくね。だめなところは怒ってちょうだいね」

「…はあ」

気の抜けた返事をしたとき、泉が風呂から戻ってきた。

「変なこと三上に言ってない!?」

「言ってないわよー」

つんと澄ましておばさんは炬燵から出て行った。
余計なこと言われまくりましたけど。俺のダメージ半端ないですけど。

「絶対嘘だ!もう、三上部屋行こう!」

ぐいと腕を引っ張られた。おばさんはくすくすと笑っている。

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