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昼食を食べ終え、再び皇矢のプレゼント探しに戻った。
相手が皇矢だと知ると、何故自分があいつのためにこんな労力をかけているのかと立ち止まりたくなる。学校が始まったら皇矢を二発くらい殴ろう。
「ねえ、どう思う?」
「いいんじゃね」
「ちゃんと考えてってば」
「大丈夫だ。女からのプレゼントをぶん投げる奴じゃない。どんな物でも受け取るから」
実際は知らないが。どうにかして早く帰りたいのだ。
「でもできれば気に入ってもらいたいし…」
「気に入る。大丈夫」
最早面倒になってきて適当に答えた。
皇矢には彼氏がいます。とぶちまけたら楽になるだろうが、妹の淡い恋心をそんなへヴィな現実で壊すのも気が引ける。
皇矢だけではなく、高杉先輩にも迷惑がかかる。
沙希のことだから直接この目で見るまで信じないと言い出しそうだ。
ふらりと妹から離れ、目についた雑貨屋に入った。
ごちゃごちゃと海外の玩具や絵本やお菓子など統一性のないものが置かれている。
クリスマス関連の物が大半を占めていて、その中にカチューシャに犬の耳がついた物を見つけた。
これだ。こういう耳を想像していた。茶色の三角形。和風の雑種犬。泉っぽい。
見付ければつけたくなる。いや、決してそういうプレイとか、そういうわけではなく。
コスプレとか、そういう変態的な趣味があるわけでもなく。
単純におもしろいではないか。自分にしか見えていなかった耳や尻尾が現実になるのだから。
ふらふらとレジまで持って行き、気付いたら買っていた。
自分はなにをしているんだと袋を今すぐ床に叩き付けたくなる。
犬耳つけて、なんて脳内お花畑な男ではないか。
可愛い彼女に可愛い犬耳がプラスされて更に可愛い。という用途ではない。断じて違う。でも傍からみたら自分は馬鹿に分類されるのでは。
購入した後にだらだらと汗を掻いた。
馬鹿か。こんなに自分が馬鹿だとは。
どうにか誤魔化さなければいけない。咄嗟に沙希がいるメンズのショップに戻った。
他の物と一緒にあげれば多少変態性が薄まるのではないだろうか。
そもそも、そこまでしてつけたいか?でも買ってしまったし勿体無い。妹につけようか。それもっと変態だろ。
ぐるぐると考えた。
落ち着けよ。
一人で焦って一人で大童して、本当に馬鹿だ。
一つ深呼吸をして店内を見渡した。沙希はまだ迷っているようで、店員と相談中だ。
冬物が並ぶ店内で、自分の服でも見て落ち着こうと思った。
厚手のコートを手にとって、薄っぺらい泉のブルゾンを思い出した。
真冬だというのに秋口のような格好をするものだから、見てるこっちが寒くなる。
ネックウォーマーはおさがりをあげたが、あんな物で冬は越せない。
「あーあ…」
観念したように呟いた。
日常生活を送っているときにも思い出してしまうのは、自分にとってある程度特別な位置まで泉が昇格されたという証拠だ。
悔しいと思う。
そんな自分を情けないとか、恥ずかしいとか、なんであんな奴とか、言いたいことはたくさんある。
しかし、一応つきあっているらしいので、あまり罵倒するのも如何なものか。
そもそも特別でなければつきあわない。
あのときの自分はどうかしていたと思うが、夢のようだと笑う顔を思い出すとなにも言えなくなる。
泉の気持ちはわかっている。重い、苦しいと感じることも多い。
でもどうかしていた、で片付けられる相手ではない。
自分だっていつまでも中途半端な真似はしたくない。
眺めていたコートを購入した。
チャコールグレーのショートダッフルコートだ。
サイズは知らないが、たぶん大丈夫だろう。
素材もしっかりしているので思いきり転ばない限りは穴も開かない。五年くらいは着れるだろう。
ただ、店員にご自宅用ですか、と聞かれ咄嗟にいいえと反応してしまったせいで綺麗にラッピングされてしまった。
いかにもじゃないか。自分がリボンの巻かれたプレゼントを抱えているなんて痛い。
犬耳を購入したときよりも恥ずかしい。
「陽ちゃんお待たせ」
漸く決まったらしい沙希が笑顔で戻ってきた。
「陽ちゃんもなにか買ったの?」
紙袋を注視され自分用だと誤魔化した。
「あとはいいか?」
とにかくもう帰りたい。疲労が半端ない。
女の買い物は長いし、自分は退屈だし、皇矢なんかのためだし。散々だ。
「自分の物も見ていい?」
上目遣いでお願いされる。俺が断らないと知っているのだ。
溜め息を吐いてしょうがないと諦める。
「俺コーヒー飲んで待ってるから終わったら連絡しろよ」
「わかった。あ、荷物お願い」
紙袋をぎゅっと押し付けられ、ここまでくると奴隷だと思う。
自分の扱いが年々ひどくなっている。いつも我儘をきくから沙希も付け上がる。わかっているが可愛いからしょうがない。
荷物を持ってコーヒーチェーン店で一休みした。
携帯をとりだすと、潤からメールがきていた。
"真琴は明日お母さんとクリスマスを過ごすそうです。誰かさんが相手にしてくれないから"
嫌味たっぷりな内容に青筋が立つ。
他人の心配してないで有馬先輩に縛られる心配でもしとけ。
こちらも嫌味をこめて返信する。
丁度泉からもメールがきた。
ちょこちょこ携帯に連絡がくるが、自分はいつも返信しない。
"今年もクリスマスに家にいるのは母だけです。兄も姉も仕事だって。つまらないし寂しいので、学を呼んでせめてケーキ食べでもようと思います"
見た瞬間持っていたプレスチック製のカップをぎゅっと潰しそうになった。
麻生は苦手だし、あいつが絡むととにかく苛々する。
何故と聞かれてもうまく言葉にできないが、もやもや、むかむかして何かに八つ当たりしたくなる。
たまに麻生と会えば挑発しているようなことを言うし、こちらの反応をみて面白がってる様子だし、喰えない男で性質が悪い。
泉は優しく真面目でいい友達だと言うが、絶対ろくな男じゃない。
麻生は好きな相手を自分にとられたので、俺を憎んでいるだろうがだからどうした。
悔しかったら泉の気持ちを自分に向けさせろ。できないなら黙ってろ。
トレイをカウンターに戻して、がしがしと頭を掻いた。苛々する。
「陽ちゃん」
ぽんと背中を叩かれ、沙希の荷物を返した。
「俺行くとこあるから。一人で帰れ」
「えー。つまんない」
「悪い。変な男について行くなよ。じゃあな」
沙希をその場に置いて大股で駅に向かった。
電車に乗り込み、乗り換えをして、泉の実家の最寄駅で降り、改札を抜けて漸く冷静になった。
自分はなにをしてるんだ。
勢いと苛立ちに任せてここまで来たが、泉と会ってなにをどうするんだ。
またあいつに八つ当たりをするつもりだろうか。
関係ないのに、ごめんなさいと謝らせるのか。
いつかの過ちを繰り返して、また自分は泉の首を絞めてしまうのか。
だめだ。やはり顔を合わせると悪い方向へばかり進んでしまう。
だから会わない方が平和だと思ってしまう。
帰ろう。くるりと後ろを振り返るとコートの裾を引っ張られた。
「三上!」
聞えた声にしまったと項垂れた。まさか会うとは思わなった。
実家の最寄駅だし、小さな駅なのでその可能性はあったが、このタイミングでここにいるとは。
「なんでここに?なんか用事でもあったの?」
こんな住宅しかないところになんの用事がある。
「あー…。まあ…」
お花畑な泉の頭ならうまいこと勘違いしてくれそうなので振り返りながら曖昧に答えた。
「もう帰るところ?」
はにかむように笑う泉と、隣には泉を更に小さくしたおばさんがいた。
目を丸くしてこちらを見ている。
「真琴のお友達?」
「う、うん!友達…」
上手く嘘をつけない泉らしい挙動不審ぶりだ。
しかしおばさんは気にする様子もなくこちらに頭を下げた。
「真琴がいつもお世話になっております。真琴の母です」
きちんと九十度に腰を折られたものだからぎょっとした。そんなかしこまる場面だろうか。
「いえ…」
「そうだ。お友達も一緒にケーキ食べる?」
「あー…」
「二人じゃ寂しいし三上も夕飯食べてってよ!」
「いや、俺は…」
「お願いします!」
今度は泉に頭を下げられた。
やめろ。親の前でそこまでされたら断れない。
「…わかったから」
「やったー!」
「張り切ってご飯作らなきゃね」
二人の空間だけ春の花がふよふよと浮いている。
泉も大概アホだと思うが、母親もいかにも天然で優しそうで人が良さそうで、詐欺師に引っかかりそうなタイプだ。
人の親に向かって失礼だが。
二人はスーパーで買い物した帰りらしく、エコバックの中からネギや白菜が飛び出している。
ちゃんと重い方を泉が持ってあげていて、意外といい息子をやっているのだと思った。
元々根が優しいだろうし、母親からすれば可愛い息子に違いない。
学園であれだけ自分にしつこく付きまとっていたなど想像できるものか。
寒さに似合わないほんわかとした空気の二人をぼんやり後ろから眺めていた。
「三上ここだよ。狭いし古い家だけどどうぞ」
指差されたのは二階建て木造アパートだ。お世辞にも綺麗とは言えず、よく見る古い安普請な住宅だが、別に家などどうでもいい。
塗装が所々剥げて中の鉄が剥き出しになっている階段を上る。
一番端の部屋に入り、おばさんが急いでエアコンをつけた。
「寒かったね。炬燵に入ってて」
玄関からすぐに小さなキッチン。奥に茶の間。他にも二部屋。
古い畳のにおいがするが、家の中はすっきりと綺麗に整っている。
「僕もなにか手伝おうか」
「いいよ。折角お友達が来てくれたんだからお話ししてなさい。ご飯までどこか行っててもいいし」
「うん。ありがと」
おばさんはエコバックをがさごそしながら料理を始め、泉は炬燵に入った。
「な、なんか飲む?」
「いやいい」
「そっか…」
泉の実家の真四角の小さな炬燵に二人。なんでこうなった。
泉のせではなく、自分の頭が沸騰したせいなので誰も責められないし、別に死ぬほど嫌なわけではないが、妙なことになった。
「よかったらどうぞ…」
炬燵の上に置かれていた篭から蜜柑を差し出された。
それにふっと笑ってしまった。
「な、なに?」
「いや、炬燵に蜜柑常備ってベタだなと思って」
「そう?うちはいつもあるよ。親戚から蜜柑が送られてくるんだ。小腹が減ったらいつも蜜柑。身体にもいいよ」
「そうだな」
真剣に説明する姿もおもしろくて、差し出された蜜柑を受け取った。
食べて見ればとても甘くて美味しかった。蜜柑を食べたのは数年ぶりかもしれない。
「うまい」
「ほんと?よかった!愛媛の蜜柑だから美味しいよ!あ、寒くない?エアコンの温度上げようか?」
そわそわと落ち着きのない泉は小さな小さなネズミのようだ。
犬耳ではなくネズミ耳を購入すればよかった。なんてまた馬鹿なことを考える。
「大丈夫」
「…そっか。いや、なんか三上が家にいるって夢みたいだ…」
泉ははにかむように笑いながら炬燵の天板に視線を落とした。
大袈裟だと思うが、確かに自分も非現実的だと思うし、逆に家に泉がいたらどんな悪夢かとも思う。
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