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「で、なに買うんだ」

大型ショッピングモールまで付き合わされ、隣をご機嫌で歩く沙希に言う。

「プレゼント。明日クリスマスでしょ」

ああ、明日ですか。ということは今日はイヴですか。どうりで店の中も外もきらきらと電光が眩しいわけだ。
平日なので、擦れ違うカップルは高校生や大学生が多い。
自分がその中にいるというのが居た堪れない。しかも妹と。
世の中の流行なんぞに従ってやるものかという反骨精神で生きてきたのに。
にこにこと嬉しそうな妹の顔を見れば一瞬癒されるが、寒いし人は多いし妹でなければ絶対に付き合わない。
店舗から店舗を蝶のようにひらひらと飛び回る妹の後ろをただついて歩いた。
付き合ってと言われたがどうせ荷物持ちがいいところだ。
しかし、はたと気付いたことがある。

「待て。さっきから男物見てないか」

「当たり前じゃん。男の人にあげるんだから」

「まさか彼氏…」

それ以上はショックで言えなかった。
高校生にもなれば彼氏の一人や二人…。いや、それは世間一般の事情であり、うちの妹は別だ。
真剣にお付き合いをし、生涯絶対裏切りませんと誓える男以外は認めない。
何かの際には腕ごと持っていかれても文句を言わないと胸を張れるくらいの男でなければ。
鼻歌を歌う妹を後ろから引き寄せがっちりと両肩を掴んだ。

「か、彼氏か…?」

「はあ?なに言ってんの。彼氏なんていないよ」

困惑する表情に嘘はないと思う。妹は自分に嘘をつくような人間ではない。
それならば今選んでいるプレゼントは誰のためだ。
男なんて自分か親父しかいないが、高校生にもなって家族にプレゼントはないだろう。
去年までは手作りのお菓子などもらっていたが、妹は反抗期まっ只中だ。

「じゃあ好きな奴か…?」

真っ直ぐに瞳を見れば、沙希がふっと視線を逸らした。
神様――。
大袈裟に崩れ落ちたくなる。
そりゃ恋くらいするでしょうよ。女性は早熟だ。高校生の一番の楽しみは部活と恋だ。
隅っこの冷静な部分で納得させようとするがそれ以外が激しく現実を否定する。

「どんな奴だ。ちゃんとしてるのか。真面目で頭が良くて礼儀正しくてエロいこと考えないような男なら認めてやる」

「そんな高校生いないって。別に陽ちゃんに認めてもらわなくてもいいし」

頬を紅潮させながらぷいっと顔を背けられ、そんな可愛い反応をしたらだめだと叱りつけたくなる。
世の中の童貞高校生はな、可愛い女の子がそんな仕草をした瞬間から頭の中で妄想が滾るんだ。男の脳内を甘くみるな。脳内でも妹が穢されてなるものか。

「陽ちゃんパパよりうざーい」

世界中の雷を集めて自分に落ちたような衝撃だ。
うざい、うざい……。
繰り返している内に妹は自分から逃れて店に入って行った。
気力がどっと削がれ、通路に並んだソファに腰をかける。
まさか親父以上に自分がうざいとは。親父はどうしているのだ。黙認しているのか。日々女性として成長していく我が子を黙って指を咥えて見ているのか。自分には耐えられそうもない。将来もし自分に子どもができたとしても女の子は嫌だ。
重苦しい溜息を吐き、あることに気付いた。
自分はいつも泉に対して言っている。
溺愛する対象から言われたときの衝撃はすさまじいものだった。
ということは、泉も常にこんな風に苦しんでいるのだろうか。
それはないだろう。そこまであいつも馬鹿じゃない。それに、毎度毎度傷ついていたらとうの昔に諦めているはずだ。
だが、もし、もしも毎回ぎりぎりの根性で耐えているとしたら。
そんな健気であるものかと思う反面、たくさんのことを仕舞い込んで我慢する性格を思った。
そこまでひどいことをしたり、言っている自覚はなかった。
周りからは散々泉が可哀想だと言われたが、自分は暴力を振るわないし最低限の優しさも与えていたつもりだ。
それでは通常の百分の一にも満たないと言った秀吉の言葉を思い出す。

ふらふらと立ち上がって妹の背中を追った。
妹の好きな人や彼氏が自分のような男だったら問答無用でぶっ飛ばす。
あまり良い恋人ではないと自覚もしている。
けれど、良くなろうという努力もしなかった。自分は変わらないの一点張りだ。
それでもいいと言う泉の言葉に甘えていたらしい。
随分なぬるま湯につかっているのではないかと今更気付く。
それで泉が別れたいと言ってもこちらは一向に構わない。だから努力をする必要性も感じないが、だからといって傷つけるために付き合ったわけじゃない。

亡霊のように後をついて歩いていると、いつの間にかショッピングモール内のパスタ屋に座っていた。
メニューを眼前に広げられて現実に戻る。

「なに食べる?」

「…なんでもいい」

「なによ。テンション低いなー。折角遊びに来てるんだからテンション低くするのやめてよ」

「お前がうざいとかいうから…」

「えー。そんな言葉で?陽ちゃんは相変わらず私たちが好きね。離れて暮らすようになってますます酷くなってない?」

酷く…。
今度は縦断が胸を貫通した。そんな風に思っていたのか妹よ。

「…お前口悪くなったな」

「そう?前からなんでも言うタイプだけど」

「そうだけど、前より切れ味がいいというか…。沙羅もそうなったら嫌だな」

「大丈夫よ。沙羅は優等生でほんわか優しい女の子。のふりしてるから」

「ふり?」

「だって実は気が強いし、私より腹黒いと思うもん。裏表ない私の方がましよ」

随分刺々しい言い方だ。自分が想像していた以上に姉妹関係は拗れているらしい。

「沙羅に男でもとられたか」

「とられてないよ。沙羅になんか絶対渡さない」

先に注文していたアイスティーを飲みながら眼光を鋭くさせている。
怖い。女は怖い。女に囲まれて大人になったので、ある程度は理解しているがやはり未知の生き物だ。

「まあ、ほどほどにな…」

自分も引きつる顔でコーヒーを掻き回した。
どちらの味方にもつかないぞ。今一度心に決める。

「ねえ、柴田さんってどんな女の人が好み?」

「は?皇矢?」

「そう。沙羅は絶対に可愛い系だって言うの。でも私は美人系だと思うの」

「さあ。女ならなんでもいいんじゃね」

「真剣に考えてよー」

袖をぐいぐいと引っ張られ、考えてみたがさっぱりわからない。
高杉先輩はどちらかと言えば美人系なのだろうか。どちらかに分類しろと言われれば。
だが特別綺麗ではないし、きりっとした顔立ちのただのきつい男だ。
女ではないが、皇矢が本気になったのは高杉先輩以外知らない。
それ以前に連れていた女はタイプがばらばらだったし、思い出せない。
唯一覚えているのは高杉先輩の妹だ。丁度美人と可愛いの中間で、本当に兄妹かと思うほど性格も柔らかかった。唯一の共通点は頭脳明晰ということだろうか。

「んー…。頭がいいのとか」

「頭?頭いい女の人が好きなの?」

「知らねえけど。まあ、見た目もよくて頭もいい女と付き合ってた」

そして今は頭がいい男とつきあってる。言わないが。

「頭か…。そうくるとは思わなかったわ。成績じゃ沙羅に負けちゃうじゃん」

「お前らはなにと戦ってんの?」

「だって!私が最初に柴田さんカッコイーって言ってたのに後から沙羅も素敵だよね、とか言い出して!」

「ああ、そ…」

「邪魔しないでよって言ったら、沙希ちゃんこそ邪魔しないでねとか言うの。ひどいよね」

「いや、知らねえけど」

「だから、お兄ちゃんに一緒にプレゼント選んでもらって絶対気に入ってもらえる物渡したいの。沙羅には負けたくないの」

「あー……」

なるほど。そういうことか。
ぽつぽつと傷ついてできた染みが一瞬で消えていく。
皇矢ならば沙希と沙羅がいくら頑張っても振り向くことはない。
妹は傷つくことになるが、皇矢を追っている限り他に彼氏もできないだろうしほっと安心する。
あんなクソみたいな男には絶対に渡さないが。

「お前も随分皇矢にこだわるな」

「だって同じ学年で柴田さん以上の人いないし。みーんな子どもっぽく見えちゃう」

「…さようで」

皇矢が特別男前と思ったことはないし、チャラチャラとした見た目は好みが分かれると思う。
妹にとっては身近なアイドルのようなもので、皇矢をどうこうというよりはお互いがお互いに負けられないといった意地が勝っているように見える。
好きにしてくれていいが、あんな男が好みとして定着してしまったら将来が不安だ。

「陽ちゃんは?」

「なにが」

「彼女、まだいないの?」

その問いにぽんと頭に泉が浮かんだが、あれは彼女ではないし、恋人と断言できるほど自分たちの関係は確立されたわけではない。
友達ではないが、恋人というには違和感がある。曖昧で空気のように掴めない。

「いない」

「あやしいなあ。でも、陽ちゃんにはできないか。彼女より妹を優先しそうだし、そういうのって彼女からすればドン引き」

「ど、ドン引き?」

「そ。百年の恋も覚めるっていうか。高校生になっても妹が可愛いって、ちょっと普通じゃないでしょ?だから陽ちゃんも彼女に変態って引かれる前に私たちから卒業しないとね」

邪気のない笑顔で言われ、魂が昇天しそうになる。

「ドン引かない奴探す」

「いないでしょ」

けれども泉は引かなかった。多少引いたのかもしれないが、それでも好きだとしつこく言う。
ということは、あいつは貴重な存在か。いや、泉も普通ではないからまともな人間の思考に当てはまらないだけかもしれない。

「早く彼女つくりなよ?なんなら友達紹介してあげようか!」

「いえ、結構です」

「可愛い子いるよ?」

「面倒だし」

言えば、沙希はにやにやと笑いだした。

「やっぱり決まった人いるんでしょー?」

女の第六感というものはすさまじい。お天道様でも見逃す部分も目ざとく見つける。
これ以上この話題はまずと判断し、だんまりを決めることにした。
どんな人?可愛いの?今度紹介して、と矢継ぎ早に飛んで来る言葉もすべて無視だ。
無言は肯定ととられるかもしれないが、自分は嘘はついていない。

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