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翌日、昼前に泉が迎えに来た。まだ眠っているだろうと予想し、早めに来たらしい。
予想通り夢の中にいたのに、泉の声に起こされて機嫌が最高潮に悪くなった。
のろのろと身体を起こして鞄に適当な服を突っ込む。
どうせ家からはあまり出ないし、家にも服はある。
外に出れば一層寒く、自分に魔法が使えたら一年中春にすると馬鹿なことまで考えた。
電車の中で泉は俺のことを穴が空く程見詰め、なにがそんなにおもしろいかと聞けば、目に焼き付けたいのだと真剣に言われた。
泉の首にはあげたネックウォーマーがはまっていて、けれどもそれ以外は寒そうな格好のままだ。
馬鹿は風邪をひかないと言うが、あれは真実らしい。
こんな薄着でも泉は変わらずテンションマックスだ。
お互い乗り換えの駅で別れ、実家には出発して二時間ほどで着いた。
ただいまも言わずに玄関を開ける。
物音に気付いた妹が茶の間からとことこ走ってきた。
「陽ちゃんお帰り!」
「おー、ただいま」
靴を脱ぎ、荷物を持ち直して茶の間に向かった。
一番に目に飛び込んでくる、大きなクリスマスツリーを見てげんなりする。
純和風の我が家にはあってはならないものだ。そこだけ異色すぎて世界が隔離されている。
荷物を放り投げ、さっそく炬燵に入った。
台所から母ともう一人の妹が湯呑に入った茶を持って来た。
「おかえり。寒かったでしょ」
「寒いけど学校の方よりは全然平気」
「そう。お部屋片付けてあるからね」
湯呑を差し出され一口啜る。
懐かしい緑茶の味がじんわりと広がった。
「陽ちゃん、行こう!」
沙希に腕をぐいぐいと引かれて首を傾げた。
「どこに」
「買い物。付き合ってくれるって言ったじゃん」
「沙希ちゃん、今帰ってきたばっかりだよ。少し休ませてあげようよ。買い物は明日でもいいでしょ」
沙羅が言えば、沙希がきっと目を吊り上げた。
「そうよ。お兄ちゃんも疲れてるんだから。明日にしなさい」
母にも畳み掛けられ、沙希はいじけたようむっつりと俯いた。
思い立ったら吉日ではないが、待てないところがまだ子どもらしい。
歳は一つしか違わないが、自分にとってはこの先何十年経っても妹なのだ。
不貞腐れる沙希の頭をぽんと撫で、明日は一日つきあってやるからと言った。我ながら妹にはどろどろに甘い。
「やった!」
沙希は一気にご機嫌になり、現金だが素直でよろしいと頷いた。
「お兄ちゃん、あんまり沙希を甘やかさないでよ?びしっとしてね、びしっと」
ちくりと母に小言を言われるのもいつもと変わらない。
沙希は最近我儘に拍車がかかったと聞いている。反抗期なんだろ、と軽く母に言ったのだが、女の子の反抗期は心配だと溜息を零していた。
こっちだって反抗期まっただ中なのに、妹の教育の相談をされても困る。
親父は無口だし母の相談に気軽に乗るような男でもない。
いくらでも話しは聞くが、ああだこうだと言い合ったりとかはなく、いつもうんうんと頷いて終わりだ。そのしわ寄せが長男の自分にくる。
「私も明日行っていい?」
沙羅に問われ、勿論と頷いた。が、沙希が否と言った。
「陽ちゃんと二人がいい。私が約束してたんだよ!」
「どうして私はだめなの?」
「どうしても!」
「沙希!どうして沙羅に意地悪するの!」
「嫌なものは嫌!」
ああ、始まった。女三人の喧嘩が頭上で繰り広げられる。
耳の奥の方できんきんと鈍い音を立てて声が響くものだからたまらなくなる。
親父の気持ちもよくわかる。男はこういうのが本能的に苦手だ。
そそくさと炬燵から出て鞄を持って二階の自室へ行った。
エアコンをつけてベッドに大の字になる。
「寮も家も騒がしい…」
階下からは未だに喧嘩の声が響いている。
どういう決着になるかはわからないが、自分は口を挟まないでおこう。
こういうことに男が口を挟むとろくなことにならない。それは親父も理解している。
肩身が狭い想いを親父もしているのだろうと容易く想像できる。
とりあえず今は喧嘩が終わるまで部屋でのんびり過ごそう。
夕飯の時間にはおさまっていると願う。
手早く衣服を着替え、布団の中に潜り込んだ。
起こされたのは夜の七時頃だった。
沙羅がゆっくりと身体を揺すっている。
「ご飯だよ」
「あー、わかった」
のっそりと上半身を起こしてはっきりしない頭を揺すった。
ベッド脇にぺたんと座る沙羅に、どうしたのだと声を掛ける。
「明日、私は行かないことにした」
「…そうか」
そういう話しで決着がついたらしい。
沙羅が可哀想だが女たちで決めたことに自分は従う。
「高校に入ってから沙希ちゃんとよく喧嘩するの」
ぽつりと言われ、ぽんぽんと頭を叩いた。
「大丈夫だ。そういうときもある。姉妹なんだから喧嘩すんのも当たり前だし、お前らは今難しい年頃だから」
情緒が定まらないというか、大人になるためにもがいているというか。
女性は男よりも早い段階で精神が成熟するというし、そこに向かう道中色んなものとぶつかっているのだろう。
沙羅も沙希も気が強いし負けず嫌いなので衝突も多い。
「遠慮しないで好きなだけ喧嘩しろ。姉妹なんだから」
な?と言えば沙羅は笑って頷いた。
姉妹は喧嘩してなんぼだ。男兄弟になると手も足も出るらしい。口で済んでいるだけましだ。
「冬休みの間は陽ちゃんの取り合いで大喧嘩かも」
冗談のように言われたが、現実になりそうでげんなりした。
喧嘩はいいが、俺を巻き込むんじゃない。妹に挟まれてもどちらの味方にもなれないし、敵にもなれない。
母に間に入ってもらって自分は逃げるしかない。
「やっぱりあんまり喧嘩すんな」
「さっきと言ってること違うじゃん」
階下に降りながら頬を膨らませる妹の肩に手を回して頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
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