3





だるい、面倒くさい、寒い。
そんな風に無気力そのもので生活していると日々が過ぎるのはあっという間だ。
毎日お決まりの生活パターンが崩れることはなく、明日からは冬休みだ。
今日は午前授業で、皆部屋に戻れば帰省の準備をするのだろう。
部活動に入っていない者は練習もないので今日から帰る生徒も多い。
自分の周りは帰省する前に一晩友人と遊び明かしてから帰るようだ。

「お前はいつ帰るん?」

秀吉に問われお前こそと言ってやった。
実家は関西だと聞いたが長期休暇に帰省しているのを見たことがない。

「面倒やん。遠いし、冬休み短いし」

「夏休みも帰らねえだろお前は」

「だって面倒なんやもん」

「俺のこと言えねえな」

面倒の一点張りだが、神谷先輩と物理的に距離が離れるのが嫌なのだろう。
寮にいれば神谷先輩が実家へ帰ったとしても、なにかあればすぐに会える。
彼に手が届く範囲に自分の身を置いていたいのだ。
健気というか、うざいというか。
神谷先輩至上主義は相変わらずで、よくもまあ、恋愛にずっぽりとはまれるものだと皮肉を言いたくなる。大きなお世話なので言わないけど。
テーブルの上に置いていたお茶を飲み干しグラスを置くと同時、扉をノックする音が聞こえた。
当然のように秀吉が応対する。自分は梃子でも動かん。
テレビに視線を移していたが、扉から聞こえた声にぎくりと肩を揺らしてゆっくりそちを見た。
泉が笑顔で秀吉と会話している。
逃げよう。と咄嗟に思ってしまうのは昔からの癖で、恋人という形に収まった今でも変わらない。

「三上ー!」

ぼすんと音を立ててソファに飛び込んできた身体をぐっと押し返した。
そのテンションの高さはどこからくるのだろう。なにがお前をそんなに駆り立てる。

「会いたかった。最近全然学校で擦れ違わなかったね?」

「知らん」

「僕ずっと三上を探しているんだ。でも見えなかったから」

「ストーカーかよ」

「違う。健気な恋心だよ」

「気持ち悪っ…」

「照れなくてもいいのに」

こんな調子で会話が噛み合わないのもいつものことだ。
秀吉は毎度、愉快そうにこの会話を聞いてにこにこと笑う。
夫婦漫才のようで微笑ましいと言われたときは一発頭を引っ叩いたものだ。

「今日はどういったご用件で」

じりじりと近付こうとする身体を目一杯の力を押し返しながら聞いた。

「明日から冬休みだから、三上の顔を見ておこうと思って。冬休み耐えれるくらい充電させてよ」

「携帯かよ」

「三上が切れたら僕発狂するかもしれないじゃん」

「お前はいつも発狂してんだろ」

「してない」

泉は必死にこちらに手を伸ばすが、その手を払い落す。
充電なんて怖ろしい。なにをされるかわかったものではない。
こいつのことだから、無理矢理でも身体を求めてくるのかと思いきや、今のところ大人しくしている。それもいつまでもつのやら。
充電、なんてわけのわからない理屈でついに純情を奪われるかもしれない。
やるのも嫌だが、やられるのも嫌だ。
こいつがどちらをやりたいのかは知らないが。

「ほな、俺も神谷先輩充電してくるわ。ごゆっくりどうぞー」

「お前はいつも満タンだろ!充電しすぎると携帯ぶっ壊れんだぞ!だから行くな!」

「なに言うてんの。一時間顔見なかったら二時間は見んと満たされないんやで。な?泉」

「そうそう」

「馬鹿言ってんじゃねえ!」

「ほなな」

待ってくれと手を伸ばしたが、秀吉はひらりと扉の向こうへ消えていった。
なにが満たされないだ。クソ野郎。せいぜい神谷先輩にうざいと罵ってもらえ。
へこんで帰ってきたら更に塩を揉み込んでやる。
散々悪態をついたが、泉が消えるわけでもない。
泉の気が済むまで数時間どう過ごそうか。一番の方法は眠ってしまうことだ。そうすれば現実逃避ができる。

「三上はいつ帰るの?」

なおもこちらに手を伸ばしながら泉が言った。

「明日」

「え、早い。珍しいね。いつも寒いからってギリギリまで寮にいるのに」

「妹に買い物に付き合えって言われたんだよ」

「なにそれ羨ましい。僕も三上と買い物したい」

「しねえよバーカ」

「なんでだよ!シスコン!」

「はいはい、シスコンですよ。妹が可愛いくてしゃーない変態の犯罪予備軍ですよ」

「…そこまでは言ってないけど…。じゃあやっぱり今日別れたら学校始まるまで会えないんだね」

瞳を伏せて俯いた姿に罪悪感がざくざくと胸に刺さる。
別に自分は悪いことをしていないのに、そんな表情をされると仔犬を捨てる瞬間のように感じられる。
だから嫌なのだ。こいつは馬鹿正直に表情に出るからこちらが悪いと錯覚させられる。
それでも、冬休み中に会いたいと言われないだけましだろう。
遠慮をしているのだと思う。言っても断られるのもわかっている。
図々しく迫るくせに、肝心な願いはいつも胸に潜める。
ちぐはぐな性格が面倒くさい奴だと思う。それを理解していても、相手の望みを言ってやらない自分はとても意地悪なのかもしれない。
辛気臭い空気が嫌で、泉の髪を掴んで引っ張った。

「いた!」

「今生の別れみたいな顔すんな。大袈裟なんだよ」

「僕にとっては深刻な問題です!」

「ああそ。俺と会えないのが深刻な問題なら、お前の他の悩みなんて大したことねえな。よかったよかった」

「そんなことない。色々悶々と悩んでるよ!」

「なんで悩んでんのに悶々とすんだよ。相変わらず頭ん中そればっかりか」

「高校生男子ですから。ねえ三上、冬休みの間写真送ってくれてもいいよ」

「あ?」

「写真。自撮して、メールで送るんだよ」

「お前馬鹿?俺がそんな女子高生みたいなことするとでも?」

「それも無理か…。じゃあなんか冬休みの間三上の物貸してよ。ちゃんと返すから」

「この前やっただろ」

「あれも嬉しかったけど、できれば今履いてるパンツとか」

「首絞めんぞ」

思いきり軽蔑の篭った眼差しで睨むと、またもやしゅんと頭を垂らした。
ないはずの犬の耳が見える。ぺちゃんとだらしなく萎れている。
悪くないのに。俺は悪くないのに。
パンツ頂戴ってどこの変態だ。今すぐ警察に突き出してもおかしくない案件だ。
警察官の弟がこんな変態とは世も末だ。一から教育し直してもらいたい。

「三上のケチんぼ…。じゃあ、香水!三上の香水貸して!」

「はあ?なんで香水?」

「なんでもいいから香水がいい。パンツと香水どっちがいい」

パンツと香水って、そりゃ香水だが、どうして二択なのだ。
そもそも何故貸す前提で話しが進んでいる。俺は一言も了承していないのに。
けれどここで断ってもしつこくせがまれるだけだ。
香水くらいならいくらでも持って行って構わない。パンツを寄越せと騒がれるよりはだいぶましと言える。
小さく溜息を吐いて自分の部屋から香水の瓶を持ってきた。
泉にぽんと投げると満面の笑みを見せた。
なにがそんなに嬉しいのか理解できない。

「ありがとう!割ったり、なくしたりしないように大事にするね」

たかが香水の瓶を愛おしそうに胸に抱くのだ。
そんな姿を見て長い溜息を吐いた。こいつの思考を探るのはやめよう。どうせ理解できないし、できなければ消化不良で気持ち悪くなるだけなのだから。

「そうだ。僕も明日帰るから、駅まで一緒に行こう!」

「俺やっぱり今日帰る」

「じゃあ僕も今日帰る!」

「今すぐ帰る」

「ぼ、僕も今帰る!」

「…相変わらず折れねえな」

「どうせ途中でばらばらになるしそれまで一緒に行こうよー。どうせ三上友達いないんだしさー」

「失礼なことさらりと言うな」

「お願いだよー」

腕を掴まれてぶらぶらと左右に揺すられる。
形見を渡した挙句に明日も一緒にいろと言うのか。
自分は一つ願いを聞いてやった。だからもう十分だろう。あまり欲張るのはよくないことだと教えられなかったか。

「一生のお願いです」

「何回目だよ」

「聞いてくれないと三上の家に毎日通って傍からじっと眺めてやる」

「本格的なストーカーじゃねえか!お前の兄貴に言うからな!」

「いいよ。こっぴどく怒られるだけだし」

けろりと開き直られ、これはもう打つ手なしと諦めた。
こいつなら本当にやりかねない。
変態的なストーカー精神は今も昔も変わらない。手に入れたのにそれでも俺をストーカーするような奴だ。

「わかりました。わかりましたよクソが!」

「一言多いな。じゃあ明日迎えに来るね。お昼くらいでいい?」

「何時でもいいよもう…」

「諦めついでに、今日泊めて」

「そこまで諦められるか!」

我慢の限界に達し、泉の首根っこを掴んでずるずると扉まで引っ張った。
扉の向こうにぺっと投げ捨てる。何か言おうとしているが無視をして扉を閉めた。
長かった。時間にすれば一時間も経っていないだろうが、苦痛を伴うと五分が五時間にも感じられる。
やっと一人になれた部屋の中でどっと押し寄せた疲労に眉間を摘んだ。

[ 10/57 ]

[*prev] [next#]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -