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次の日は朝から秀吉に口酸っぱく約束を忘れないようにと念を押された。
わかった、わかったと答えながらも心の中で悪態をついた。
放課後が近付いてきて、ぱちっと瞳を開ける。
チャイムが鳴ったと共に帰ろう。秀吉の教室と自分の教室は一番離れている。五分は時間が稼げるはずだ。
教師が去ったと同時に鞄を持って扉へ向かおうとしたが、後ろから腕をぐっと引かれた。
振り返れば潤が笑顔で握った腕に力を込める。

「なんだよ」

「どこ行くの?」

「帰んだよ」

「秀吉に聞いたよ」

その言葉だけで概ね察した。まさか潤も仲間に引き入れているとは思っていなかった。
逃げ出すこともわかった上で保険を掛けたのだろう。

「…わかったよ。秀吉が来るまで座って待ってる」

再び自分の椅子に着席した。
潤は前の席に座り、ずっと腕を掴んでいる。

「逃げないから離せよ」

「逃げるだろ。わかってんだよお前が考えそうなことは」

暴力に訴えれば逃げられるが、そうしないということも潤はわかっている。
後が怖い。潤ではなく、潤の背後にいる有馬先輩が怖い。

「あーあ…。あーあ!面倒くせえ!」

自棄っぱちになって叫ぶ。
何故、自分が、こんな目に遭わなければいけない。
そもそもプレゼントというのは誰かに強制されるものではなく、自主的に贈るから意味があるのだろう。
強制されて購入したものなど泉が喜ぶものか。
あいつのことだ、このことが知れたらひたすら謝るだろう。
僕のせいでごめんね、と苦笑して、そして自分も何故そんなに自虐的になるのだといらいらする。悪循環だ。
秀吉と潤のお節介は泉を思ってのことだろうが、それが泉を苦しめる原因にもなりうる。
そこをこの二人はわかっていない。
あいつは自分のせいで他人を不快にさせるのを恐れている。
空気のような存在でいたいと願っている。誰の目にも触れず、誰からも嫌われず、ただひっそりと存在したいと。同性しか好きになれない自分を恥じているのだ。

「三上ー」

扉の方から秀吉の声がした。
机に頬をつけたままそちらを振り返る。お節介野郎。皆の兄貴面するのは構わないが、自分のことは放ってくれ。
俺たちには俺たちなりの付き合い方があるのだ。誰にも決められたくないし、強制されたくない。

「行くよ」

潤がぐいぐいと腕を引っ張る。

「わかった。わかったから離せよ」

「校門まで行ったらね」

「ああそうですか」

観念したように歩いた。潤に腕を引かれて歩くなんて、どんな拷問だ。
靴を履きかえているときも離してもらえず、校門についても腕は離れなかった。

「もうそろそろいいだろ」

駅に着き、ホームで電車を待ちながら言った。

「ここまで来て逃げねえよ」

「…ま、そうだな」

ぱっと腕が離れ、握られていた部分をもう片方の手でさすった。
普通跡になるくらい握るか。綺麗な顔をしていても男だ。力はある。それなのに手加減しないで握るものだからすっかり感覚がない。

「秀吉、付き合ったんだからなんか驕れよな」

「えー。潤も真琴のためならて言うたやん」

「それはそれ、これはこれ」

前で二人がそんな会話をしている。
電車が到着し、二人が先に乗り込んだ。自分は開いた扉に足をかけ、閉まる寸前でホームに戻った。
あ、と口を開けている二人の間抜け面が愉快だ。
何かを叫んでいるが、こちらには聞こえないし、電車は二人の気持ちを無視して走り出す。
馬鹿め。誰が大人しく行くかよ。
ふんと鼻を鳴らして元来た道を戻る。
あいつのせいで時間を無駄にした。どうせ無駄に過ごすだろと言われれば言い返せないが、自分にとってはだらだらするのは無駄ではなく必要なものだ。
コンビニが見えてきて、あまりの寒さに中に入った。
暖かい飲み物と、どうせだから休みの日の飯を購入しておこうと思ったのだ。
カゴの中に適当にパンやカップラーメンを放り込んでいると、後ろからとんとんと肩を叩かれた。
ぎくりと肩を揺らす。まさかあの二人が戻ってきたのかと。
しかし、振り返ればいたのは泉だった。

「コンビニで会うの珍しいね」

「…あー。そうだな」

あいつらじゃなくて嬉しいやら、泉と会って悲しいやら。
それでも泉の方が数倍はましだ。

「三上もご飯買いに来たんだね」

泉はカゴを覗き込みながら言った。どうやらお互い休みの日は面倒で出たくないので、前日にすべてを済ませようとしていたようだ。
自分はひどいインドアだが、泉も大概だと思う。
こいつが友達と遊びに行っているのは滅多に見ない。
いつも部屋に篭って勉強しているのだとか。それしかやることがないらしい。だとしても、自分は絶対勉強などしないが。

「三上寒かったの?耳が赤いよ」

髪をかけている方の耳を指で摘まれる。

「冷たい。今日は風が強いもんね」

そういう泉の鼻も真っ赤だ。

「よし、温かいコーヒーをおごってやろう!」

返事を待たずに泉はレジに向かった。買い物の会計と、店員にコーヒーを頼んでいる。
なにも言わずに自分も後ろに並ぶ。
泉は頑固なので口を挟むと余計頑なになる。だから好きにさせる。
お互い会計を済ませて、外で待つ泉の元へ行った。

「はい」

紙コップに入ったコーヒーを差し出され、それを受け取る。
蓋に開けられた飲み口から啜る。寮で飲むインスタントや、缶コーヒーより断然旨いが、滅多にコンビニに来ないのでたまにしか飲まない。
泉も同じものを飲んでいたので首を傾げた。

「お前コーヒー飲めるっけ?」

「甘くすれば飲めるよ。これカフェラテ。砂糖も入れてもらった」

「ふーん」

泉が飲み口に向かって吐いた息は白かった。

「お前さ、寒いならもっと温かい格好すれば」

「三上も薄着じゃん」

「中に着てるしコートも来てる。ネックウォーマーもしてる」

泉は薄っぺらいブルゾンだけで、マフラーも手袋もしていない。髪から覗く耳も寒そうだ。

「マフラーとか持ってねえの?」

「持ってるんだけど、小学生から使ってるやつでさすがにもうボロボロでさー」

ならば新しい物を買えばいい、と言うと泉は曖昧に笑った。
ちらりと聞いたことがある。泉には母親しかおらず、あまり裕福ではないと。
突っ込んで聞く話しではないし、興味もなかったので聞き流していた。
それでも、マフラーくらい自分で買えるだろう。最近は安くて性能がいいものが沢山ある。
自分に関する物に金を出さず、一体何に遣っているのだろう。
こいつのことだから将来のために、とか言って貯めてそうだが。
小さく溜息を吐いて、自分のネックウォーマーをぼすんと泉の頭に被せた。

「い、いいよ!三上寒いだろ」

「コートの前しめれば平気だろ」

ついでにフードも被る。これならば寮までなら耐えられる。

「…ご、ごめんね」

泉は身体を小さくして謝るが、なにも答えずにいつものように一歩前を歩いた。
でかい自分の後ろなら風も当たらないだろう。
無言で歩き、泉の部屋の前で待ってと声を掛けられた。

「これ、ありがとう。返すよ」

慌ててとろうとしたので、いいと小さく呟いた。

「やる」

「え…。も、もらえないよ。温かいし、きっといい物なんでしょ?」

「全然。千円くらい。だからいい。じゃあな」

本当はもっとしたが、正直に値段を言えばますます受け取らないだろう。
何か言いたげにしていたが、振り切るように背を向けた。
多少強引でなければあいつは言うことを聞かない。

部屋につき、今日もぬくぬくと温まっていると慌てた様子の秀吉と潤が入ってきて、こっぴどく説教をされた。勿論聞かなかったが。


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