Red X'mas 2015
風が冷たくなってきた。暖かな日差しを浴びながら昼寝ができないし、使用されている教室以外は暖房がつかないので、仕方なく教室で芋虫のように丸くなっている。
授業中もネックウォーマーは外さず机に突っ伏して瞳を閉じる。
教師も半分は諦めていて、小言を言う者は少ない。
どんな説教をしても無駄と判断され匙を投げられたらしい。
見捨てられたも同然だが、それが返ってありがたい。こんな自分に干渉するのは時間の無駄だと思うからだ。
授業終了の鐘で瞳を開けて鞄を握った。
すぐに寮に帰ってエアコンの下でぬくぬくと過ごしたい。
人類の発明はすばらしいものだ。スイッチ一つで天国へ行ける。
途中、廊下で夏目と談笑している泉を見つけたが、こちらに気付かれる前に気配を消して他生徒に紛れるようにして通り過ぎた。が、易々と見付かり背後ででかい声が響く。
「三上!もう帰るの?待ってよ僕も――」
みなまで言うな。お前の言いたいこともわかっているし、自分がどうしたいかもわかっている。
一瞬足を止め、そして走り出した。
「あ!待ってよ!」
焦る泉の声が遠くなる。
普段運動などしないが、逃げ足だけは早いのだ。
あれにつかまると一日温存した体力を十分で消耗する。
精神衛生上もよろしくないし、自分の平和な日常を守るにはとにかく逃げるしかない。
恋人になったのにそれは酷いのではないかと本人にも友人にも言われるが、自分が考える恋人というものはそんなに甘くない。
飽く迄も今までの生活ペースは乱されたくないし、それを捻じ曲げようとするならば恋人でも容赦しない。
付かず離れず、お互いの生活を尊重してそれにたまに付随するくらいで丁度いい。
不満だと訴えらえるが変えるつもりはないし、それが嫌なら自分とは一緒にいられないと観念してもらいたい。
部屋の扉を閉めて、ついでに鍵も閉めた。これで入ってこられない。
急いでエアコンのスイッチを押し、室内の冷気が温まるまでの数分ただじっと丸くなって耐える。
どうせならばエアコンをつけっ放しにして出かけたいがそれは禁止らしい。
次第に空気が温まり、コートやブレザーをソファの背凭れにかけて、自分はだらりと横になった。
夕食までここから決して動かない。
その姿を見て秀吉にはいつも溜息を吐かれる。
無気力だとか覇気がないだとか、折角の若さが無駄だとか。
放っておけと一蹴するし、何百回も色んな人に言われてきたので今更気にしない。
「ただいまー」
「おう」
寝転んだまま帰ってきた秀吉に手を挙げた。
「なんで鍵かけてんの?」
「気分」
曖昧な答えにも気にした様子はなく、同室者も動きやすい格好に着替えて向かいのソファに座った。
「今日は一段と寒いなあ」
「俺も春まで冬眠したい」
「三上の前世は冬眠する動物やわ。絶対」
「なら来世はまた冬眠できる動物になりたい」
「蛇やわ蛇。絶対そうや。なんか似てる」
「蛇でも熊でもいいからよ」
とにかくこの寒さをどうにかしてくれ。
暑いのは大嫌いだが、寒いのも大嫌いだ。室温が一定に保たれた部屋で一生を終えたい。
秀吉は熊は似合わないとかぶつぶつと言いながら雑誌を開いた。
ぺらぺらと一定の間隔でページを捲る音を聞いていると、なんだか眠気が強くなった。
「なあ三上」
もう少しで眠れそうだったのに現実へ引き戻された。
「…なんだよ」
「お前はなにも買うてやらんの」
「買う?なにを」
「もうすぐクリスマスやろ?」
「あー…。クリスマスですか…」
実家にいた頃はクリスマスを嫌でも意識させられた。
茶の間に置かれたでかいクリスマスツリーと、純和風な家の外観には到底不釣り合いなライトアップ。
悪趣味だと何度も思った。嬉々として飾り付けをする妹と母には言えなかったが、きっと父も同じ気持ちだっただろう。
家を出た今は悪趣味な飾り付けはどこにもないし、クリスマスなんて思い出すタイミングがない。
彼女がいたためしもなく、妹からプレゼントを強請られることもない。
このまま自分とは縁のない行事であってほしかったが、そうはいかないのだろうか。
「プレゼントくらいは買うてやり?お前普段の態度最悪なんやから」
「普通ですー」
「お前なんかが普通であってたまるか」
「俺金ねえし」
「泉なら百均でも大喜びするやろ」
「嫌だ。物なんて残したくない」
頑として首を振らないので、いつもならば放っておいてくれる秀吉もむきになって反論してくる。
「お前な、お前を好きや言うてくれただけでも珍しいのに、泉はお前にどんな仕打ちをされても別れんでいてくれるんやぞ?ありがたいやろ」
「ありがたくねえよ。嫌ならいつもで別れるって言ってるし」
「お前とつき合うてくれる人間、今後一切現れんかもしれんぞ!それくらい酷いからなお前」
「だったらさっさと他の奴にいけばいいだろ」
「好きなんやろが!」
「なら我慢するしかねえだろ。俺と一緒にいるって選んでんのはあいつなんだから」
言えば秀吉はわざとらしく溜息を吐いた。
「お前の今後が心配や。そんなんで生きていけんのか」
「なら養ってくれよ」
「あほか。なんで俺が。紐なら他の奴にしい」
「紐ねー。それもいいな」
「将来の夢が紐とかないわー。ま、似合うけど」
秀吉は広げていた雑誌をばさっと机に放り投げるとぱんと手を叩いた。
「決めた!明日買い物行くで」
「は?嫌だ。寒いし」
「プレゼント買うで!別に千円のものでもなんでもええから!あまりにも泉が不憫や!」
「お前はあいつの保護者か…」
「ぐだぐだ言わんと!放課後行くで!」
「あー、はいはい」
適当に聞き流した。
誰が行くか。このクソ寒い時期になにが悲しくてあいつのために買い物など。
エアコンの下にいたいと何度も何度も言っているのに。
それに、泉だってプレゼントなど期待していない。
自分とつき合うと決めた時点でそういうものの一切を諦めただろう。
あいつからも欲しいなど思わないし、形あるものを残さない方がお互いのためだ。
自分たちは秀吉とは違う。
いつ崩れてもおかしくない吊り橋を渡り続けている。
別れは今日かもしれないし、明日かもしれない。とにかく、泉が夢から覚めるまでだ。
意外と持ちこたえているとは思う。
我ながら恋人というヤツには向かない性格をしているし、こんなはずではなかったと泉が泣いて終わるだろうと予想していた。
けれど、意外と芯が強いのかへこたれても、泣かせても、冷たくあしらっても、雑草よろしく復活して傍を離れようとしない。
まるで忠実な犬だ。犬だとしても血統書がついた上等なものではなく、雑種だろうが。
愛想は抜群の茶色で小柄な犬だ。想像して、姿が犬だったら思い切り可愛がるのにと残念に思った。
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