「おい…。おい」

肩を軽く揺さぶられる感覚で目を覚ました。

「あ…。おはようございます」

頭を軽く振り、眠気を覚ます。
朝日の中で見る彼は、昨日とは違った印象があった。
顔の腫れはまだひいてはいないが、昨晩よりはだいぶ落ち着いた。

「身体どうですか」

「だいぶいい。お前ずっとそこにいたの」

「はい。うとうとして」

「そうか」

彼は瞳を伏せ、それ以上は何も言わなかった。
長い睫が朝日に反射して、きらきらと光っている。

「…なにか食べれるなら食べた方いいですよ。顔とかも冷やしておかないと、月曜日学校行けないですよ」

「学校は…。別にいいけど」

「そうですか。薬は残り置いておくんで、熱が出そうなら飲んで下さい」

ちゃんと受け答えもできているし、熱もだいぶ下がったようだ。
ならば自分はお役目御免だろう。これ以上長居はいらないだろうし、彼も一人の方が休めるだろう。
とことん面倒をみてやると思ったが、ここまでやれば上出来だ。

「じゃあ、俺帰ります。冷蔵庫の中にまだ何本か水入ってますから」

「…帰るのか?」

「はい」

「そうか。名前、なんていうんだ。そのネクタイの色…。二年か?」

「はい、二年です。麻生学です。じゃあ」

「…ああ」

彼から改めて労いの言葉とか、謝罪とか、礼は聞かれなかったが、そんなものだと思っている。
見返りを求めるなんて馬鹿げてる。
人間そんな上手くはできていない。最初から期待しないので、裏切られることもない。

大きな欠伸をしながら自室へ戻った。
景吾はまだ夢の中だろう。
ソファに座るとどっと疲れた。悪夢のような夜だった。
もう、遅くに帰るのはやめよう。碌なことにならない。昨日のような場面に遭遇したら、自分はまた同じことを繰り返すかもしれない。
そしてどれだけお人好しになったのだと自分に落胆する。

シャワーを浴びて、コーヒーを淹れて再びソファに座った。
ぼんやりと窓の外を眺めていると、瞳を擦りながら景吾がこちらに歩いてくる。

「おはよう」

「んー、はよ」

欠伸を何度もして、折角起きたのに、座ると同時にまた首を揺らし始めた。
こんなに早く起きたのは、きっと予定があるからだろう。
くすっと笑い、景吾の分のコーヒーを淹れてから肩を揺さぶった。

「景吾、予定あるんじゃないのか?」

「んー。ある、けど…。眠い…」

「頑張って起きろ。ほら、コーヒー飲んで」

カップを手に握らせてやると、こくりと頷いてそれを一口、二口飲み込んでいる。
子どもは子どもでも、景吾くらい素直ならば世話をしても構わない。
それが板についているし、苦痛とも思えない。
しかし、横暴な態度をとられればかちんとくる。
昨晩の彼を思い出し、眉間に皺が寄った。
もう会うこともないだろうし、運がないと忘れるしかない。

「起きたか?」

カップを飲み干した景吾に言う。

「起きた。眠いけど…。学、いつもありがとね」

「いや」

顔洗って来る、とばたばたと忙しなく行ってしまった。
景吾は真琴と似ていると思う。
容姿はまったく似ていないし、性格も同じとはいえない。
真琴はどちらかというと内気だし、景吾は明るく、誰とも仲良くできるタイプで、どちらかというと正反対だが、手が焼ける感じが似ている。
真琴を失い、ぽっかりと穴が空いたようだった。
傍にはいるし、今も友人だが、あまり近付くのはよくないと思い、真琴が不審に思わない範囲で、少しずつ離れようと思っている。
それがお互いのためで、正解なのだけど、どうしても寂しさは拭えない。
景吾はその寂しさをうまい具合に埋めてくれる。
適度に世話を焼かせて、暗く、沈んだ空気になる暇もないほどに笑ってくれる。
もしかしたら、わざと世話を焼かせているのかと思ったが、そんな芸当は彼にはできないだろう。

「今日はどこ行くんだ?」

ソファに戻ってきた景吾に言う。

「今日は、久しぶりにゆうきと遊びに行くんだ」

「真田?」

「うん。久しぶりなんだ」

心底嬉しそうに笑うので、本当に真田が好きなのだと思った。
つられて自分も笑ってしまい、なんとなく頭を撫でた。

「よかったな」

「うん」

「早く準備しな。時間大丈夫なのか?」

「げ!やばい!」

再び忙しなく走り去り、相変わらずだと笑った。
あの笑顔。あれを見ているだけで救われる。
別に、大きな悩みがあるわけではないが、彼の笑顔は人を元気にする力がある。
暗い底から引っ張りあげるような。
本人は気付いていないだろうが、それに救われる人間は多いだろうし、だから友人も多いのだ。

「じゃ、行って来る!お土産のリクエストは?」

「いいよ。俺のことは気にしないで。楽しんで来い」

「うん!じゃーね!」

ぱたりと閉まった扉を眺める。
彼が去ると、一気に部屋が暗くなる。
本当に、大した人間だと改めて思った。


こんこん、と扉をノックする音でぱっと目が覚めた。
どうやらソファで居眠りをしていたらしい。
眉間に皺を寄せてそれをつまみながらソファから立った。
再び、促すようにノックをされ、若干不機嫌になりながら、はいと返事をする。
扉を開けると、意外な人物が立っていた。
朝別れたばかりのあの彼だ。

「…どうも」

何故彼が俺の部屋を知っているのだろう。
名前を言ったので、調べればわかるのかもしれないが、先輩と交流はないので大変だったのではないだろうか。

「あの、なにか…?」

「…ああ、えっと。あの、とりあえず中入ってもいいか?」

「ああ、すいません」

これ以上の面倒は嫌だったので、正直用件だけを話して帰ってほしかった。
だが、そんな冷たくあしらうわけにもいかないだろう。
彼はきょろきょろと辺りを見回し、ソファに座った。

「なにか飲みます?」

「いや、いい…」

「そうですか」

自分も離れた場所に座り、彼が話すのを待ったが、むっつりと口を閉じたまま数分が経過した。

「…二年って、二人部屋だよな」

「…そうですけど」

「同室者は?」

「遊びに行きました」

「そうか」

どこか安堵したような様子で、ますますわけがわからない。

「あの、何かありました?」

どのようなご用件でとすっぱりと聞けたらいいのに。

「…あ、いや。特に、大事な用とかじゃない」

「はあ…」

それならば尚更よくわからない。

「俺の部屋、よくわかりましたね」

「…クラスメイトに聞いたら、二年と仲良い奴教えてやるって言われて、それでそいつの部屋行ったら丁度お前と友達だっていう奴がいて」

「俺の友達?」

「ああ、えっと、名前は忘れたけど、関西弁話してた」

「ああ、甲斐田か…」

となると、神谷先輩の部屋にいたのだろう。
甲斐田に悪気はないだろうし、知りたいと言われれば断る理由もない。
事情は知らないのだし、こちらの気持ちも知らない。
けれど、余計なことをしてくれたと思った。
月曜日、それとなく嫌味を言ってやろう。

「…あのさ、昨日、悪かったな…」

言葉を聞いて目を丸くした。
この先輩のすべてを知っているわけではないが、昨夜とは打って変わって随分素直というか。
昨晩の我儘はどこへ行ったのだろう。

「いえ…。俺が勝手にやったことですから」

「まあ、そうだけど」

やはり基本的には協調性はないらしい。
ここは嘘でもそんなことはない、とか言うべきではないか。
もう慣れたし、期待もしてないけれど。

「…お前みたいに助けてくれた奴初めてで…。なにか裏があるのかと思ったらさっさと帰るし…」

「裏って…。別にないですよ」

今まで碌な人間と付き合ってないな、こいつ。
なんとなく、纏う雰囲気や、昨日のことを思えば納得する。



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