夜中に携帯の小さな振動音で目が覚めた。
枕元で光るそれに目を細めながら手を伸ばす。ディスプレイには柴田の文字。
寝起きではっきりとしない頭でとりあえず電話に出た。

「…もしもし…」

『…俺だけど』

「ああ、どうした。なにかあったか…?」

自分の声が低く掠れ、鼻声になっている。他人のようで落ち着かない。

『俺の部屋に来てくんね?』

「……今からか?」

『ああ』

「…わかった。少し時間がかかるぞ。鍵は開けておけよ」

そう告げて電話を切った。
上半身を起こし、ベッド脇の小さなライトをつける。
眉間をつまみきちんと目を覚まそうと努力するが、日頃の寝不足が祟って一歩が踏み出せない。
小さく溜息を零して時間を確認すると夜中の二時だ。
眠ったのは十二時すぎだったので、まだ二時間しか睡眠がとれていない状況で起こされた。
彼の我儘には慣れたつもりだが、こんな呼び出しは滅多にない。
彼自身なにか気に入らないことがあったり、精神のバランスが崩れたときだけだ。
きっと今日も不幸が降りかかり、それを消化できずに自分を呼んだのだと思う。
いつも助けてもらっているし、恋人らしいこともできていない。せめてたまの我儘くらいは付き合ってやろうと思う。
しかし思いとは裏腹に身体が言うことを利かない。
油断をしたら身体を起こしたまま眠ってしまいそうだ。
重力に逆らえない瞼を無理矢理押し上げ、のろのろと起き上がった。
春先で夜はまだ冷えるので、パジャマの上にパーカーを羽織る。
寮内をパジャマでうろつくのもどうかと思うが、この時間ならば誰にも会わないだろう。
鍵と携帯を握り締め、彼の部屋へ向かった。

二年の部屋は二人部屋で、柴田は月島君と同室だ。
きっと月島君は眠っているだろうから、起こさぬように小さく扉を叩いた。
すぐに扉が開き、スウェット姿の柴田が顔を出す。

「よお」

「…どうした、こんな夜中に…」

小声で話せばとりあえず中に入れと、彼の個室に促された。

「なんか飲む?」

「いや、大丈夫だ」

ベッドに腰を下ろせば、彼も隣に着いた。
俯いて髪を乱暴に掻く姿に、余程酷い目に遭ったのかと心配になる。
顔を覗き込むが、彼はなにも話そうとしない。
元々自分自身の話しはしてくれない方だけれど、悲しかったり、辛かったり、一人では解決できない困難に出会ったときくらいは頼ってほしい。
こちらは随分頼っているし、そのたびに助けられた。
自分も柴田の力になりたい。どの程度力を貸せるかと問われれば、あまり役には立たないかもしれないけど。
それでも誰かに傍にいてほしいとき、彼が呼び出すのが自分であるという現実をとても幸福に思う。
話したくないのならば無理に聞くつもりはないので、俯く柴田の背中をゆっくりと撫でた。
こんな風になったときの柴田はとても幼くなる。
小さな子どもが拗ねているような態度に笑みが零れる。不謹慎かもしれないが。
図体ばかり大きくて、生意気な言葉も随分吐くが、年下らしい姿に安心するのだ。

「…どうした。嫌なことでもあったか?」

静かに問えば、暫く悩んでこくりと頷かれた。

「僕でよければ話しを聞くが…」

柴田の抱える問題を自分が解決できるとは思わないが。
以前に比べれば真面目な高校生活を送っているが、恋人になる前はそれはひどかった。
何度説教したかは知れないし、片桐と同じくらいに手を焼いた。
その頃の彼に戻ってほしくない。忙しいから、眠いから。そんな風に見離したら外の世界に旅立ってしまいそうで怖い。
だから助けを求められれば飛んでいく。

「…茜」

「…なんだ?」

これは重症だ。すっかり憔悴している。
滅多にないことなので扱いに戸惑う。人を励ましたり、笑わせたり、そういったことは大の苦手だ。

「あのさ…」

「うん」

どんな言葉を言われるのか、半分不安になりながら待つ。

「……すげー嫌な夢みた」

「…は?」

「夢。もう、最悪な夢」

「…夢、か…」

強張っていた身体から力が抜けた。
そんなことかと安心半分、呆れ半分だ。
小さい子どもでもあるまいし、夢が怖いと呼び出されるとは予想していなかった。

「追いかけられる夢、とかか…?」

「そんくらいでお前を呼ぶかよ」

「ではどんな夢だ?」

誰かを呼びたくなるほど怖い夢というのは経験がないのでわからない。
追い駆けられる悪夢ならば自分もたまに見るけれど、だからといって柴田を呼びつけたりはしない。

「…言ったら現実になったりとかしねえよな…?」

「それはわからないが…言ってみろ」

「…じゃあ言うけど、怒るなよ?」

「僕が怒るような夢なのか?」

「多分…」

呆れたような溜息が零れる。
夢くらいで怒らないと言えば、ぽつぽつと話し始めた。

「…俺、誰もいない学校の中歩いててさ。お前に会いに行かなきゃって、生徒会室に行ったんだよ。で、ドア開けたらさ、ソファでお前と有馬先輩が真っ最中で…」

「…一応聞くが、真っ最中というのは」

「セックスの真っ最中」

聞いた瞬間眉間に数本皺が寄る。
有馬となんて勘弁してくれ。柴田以外の男ならば誰でも嫌だけど、有馬だけは絶対に、絶対に嫌だ。セックスをしなければ殺すと言われても嫌だ。

「怒った?」

「…いや。それで?」

「俺がなにやってんだ、って怒ったら、お前が有馬先輩の首に腕を回して、有馬先輩の方が巧いからもう俺とは終わりにするって言った」

「そんなこと言うか馬鹿者!」

怒らないと言ったけれど我慢できなかった。例え夢でもやめてほしい。
柴田の夢に出た自分を殴り倒したい。

「でも言ってた。有馬先輩がお前にキスしながらすげー勝ち誇った顔しててさ。下手なんだから自分たちのセックス最後まで見て勉強しろとか言うんだよ」

状況は違ったとしても有馬ならば言いそうなセリフで、妙な現実感もある。

「そんなん見たくねえのに足が動かなくて、結局最後まで見てさ。有馬先輩とお前がいちゃいちゃしながらいなくなって、それでも動けなくて、どうしようって思ってたら目が覚めた」

「…なんだ、その夢…」

何度目かの溜息を零したが、柴田は至って真面目で下らないと一蹴するわけにもいかない。

「正夢になったりしねえよな?」

「なってたまるか!有馬など死んでもごめんだ!」

言えば柴田は心底安心したように長い溜息をつき、後背に手をついた。

「起きてさ、夢だってわかってんだけどなんか落ち着かなくてよ。茜が俺以外にやられてるとか、夢でもきついっつーか…お前にちゃんと会って大丈夫って言われないと安心できないっつーか…お前がどっかいっちゃう気がして…」

なにもない宙を見る柴田の瞳にはいつもの力が篭っていない。
下らない、非常に下らない夢だが、彼はだいぶまいっているらしい。
しかもその理由が自分ならば、夢の内容はともかくとして嬉しくもなる。

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