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楓には事前に戻ったらそのまま部屋に来いと連絡を入れていた。
自分の部屋の方が落ち着くかと思ったが、柴田がいるのでそれなら一人部屋の自室の方がいいと判断した。柴田に暫く高杉の部屋に行けとも言えない。柴田は喜ぶだろうが高杉にくどくど説教をされる破目になる。
ノックがあったので扉を開けるといつもの笑顔を振りまきながら楓が室内に入りソファに座った。
後姿を眺めながらああ、本当に無事だったのだと改めて思う。
隣について身体をぎゅっと抱き締めた。温かい。楓の匂いがする。

「珍しく甘えん坊?」

「お前のせいだろボケ」

「へいへい」

とんとんと腕を叩かれたので身体を離す。
こんなに心配を掛けた張本人はけろっとして事の重大さを理解していない。
苛々するが、自分が過剰に反応しているのも悪いと思い文句を呑み込んだ。

「風呂入っていい?昨日入れなかったから」

「ああ。今日も安静にしてろよ」

「昨日十分安静にしたって。医者も大丈夫だろうって言ってたし」

「うるせえ寝てろ」

「動いてないと死ぬ」

「鮪かよ。話し相手にはなるから」

「わかりましたよ」

楓はまったく納得してない様子で風呂に向かったが、強い意志を持って甘やかさないと決めた。
せめて三日、いや、一週間は大人しくしてほしい。拓海も言っていたが、脳は後から不調が出るから怖いのだ。
学校では蓮や秀吉が楓を止めてくれるし、寮では自分が見張ればいい。
檻の中に放り込めれたら楽なのに。落ち着きのなさは景吾に引けを取らず、あの二人には本当に手を焼く。
歳相応に、とも思うが、あれくらい動くのが相応で、蓮や秀吉がしっかりしすぎている気もする。
ぼんやり考えていると楓が風呂から上がったので腕を引いて寝室に放り投げた。

「寝ろ」

「マジで?まだ昼なんだけど」

「タブレットいじってれば暇じゃねえだろ」

「そうだけどさー…」

楓は口を尖らせ、悪戯を思いついたように表情を明るくした。

「じゃあ香坂も一緒に寝よう」

「眠くないんですけど」

「俺だって眠くねえよ!」

いいだろ、と服を引っ張られ仕方がないので隣に並んだ。
タブレットを渡したが、楓はそれをチェストの上に置き、横臥したまま腰を引いて口角を上げた。

「なんだよ」

「退屈で、ベッドの上にいたらやること一つじゃね?」

「…お前元気だな。昨日救急車で運ばれたくせに」

「高校生ですから」

「答えになってねえよ」

溜め息を吐くと頬を包まれながら口を塞がれ、そのまま馬乗りになられた。
腰を掴んで見上げ、病み上がりにセックスなんて絶対だめだよなと考える。

「頭揺すったら具合悪くなるかもしれねえぞ」

「大丈夫だってば。軽い運動は平気って言われたし」

「軽く?そんなんじゃ終わんねえからだめって言ってんの」

「いいじゃん。大人しくするから」

「いや、セックスする時点で大人しくしてない」

「香坂はしたくねえの」

するりと上着の中に手を差し込まれ、甘やかしてはだめだと決めたばかりなのに意志が崩れてしまいそうになる。

「俺はしたい。昨日も触りたかったの我慢した」

耳朶を噛まれ、これだから楓は困ると溜め息を吐いた。
色気もくそもないが、直球勝負をしかけてこられると結構胸に刺さるものだ。余計な駆け引きなしで素直に言葉にされると応えてやらなければと思ってしまう。

「…わかったよ」

答えに満足したのか、楓は上着を脱いで放り投げ、首筋に顔を埋めて上着の中に入れていた手で腹から胸までゆっくりなぞった。
ちょっと待て。違和感が半端なくて楓の腕を握った。

「体勢替えねえ?」

「…なんで?」

「なんでって、俺がやり難い」

「香坂はなにもしなくていいって」

「さすがに病み上がりに騎乗位させるほど鬼畜じゃないんだけど」

「騎乗位…?そんなことしなくていいってば。俺がするから」

「いや、だから…」

話しが噛み合わない違和感に状態を起こし楓の両肩を掴んだ。

「…お前、記憶ぶっ壊れてねえか」

「…なに言ってんの。普通だよ。皆の名前も顔も思い出せるし、異常なしって言われたし」

「じゃあ俺とお前いつもどっちが抱いてた?」

「俺が、香坂を抱いてた」

「ぶっ壊れてんじゃねえかよ!お前はいつも抱かれる側!」

「はい…?嘘だ」

「嘘じゃねえよ。蓮と俺の記憶ごっちゃになってんぞ」

面倒なことになったと深く溜め息を吐いた。

「いやいや、俺が抱かれるなんてまさか、そんなわけが…」

「普通に考えろ。相手は俺だぞ」

「わかってるよ」

これはどんなに言葉で説明しても納得しないのではないか。
楓は普段から散々いつか自分が抱くのだと言ってきかなかったが、その願望と蓮との記憶が上手い具合に交ざり、結果こんな残念なことになったのでは。

「周りに聞いてみろ。俺と同じこと言うから」

「言わない!いいから触らせろ」

「こっちのセリフだ馬鹿が」

お互い睨み合い、話しは平行線のままじりじりと時間だけが過ぎていく。

「…わかった。頭は覚えてなくても身体は覚えてんだろ」

「は?」

「お前のいいとこは全部わかってる」

できれば病み上がりの人間を手酷く扱いたくはないが、この先ずっとこのままだったら非情に困る。
また最初のようにどちらがやるか、やらないかで揉めるのは勘弁してほしい。
楓の身体をベッドにうつ伏せにするように抑え込み、上から体重を掛けた。

「ちょ、待てよ!汚ねえぞ!」

「汚くて結構。これが現実だ。諦めろ」

「嫌だ!俺は絶対こっち側じゃない!」

「わかった、一回やらせろ。それでも違うと思ったら俺も考えてやる」

「…一回?」

「そう、一回だけ。絶対痛くしない」

「…気持ちよくなかったら止める?」

「止める。少しでも痛かったらすぐ交換してやる」

「……じゃあ、一回だけ…」

自分で言っておきながら楓のちょろさが心配になる。
単純馬鹿なところが可愛いし、扱い易いのだけれど。
いつもと違いがちがちに硬くする身体に懐かしさが込み上げる。最初はこんな初心な反応だったなあ、なんて思い出して同じ人間の初めてを二度味わえるのは悪くないかもしれないと思った自分も大概単純だ。
大丈夫だからと囁きながらいつもよりなるべく丁寧に、時間をかけて優しく触れ、ただ楓だけの快感を引き出すように努めると、身体から力が抜け瞳がとろんと蜂蜜がかったようになる。
何度か精を吐き出させ、荒い呼吸を繰り返す様子にもう平気だろうと手にジェルを垂らした。

「大丈夫だからそのまま力抜いてろよ」

「ちょっと待った!やっぱり俺…」

「絶対気持ちいいから」

「…い、痛かったら本当にすぐ止めろよ」

「わかってるよ」

口を塞ぎ、舌を絡めながらゆっくり指を指し込んだ。
背中に回っていた手が爪を立て、違和感に耐えるように皮膚を引っ掻く。

「こ、香坂っ」

「痛くねえだろ?」

やはり身体はちゃんとわかっている。
楓が拒絶しようとも後ろは指を呑み込むし、好きなところを押し上げると喉を反らせて大きく喘いだ。

「気持ちいい?」

「きもち、よくなんか…」

「じゃあやめるか?指じゃ届かないところまで入ったらもっと気持ちいいのに」

肩口に噛み付くと楓は歯を食い縛って涙をためた瞳をぎゅっと瞑った。

「どうする」

「…めくていい」

「なに」

「やめなくていい!」

自棄になったように言い、ふん、と顔を逸らせる姿に笑みが浮かぶ。
本当に素直じゃない。そこが最高に可愛いと思ってしまうのだけれど。


ぐったりと身体を弛緩させる身体を綺麗にしてやりながら顔を覗き込んだ。

「思い出したか?」

「思い出したくなかった…」

「あんなことやこんなことまでちゃんと思い出した?」

「聞くな!」

耳の先を赤くしたところを見ると記憶と現実が合致したのだろう。
こっちだって忘れられては困るし、忘れたくない。
普段の楓しか見ていない人間には想像できないだろうが、最中の彼はこちらの理性をぶっ壊すのが上手で、色気を孕んで乱れ、快感に素直に順応するのだ。
飽きることがないし、相性もいいと思う。
なのに思い出さずにいつまでも嫌だ嫌だと突っ撥ねられたら無理にでも組み敷いたかもしれない。

「お帰り楓」

「…さよなら、タチだと思い込んでいた自分…」

「そんな顔すんなよ。気持ちよければどっちだっていいだろ」

「じゃあ香坂が下でもいいじゃん」

「俺の方が巧いから俺が上なの」

「言い返せない!」

喚く身体を抱き締めて頭に頬を摺り寄せた。
男としてこだわりたい気持ちはわかるが絶対に譲れないものもある。
適当にあしらっているが、これから先も楓の願いが叶うことはないだろう。

「早めに諦めろよ」

背中を撫でながら言ってやると楓は胸に顔を埋めながらうわー、と泣き真似を始めた。
よしよしと背中を擦り、髪に鼻を埋めて全身で楓を感じた。
腕の中におさまる身体は現実で夢じゃない。背中に回していた腕に力を込め、楓だけはどうかいなくならないでほしいと願う。

「…香坂、苦しい」

「…もう少し」

「怒ってる?」

「なんで」

「背中引っ掻いたから」

「あー、めちゃくちゃ痛い」

的外れだが、怖れを抱いていると察してほしくないので冗談で誤魔化した。

「見せて」

上半身を起こして背を向けると引っ掻き傷を指でなぞられ、楓が笑った気配があった。

「男の勲章ってやつ?」

「風呂入るとき結構しみるんだぞ」

後背に腕をついて身体を捻るようにして後ろを振り返った。

「何にやにやしてんだよ」

「いや、さすが香坂涼は色男だなと思って」

「馬鹿にしてんのか」

「してない」

楓も上体を起こすと後ろから抱き締めるようにされた。

「なあ、もう一回」

甘えた声にこれだよと頭が痛くなる。
大人しくした方がいい。こちらが壊れたらどんなに酷くするかわからない。楓の調子が悪くなったらと思うと怖い。

「明日な」

「心配性」

「誰が心配かけてるかわかってる?」

腕を抓ってやると痛いと騒ぎながら観念したように枕に頭を乗せた。

「ほら、少し寝ろ。慣れない病院にいたから疲れてんだろ」

「まあ」

拗ねた表情にふっと笑い頭を撫でた。

「…俺は強いから大丈夫だよ」

真摯な瞳で言われぎくりと身体を硬くした。

「俺は大丈夫」

「…そうだな」

おいでと手招きされ、今度は自分が楓に抱きかかえられるようになった。
馬鹿なふりしてお見通しだから嫌になる。

「あんまり心配かけないように気を付ける」

「その言葉忘れんなよ」

「わかってるよ」

楓は頬を包み込むように撫で、額にキスをすると瞳を閉じた。
どんなに閉じ込めておいても人は呆気無く消える。でも、どうか、楓だけは。
誰に祈ったって聞いてくれないとわかっているのになにかに縋りたくなる。
どうしようもない自分に苦笑し、羽根を伸ばして自由に振る舞う楓を閉じ込めておくことのは無理なのだと、それならせめて羽根を痛めぬよう遠くで見るしかできないのだと納得した。


END

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