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「柴田」

とん、と肩を叩かれはっと顔を上げた。

「…茜」

「……だいぶ具合が悪そうだな。立てるか?」

眉間に皺を寄せ、困惑した表情に涙が出そうになった。親を探し回りやっと見つけた子どものように安堵し、身体はおかしなままなのに救われたと思った。

「ほら。肩貸すから」

担ぐようにされゆっくりと室内に入った。
ソファにどさりと下ろされ一度大きく息を吐いた。

「薬はあっただろうか…。何か買ってくるか?」

ブレザーを放り投げシャツの袖を捲る茜の腕をとった。

「いい。大丈夫だからこっち来て」

ぐっと引き寄せ倒れ込むように隣に着いた身体をぎゅうっと抱き締めた。

「どうした。身体が辛いならすぐに寝た方がいいぞ」

「風邪じゃないし、具合も悪くない」

「でも有馬が――」

下肢の異変に気付いたらしく、彼はぎょっとしたようにそこを注視した。

「な、なんで…」

話す時間も惜しかったが、無理矢理なんてしたくない。嫌な記憶が蘇り苦痛で泣かれたら死にたくなる。
よかった。まだ理性は残っていた。
事の発端を端折って話し、茜の肩に頬を乗せた。息が荒くて呼吸が辛い。

「…有馬か。あの野郎…」

可哀想に、と言いたげに背中をぽんぽんと叩かれた。

「助けてくれよ…」

「た、助けてと言われても…」

身体を放し胸あたりにしがみつき、下から茜を見上げた。

「頼む。お前しかいないんだ」

「う……。し、しかし、そうなる前に自分でどうにかできたのではないか?」

「どうにか…?」

「じ、自分で処理するとか…」

「……思いつかなかったわ」

いつだって相手は掃いて捨てるほどいたし、一人でするより誰かと一緒の方が気持ちいい。なら女を抱いた方が得だと思っていた。自分で処理するなんて無縁すぎて考えが及ばなかった。

「そうか。お前は彼女がたくさんいたからな」

ふん、と睨まれその視線にも背筋がぎゅうっとなる。

「…可愛い」

「は?答えになってないだろ!だいたい、お前はいいかもしれないが、受け手はそれなりに負担があるし、おさまるまで付き合っていたら僕が壊れる。おい!聞いているのか!」

シャツの釦を外しているとぽこんと頭を拳で叩かれた。

「聞いてる。だから、手貸してくれよ」

「…手?」

「手でしてくれたらいいから」

耳元で言うと彼の耳朶が朱色に染まった。

「そ、そんなことできない…」

「できる。大丈夫だから」

「でも、ぼ、僕は…」

「お願い。俺そろそろ限界。お前に無理強いしたくない。でもこのままじゃ酷いことしちまう」

「…わ、わかった。善処する…」

視線を数回泳がせた後小さく頷いてくれた。
茜はなんだかんだ言って年下らしく甘えられるのに弱い。おそらく藍のおかげだ。あいつの我儘を聞き続けた結果がこれなのだ。

「う、上手くはできないぞ…」

「大丈夫」

茜は行為に非常に消極的で、自分から手を伸ばさないし、いつも与えらえる快感を受け入れるのが精一杯だ。そんなところも可愛らしいし、別に自分はどうでもよくて、彼がいいならそれで満足だった。だけど、彼から触れてくれればやはり嬉しいし、どこまでできるかが愛情の度合いなど思わないが、努力する姿勢が嬉しい。

茜は恐る恐るズボンに手をかけ、緊張した面持ちでジッパーを下げた。
直接触れられ、眉間に皺を寄せた。やばい。ちょっと触られただけで爆発しそうだ。男の沽券に関わるし、多少我慢をしなければ。
片手でぎゅうっと握られ呻いた。

「すいません、もう少し優しくお願いします…」

「す、すまない!力加減がよくわからなくて…」

「いつもお前にしているくらい」

「いつも、僕に…?そ、そんなの覚えているわけないだろ!」

必死に否定するがみるみる首まで真っ赤だ。
偉そうに注文をつけてはいるが、今すぐ限界に達しそうだ。
茜の背中に腕を回して耐えるようにぎゅっと力を込めた。

「い、痛くないか?」

「っ、大丈夫。気持ちいい…」

「そ、そうか」

お前こんなに早かったか?と鼻で笑われては困る。茜はそんなこと絶対に言わない。言わないが、こんな時でもプライドというものは健在だ。
息を殺しながら必死にしがみついた。

「…柴田…?」

胸をやんわりと押し返され、身体を放すと触れるだけの口付けをくれた。茜から。あの茜から。
たまらなくなり、放れていく顔をぐっと引き寄せ荒っぽく舌を突っ込んだ。

「ん、柴田っ、くる、しい…」

文句は後で聞く。殴ってもいい。今は止められない。

「やばい、もう、限界…」

「え…」

身体を放す暇もなく彼の手を汚してしまった。
しこたま怒られるのだろう。そう予想したが意外にもけろりとした様子でおさまったかと聞かれた。

「おさまりませんねえ…」

達したばかりなのに愚息はまだまだ元気一杯だ。どうせなら自分ではなく茜が食べればよかったのに。そうしたら普段は恥ずかしがってできないあんなことやこんなことも…。

「じゃあ、もう少し頑張らなければな」

「え…?」

すっと身体を放され、不安から手を握るとどこにも行かないと言いたげに片方の口端を僅かに上げた。
そんな表情が珍しくてぼんやり眺めるとソファの下に膝をつき、膝を手で割った。

「ちょ、っと待て」

「大丈夫だ。僕だってこれくらい…」

「そんな無理しなくても」

「いいからお前はさっさと直せ」

眼鏡越しの鋭い瞳に胸を鷲掴みにされる。そういうところが好きだ。
呑気に思ったが、手淫だけでも辛かったのに今度こそ待てはできなそうだ。

「や、ばい。最初に謝っとく…」

身体を丸めながら茜の髪に手を差し込んだ。
小さな口で一生懸命になるのが可愛くて、可哀想で、もっと虐めたくなる。
不器用なくせに必死で、たまにえずきながらもやめようとしない。

「茜…」

はらりと前髪を払うと視線が交わる。自分は今心底情けない顔をしているだろう。

「もう、いい。放せ」

ぽんと背中を叩いたがやんわりと首を振られた。
まさか、そんな、そこまでしてくれるんですか。潔癖な茜が。自分のために。征服感ではなく、単純に感動した。
日頃散々説教され、邪険に扱われるが彼なりに好きでいてくれるらしい。

「っ、後で、殴っていいから」

ぐっと頭を引き寄せて思い切り達した。
酸素を求めるように顔を放し、小さく咳をしながら口元を手の甲で拭っている。

「ど、どうだ。僕だってお前を気持ちよくさせることができるんだ」

怒られると思ったが開口一番誇らしげに言われ、虚を突かれ小さく笑った。

「ああ、すげー気持ちよかったから次はお前な」

膝の上に座らせるようにして首筋を舐めた。

「ぼ、僕はいい…」

「俺の舐めて勃たせてんのに?」

「これは、これは…。違う」

「はいはい」

適当に流して唇を奪った。
二度出して漸く少し頭が冷静になってきた。
この程度なら手酷く抱くこともないだろう。口淫もおいしかったがやはり茜自身の身体が一番のご馳走だ。

「最後までつきあってくれるよな…?」

「……仕方がない」

小さく溜め息を吐かれたが、構わずソファに身体を押し倒した。




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