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狭い部屋の中ベッドに腹ばいになり潤のゲームを横取りして遊んでいた。
ただでさえ身体が大きい上、小さな箱で二人部屋となると足を伸ばせるのはベッド上だけだ。
制服の上着を足元に放り投げネクタイはだらりと垂らしたままだ。
こんな姿を恋人に見られたら、瞬間湯沸かし器のごとく頭から湯気を出し説教が始まるだろう。

彼との仲は気に入っている。可愛らしいと思うし、好きだと素直に感じる。だけど時には堅苦しさに首が締まって息が詰まる。
毎日、二十四時間共にいるより、お互いの時間を尊重しながら恋人としての役目も忘れない、それくらいの関係が今のところベストだ。

もうすこしでクリアできる、そんな時真田と甲斐田が連れだってやってきた。
どうやら潤に呼び出されたようで、真田の無表情はいつもより少しうんざりと曇っている。
見れば見るほど美人だと思うのだが、彼の無表情は徹底されており、まるで動く人形のようで見ている分には楽しいが関係性を築ける気はしない。
これを懐柔できるのは百戦錬磨の木内先輩だからこそ、だと思う。
これだけ美しければ性格に難があっても傍に置きたいと願うものなのだろうか。
自分はもう少し人間味がある方が好きだけれど。
人の恋人を勝手に分析し、挙句失礼な答えを出す。サーセン、心の中で木内先輩に適当に謝った。ありもしないのに心まで読まれているのではないかという気になる。それくらいあの人は真田に関わる全てに敏感だ。

潤が真田と言い争いをしながら小包から小さく、可愛らしい飴を取り出した。
ぐう、と小さく腹が鳴ったのでこれ幸いと一つ頂戴した。
会話の内容からすると有馬先輩が仕入れたものらしく、食べたことを後悔した。
あの人にまつわるすべてに関わってはいけない。施しを受けてはいけない。三上と何度も確認したのに。
しかし、さすがにホワイトデーのお返しに妙な物は仕込まないだろう。曲がりなりにも潤は恋人で、日頃の感謝や愛情を込めて物を贈るのだから。
真田と甲斐田が帰った後も潤はぶつぶつと文句を言いながら袋に手を突っ込んでは飴を頬張っている。
潤は俺のベッドに背を預けているので、とんとんと背中を叩いてずいっと手を出した。すると数粒の飴が手に置かれる。
それは金平糖よりも小粒なので、数個を一気に口に放り込んだ。
味がごちゃまぜになるとか、そういうのはどうでもいい。身体のエネルギー不足を補えればミカン味でもリンゴ味でも同じだ。

「なあ、有馬先輩と真田本当に何もないよな」

視線を俯かせた不安気な後姿にらくしないと言いながら背中を小突いた。

「この僕が誰かに負けるわけないじゃんって高飛車に笑うところだろ」

「そんなのはわかってるよ。事実だし。だけど真田はさ、なんて言うか、特別だよ。初めて誰かに負けたと思った」

「顔が?」

「顔も、雰囲気も、色々…」

「そうか?人それぞれなんじゃねえの」

どちらかを選ばなければ爆破すると言われても、自分ならどちらも拒否するけれど。
確かにどちらも顔はいい。男にしておくのが心底勿体無い。顔はそのままでいいから女の身体がついていたら味見したいと思っただろう。
しかし彼らは列記とした男で、触り心地はごつごつと最悪だし、オマケにどちらも性格に癖がありすぎる。
どちらと付き合っても一日で十年は老けるくらいの苦労をしそうだ。
その点茜はいい。考えていることが表に出るから理解しやすく、扱いやすい。一歩後ろに下がる控えめなところも好感が持てるし、締めるとこは締め、やるときゃやる。
頑固で偏屈で潔癖だが芯が通り男らしい。自分一人でどこまでも歩けるくらいの強さがあるからこそこちらが甘えられる。
皆に理解しろとは言わないが、自分の恋人は完璧美形の真田や潤よりも素晴らしい。
自分だけが知っていればいいとも思うし、誤解されがちな彼の性格を勿体無いとも思う。
微妙な乙女心のようで気持ち悪いが、その気持ち悪さも恋をするということなのだと呑み込むことにしている。
その場が楽しければそれでいい、顔が可愛いから、ノリが合ったから、そんな理由で遊んできた女がぎゃーぎゃー騒ぐのにうんざりしながら鬱陶しいと溜め息を吐いていたが、その理由も少しはわかった。誰にもわたしたくないし、触れさせたくもない。
そんなの無理だとわかっているのに感情は別の部分でちりちりと燻る。
やばい奴一歩手前だと思う。どうにかしなければいつか茜にひどいことをするのではないかと怖くなる。だけど止まらない。方法がわからない。
ぼんやり考えながらゲームを続け、クリアしたので放り投げた。

「あー!僕のゲーム!しかもクリアしてる…!楽しみにしてたのに!」

「データ消しゃいいだろ」

「そういう問題じゃない!買った人が一番最初にクリアするんだよ!」

「小学生かよ…。ああ、小学生だもんなお前」

おー、よちよちと言いながら頭を撫でると思いきり手を叩き落とされた。そういうところだぞ。そういう気の強さが可愛くないんだぞ。

「くっそ皇矢!沼に落ちて死ね!」

「沼って。地味だな」

「沼は怖いんだぞ!」

「へえー。そうなんだ。じゃあ今度底なし沼見学しに行こっか」

「行かねえよ!」

小動物のように騒ぐのがおもしろくて、ちょっかいを出しては叩かれを繰り返した。
馬鹿正直に反応するから更に玩具にされるのに、こいつはわかっていない。
わかっていないから有馬先輩にも散々遊ばれるのだ。後が怖いのでアドバイスはしない。

潤で遊ぶのも飽き、床に放り投げられていた雑誌を捲った。学食が開くまでだらだらと時間を潰す。
茜は今日も忙しいのだろう。顔を見ると構いたくなるし、ちゃんと食えとか、寝ろとか言いたくなる。負担を軽くしてあげたいが、方法がわからないし、彼の問題なので余計な首は突っ込まない。
そういえば何日会っていないだろう。いや、何日やってないだろう。
一、二、三……。頭の中で数え、それ以降は記憶があやふやになっていることに気付く。ということは、忘れるくらい触れてない。
高校生男子としてそれはどうなのか。恋人がこんなにすぐ傍にいるのに。
自分も少しは我慢というものを覚えられたらしい。会えずとも浮気はしないし、相手の都合を考えず押し倒したりもしない。偉い。自分偉い。
だけどたまにはあちらから求めてくれてもいいと思う。
あいつには性欲というものがないのか。それとも一番最初の抱き方があんな風だったから苦手意識を植え付けてしまったのか。ほぼ強姦だ。それは自分の落ち度なので何も言えない。
でも今は恋人同士だ。自分は自然と触れたいと思うし、気持ちよくしたいし、なりたい。
欲には個人差があるだろうが、あいつは枯れすぎだ。
そんなことを考えていたからだろうか、頭の中がやりたい一色になった。
中学生か。我慢ができるようになったと自画自賛したばかりなのに。
これでは待てもできない駄犬だとブリザード級の瞳で茜に見下ろされる。いや、それはそれでちょっとときめくけれど。
考えると身体まで熱くなり、雑誌を放り投げ、すぐそばにある潤の背中を見た。
茜と違いハニーメープル色の柔らかそうな髪、細く長い首。
無意識に手を伸ばしそうになり、すんでのところで我に返り引っ込めた。
何をしているんだ自分は。欲求不満にもほどがある。
このままでは有馬先輩に殺されそうなので、出掛けてくると言い茜の部屋へ向かった。
発情期の犬ってこんな気持ちなのだろうか。難しいことは元から考えない楽観主義だが、中学生の頃でさえこんな風になったことはない。
喉が渇く、息が上がる、飢えて飢えてしょうがない。
ここが男子校でよかった。そうでなければ無理に女を手懐け、その先は少年院だ。親はさめざめと泣くだろう。弟も後ろ指をさされ、周りの人間すべてを不幸にしたところだ。
しかし、欲求不満だったのは事実だが、これはあまりにも常軌を逸している。
思い当たる節はある。有馬玲二だ。絶対にあの男のせいだ。
有馬先輩も一応人の子で、潤相手には抑えるはずと思った自分が馬鹿だった。
あの人は恋人だろうが友人だろうが親だろうが容赦しない。自分一人だけを信じ、自分が幸福になれば周りの不幸は笑って見過ごす。そういう男だ。
本当に、今後一切関わりたくない。視界にも入れたくない。碌なことがないので、影で疫病神と呼ぶことにする。

有馬先輩への怒りと上がる息を押し込めながら茜の部屋の扉を拳で叩いた。
何度叩いても返事がない。
こんな非常事態にどこにいるのか。あまりにも放っておかれたら無機物相手にも欲情するかもしれない。そんな自分にぞっとしながら携帯を取り出した。
ずるずると扉に背をつけながらしゃがみ込み茜の番号を呼び出す。
数回のコールの後返事があった。茜、と呼んだ声は自分が思った以上に情けなかった。

『どうした』

「今どこ…」

『有馬の部屋だが…』

「…ちょっと有馬先輩に代われ」

『なんなんだ…。有馬、柴田が話しがあるそうだ』

一言文句を言わなければ気が済まない。熱のせいか、色情狂になったせいか、冷静な判断ができない。有馬先輩に文句を言うなど自殺志願者のようだ。

『もしもし?』

「あんた、潤に変なものやりやがったな」

『…食べました?』

「食いましたよ」

『それはそれはご愁傷様です』

電話越しにふっと笑った声が聞こえ頭の血管が切れるかと思った。

「責任とって下さいよ」

『責任って…。潤にあげたものをあなたが勝手に食べただけでしょう。それとも私に処理をしろとでも?』

「気色悪いこと言わないで下さい!今すぐ茜を戻せって言ってんですよ!」

『それは構いませんけど、どうです?結構きてます?』

「きてるなんてもんじゃないですよ変態野郎が」

『人聞きの悪い。恋人の可愛らしい姿を見たいと思うのは当然なのでは?あの子はこれくらいしないと素直にならないんですよ。まさか柴田が食べるとは思ってもみませんでしたし』

「嘘つけよ」

『嘘ですけど。効き方にも個人差があると思いますし、あなたが特別効きやすかっただけですよきっと。脳筋ほど効きそうですし』

「ふざけんな。早く茜帰せ」

『誰に向かって言っているのか。高杉ー、今日は泊まりがけでお願いしますねー』

怖ろしい声が聞こえ慌ててすみませんでしたと謝った。何故こんな男に頭を下げなければいけない。こいつのせいでこんな風になっているのに不公平だ。

『わかればいいです。私にも優しさはほんの少し備わっていますし、高杉を返してあげますよ』

その言葉にほっと安堵した。

『は?でも今日中にやらないと』

『柴田が不調らしいですから。こっちは私が終わらせますし、あなたは数日休んで下さい。特に明日は無理しなくていいですから』

『なんなんだ。お前がそんなこと言うなんて気持ち悪いな』

『二人揃って私に対して失礼ですよね。ほら、いいからさっさと行った』

電話越しに聞こえる二人の会話に苛々する。一秒でも早くどうにかしてほしい。そうでなければ自分がどうにかなってしまう。

『柴田風邪でもひいたのか?お前の部屋に行けばいいのか?』

「…お前の部屋の前にいるからダッシュで来い」

『来いだと?』

「来て下さいお願いします…」

『わかった。おとなしくしていろよ』

可愛げなくぶつりと電話を切られた。
携帯を握ったまま首をだらりと垂れた。血が流れる音が耳の奥で響く。汗が滲む。身体で起こる現象に妙に敏感になる。
早く、早く。元々賢くないがこのままでは畜生以下の馬鹿になる。
一生こうだったらどうしよう。入院とかするのだろうか。そうなると茜に会えなくなる。それは嫌だなあ。
どうでもいいことを無理矢理考えて思考を現実に結びつけた。
理性を引き寄せなければ口輪を外された犬のように、涎を流しながら人を襲いそうだ。
髪をぎゅっと握りながら頬杖をつく。今は痛みさえ快感に繋がりそうで怖い。


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