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腿の上にだらんと置いていた手を所在なげに見た。
ここからどうすればいいんだっけ。正解はどこにあるんだっけ。
恋愛経験がない自分は簡単なことがわからない。こんなことならもっと適当にそういうコミュニティで経験を増やすべきだったのかもしれない。
三上だけを追いかけていたので他など目に入らなかった。

「…疲れたか?」

「…ああ、うん。少しね。実家遠いし、お墓は更に遠いし、移動疲れってやつかな」

「そうか。悪かったな疲れてるのに来ちまって」

三上は膝にかけていたブランケットをこちらにぽすんと投げた。帰るのだろうか。
会いたくないと思って、顔を見ればそんなの一瞬で吹っ飛ぶくらい嬉しくて、でも一緒にいると少し気詰まりして、だけど去ってほしくない。
定まらない心を一つに纏めるのは難しくて、でも考える前に三上の服をぎゅっと掴んでいた。

「…疲れてるんだろ?」

掴んでいる部分を見ながら三上が言った。

「うん。でも三上といるとそんなのなくなるよ」

「そうか?俺といるとますます疲れるだろ」

「そんなことないよ。来てくれて嬉しいよ」

嘘と本当を半々に混ぜた。

「…じゃあさっさと風呂入って来い」

「風呂?」

「風呂入って、飯食って、寝ろ」

やはり嘘は簡単に見破られてしまう。自分はそういうのが苦手だし、嘘が下手だといつも言われる。だから彼に嘘は通用しないのについ口から出る。
でも半分は本当なのに。
一緒にいると嫌われるようなことをしてしまう。好きになってくれなくてもいい。でもこれ以上嫌いにはならないでほしい。だけど一緒にいたい。悪循環だと思うけど抜け出せない。

「…うん。わかった」

未練がましくならないようにさっと立ち上がった。三上も少し遅れて立ち上がったので扉まで見送る。

「じゃあね」

「じゃあね、じゃねえよ。また戻ってくる」

「…へ?」

「飯買ってくるから風呂入ってろ」

「い、いいよそんなの。僕も一緒に――」

行くから。と続けようとしたが三上の大きい掌で顔をべしゃりと押しのけられた。

「うるさい」

三上は冷たく言い放って去ってしまった。
暫く呆然としてから彼の言葉を反芻した。
また戻ってくる、また戻ってくる、また――。
ふふふ、と声に出して笑ってしまい、誰に見られているわけでもないのに急いで顔を引き締めた。
戻ってきてくれる。嘘を嘘だと見破りながらも一緒にいてくれる。嬉しくて制服を放り投げて風呂へ向かった。
お湯を沸かす手間を省き、寒いけれどシャワーだけで済ませた。
パジャマ代わりにしている着古したトレーナーを被り、首からタオルを下げて部屋へ続く扉を開けた。
三上は既に戻っており、テーブルの上にコンビニ袋が置いてあった。

「ありがとう」

駆け足でそちらに近付き、ラグの上に直接座った。
コンビニから商品を取り出しながら美味しそうだと呟くと、後ろから手が伸び髪に触れられた。驚いて振り向くとちゃんと拭けと怒られた。

「ぽたぽた零れてる」

首にかけていたタオルで頭に包まれ、そういえば三上は長男だから案外世話焼きなことを思い出す。
妹二人の世話を、幼い頃から両親不在のときは押し付けられていたと愚痴を零していた。

「拭いて」

冗談のつもりで言ったのだが、三上は少し乱暴な手つきでわしゃわしゃと髪を拭いてくれた。

「…よし」

ぱっとタオルをとると髪の毛は爆発して、すぐに水分の重さで萎れていく。

「犬洗った後みてえ」

「洗ったことあんの」

「ないけど」

おかしそうに彼が笑うので、犬扱いでもいいやという気持ちになる。
食糧を二つにわけ、よく噛み締めて食べた。せっかく三上が自分のために買ってくれたのだから。
コンビニの商品はどれもきちんと統一された味になっているが、今までのどんなものより美味しく思えるから不思議だ。

「食べ終わったらさっさと寝ろよ」

ゴミを袋に詰め込んでいるとそう言われ、今度こそ帰ってしまうのかと思った。

「でもそしたら三上帰っちゃうでしょ」

「もう十分一緒にいただろ」

「いないよ。まだ一時間くらいしかいない」

「一時間も、だろ」

「全然足りない!」

「うっせえなー」

「う…。じゃあ添い寝して?そしたらちゃんと寝るから」

一か八かで言うとしょうがないと溜め息を吐かれた。
マジかよ。
言った本人のくせに驚いてぽかんとしてしまう。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるの精神で、何度も似たような願いを口にしたが、いつもいつもふざけるなと足蹴にされて終わりだった。今回も同じ結果だろうと思ったのに。
添い寝してくれる。思った瞬間、さきほどとは違う様子で心臓がうるさくなる。

「なにしてんだよ。来い」

個室の扉の前で三上がこちらに手を伸ばした。
心の準備ができていない。だけどその手に吸い込まれる。
腕を握られベッドに放り投げられた。乱暴なのにそこにぐっとくる自分はどうしようもないマゾだ。
ふわふわの羽毛布団を顔まで引き上げると、三上はベッドサイドに座った。

「…あれ?添い寝は?」

「寝るまでここにいてやるから」

「え、僕が望んでいたのはそうではなくて…」

「いいからさっさと寝ろ」

ぺちんと額を叩かれた。
折角心の準備をしたのにがっかりだ。だがここで引きさがると思うなよ。自分は雑草と同じくらい逞しくしつこい。

「この羽毛布団は母が今年送ってくれたちょっとお高めのやつで、とても温かい商品となっております」

「なんのプレゼンだよ」

「ああぬくい。幸せ。この温かさが今ならただで味わえますよ。そう、僕の隣に眠ればね!」

「うっざ」

口ではそう言うが、三上は温かい布団が大好きだ。布団と結婚したいと漏らすくらいに。
あと一押しとばかりに三上の腕をとって布団の中に入れてあげた。

「ほら、すごいでしょ。高級羽毛布団は違うねー」

「………」

三上の仏頂面がさらに濃くなったので、ふっと笑って、意地悪はこのくらいにしようと腕を放した。
ありがとう。三上が僕を気遣ってくれて嬉しかった。それだけで今日はいい夢が見れそうだ。
彼がくれる些細な優しさはいつも幸福の色をしていて僕の心はもう満腹だ。

「…そっち行け」

「え」

ぎゅうぎゅうと身体を押され、あっという間に壁際に追いやられた。
三上は小さなシングルベッドの中に無理矢理身体を押し込めた。
本当に入ってくれるとは思わなかったのでぽかんと口を開けた。

「…確かにいいなこれ」

布団の温もりが気に入ったのか、三上は顔の緊張を緩めた。
彼は身長が高く、自分も平均程度はある。そんな男が二人シングルベッドに入れば狭くて動く隙間がない。自然と身体もぴたりと密着し、嫌な汗を掻いた。

「三上が一緒に寝てくれるなんて…。口から心臓出そう」

「お前が言ったんだろ」

「まさかのってくれるとは…。布団の力ってすごいね」

「…そうだな。俺もこの布団ほしい」

「あげられないけど、この布団が恋しくなったら一緒に寝ようよ」

「気が向いたらな」

気が向いたらまた一緒に寝てくれる。
ああ、どうしよう。心の中は満開の桜吹雪で満ちている。
三上は僕の頭を抱えるようにして髪に鼻を埋めた。

「お前は体温高いし、髪も柔らかいから本当に犬を抱いてるみたいだ…」

「…そっか」

「…眠くなる…」

声色がとろんと堕ちていく。少し首を動かして見上げると、瞼を閉じた可愛い寝顔があった。

「…寝るのはや。寝顔はこんなに可愛いのになあ」

瞳を開けた瞬間に狂犬の雰囲気に早変わりなのが勿体無い。
暫く寝顔を眺めたが、段々と瞼が重くなっていく。もっと顔を眺めていたい。こんな機会滅多にないのだから。抗っても抗っても睡魔はじりじり忍び寄る。
もうだめだ。諦めて三上の顎の下に頭を埋め、鎖骨に額を摺り寄せた。
ふわりと香る香水の匂いに、ああ、三上がここにいると何度も何度も実感した。
扉の向こうで足音が聞こえたが、半分夢の世界で動けなかった。

「真琴ー?帰ってる?」

蓮の声だ。応えたいのにもうだめだ。指先一つ動かせない。

「真琴?入るよ?……おやまあ…」

小さく扉が開いた気配と、蓮がくすくすと笑う声が聞こえる。
もう三上とこうしているのが夢か現実か判断ができない。
どちらでもいいからもう暫く三上に溺れていたい。



END

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