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休日だというのに制服姿で電車に揺られた。
今日は母方の祖母の命日だ。墓がある隣の県まで何回も乗り継ぎをし、駅から長い時間をかけて歩き、家族四人で手を合わせ、そしてまた同じ道を戻った。
祖母は早くに亡くなったので自分の中に記憶はない。兄が辛うじて顔を覚えている程度だ。
だがとても明るくはつらつとして優しかったと兄が教えてくれた。
年忌法要はないので、四人だけの墓参りだが、一応きちんとした格好をと言われ制服しか思い浮かばなかった。
たまには服くらい買いなさいと姉に揶揄されたが、学生にとっての礼服は制服だ。だからこれでいいのだと頬を膨らましながら反論した。

東京に戻り自分はそのまま学園へ戻るつもりでいたが、折角だから四人でご飯を食べようと母が提案した。
四人が揃うのは盆と正月くらいで、それもタイミングが外れることがよくある。特に兄は警察官なので世間の休みと比例して多忙になる。

「そこのファミレスでいい?」

姉が指差したのでどこでもいいと言った。

「お墓参りの帰りだし、もう少しいいところにしない?」

「贅沢言わない。ファミレスで十分よ」

女性二人の会話を流し隣の兄をちらりと見た。疲れがたまっているのかぼんやりとしている。

「大丈夫?早く帰りたいんじゃない?」

こっそり言うと小さく笑った。

「大丈夫。明日も休みとったから」

「ならいいけど」

「真琴こそ明日学校だろ。あっちまで戻るの大変なんだし、真衣に言った方がいいんじゃないか?」

姉に文句を言える弟はいないと自分は思っている。我が家の実権を握るのは姉だ。誰に似たのかしっかり者で、なんでもてきぱきとこなす。母も兄も自分もどちらかというとのんびりしているので、姉の性格がああなった一端は自分たちにあるかもしれない。

「…いいよ。門限なんてないようなものだし…」

「そうか?」

嬉しそうに微笑みを交わしながら歩く母と姉の後姿を見る。
あんなに楽しそうなのに水は差せない。
結局姉の言う通りファミレスに決まったらしく、適当に注文を済ませた。

「真琴は食べ盛りなのにそれだけ?もっと食べていいのに」

姉にメニューをずいずいと差し出される。

「いいよ。いっぱい食べると動きたくなくなるし、満員電車で満腹状態は辛いし」

適当な理由をつけてやんわりと断る。
家は昔から貧乏だったので、その貧乏性が未だに抜けない。
今は兄も働いているし、姉も大学へ行きながらバイトをしている。母一人で働きながら三人を育てていた頃に比べれば随分余裕ができたと聞いたが、それならそれで大事なお金は母自身に遣ってほしい。そうでなくとも私立なんかに入学してしまった負い目がある。
なるべく金銭的負担を強いる真似はしない。それが昔からの癖で、幼いながらに学校で必要な小さな物一つ買ってくれと言うのに随分悩んだ記憶がある。

話しに花を咲かせる姉と母の会話を食事しながら聞き、食後も暫くお喋りに付き合った。
自分もうるさい、うるさいと友人や三上に言われるが、女には敵わない。こうなっては完全に聞き役だ。
姉に学校はどうだと聞かれ、とても楽しいよと定型文を返す。

「この前お友達がお家に来てくれたのよね。三上君っていう」

突然三上の名前が出たのでびくりと肩が揺れた。嘘や隠し事は心臓に悪い。その相手が家族なら尚更。

「えー!真琴の友達?やだ、あんた学君以外の友達いたの」

「失礼だな。いるよ。少しは…」

姉の心配もごもっともなくらい、小学生の頃は学以外の友人がいなかった。
何故かいつも虐められ、めそめそと泣きながら家に帰って、誰もいない部屋で泣くだけ泣いて疲れて寝ていた。
あの頃に比べれば高等部に上がって随分幸福な生活を送っている。
友人は数えるくらいしかいないが、恋人という存在ができた。
男しか恋愛対象にならない時点で恋人など無縁だったのに、相手はノンケで自分が焦がれていた人で。億単位の宝くじに当選したに匹敵するほど非現実的なはなしだ。

「私も会ってみたかった。真琴を見捨てないであげて下さいってお願いしなきゃねー」

「やめてよ恥ずかしい…」

ジンジャーエールを無意味にかき混ぜていたストローを更にぐるぐる動かした。

「イケメンよね?背も大きくて、真琴とは全然タイプが違うからお母さんびっくりしちゃった」

「イケメンなおさら見たい」

「別にイケメンてわけじゃ…」

自分には世界一格好良く見えるが、世間一般的にはどうなのだろう。
顔以前に雰囲気が独特すぎて三上のそれ以上を語る人はいないし、自分の好みはおかしいと言われるので胸を張れない。
あれなら甲斐田君や月島君の方が整っていると思う。中性的なイケメンなら潤もいるし、精悍な顔つきが好みなら皇矢、癒し系なら蓮。知り合いをずらりと並べると個性的な面々のできあがりだ。誰か一人を選んでいいよと女性に言ったら流行りそうだ。そんな商売あったな。

「また友達連れてきてよ。今度は私がいるときね」

「えー…。姉ちゃん変なこと言いそうだし、僕の友達喰いそうだし」

「高校生を喰うわけないでしょ」

口ではそう言っても甲斐田君を見た日には目がハートになると思う。
あれはどの年齢層の女性にもうける顔をしている。王子様然とした風貌と爽やかな笑顔にころりといく。口から出るのは陽気な関西弁だが、そのギャップも素敵だ。

「真琴が連れて来てくれないなら、今年こそ学園祭行こうかなー」

「え、いいよ。遠いしなにもないし、楽しくないから」

「嫌だって言われると尚更行きたくなるんだなー。友達と一緒に行くね」

決定事項ですと顔に書いてある。
がっくりと項垂れ、万が一本当に来たらなるべく友人を避難させようと思った。姉が変なことを口走って引かれたら大変だ。特に三上。兄弟揃って面倒くさいと言われるかもしれない。
姉はほほほ、とお嬢様のように手を翳しながら笑った。悪魔の角と尻尾がはえているように見える。だから弟という身分は辛いのだ。

漸く解放されたのはそれから一時間も経った後だ。
根掘り葉掘り学園での生活を聞かれ、普通を装って答えるのに苦労した。
三人とは路線が違うので駅で別れるのだが、去り際に姉から歪な形の焼き菓子が入った袋を渡された。

「なにこれ」

「学君にも分けてあげてね」

「姉ちゃんが作ったの?」

「そうよ。形はいまいちだけど、味は保証する!」

「…ふーん。ついに彼氏でもできたか」

「うるさい!余計な詮索しない!じゃあね!」

最後に肩をばしっと叩かれた。図星か。華奢な背中を見ながらにやりと笑ってしまった。
姉にやられっ放しなので弱味が握れたようでしてやったりという気持ちになる。
それ以上に、姉が幸せなら素直に自分も嬉しい。
幼かった自分とは違い、兄も姉も両親の不仲を見て育っただろう。だからこそ、たくさん素敵な恋愛をして、生涯添い遂げると誓える人と家庭を持ってほしい。
自分は一生結婚などできないから、そこら辺は兄と姉に任せるとする。
歪な形のクッキーは姉そのものだ。見てくれはいまいちだが、きっとじんわり甘くて優しい味がして、特別美味しいいわけではないのに飽きずに食べられる。
たまにパティシエが技巧を凝らした高級菓子に手を伸ばして、だけどまた、変哲もない焼き菓子が恋しくなる。姉はそんな人だ。
一生懸命作ったのだろうと想像してつい笑みが零れた。

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