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一日の授業を終え、ゆうきと二人で昇降口へ向かった。
他の三人は教師に呼ばれたり、他の友人と遊びに行ったり様々だ。

「でさー、薫の担任に弟は優秀なんだなって言われてさ。すげーむかつかね?弟"は"って強調しやがって。殴らなかった俺えらくね?」

「偉くねえよ。事実だろ」

「お?懺悔の時間がほしいか?」

「言われたくなかったら勉強しろ」

「お前には一番言われたくない。俺より成績悪いの知ってるからな」

「俺はいいんだよ。やればできるから」

「俺と言ってること変わらないし、お前はやってもできない。この前九九があやしかった」

「あやしくない。ちょっと噛んだだけだ」

「はい言い訳ー」

ぴしゃりと言うと後ろから尻を蹴られた。大袈裟に痛いと騒いでゆうきの肩に一発入れた。
相当痛かったのか、彼はその場に肩を抑えながらしゃがみ込んで涙目で睨んだ。

「どうだ。力では敵うまい」

「…お前、柴田に負けっぱなしだからって弱い者をいじめやがって…」

「負けてない!俺は負けてない!」

「言い訳ー」

く、と歯を噛み締めた。柴田の名前は禁句だと何度も言っているのに。
ゆうきは勝ち誇った顔で立ち上がって下駄箱にシューズを入れ、代わりにローファーを取り出した。
自分も後に続いてスニーカーに足を入れると、よく聞き慣れた笑い声が外から響いた。
ゆうきもその声に反応し、二人で顔を見合わせる。
柴田と木内先輩の声だ。何やら騒いでいる。また下らない遊びをしているのだろうか。

「木内先輩なにしてんの?」

「俺が知るかよ。無視だ無視」

相変わらず恋人にもつれない。姿は見えず声だけだが、賑やかな放課後の喧噪にも負けずにすぐに聞き取れる。
出入口を潜って校門の方へ視線を移すと、二人は何処で入手したのか、サッカーボールで楽しそうに遊んでいる。
どちらもブレザーを脱ぎ、ネクタイを外し、本格的にじゃれ合っている。
ああ、制服のままそんなことをしたらズボンが泥だらけになる。

「ボールは友達?」

指差しながらゆうきに聞いた。ゆうきは明らかにげんなりしならが早く帰ろうと言った。
校門から少し離れた場所に彼らはいるし、生徒も多いしそこに紛れれば見つからないだろうと思ったが、彼らと距離をとった昇降口側にもう一人の仲間がしゃがみ込んでいた。
ゆうきはそちらへ近付き、ぽんと三上の肩を叩いた。

「よお。お守り中か?」

三上はこちらを見上げ、ほっと安堵したような表情になる。

「…真田あの人連れてけよ」

「え、やだ。がんばれ。じゃーな」

「待て待て待て。俺も帰りたい」

三上はゆうきが腰に巻いていたカーディガンをぎゅっと掴んで代われと訴えた。
そのとき、遠くから柴田の叫び声が聞こえた。

「三上!」

え?とそちらに顔を向けた瞬間、こめかみにすさまじい衝撃が走り、そのまま倒れ込みそうになるのを三上に支えてもらった。

「い、った…」

ずきずき、がんがん、頭の表面と内側が別の痛みで攻撃してくる。

「大丈夫か?」

三上は呑気に言い、そんなわけあるかと顔の前で両腕でバツマークを作った。

「クリティカルヒットしたな」

冷静に分析するな。ちらりと隣を見ると、転がるサッカーボールと、自分と同じように眉根を寄せながら鼻を押さえるゆうきがいた。
お前にもあたったのか。しかも鼻は痛い。ボールの威力は俺に当たった分減少しただろうが、鼻は些細な衝撃でも辛い。

「血!ゆうき血!」

「…痛い」

ゆうきはこんなときでも冷静だ。
綺麗な顔から血が流れている。肌が青白い分鮮血のコントラストが強い。
ティッシュなんて誰も持っているはずもなく、三上が保健室の窓を外側からがらりと開けた。

「ゆうき!」

木内先輩と柴田がこちらへ駆け寄り、心配そうにゆうきの顔を覗き込んだ。
いや、重症なのは自分の方なのですが。こいつらときたら…。

「大丈夫か?」

「そう見えるか?」

「見えない、かなあ…」

ボールを蹴った本人である木内先輩はぎくしゃくとした笑顔を見せた。
彼はゆうきの顔が大好きだ。作り物のようで、儚くて、触れたら消えてしまいそうで、月夜がよく似合う。それを自分自身で傷つけてしまったショックはいか程か。
馬鹿みたいな遊びをしているからだ。サッカーをするのはいい。自分もよくやる。だが場所が悪い。ボールが当たったのが俺たちでよかったくらいだ。

「保健室行くか?」

「いい。これくらい。血さえ止まれば」

ゆうきは鼻の付け根を抑えながら空を仰いだ。

「あー。血の味がする…」

「すみませんすみませんなんでもします許してください」

木内先輩は色男の面目丸つぶれで土下座しそうな勢いだ。
ティッシュを箱ごと持ってきた三上が戻り、ゆうきは痛い痛いと呟きながら止血した。
だから、お前ら俺のことも気に掛けろよ。
三人でゆうきを取り囲む姿はどう見てもカツアゲ風景だ。それか誘拐される五秒前。

「月島は大丈夫か?ちょうどいい位置にいたな」

柴田に肩を叩かれ思い切り振り払った。
蹴ったのが柴田なら散々文句を言って、膝蹴りでおあいこにできたが木内先輩となるとそうもいかない。

「大丈夫なわけねえだろ。頭めちゃくちゃ痛いっつーの」

「楓、どんまいでーす」

「俺とゆうきの態度違いすぎて逆に清々しいね先輩!」

騒いだ分余計に痛みが走る。こめかみに手を添えて歯を食い縛った。
木内先輩の馬鹿力。その運動神経をきちんとサッカー部に還元したらどうだ。

「なにやってんのお前ら」

香坂の声が降ってきて、助かったと安堵した。この悪魔たちから俺を守ってくれ。

「ボール蹴って当てちゃった」

てへ、と効果音がつきそうな笑顔で木内先輩が言った。

「楓に?」

「楓に当たって、次にゆうき」

「あーあ。鼻血出てる。可哀想にな」

お前もゆうきの心配かい。もう少し恋人を大事にしろ。ここは木内先輩にキレてもいい場面だ。

「楓はどこに当たったんだ?」

問われたのでこめかみととんとん、と指さした。

「よりによって顔?さすが楓、コントみたいだな!」

げらげらと笑われ本格的に泣きたくなってきた。はいはい。どうせ自分はその程度の人間ですよ。香坂にとっては顔がぐしゃっと潰れたところで変わり映えしないだろう。元の顔もぱっとしないのだから。

「ま、とりあえず部屋帰って拓海に診てもらうか。ゆうきも一緒にな」

よしよし、と乱暴に髪を撫でられる。頭が痛いから触らないでほしいのだが、声を出すのも億劫で香坂の後をとぼとぼとついて歩いた。

「お前らも全員来いよ。なんかあったら慰謝料請求な」

「え、俺なにもしてない…」

三上が言ったが無視された。
ぞろぞろと全員で香坂の部屋へ向かい、ゆうきと共にソファに座らせられた。

「血止まったか?」

ゆうきの顔を覗き込んだ。

「止まった。けどずきずきする」

じっと見詰めると眉間あたりが赤く擦れたようになっている。
ああ、可哀想に。綺麗なものにこんな傷をつけて。
ゆうきは生身の人間だし、些細なことでいくらでも傷をつくる。わかっているがその顔を見ると大事な宝物のように思えてきて、僅かなかすり傷すらつけたくないと願ってしまう。
俺ですらそうなのだから、木内先輩は尚更だろう。
ちらりと木内先輩を見たが気まずそうな表情であさってを見ている。
その内救急箱を持参した須藤先輩がゆうきに処置を施した。

「楓君は頭に当たったんだって?吐き気やめまいは?手足はちゃんと動く?」

やっと心配してくれる人が来た。須藤先輩は本当にできた男だ。蓮を奪われたのも納得せざるを得ないような。

「大丈夫っす」

「これは何本?」

須藤先輩が指を目の前にさしだした。

「一本」

「ちゃんと見えてるね。よかった」

須藤先輩はほっと吐息をついて木内先輩を振り返った。

「仁!お前ってやつは!」

「違う。俺が悪いんじゃなくて、キーパー役の三上がぼんやりしてるのが悪い。俺、ちゃんと三上の方に蹴ったもん」

「えー。俺のせいすか」

「仁!」

須藤先輩に一喝され、木内先輩は口を閉じた。

「お前ときたら廊下やら中庭やらで暴れ回って…」

深く溜め息を吐いたので、心中お察ししますと心の中で合掌した。

「おじさんも一さんもなんだかんだ仁には甘いんだから…。お前をちゃんと躾られる人間はいないのかよ」

須藤先輩のズボンをくいくいと引っ張った。

「ここにいるじゃないですか」

ゆうきを指差すとゆうきは露骨に嫌そうな顔をした。

「俺が言って聞くならこんなことになってないと思うけど」

追い打ちをかけるように責められ、木内先輩の心はずたぼろだろう。

「…二人とも軽傷なのがせめてもの救いだよ。でも特に楓君は吐いたり眩暈がしたらすぐに病院に連れていくからね。仁が。会計もするからね。仁が」

「おい」

「なんだよ」

「…なんでもないです」

木内先輩は子どものように叱られ、がっくりと頭を垂れた。
ざまあみろ。心の中で舌を出す。

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